15、柏木沙羅争奪戦
登校してそうそう、俺は自分の席の前で立ち尽くすことになった。
机の上には豪華な花束。
これだけなら単なるイジメだが、一つ違うのは机のすぐそばで跪いているセーラー服の大男がいる点であろう。
「あの……不動さん? もう貢物はいいって昨日も散々言ったよね? さすがに懲りたと思ったんだけど」
「いや、これは貢物なんかじゃない。お供え物よ」
全然懲りてねぇじゃんコイツ。
呆れていると、もう一人セーラー服を纏ったデカい男がぜんまい仕掛けのおもちゃのごとく歯をガチガチ鳴らしながら、この世の終わりみたいな顔をして近付いてくる。
「あああああああのねサラ、わわわわわわ私も、その、あくまで調査のために」
そういえば、カズちゃんも昨日の雄っパブ教室にいたんだっけか。
「ハイハイ、分かってるよ」
「わ、分かってくれてるなら良いんだけど……でもさすがはサラ! あの場を簡単に治めちゃうなんて」
「え? ああ……う、うん」
危うく禁止ワード言いそうになったけどな。
まぁでも、無事に切り抜けられてよかった。
“困ったときはカマトトぶる”
ネトゲで姫プレイしてた時に学んだ、ネカマプレイにおけるコツの一つである。
その場に本物の女性がいた場合とてつもないヘイトを買う危険があるのがネックだが、幸運にもというか残念ながらというか、この学校はほぼ男子校だからな。
「それにしても、凄い集団だよね風紀委員って。生徒会が好き放題してるのかと思ってたけど、ちゃんと彼女たちを止める人間もいるんだね。ちょっと安心したよ」
「うん。風紀委員は生徒会をぶっ潰すために発足した組織だから」
「……えっ? 生徒会を潰すために新しく委員会が作られたってこと? それってなんか、どうなの?」
「風紀委員は正式な委員会じゃない。“風紀委員会”って名前の……同好会みたいなものだから」
「同好会? 部活ですらない、そんな怪しい組織によくメンバーが集まるね」
「あれだけ好き勝手やってるからね。反発する奴らだってそれなりにいる。風紀委員長がそういうやつの親玉になってるの」
要するに私怨か。
気持ちは分からないでもないが……ろくな組織がないのかこの学校は。
「あとはまぁ、風紀委員長が可愛いから」
「あー……」
ろくな組織というか、ろくな生徒がいないんだなこの学校には。
「ね、ねぇ柏木さん。まさか風紀委員入るの……?」
そう声をかけてきたのは、教室の入り口で立ち尽くすジャージ姿の生徒。
見覚えのない顔だ。少なくともうちのクラスじゃない。あと、間違いなく女じゃない。
男がセーラー服着てるのもなかなかきついのだが、ジャージ姿だともうロン毛の男にしか見えねぇよ。
「いや、入る気ありませんけど」
答えると、男はホッとした様子で胸に手を当てる。
「それは良かった! ならさ、テニス部で一緒に青春しようよ」
ウインクしながら、後ろ手に隠し持ったラケットを構える男。
なるほど、部活の勧誘か。そういえば、そろそろ仮入部期間に入るとか言ってたっけ。
もちろん俺の答えは決まってる。
「お気持ちは嬉しいんですけど、私、運動とかはあんまり得意じゃないので」
「だ、大丈夫大丈夫! 初心者歓迎だからさ」
なーにが大丈夫だ、俺が大丈夫じゃねぇんだよ。
部活なんて入って何の得になるってんだ。
下手に運動して筋肉付いたら困るし、汗でメイクが取れるのも、日焼けで肌や髪が痛むのもまっぴらだ。
だいたい、女子の腹チラとか透けブラとかが見れるならまだしも、どうせ野郎しかいないんだろ。知ってるよ。
男のバッキバキの腹筋とか大木みてぇな脚とか、目の毒にしかならねぇわ!
っていう俺の素直な気持ちをそのまま伝えるわけにもいかないので。
「ごめんなさい。私、本当に運動が好きじゃなくて……」
そう言って困ったように笑って見せる。
だが、ラケットを持った男はなおも食い下がる。
「じゃ、じゃあマネージャーでもいいから!」
マネージャー……?
ますますするわけねぇだろ。誰が野郎のユニフォームの洗濯なんかするかよ!
っていう俺の素直な気持ちをそのまま伝えるわけにもいかないので。
「マネージャー……私スポーツ観戦とかもあんまり。ユニフォームの洗濯したり、ドリンク用意したり、部室の掃除とかするんですよね? あんまり興味ないかな……」
「き、君にそんな雑用はさせるものか!」
え、じゃあ何すんの?
「待てテニス部! 彼女は我々のものだ!」
ドスの利いた声でそう叫びながら突如教室に乱入してくるキャップをかぶった集団。物騒なことにバットなんぞを構えている者もちらほら見える。
「くっ、野球部……!」
「彼女を我々白薔薇スパイダーズのマネージャー兼マスコットとするのだ!」
勝手に決めんな。
「ククク……これだから脳筋は。柏木さんが嫌がっているのが分からないのですか?」
テニス部や野球部とはまた毛色の違った集団が教室に足を踏み入れる。一目で何の部活か分かるような道具を持っているわけではないが、全員揃えたように眼鏡をかけているのはどうしてだろうか。
「柏木さん。スポーツに興味がないなら、私たちと共に電脳世界の深淵に飛び込もうではありませんか」
「なによ、パソコン部の根暗共が偉そうに……!」
「ふっ、将来必要になってくるのはパソコンスキルです。球を追っかける事がこれからの生活にどう役立つというんです?」
「よく言うわ、パソコン使ってエロゲーやってるだけのくせに」
「なっ……柏木さんの前でなんてことを! 撤回しなさい。我々はあくまで新世代の芸術としてですね!」
ごにょごにょと言い訳をこねくり回すパソコン部をよそに、教室には次々といろんな恰好をした生徒たちが入ってくる。
「いいや、柏木沙羅は私たち柔道部がもらうわ」
「ダメダメ。弓道部よ」
「いーや、美術部だッ!」
「柏木さんに相応しいのは華道部ですわ」
なんだよもう、鬱陶しいなぁ。
なんで俺が入る部活でお前らが揉めてんだよ。
奴らが言い争ってるおかげで俺の声はかき消されるし、逃げようにも教室の扉付近には勧誘に来た生徒で塞がれてる。
本当に俺を入部させたいなら女子に勧誘させろや!
こいつらを黙らせてくれる女子ならなお良――
「うわっ、なんだお前ら!?」
「押すなよ! 押すなって!」
にわかに廊下のほうが騒がしくなる。
騒がしさは徐々に教室のほうへと進み、やがてそれは人混みを割って俺たちの前にその姿を現した。
「あなたが柏木さんね」
その辺の生徒とは違う甘い声、やや垂れた目、お嬢様然としたハーフアップ。
――女の子だ、しかもゆるふわ系!
胸は……
うーん、微妙!
「本当にフォトショ加工詐欺写真じゃなかったのね」
その少女の言葉の意味は分からなかったが、彼女の腕に巻かれた紫色の腕章には気が付いた。
「……風紀委員!?」
「作戦決行よ」
少女の一言で、教室に紫色の腕章を付けた男たちが教室になだれ込む。
もはや教室の人口密度は満員電車のそれを凌駕している。
「く、苦しい」
押され、潰され、もみくちゃにされる。
肺を膨らませるだけのスペースすら満足にない。自分の小指すらまともに動かすことが難しい。
人と人とが入り交じり、ぐるぐるとかき混ぜられる。
そんな中、誰かが俺の腕を掴んだ。
「ッ!?」
声を上げようと口を開けた瞬間、大きな手のひらが俺の口を覆う。
気が付くと、見渡す限り紫の腕章の男。
……マズイ、囲まれた。
「痛いって!」
「どこ触ってんだよ!」
「バッド当たってるって!」
「カズちゃ……助け……」
「足踏んでるよ!」
「ちょ、眼鏡が」
喧騒の中、手のひらに抑え込まれた俺の声は誰にも聞こえない。
その喧騒もどんどんと遠くなっていく。
「おい待て……サラは!? サラはどこだよ!」
カズちゃんの声が、なんだか随分と遠くに聞こえた。