10、柏木沙羅と食堂散歩
「もー。サラってば、また葉っぱ食べてる」
「サラダだってば」
「せっかく食堂来たんだからなんか頼めばいいのに」
カズちゃんはそう言いながら黄金の衣に包まれた海老天を齧り、丼を満たす白米を掻き込む。
丼を彩る多彩な天ぷら、香ばしいタレの匂いが俺の食欲を刺激する。
だがここで食欲に負けるわけにはいかない!
女子高とは名ばかりの我が校。学生たちの要望を反映してか、学食メニューはどれも男臭いデカ盛りばかりなのだ。
「あ……ねぇサラ、ピーマン食べる?」
「た、食べない」
「サラもピーマン嫌い? 一緒一緒~」
カズちゃんは丼からピーマンの天ぷらを排除しながら、油で光る唇を持ち上げて嬉しそうに笑う。
そんな厳つい顔してピーマン嫌いなのかお前。
なんて突っ込む暇もなく、俺の目は……いや、食堂にいる誰もが彼女に釘付けになった。
「また会ったわね、ひよっこちゃん」
人形のような固い微笑を張り付けた美少女が、“座ったまま”こちらへとやって来る。
人間に乗って移動してくる女子高生など一つの学校に何人もいるものではない。
「せ、生徒会長……いったい何しに」
「おい不動、なにやってんの」
「え?」
カズちゃんの言葉に、俺は首をかしげる。
不動さんが一体どこに。あんな山みたいな男がいたら、嫌でも目に付くはず。
俺はカズちゃんの視線を辿る。
「――ッ!?」
いた。
すぐそばにいた。なのに見えなかったんだ。
そりゃそうだ。
いくら長身でも、床にへばりついていては見えない。
その背に女子高生が座っていれば、なおさらだ。
「ふ、どう……さん……なにを……なんで……?」
「うふふ。凱旋の逆、負け犬パレードってとこかしら?」
答えたのは生徒会長。
不動さんは顔を隠すようにうつむいたまま、何も話さない。
その表情を伺うことができない代わりに、赤い革の首輪がうなじに見える
「な、なんてことを!」
「私は私の犬の散歩をしてるだけよ。なんの文句があるの? ねぇポチ?」
「……はい」
低い声で呟く不動さんの髪をひっつかみ、生徒会長は表情を変えず囁く。
「はい、じゃないでしょう? わんでしょう?」
「…………」
「それにしても残念だったわねポチ。あんな恥ずかしい思いまでして手に入れたプレゼントだったのにね」
不動さんの表情が明らかに変わる。
筋肉の鎧を纏ったセーラー服姿の男が、いかにも非力で華奢な少女に心底おびえた表情を向けた。
「やめてくれ……言わないでくれ! 頼む!」
生徒会長は不動さんに非情な笑みを向けた。
「“わん”、でしょう?」
「わああああああぁぁぁぁん!」
慟哭とも悲鳴ともつかない声が食堂に響き渡る中、生徒会長はつまらなさそうに手を叩く。
「良くできました」
「い、一体不動さんはなにを……」
俺の言葉に不動さんは絶望に満ちた顔で俯き、そして会長は意味深に微笑む。
「さ、そろそろ散歩はおしまい。帰りましょ」
「待ってよ! 不動さん!」
俺の制止もむなしく、不動さんはその類まれなる筋肉をフルに使い、四足歩行とは思えないスピードで食堂を後にする。
残された俺は、ただただ悔しさに唇を噛むことしかできない。
生徒会長め……どれだけ純情な男子をコケにすれば気が済むのか。
どれだけ偉いのか知らないけど、あんな傍若無人なふるまいは許されない。
あの様子、不動さんが会長に何らかの弱みを握られていることは間違いないだろう。
それもおそらくは、俺に贈ったプレゼントがらみだ。ならばなおさら、俺が彼を助けなければ。
「ねぇサラ、もしかして不動を助けようとか思ってる?」
顔を上げると、カズちゃんが苦々しい表情が飛び込んでくる。
「やめたほうがいいよ。サラのためにも、不動のためにもさ」
「え? なんで? もしかしてカズちゃん、何か知ってるの?」
「や、あの、しししし、知らないけど、その、なんとなく」
カズちゃんは視線を泳がしながら千切れそうな勢いで首を振る。
動揺しているのは明らかだ。
……何か知ってんな?
「ねぇ、一体なに――」
「あ!? あ……あ痛たたたたた。ちょっと腹壊したっぽいわ。ごめんトイレ……」
「ちょっ、カズちゃん!?」
下手くそな芝居でごまかしながら、カズちゃんは逃げるようにトイレに駆け込んでいく。
「な、なんだよもう」
仕方がない。カズちゃんにはあとで尋問をするとして、別の人間にも聞き込みを――
「ん?」
俺は辺りを見回し、違和感に思わず首をかしげる。
みんなと妙に視線が合わない。
ある者は日替わりランチのメニュー表を暗記するのかと思うほど熱心に眺め、ある者はカレーに混ざったジャガイモを親の仇かのように睨みつけ、またある者は普段見向きもされない学級新聞をさも興味深そうに眺めている。
あれほどの騒ぎを、みんな不自然なほどに無視している。
……お前ら、なんか隠してんな?