1-7
「そんなクソッたれな妖怪なんかに負けんじゃねーーー!」
「お前につらい過去があるのはわかった! でもだからって枕返しに屈するのは別だ!」
「あたしたちは応援してるから! お願い、立ち上がって! 瀬東君!!」
今まで龍登に散々な扱いをしてきた同級生たち。しかし彼らは今確かに、龍登の味方となり、応援してくれている。その事実に、龍登の目に失われた光が灯り始める。
「この野郎……、いきなり手の平ひっくり返しやがって。おかげでせっかくの楽しみが台無しじゃねーかか!!!」
一方、枕返しは目論見が外れ、龍登が息を吹き返す様子に激昂する枕返し。
「ハハッ」
しかし枕返しの望みと逆に、完全にいつもの調子を取り戻す龍登。
「虐げられるのにも随分慣れたつもりだったけど、やっぱいいモンだな。仲間からの声援っていうのは」
そういうと龍登はフゥーと息を吸う。と、同時に彼から気魄が溢れ出す。それはどちらかというと、自身の意思で出したというよりはやる気を取り戻すと同時に自然と出てきたといった方が正しいような出現だった。
「え、瀬東が気魄の型を!?」
「しかもあの型、聖獣種『龍』じゃないか!?」
そう、龍登の体から漏れ出た気魄が象ったのは、『龍』。その長い体躯をしならせ、存在しないはずの実態を匂わせながら枕返しを睨みつけている。
「何だ、やる気か?」
しかし枕返しは、龍登が臨戦態勢に入ったと感じるや否や再び顔をニヤけさせ、右手を高らかに掲げ振り下ろす。
するとそれに呼応するように、ナイフ・のこぎり・刀……その他いくつもの刃物が空中に出現し、龍登に向かって飛んでくる。
「させない、『火竜将』!」
対し、龍登は矢馬にダメージを与えた火炎弾をぶつける。
「しかも技まで! 瀬東って属性『火』だったの!?」
今まで龍登はろくに気魄を使えないと思っていた同級生たちは一様に龍登の気魄に驚く。
一方で枕返しは、今度は巨大な岩石を生み出して龍登に投げつける。
「『水竜将』」
「今度は属性『水』の技!? アイツ属性2つ持ってんの!?」
岩石に対して今度は水流をぶつけ対応する龍登。その光景に龍登のクラスメートたちは混乱する。
「うーん、それとはちょっと違うんだけどね」
対し姫花は少し困ったように苦笑する。龍登が完全に立ち直ったことで彼女もいつもの調子を取り戻したようだ。
「ど、どういうこと!? 美桜さん」
「龍登の属性は一言で言うなら――」
今度は龍登が攻勢に回る。その手から生み出されたのは――
「――『万能』、『元祖八大属性』と呼ばれる属性、火・水・木・金・土・風・雷・氷のすべてを扱えるの」
「「「「「!!?!」」」」」
――雷。竜の姿を模したその雷は枕返しへと迫っていく。
「『雷竜将』!」
龍登の叫びと共に雷はそのスピードを持って枕返しに襲い掛かる――
「いい気になっているところ残念だったなぁ」
しかし枕返しが軽く腕を振ると、その雷は跡形もなく消滅してしまった。
「ここは夢の中、枕返しであるオレが操れないことなんてないんだよ」
「そんな!? さっきまで瀬東君の技は普通にアンタの攻撃を防いでいたのに!!」
同級生が驚きに叫ぶ。彼らも応戦したいところだが、目の前に見えない壁があるため、助けに行くことが出来ない。こういった壁を張れることも考えると、どうやら枕返しの、夢の中ではすべてが自由自在というのは本当のようだ。
しかしそうなると、なぜさっきの龍登の防御のために使った技は普通に発動したのか、わからない。
「おっと、なぜさっきまで龍登の技が普通に発動していたのか分からないってぇ? そんなの簡単、お前らが今浮かべてるその絶望した顔を見たかったからだよ」
「「「!!!」」」
そう言われ、自分たちの表情に気づく龍登の同級生たち。確かに、枕返しに何も通じないと理解してしまった自分たちは、ヤツの好む絶望した表情を浮かべているかもしれない。
「あぁ、そういやそうだったな。調子に乗って忘れてたよ」
しかしそんな中、枕返しに対峙しているしている龍登は余裕の笑みを浮かべていた。
「何だぁ? お前、今の状況わかってんのか? 今お前は勝ち目のない戦を戦っているんだぞ」
その表情を訝しんだ枕返しは龍登に問いかける。
「いや、そうでもないぜ。枕返し、お前は人の夢は操れても人を眠らせることはできない。つまり言い換えれば、人の眠気を操作できない、そうだな?」
龍登は目の前にいるのとは別に、枕返しの知り合いがいる。もっとも、こんな汚れ切った精神を持ったクズとは似ても似つかない枕返しだが。
その知り合いの枕返しが言っていた。オレら枕返しは夢の中では無敵だ、しかし眠気を操ることはできない、そして夢から覚めれば枕返しはほぼ無力になる―と。
「あぁ、そうだ。だが、それがどうした。今やお前らは夢の中。この『深闇花草』のおかげでお前らを眠らせている。この学園の教師とやらも同様だ。今のオレに死角はないんだよ」
しかし龍登は枕返しの発言を聞き流し、意識を集中させる。
(今オレらがいるのは夢の中。だとしたら勝機がある――)
人間は眠っている時、実は2種類の状態に分かれている。『REM睡眠』と『Non-REM睡眠』と呼ばれる状態だ。このうち、『REM睡眠』は正式名称『Rapid eye movement sleep』といい、直訳の通り目が高速で動いている状態だ。『Non-REM睡眠』はその逆、目が動いていない状態の睡眠を指す。
眼球が運動している『REM睡眠』時には、脳は覚醒していると言われ、割と目を覚ましやすい。
そして人間が夢を見ている時、『REM睡眠』の状態なのである。
――だから
「みんな意識を集中させろ! ヤツは特殊な粉を使ってオレを眠らせているらしいが、夢を見てるってことは眠りが浅いってことだ。つまり、今の状態のオレらは、割と簡単に目を覚ませられる!」
「!? 何だと!」
驚きに叫び声をあげる枕返しだが、そんなことに構っていられない。龍登は意識を集中させる。自らの目を覚まさせるために。
「くっ!? ヤツがどんどん眠りから覚めつつある。でも、オレが活動できるには夢を見ないほど深い眠りに陥った人間じゃ無理だし……。そうだ! オイ、今お前が起きたところでオレがどこにいるかわからないぞ! 起きたら目の前にいるなんて都合のいいことがあると思ってるのか? そんな訳ないだろっ、目の前にいる人間しか夢を操れないなら、これだけ多くの人間の夢を同時に操れるわけないだろう!!」
一縷の望みをかけ、枕返しは龍登に叫びかける。
実際枕返しは現実ではとある場所に隠れている。それを見つけることはできまいと考えたのだ。
この発言は龍登に少しでも動揺を与え、起きにくくすればよいという思考の元だ。
しかし――、
「あいにく、枕返しの知り合いがバイト先にいてな。枕返しの習性は割と知ってんだ」
そう言うと、龍登は夢の世界から現実世界へと旅立った。
それに呼応したのか、あるいは龍登が夢から覚めたことで綻びが生じたのか、他の生徒達も次々に夢から覚めていく。
「クソ、くそう!」
そして誰もいなくなった夢の世界の中で、1人枕返しは悪態をつくのだった。
龍登はベッドから跳ね起きると、寝間着のまま着替えもせず部屋から飛び出した。すると他の部屋から次々と生徒たちが出てくる。
「瀬東、ホントにヤツの居場所がわかるのか!?」
「オレらもアイツに一発焼き入れたいんだ! 付いてくるなとは言わないよな?」
「! ……あぁ!!」
今、龍登とその他大勢の心は1つになっている。
そのことに喜びを感じながら、龍登たちは真夜中の寮の廊下を走る。
普段なら真夜中に寮の廊下を大勢で走るなんて罰則ものだが、状況が状況だ、今そんなことに注意をする人は生徒会長の姫花含め誰一人いなかった。
「枕返しってのは、その性質上枕など寝具のある所を好むんだ。つまり寝具が大量にあり、なおかつここから遠くなくあまり人目に付かない場所に奴は隠れてる」
龍登は、自身の考える枕返しの身を潜めている場所について語りだす。
「ってことはこの寮の寝具の保管庫か!? でも、今向かってる方向と違うぞ!」
「そっちの可能性もあるっちゃあるが、あまりにも近すぎてすぐ見つかるからアイツはいないと思う! アイツ絶対に見つからないって自信があるかのように言ってたし。こんだけ人数いるから、いくつかはそっちに回してもいい!」
「わかった! おーい、何人か寮の寝具保管庫に回れ! それで瀬東、お前の心当たりはどこだ!?」
見ると、何人かの生徒が別方向に向かっている。彼らは寮の保管庫を見に行くのだろう。
「非常事態の際、この学園は近所の人たちを体育館に避難させて寝泊まりさせるんだ! そしてこの学園はそのために寝具を大量に体育館近くに保管している!」
「え!? じゃあ今から向かうのはその大量の寝具を保管している――」
「あぁ、――」
「――体育倉庫の、地下だ!!」
一方その頃、枕返しは件の体育館地下倉庫から脱出していた。龍登の予想は当たっていたのである。
その姿は、先ほどの夢の中でとは違い、大きさは1.5mほどしかない。どうやら夢の世界では自身の大きさを偽っていたようだ。
そして枕返しは、万が一この場所が割れた時のことを考え、既に脱走の準備をしていた。その手には枕と布団を抱えている。こんな時でも寝具を手放せない枕返しとしての習性が抜けないのが悲しいところだ。
「クッソ、何なんだアイツら。あのガキへの対応が事前の下調べとてんで逆じゃねぇか。おかげでせっかくのお楽しみタイムが台無しだ」
とはいえ、いつまでも悪態をついていられない。ここは気魄師を養成する学校、つまり妖怪との戦闘のエキスパートを育成する場所だ。今回は自身の楽しみのため、我慢できず多少のリスクは背負ったものの、本来ならこんなところに自分のような妖怪が潜り込むのは自殺行為だ。
しかもあの人数、現実世界であったら間違いなくやられる。
幸い、ここはあまり人目に付かない体育倉庫の地下。そう簡単には見つからないだろう。
なんかターゲットにしていたガキが自信ありげに見つけ出せるみたいなこと言っていたがそんなハズないだろう。アイツらが捜している間にとっととずらかろう。
「にしてもあのガキ、自力で夢の世界から起き出すなんてどうやったんだ」
枕返しは今までに見たことのない龍登の夢への対処法に愚痴りながら、体育倉庫の扉を開け、外へ出た。
「お、タイミングバッチリだったな」
「!?」
しかしそこには、龍登を筆頭に先ほどの子供たちが集結していた。
「何でここに!?」
枕返しは驚きに声をあげる。まさか本当にこの短時間で見つけてくるなんて完全に予想外だ。
「さっき言っただろ。知り合いがいるから枕返しの習性はよく知ってるんだ」
龍登は枕返しが持っている枕や布団を見ながら言う。
「くっそ、人間社会に溺れた妖怪の恥さらしが!」
枕返しはやけくそ気味に怒りの声をあげた。
「何言ってんだ、こんなことしといて。お前の方がよっぽど面汚しだろ」
「黙れっ、己の欲望に動いてこそ妖怪! 人間(お前ら)の、規律に縛られてなるものかーーー!!!」
どんどん感情が高ぶっていく枕返し。対して龍登は、その様子を見るほどに冷静になっていった。
「黙れ、お前の欲望なんかのために犠牲になんかなれるか」
「うるせーーーーー!!!!!」
枕返しは完全に怒り狂っていた。
「食らえ! 『枕投げ』」
枕返しは手に持った枕を投げつけてきた。いや、投げられる枕が明らかに持っているものより多い。どうやら枕返しは持ってる枕を複製できるようだ。しかし―、
「効くか!」
模擬戦を幾度となく繰り返している新月学園の生徒達にとって、修学旅行の子供たちがやるような攻撃など効くはずもなく、それぞれが気魄を使って――いや、一部生徒は気魄すら使わずに対処した。
「なんだコイツ?」
「さっきの夢の世界とてんで違うな。ハッキリ言って弱すぎ」
「枕返しは夢を操る妖怪。逆に言うとアイツはこっちが起きてる間はほぼ無力だ!」
大声で叫び、周りの生徒に呼びかける龍登。
それを聞き、安心した生徒たちは逃げ道を塞ぐために枕返しを取り囲む。
当然龍登も構える。と、そこで近くにいた男子生徒が近づいてきた。
「さっきの、一番被害を受けたのはお前だ。腹の虫、収まっていないだろ? 一発決めてこい」
「……あぁ!」
他の生徒達も頷く。それを確認した龍登は気魄を練る。それに対し枕返しは逃げることもできない。
「行くぞ、『火竜将』!」
龍登は炎を枕返しに向けて放つ。実は龍登にとって、この『火竜将』という技は特に少ない負担で、高威力で撃てるものだ。特に龍登も愛用する技である。
逃げ場のない枕返しはせめてもの抵抗をする。
「くっ、布団ガード!」
「「「「「んなモン効くかぁーーー!!!」」」」」
しかしそれは布団を掲げ、相手の攻撃を防ごうというもの。当然、龍登の火炎弾などそんな代物で防げるはずもなく布団ごと枕返しを焼き、枕返しはその場で倒れた。
やはり枕返しは、現実世界では無力な存在であるようだ。