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(どういうこと? 私はアイツからかなり距離をとっていたし、それにアイツは今までこちらの方に注意なんて向けていなかった。その割にこっちに気づくのが早すぎる!)
内心では動揺しつつも、それを表情に出さないよう努めて、姫花は口を開く。
「あら、私のことも知っているのね」
「えぇ、そこにいる智立大介君と一緒の施設にいましたよね? 調べはついています。丁度いい、あなたも私についてきませんか? 彼と同じであなたも出世は間違いないですよ」
「へぇ、私もあの多田正グループに……。――冗談じゃないわ」
怒気をまとう姫花。しかし瞬時に冷静さを取り戻す。
(そうよね、ここはむやみに攻撃する場面じゃない)
「にしても、よく私の存在に気付いたわね。こっちの方に意識を向けているようには見えなかったのだけれど」
「あぁ、それですか。先ほど風を起こしたでしょう」
先ほど大介が危うく飛ばされそうになったものである。
「あの時、私は羽から出る振動を飛ばし、周りの様子を“観た”のですよ。『羽振測』と言います」
一部の動物は目の代わりに超音波を発して周囲の様子を探るという。
矢馬の気魄の型『トンボ』にそんな能力はないはずだが、奴はそのような器用なことが出来るようだ。
(そういえばさっき、風を起こす前に背中からトンボの羽が見えたな)
その羽がヤツの技を生み出す媒体なのだろう。
しかし龍登はこうも思う。自分の手の内をこうもペラペラと語りだす辺り、コイツ頭はそんなに良くないのではないだろうか、と。
「しかしこれであなた方の不意打ちを狙う作戦は失敗したも同然。先ほどの拒否は悪手だったのではないですか?」
「「「!」」」
自信満々に発言する矢馬。だが今の発言から3人は、矢馬がまだ龍登の存在には気づいていないと確信する。
確認してみると龍登の身を隠す机はまだ吹き飛んでいない。
もしかしたら、彼の能力『羽振測』は間に障害があるとうまく機能しないのかもしれない。
しかし、仲間が1人隠れていたのにそれ以上の仲間が隠れているのを疑わないのは、やはり阿呆だからだろうか。
――それとも、こちらにそう思わせる発言をわざとしているのか、だとしたらかなりの切れ者である。
「まあどっちみち、あなた方には私について行くしか選択肢はないんですがね。こちらも事情がありまして、力尽くにでも来てもらいますよ」
矢馬が再び臨戦態勢に入ったと感じ、構える姫花と大介。
「行きますよ、『音速風鎌』!」
再び矢馬の背中からトンボの羽が出現、またしても風を起こす。
しかし今度の風は先ほどの物とはまったく違った。
それは例えるなら“鎌鼬”、そう、先ほど矢馬が新月学園に侵入した際、警備員を突破した技であった。
「なんの! 『ゴールドラッシュ』」
「負けない、『リトルスターショット』!」
矢馬の発する暴風『音速風鎌』を何とか捌きながら、スキを見て攻撃を加える2人。
しかし姫花たちの技も矢馬の風の刃に切り裂かれ、届くことはない。
「フハハハハハ! 見ていますか、2人がかりを相手にこの余裕の立ち回り。私がいかに天才かを!」
『音速風鎌』を止めずに、意気揚々と叫ぶ矢馬。
実際、大介も姫花も、時間稼ぎ目的で己の技の中で最も威力の低い技を打っているし、そもそも相手が2人がかりとは言え学生なので、矢馬はそこまで誇れるほどの実力ではないのだが、まあそんなことを指摘する義理はない。
気分が高揚しているのならそのまま自滅してもらうまでハイになっていただこう。
「そう、私こそが天才! 私こそが完璧! 間違っているのは、私を認めなかったこの世の中!!」
暴風の中心で笑いながら何か叫ぶ矢馬。姫花も大介も矢馬の攻撃をかわすので精一杯だと思っているからだろう。
しかし、実際2人は苦悶の表情を浮かべながらも要所要所で的確に攻撃を繰り出し、勝機を窺っている。そうこうしているうちに―。
「こんなものですかー?」
「そんなわけ、ないだろっ!」
「まだまだこれからなんだから!」
大介が金塊を放ち、わずかにタイミングをずらしてから光弾を連射する姫花。
大介の攻撃に意識を向けさせ、対処させるスキに姫花の攻撃が当たるという見事な連携だった。
だが――。
「気づかないとでも思いました?」
風でできた障壁の二段構え。円弧状のそれはそれぞれ別の角度に張られており、姫花、大介両方の攻撃を防いだ。矢馬は2人の連携を読んでいたのだ。
「クハハ、天才たる私にその程度の小細工など通用しませんよ」
連携を防がれる姫花と大介、だがその顔に焦りはない。むしろこちらが読み通りだ。
先ほど確認した。
矢馬は風を連続発生させる際、どこかでタイムラグが発生する。やはり連続で気魄を使うのは疲れるのだろう。
そのスキを、アイツが狙わないはずがない――。
「グハァッ!!」
直後、あらぬ方向から火炎弾が矢馬に直撃する。狙いは寸分違わず、矢馬が風の壁を解いた瞬間であった。
「くっ、『羽振測』!」
火炎弾をもろに食らいながらもその方向に索敵をかける矢馬。
これで龍登の存在も割れてしまうだろう。欲を言えばこの一撃で決めてしまいたかったが、まあできなかったのはしょうがない。
それに、矢馬は苦しみを孕んだその声をあげながら『羽振測』を放った。それは、間違いなく彼にダメージが入った証拠であった。
「ハァハァ、やってくれましたね。それにしてもあなたまでいるとは思っていませんでしたよ、『瀬東龍登』君。……まさかあの“御国”の黄金の3人が揃っているとは」
かつて3人が通っていた場所の名を出され、僅かに顔をしかめる龍登たち。
一方矢馬も、痛みのため先ほどまでの余裕綽々な態度は消え失せ、苦痛をあらわにしていた。
「あなたもこちらに……とはいきませんか。まったく、何故私の誘いを断るのか、理解に苦しみます」
先ほど食らった火炎から、他の2人と同様拒絶の意思を受け取ったのだろう。
「理解できないのはこっちだ。アンタはなぜ犯罪に手を染めまくった企業になんか協力する?」
「ふっ、簡単なことです。私は社長に拾われたんです」
そう言うとポツリポツリと語りだす矢馬。もちろん両者とも距離をとり、いつでも臨戦態勢になれるようにしている。
「私には昔から力があった。私を否定する者をぶっ飛ばすだけの力が。しかし周りはそんな私が妬ましかったのか、私を認めようとはしなかった」
矢馬は憎たらしい物を見るかのような目で虚空を見つめた。その目に映っているのは、おそらく己の過去だろう。
「私は社会からはじき出された。世間は私の行いを悪だと断じ、私は捕まった。そんな時です、多田正様が私を拾ってくれたのは! 今の世の中は間違っている、あのお方はそうおっしゃいました。多田正様は世界を変革するおつもりだ。そう、あの方について行けば、邪魔する者をぶっ飛ばしても誰からも文句を言われない当然の世界へと至ることが出来る!」
しかし次の瞬間、矢馬は目を爛々と輝かせ、叫び出した。しかしその様子は、傍から見ればギラギラという擬音語が似合いそうな、たいそう危険そうな見た目だった。
「世の中は力。気に入らない者は痛めつけて黙らせる。それこそが正義であり正解だというのに、世間は訳の分からないことを言って私を否定してくる。なぜ理解しないのか」
「当たり前だろ。殴って黙らせるのが正義って、どこの低俗なチンピラの発想だ」
「瀬東君、あなたもそちら側ですか。――もういいです」
ヒュッ。矢馬の雰囲気が変わり、その体から軽く風が生まれる。矢馬が臨戦態勢に入ったのを瞬時に察し、構える龍登たち。
矢馬は自身の考えこそが正しく、それに反する物は皆不正と判断しているようだ。
「もはやあなたたちの意思など関係ありません。いえ、最初からこうするべきでしたね」
――瞬間、
ゴウッ! もの凄い突風が龍登に迫り、間一髪横っ飛びで回避する。見ると、自分がさっきまでいた場所の後ろにあった椅子が真っ二つに分断されている。
「あなたたちは痛めつけてでも連れ帰る! 私の理想とする社会のため、贄となれぇーーー!!!」
四方八方に『音速風鎌』を飛ばしまくる矢馬。それはさながら刃を持った嵐の如く、食堂内を滅茶苦茶にする。
しかし矢馬の感情が高ぶっているのか、狙いが荒く誰もいないところに無駄打ちを何度もしている。そのため龍登も姫花も大介も被弾していない。
「オレは、あんな人を平気で殺すような組織なんて二度と行かない。絶対にだ!」
龍登は決意と共に叫び、走り出す。姫花たちも龍登に呼応するようにやる気をみなぎらせていた。
穿つ。穿つ。穿つ。矢馬は数の暴力で風の刃を投げ続け、龍登たちはひたすらそれをかわし、チャンスと見れば反撃を放つ。ひたすらこれを繰り返した。
しかしやがて、戦局は動く。
「クッ、ちょこまかと……むっ!?」
豪快な打ち合いのさなか、矢馬の索敵に何かが引っかかる。
(これは……人? 大人か、……こちらに向かってきている? この学園の教師か! こいつら……コレを狙いやがっていたのか!)
突如矢馬はその身をひるがえし、その場から逃げ出す。あまりにも突然のことに最初矢馬が何をしているのかわからなかった龍登たちだが、だんだんと遠くから走る足音が聞こえ、自分たちの策がもう少しで功をなそうとしていることを理解する。
「逃がすか、『火竜将』!」
先ほど矢馬に当てた火弾を放つ龍登。今度は当たらなかったもののそれでいい。姫花や大介が回り込むだけの時間を稼ぐことが出来た。それで十分。
「小賢しい!!」
矢馬は迫る姫花たちに対して風で足止めをする。しかしその間、足を止めることはなく視線もただまっすぐに進むべき方向を向いている。
(少し計算違いをしてたな。アイツ、さっきは頭に血が上っていたせいか出来ていなかったが冷静になれば『羽振測』と『音速風鎌』を並行して使えるみたいだ。だが、逃がすわけにはいかない―!)
風が止んだ一瞬のスキを突いて矢馬に迫る龍登。
(ッ!!?)
しかしその瞬間、一瞬だが駆けだす龍登の意識が闇に沈んだ。それは1秒あるかどうかの刹那の間だったが、矢馬はその一瞬で脱走に成功してしまっていた。
「無事か!?」
遅れ、騒ぎを聞き駆け付けた教師たちが到着する。彼らは龍登たちの姿を確認、姫花から事のいきさつを聞くとひとまず安堵した。ついで今回の犯人、矢馬の逃亡に落胆していた。
(しかし何だったんだ? あの最後の“眠気”のようなものは。いや、意識がなくなったのはあまりにも短い間だったから眠気と呼ぶのも変な話だが……。そういえばあの瞬間、何かの香りがしたような……?)
「――やはり興奮状態だと一瞬しか効き目はないか。コイツも使い時を選ぶ代物という訳だな。まあいい、今回はそれが分かっただけでも収穫だ。何より――」
「――いい『闇』が見つかったからな」
* * *
「まったく、余計なことをしてくれましたね」
「グギャアァァァッ」
新月学園襲撃事件後、逃亡したはずの矢馬はとある部屋にて2人の黒服スーツサングラスの男達によって暴行を受けていた。
そしてそれを傍から見る丸々と太った男が1人。
「しかし多田正様、私は多田正グループのことを思って行動を起こしたのです。あの学園には若く優秀な人材の種が多くおります。1人2人連れ去って教育を施してやれば必ずや我々の優秀な手駒に――」
「黙りなさい」
「グアガアァァァッ」
多田正の一言で黒服達が矢馬に対する暴行を再開する。しかもただ殴る蹴るのではなく、1人が関節を破壊せんばかりに決めながら体を固定し、反撃を封じた状態でもう1人が殴打を加えている。
痛み苦しみにより、やがて物言わぬ体となった矢馬を多田正は何でもないような目で見つめていた。
「強引に人、それも子供を学園から攫おうとは……。ここ最近の連続の失敗に焦りを感じていたとはいえ、リスクがあまりにも高いことをなぜ理解できないのでしょう。多少身なりを整えれば会社員にも見えなくもないので、その外見とのギャップが使えると思って雇ってみましたが……、さすがチンピラ、予想の3倍は上をいくバカさ加減でしたね」
しかしすぐに興味を失ったのか、多田正は矢馬から視線を外す。
「しかし、新月学園に御国の黄金期たちですか……、まぁ“計画”に支障はないでしょう」
そういうと多田正は、目下最大の興味対象である、“実験”の方へと注意を移した――。
* * *
「――ということでリミッターが壊れました。申し訳ありません」
「何かあんまり反省しているような口調じゃないねぇ。そもそも生徒だけで侵入者を相手する事自体、褒められた行動じゃぁないんだよ?」
「両方とも、先生方がもっと早くに到着していれば大丈夫だったことなんですが」
「まぁそうなんだよねぇ。……ところで瀬東、その件なんだけどちょいとおかしな報告が入っているんだよね。何でも現場に向かった教師陣が突然眠気に襲われダウンしたらしいんだ」
「そりゃまた、新月学園の先生方は職務怠慢ですね……。と、普通だったら言ってるかもしれませんが今回はそういう訳にもいきません。その眠気はもしかしたらオレが感じたものと同種のものかもしれないので」
「と、なると……」
「えぇ」
「この『矢馬による襲撃事件』。まだ終わっていないのかもしれない――」