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「どうしたんだ姫花。話があるっていきなり連れ出して」
「うん、龍登のことなんだけどちょっと人前で話しづらいことだからね。付いてきてもらえる?」
「あぁ、龍登のことか。…………なぁ、龍登があんな風に変わっちまったのって、やっぱりあの件が原因なのか? オレはアイツがつらい時にそばにいられなかったからな。やっぱ、オレがいない間にもいろいろとあったのか?」
「それも含めてこれから話をするの。……着いたわ。さぁ、入って」
「ここって……学園長室?」
ガチャッ。
「待ってたよ、智立大介――」
* * *
大介が姫花に連れていかれている時、龍登はクラスメイトに囲まれていた。もっとも、クラスの人気者のような好意的な雰囲気ではなく全方向から攻められる攻撃的な空気の中で、だが。
「どういうことですの瀬東、あなた大介様と面識がありますの!?」
最初に啖呵を切ったのは豊盾ラナ。先ほど大介の前で体勢を崩し、そのまま彼に抱き留められた少女だ。「~ですわ」とお嬢様口調を使っているが、別に高貴な生まれではなくごく普通の一般家庭の出身だそうだ。しかしその目に映える金髪は地毛で、何でも母親がイタリア人であるらしい。
さっそく下の名前呼び、しかも“様”付けかーでも大介そんなこと気にしないかー、と脳内で思案する龍登。しかしそんなことを考えてもしょうがないので龍登はラナに答えを返す。
「あぁ、アイツとは5歳くらいまで一緒に過ごした幼馴染だ」
「幼馴染!!!」
そう叫びながら、まるで汚物でも見るかのような目で睨みつけてくるラナ。
しかしそんなことはお構いなしだと、別のところから男子生徒が割り込んでくる。
「そんなことよりもだ!! おい、あの男姫花さまに対しても『久しぶり』って言ってたよな。てことはお前も姫花さまを幼い頃から知ってたのか!?」
次に怒鳴り込んできたのは沢村豪一という男子生徒。とにかく煩悩にあふれた男子だとクラス内で知られており、女性に対し目のない人物だ。当然そんな彼も姫花に憧れており、龍登が姫花と幼い頃から親しくしていたという事実に我慢がならなかった。
「あぁそうだ、姫花ともそのくらいの頃から付き合いがある」
火に油を注ぐ龍登の回答に「何だとぉ!!」と怒声を上げる沢村。
「するってぇとアレか瀬東! お前小さい頃に美桜さんとお風呂とか入ったことあんのか!? というか今も一緒に入ってんのか!? そんでもって《ピー》とか《ピー》とかしていやがんのかぁー!!?」
※彼のセリフは大人の事情により、一部の表現が伏せられています。ご了承ください。
沢村のアホくさい下ネタ発言に男子一同は激高、女子は沢村に呆れつつも龍登に冷ややかな目線を外さない。
(いや、小学校入る前の小さい頃ならともかく、今は一緒にお風呂なんて入ってねぇよ……)
そう思うもののムダに盛り上がりを見せている男子勢がこちらの言い分を聞いてくれるとも思えず、声をかけるのを怯んでしまう龍登。
しかしいざ声をかけようとしたところで不運なことにそこで休み時間が終わるチャイムが鳴ってしまう。
どこかしらに行っていた姫花と大介が戻ってきたこともあり、すごすごと龍登の前から引き下がるクラスメイト達。
しかしそんな中でも龍登を睨みつける彼らの目は「認めねーぞ」という恨みがこもっていた。
そしてそんな様子を、大介は少し驚いた様子で、姫花は人知れず「はぁー」とため息をつきながら眺めていた。
* * *
――昼休み。
『次のニュースです。世界的格闘家である孫参策氏が数日前から行方不明になっております。最後に行方が確認できたのは先月の20日、家を出たことが分かっています。しかしそれ以降彼の自宅には人の出入りした痕跡はなく――』
学食にあるテレビから流れるニュースを流し聞きしながら、龍登・姫花・大介の3人は昼食をとっていた。
龍登の前には相変わらず姫花お手製の三段重ねのお重。最初ギョッとしながらも、今では華麗にスルーしながら注文した定食を頬張る大介。姫花は自身で作ったお弁当―こちらは女子校生が普段食べる普通サイズだ―である。
「なぁ龍登」
食事をとりながら、頃合いを見て大介が切り出す。
「学園長から話は聞いた。確かにアイツの目を欺くのは重要だ」
なるべく口調を荒げないように意識して話す大介だが、その眼には隠すことのできない熱い思いがこもっていた。
「今日1日の少ない時間だけれどお前の周りからの扱いを見て思った。あんなのは間違ってる」
「…………」
「今のこの状況が正しいものだとはとても思えない。辛かったら遠慮なくいってくれよ。オレはいつだって力になるから――」
「ありがとう」
龍登はあまり大きくない声で、しかしそれでいて力強く答えた。
「でも大丈夫だ。それに何もあの男を欺くためだけにやっているわけじゃない。学園長から話を聞いたっていうなら、リミッター開発の件も聞いてるんだろ」
「ま、まあ」
「この件は技術開発の面も担ってる。オレ1人のワガママでどうこう言えないよ。何より、新しい技術のために何か役割を担えるって結構嬉しいんだ」
お弁当を食べ終わり、パタンとフタを閉める龍登。
その顔は笑っており、大介はそれ以上何も言えなくなってしまった。
しかし大介は古くからの付き合いである親友のその笑顔に、わずかだが寂しさのような表情が含まれていることに気づいており、何か言えることはないかと、相棒に長年寄り添ってきた少女に目を向ける。しかし彼女は、その話は何度も聞いたと言わんばかりに苦笑していた。
辺りに、やりきれない諦めのような空気が漂う。大介は言葉にできない歯がゆさを感じ、沈んだ気分になった。
――だからだろうか。
ドッガアアアアアアアアアアアアアンンンッッッッッ!!!
爆発音とともに食堂の壁が破壊されるという事態に、ほんの少しだけ反応するのが遅れたのは。
「キャアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
食堂に響き渡る女生徒の悲鳴をトリガーに、一拍遅れて臨戦態勢に入る龍登たち3人。
「! いけない、“リトルスターショット”!」
吹っ飛んだ壁の破片が付近の女子生徒に向かって飛ぶ。それにいち早く気付いた姫花は気魄を発動し、自身の技で光弾を飛ばし破片を壊す。
「あ、ありがとうございます、会長!」
「今はここから逃げなさい。そして先生にこのことを伝えて」
姫花に言われ、女子生徒が食堂を出て行ったのを皮切りに、我先にと食堂から逃げ出す生徒たち。姫花が避難を誘導する一方、龍登と大介は爆破された壁の方に注意を向けていた。
すると、爆破された壁からもうもうと立ちのぼる煙の中から人間のシルエットが現れる。
「やれやれ、探しましたよ智立大介さん。あなたがこの学校に転校してくると噂に聞いたので張っておいてよかった。それにしても最初に訪れた場所で見つけられるとは運がいい」
「「「!!!」」」
大介の名前が聞こえたことで、龍登たちはさらに警戒心を強める。
それから瞬時に龍登とアイコンタクトで作戦を確認しあった大介は一歩前に踏み出し、姿を現した壁を破壊したであろう目の前にいる男――矢馬と対峙した。
「今オレの名が聞こえた気がしたんだが、オレに何か用か? 少なくともこちらはお前のことなんか知らないぞ」
「おやおやこれは、智立大介くん。わざわざそちらから来ていただけるとは、探す手間が省けましたよ」
大介は何も考え無しに相手に近づいたわけではない。ここは新月学園、戦闘面の優れた教師たちもたくさんいる。彼らが駆け付けてくれればこの男を無力化することも難しくはないだろう。自分がやることは2つ。
まず、相手の注意をこちらに引き付けて他に被害を出させないこと。幸い、姫花が先ほど生徒たちを外に逃がしておいたので他の生徒に被害が出る心配はない。
しかしこちらには自分の他に龍登、そしてこっそり戻っていた姫花が別地点にいる。
名を呼ばれたために自分から矢馬の前に進み出た大介だが、本音を言えば1対1で彼と戦えるかというと不安だ。
いくら相手からも評価されているとはいえ、こちらはまだ学生。実戦経験がまったくと言っていいほどないのだから。
なのでここは、仲間の力を借りる。
確か矢馬は、大介が自分から近づいたことで大介の存在を認識していた。
つまり隠れて息をひそめている龍登や姫花の存在にはまだ気づいていない。
この情報アドバンテージを活かし、大介がピンチになった時の加勢および矢馬が逃げそうになった場合の退路を塞ぐ役目を2人は担っているのだ。
よって大介は矢馬が龍登たちに気づかないよう立ち回る必要がある。その点、相手の用があるのが自分であるというのは好都合である。
そして、教師陣が到着するまでの時間を稼ぐこと。ここは学園の敷地内、先生たちがここに着くまでにそう時間はかからない。よって、それまで相手を逃がさずこの場に留めさせ続ければよい。
何もこの男と真っ向から勝負して勝つ必要はない。時を待てばよいのだ――
「私、多田正グループの矢馬と申します。本日はあなたを勧誘に来たんです。光栄でしょう?」
「「!!」」
「多田正グループ……だと……?」
自身を名乗り上げた矢馬に対し、それぞれ別の場所に待機していた龍登と姫花は息を飲み、大介は驚きによって一瞬冷静さを失いかける。
「えぇ、あなたの噂は前々から聞いています。その若さでその実力を持っているのなら、ウチの企業でも出世間違いなしでしょう」
両手を広げ、大げさに語りだす矢馬。
「悪い話ではないですよ。一緒に来ていただけませんか?」
「へぇ、企業からの勧誘か。俺の実力を買ってくれるのは嬉しいが――」
瞬間、大介の体から金色のオーラが迸る。彼の後ろに一瞬見えた獣は―グリフォン。
聖獣グリフォン、それが大介の持つ気魄の型である。
そして、召喚一体型である彼はグリフォンの気魄を己に取り込むと、金色のオーラを纏いながら右手を虚空に掲げた。
「多田正グループなんて、お断りに決まってんだろ!!」
瞬間、何もない空中から金塊が複数出現し、大介が腕を振り下ろすと同時に金塊は矢馬に向かって突進していく。
「行くぞ! 『ゴールドラッシュ!!』」
対し矢馬は、――あろうことか、目をつぶった。
「なっ、何だと!?」
矢馬の行動に驚く大介。だがそれは、なぜ自らの視界をふさぐ行為をとったのかに対し驚いたのではない。自身の技に対し有効な対処法だったため、驚いたのだ。
目を閉じた矢馬はそのまま自身の周りに風を発生させ、大介の攻撃を迎え入れる。
考えてみれば矢馬は先ほど食堂の壁を破壊していたのだ。すでに気魄を発動させていたとしてもおかしくはない。
(ヤツの属性は間違いなく『風』。 風を発生させる直前、チラッと見えたあの羽の形状は――『トンボ』か!)
一方、後方に下がっていた龍登は冷静に相手の気魄を観察していた。
ドドン! 大介の技が矢馬に命中する。しかし直前に風の壁を自身の周りに展開させていたのでヤツにダメージはないだろう。
矢馬の周りに大介の攻撃によって生じた煙が巻き上がる。
相手の視界が煙によって封じられているスキに、龍登は相手にバレないよう静かに場所を移動し、あまり大声を出さずとも大介に声が届くところまで近づいた。
「落ち着け大介。相手はお前の評判を聞いていると言っていた。お前の属性の“性質”を知っていたとしてもおかしくはない」
「! 龍登。……あぁ、ありがとう、いろいろと驚くことが多すぎて少し冷静さを失っていた。もう大丈夫だ」
「ヤツの属性は『風』、気魄の型は『トンボ』だ。壁を壊すあたり、そうとうな威力を出せるだろう。油断するな」
そう言うと龍登は大介から離れ、再び後方に下がる。
「交渉決裂、ですか」
晴れた煙の中から姿を現す矢馬。その間その場から動かなかったのは自信の表れだろう。
「おかしいですね、こちらに来ればあなたの人生は成功が約束されたようなもの。もしかしてあなたはバカですか?」
「何言ってるんだ。かつて犯罪に手を染めまくっていたことがバレた闇企業になんて行くわけないだろ。バカはお前の方だ」
矢馬が言っていた『多田正グループ』というのは、10年ほど前までは超大手の企業として名を馳せていた会社のことである。
当時代表を務めていた『多田正義己』という男がとにかくやり手で、利益をあげまくるのだ。
手段を選ばないところもあり、その姿勢を疑問視されることもあったが、確実に儲けを出すその手腕を評価され、一流企業の1つに数えられていた。
しかし、この企業に対する見方はとある一件から180度変化する。
社長、多田正義己の違法行為が発覚したのだ。しかも1つや2つではなく、途方もない数のものである。
社員の過重労働は当たり前、さらに詐欺グループへの関与、違法薬物の売買、臓器密輸およびそのための誘拐事件……、挙げればキリがない数々の行為を常人にはとても思いつかない手法で巧妙に隠し、多大な利益をあげていたのである。
すべてが明るみになった多田正は当時本拠地にしていた会社を爆破、それに乗じて逃げ出し、現在行方不明となっている。
しかし矢馬はニヤニヤとした表情を浮かべたまま語りだす。
「まったく、何を言っているんですか。犯罪? そんなの小さいことです。生きていくうえで必要な金を稼げるのなら、その方法を問う必要なんてないのですよ」
「何を言っている。そのせいでどれだけ大勢の人が傷ついたと思っているんだ」
「ですが、そのような企業にかつてあなたも属していたのですよ?」
「!?」
「『なぜ知っている?』って顔をしていますね。こちらもいろいろ調べたのですよ。だいたい――」
ゴウッ。
矢馬の体から突風が生成される。「ウッ」とうめき声をあげながらもその場に踏みとどまる大介。ダメージはないが油断するとその場に立っていられなくなりそうな風だった。
「私という天才を認めない世の中など、犠牲になって当然なのですよ。――おや」
そこで矢馬は一旦言葉を切り、大介ではない方角を向く。
「あなたもいらしていましたか、“美桜姫花”さん」
「「「!!?」」」
そこには、先ほどの風で、身を隠していた机が飛ばされ、姿があらわになった姫花がいた。