3ー2
出良氏が引ったくりを捕まえてから数分後、誰が読んだかわからないが警察が無事到着。
犯人の引き渡し、事情聴取その他もろもろも無事終わり、一件落着となった。
出良氏は被害者の老婦人からのお礼を受けていたが、その間、ミクトはダルマに話しかけていた。
「ねぇダルマさん。さっき体中火に包まれてたけど大丈夫なんですか?」
「うむ。我々ダルマは特徴は、何と言ってもその根性。たとえ灼熱の業火に燃えようとも、絶対零度の冷気に包まれようとも、目玉をくりぬかれようとも、手足を腐らせ失おうとも耐え抜くのだ」
「後半、グロい……」
ダルマの返答に思わず横からそう漏らしてしまう龍登であったが、しかし妖怪ダルマの特性はおおむねその通りだ。
何度転がしても最後には起き上がるダルマ、その特性は“不屈”。どれほどの目に合っても決して屈さない精神こそが起き上がるダルマの象徴なのだ。
「いやーおまたせ。あのおばあちゃん、なかなか解放してくれなくてまいったよ」
そうこうしているうちに出良氏が帰ってくる。しつこいくらいにお礼を言われ続けていたようだが、その顔は嬉しそうだった。普通に、人からお礼を言われるのが嬉しいのだろう。
「あ、出良さんお疲れ様です。ケガしてないですか?」
龍登は近づいてきた出良氏に体の調子を尋ねる。後で警察に聞いたのだが、やはり引ったくりの使っていたスクーターは異常なスピードが出るよう改造されたものらしく、そんなものを素手で止めた出良氏を心配するのは当然のことだった。
「おう、この通り全然へっちゃらだ。鍛えているからな!」
そう言って自慢の筋肉を見せつける出良氏。相変わらず上半身素っ裸にバスタオルを肩にかけた姿なので、どうにも反応に困ってしまうが、彼の言う通り特に心配はなさそうだった。
「さぁ! パトロールの続きをするぞ。あと俺のことは『初利』でいい」
* * *
出良氏改め初利たちとのパトロールが再開された。
話を聞くと探偵としての依頼がない時は、街に出て困っている人を助けるようにしているらしい(ちなみに上半身裸なのは困っている人を肌で感知するからだそうな。そんなバカな……)。
相変わらず道行く先で人助けをする初利だったが、パトロールに一区切りついたのか、自身の拠点となる事務所へ戻ることにした。
「まだ実習の時間だし君たちも来るといい。お茶くらいは出すよ」
「え、いいんですか?」
「もちろん、実習中は監督しなきゃいけないからね。でも依頼が来たら客を優先させてもらうよ」
「それはもちろん」
こうして、初利たちの事務所にやって来た龍登たち一行。そこは目立たないビルの一室で、テレビドラマなどで見るような簡素な探偵事務所そのものだった。
「にしてもバイクにはねられるどころか腕力で止めちゃうなんて凄いな。肉体強化系の気魄なのかな?」
「相方のダルマも凄いよね。耐久力はもちろん、自分の体を燃やした炎、あれ多分ダルマ自身の念力だよ」
少しの間休憩を許されたので、出されたお茶を飲みながら語り合う龍登たち。
お茶自体は安物の緑茶だったので、ミクトに飲ませて大丈夫かと少し心配だったが、ミクト曰く、「も~、アタシは新月学園のカリキュラムの視察って名目でここに来ているんだから普通の学生って扱わなきゃダメでしょ」とのこと。出されたお茶も一般の新月学園生徒と同じものとして頂いていた。
ちなみに余計な扱いを受けるのを防ぐため、監督陣にはミクトが王女だということは伏せられているらしい。カリキュラムの関係上、変に特別扱いされないための措置だとか。
そうして少し時間を潰していると、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「お客さんかな? お前たち、悪いがソファを空けてくれ」
言われるまでもなく端っこに移動し、来客に備える。事務所に入ってきたのは、龍登たちの親とほぼ同年代と思われる1人の女性だった。
「失礼します。わたくし、『八影美九理』と申します」
(なんか、アタシと名前似てるね)
(シッ! ミクト、静かに)
(……ごめんなさい)
「八影様ですね。本日はどういったご用件でしょうか?」
「実は、わたくしの息子の捜索を手伝って欲しいのです」
詳しく聞くと、八影さんの息子さんは3日ほど前、習い事である剣道の帰り道に消息を絶ったのだという。
龍登たちと同年齢で、通っている道場ではそれなりに腕が立つようで単純な誘拐なら捕まらないだろうというのが母親の予想。
警察に行方不明届けを出し捜索してもらったところ、帰り道の途中で妖気が残っていることが確認されたので、妖怪との案件にも対応しているこの探偵事務所に寄らせてもらったとのことだった。
ちなみに警察が動くのは基本的に人間同士のいざこざが生じた場合。妖怪同士の揉め事は基本的に妖怪に任せ、人間同士の事件はできるだけ人間のみで解決するよう努めている。そうした方が、お互いいざこざが少ないからだ。妖怪と人間両方が関わった事件となると気魄師の出番となるのだが、最近は人間のみ、妖怪のみといった事件が少なくなってきており、最初はどちらかだけだった事件も操作を重ねるうちにもう一方も関わっていた、という事例が少なくなくなってきているので、お互いの機関が密接に情報交換をするよう動いている。
「あの、ところでそちらにいる子供たちは……?」
一通り話し終わった八影さんは龍登たちに視線を向け、尋ねてくる。
「その子たちは私が今監督をやっている新月学園の生徒です。……ひょっとして、聞かせてはマズい内容がありましたか?」
「いえ、大丈夫です。……うちの息子とそう変わらなそうな年齢なのに、もう社会に出る訓練をしてるだなんて凄いわね」
「あの、ちょっといいですか」
初利と会話していた八影さんだが、こちらを向いたところで龍登が切り出す。
「何かしら?」
「話を聞かせていただきましたが、息子さん、携帯電話をお持ちではないのですか? 普通それで連絡をとれると思うのですが」
当然だが、龍登たちはスマホを所持している。同年齢の八影さんの息子さんもケータイを所持していても何もおかしくない。
「あの子、機械類がてんでダメだから……」
その一言で察してしまった。息子さん、少々残念な部分があるようだ。
「さて、そうと決まれば現場に向かうか。お前たち、悪いが今日の実習はここまでだ」
「えぇ!? その捜査も手伝わせてくれないんですか?」
「ダメだ。人が1人行方不明になっている。しかもお前たちと同い年の子供だ。かなり危険度が跳ね上がるだろう」
「でも、ここまで話を聞いちゃったら放っておくわけには……」
「落ち着けミクト。オレたちはまだ見習いだ。ヘタについて行って足を引っ張るわけにもいかないだろ」
初利の言葉に食い下がるミクト、それを止めたのは大介だった。口こそ出さなかったものの龍登も姫花も大介に賛成なようで、ミクトも引き下がった。
「よし。これが報告書だ。先生に見せれば今日の実習はクリアということになっている。今日1日お疲れ様、いろいろと助かったよ」
「いえ、オレたちは何もしていません。力不足で申し訳ない位です」
「ハハハ、そんなことはない」
そう言って龍登たちを帰す初利。龍登は先ほどの発言通り、今日1日何もしていないと本気で思っているが初利はからの感謝は受け取っておくことにして、学校への帰路についた。
帰り際、見送りに来たダルマから声をかけられる。
「今日は本当にありがとう。初利も感謝していた」
「いや、今日のオレたちは本当に何もしていない。力不足で申し訳ないですよ」
「そう自分を卑下することはない。お前たちは今日1日、オレたちの補佐としていろいろな雑務を手伝ってくれた。そういうのが割と助かるんだ」
「いや、でも今日、気魄師として何もしていないので……」
「気魄師になったからといって毎日のようにドンパチ戦闘するわけじゃない。むしろ今日みたいにどうでもいい雑務を片付けることの方が多い。そういう意味でお前たちは今日、文句ひとつ言わず手伝ってくれた。お前たちはいい気魄師になれる」
普段から寡黙なダルマがここまで饒舌に人を褒めるのも珍しいのだが、それを龍登たちが築くこともなかった。
「励ましてくれてありがとうございます。これを期に明日からまた、一層精進しますよ」
そう言ってダルマとも別れた。
* * *
その日の放課後、龍登はバイトで学園近くの商店街の中にあるラーメン店にいた。
龍登のバイト形態は少々特殊で、店ではなく、商店街そのものと契約している。商店街内の店が組合を作っており、龍登はそこと契約して、人手が足りないところに日によってヘルプとして入っているのだ。
なので、今日はラーメン屋だが、別の日には3つ隣のすし屋、また別の日には斜め右に店を構えるお好み焼き屋に入ったりと、いろいろな店にヘルプとして入っている。
もともと家である程度料理をしていた龍登だったが、ここでのバイトでさらに技術が増し、作れる料理のレパートリーが増えた。今では同じく料理ができるはずの姫花よりも専門的なメニューが作れるほどだ。
さて、そのラーメン屋内でだが、龍登が作業をしている間、店主が客と雑談を始めた。基本この商店街の店に来る客は常連が多く、このように会話が生じるのも珍しくない。
「そういや聞いたかご主人。3丁目の住宅街で神隠しが起きたんだってよ」
「へぇ、そいつは穏やかじゃねぇな。詳しく聞かせろよ」
「昨日だったか、さっき言った住宅街をたまたま歩いてたんだよ。普段は人っ子一人いねぇような場所なのにその日は大勢の警察が捜査をしている。何事かと思ったらその辺りで人が消えたっていうんだ」
「ふむふむ、それで?」
「危険だからって、そこで止められちまった。何でも、捜査中に妖気の痕跡が見つかったらしくてな」
すぐ近くで作業していたためたまたま聞いてしまっていた龍登だったが、その内容に既視感を覚え、思わずお客に話しかけてしまう。
「あの、すみません。その神隠しにあった人の名前ってわかりますか?」
「ん? なんだバイトの兄ちゃん、お前も興味あんのか。確か八影さんトコの息子さんだったかな。ちょうど兄ちゃんと同じくらいの年の」
「そう……ですか…………」
十中八九、今日初利の探偵事務所に訪れた案件だろう。
この様子だと、そこそこ大ごとになっているかもしれない。
「兄ちゃんも帰り道には気をつけな。何かの妖怪に攫われちまうかもしれないぜ」
「いや、ソイツは大丈夫だろう。何たってその子は新月学園の生徒だからな」
「ほぉ~、あの気魄師を養成するっていう学校かい。兄ちゃんもやるねぃ」
「まぁ、どうも」
お客に対しあいまいに返事をするも、龍登の思考は別のところにあった。
ミクトにああ言った手前、下手に首をつっ込む気はないが、やはり多少なりとも関りを持ってしまった以上、気になるものは気になる。
「そういや捜査の様子をチラッと見ることが出来たんだけどよ、よくわからねぇことがあんだよ。さっき言った妖気の痕跡、何でも塀の上とか、足場が細くて高いところに色濃く残っていたみたいだぜ」
「…………?」
聞きなれない情報が、耳に入ってきた。
* * *
――翌朝。
「あーーーもう! ガマンできなーーーい!!!」
お姫様の不満が爆発した。
「どうどうミクト」
姫花がミクトをなだめる。
「やっぱり昨日の事件、気になる?」
「当ったり前じゃない! こういった事件の解決に貢献してこそ気魄師、いえ、ヒーローというものよ!」
どうにも彼女には、気魄師=ヒーローという概念とヒーロー願望の両方があるらしい。
もっともそれは、春先のクーデターの際自分を助けた大介の勇姿に多大に影響されたため、という理由があるのだが。
「でも昨日大介が言った通り、どこまでいっても私たちは素人よ。ヘタに出しゃばってプロの方々に迷惑はかけられない。それは分かるわよね?」
「えぇ、それに関しては否定はしないわ。不服だけど」
頬を膨らませながらも姫花の発言には肯定するミクト。
「でもそれって邪魔にならないように操作するぶんには問題ないってことよね!」
「「「え?」」」
「こんなこともあろうかと、昨日の警察の捜査場所をアタシの部下の力を使って調べさせたの。今はもう引き払っているのも確認済みよ。既に捜査が終わっている場所の捜索、それならいいでしょ!」
思わず、ミクトの背後に控えているセピアの方を向いてしまう龍登たち3人。
「まぁ、この程度なら問題ないかと判断しましたので」
セピアは短く答える。
王族の力ってスゲー……、そう思わずにはいられなかった。
「まぁそのくらいならいいかも。でもそんなので満足するの?」
「いいの、流石に本格的に首つっ込むのは危険だって理解してるから。でもせめて“ごっこ”くらいはやらないと気が済まないの」
「わかった。じゃぁ放課後にね。今日は校外実習ないし」
こうして実行を取り付けてしまう大介。お姫さまにも意外と子供っぽいところがあるんだなと思いつつも、ミクトに聞こえないよう龍登は大介に問いかける。
「いいのか? そんな遊びに付き合って」
「うん。ミクトって王族だから、こんな風に放課後友達と遊ぶって経験ないみたいだからたまにはいいかもってね。そういう訳で龍登も姫花も参加してよ」
「まぁそういうことならいいけど……」
こうして、放課後に集まることが決まった。