3ー1
――60年前、夏。
セミの声がやかましく鳴り響く中、1人の少女と1匹の白い子ネコが出会った。
1人と1匹はすぐに友達になった。毎日毎日、暗くなるまで一緒に遊んだ。
しかし、そんな1人と1匹の間に暗い影が立ち込める。
女の子は、同じ年の近所の男の子たちからイジメを受けていた。
後になってみれば、それは気になる異性をついイジメてしまう幼い男の子の素直になれない心によるものだったのだが、そのイジメの対象が女の子と一緒に遊んでいた子ネコにまで飛び火してしまう。
真っ白い子ネコは、女の子のついでとばかりにイジメられた。棒で叩かれたり、腹を蹴られたりした。
その様子を女の子に見せた後、男の子たちは続けて女の子もイジメた。
子ネコはその晩、友達の女の子が傷つけられた怒りと、自らがイジメられた憎しみにより妖怪と化した。
次の日、妖怪となった白いネコは、男の子たちに報復をした。さすがに妖怪となったばかりのため、力不足で子供相手とはいえ、男の子たちを殺すことはできなかったが、それでも、二度と自分と女の子をイジメることができないよう恐怖を与えることはできた。
――コレデ、女ノ子トマタ一緒ニ遊ベル。
そう、思った子ネコはいつものように女の子を待った。
その日、女の子は来なかった。
次の日も、次の日も、そのまた次の日も。
待てども待てども、女の子は来ることはなかった。
そして、ネコは気づく。
――アァ、自分ハ裏切ラレタンダ。
自分は、少女のために男の子たちに報復したのに、少女は自分を捨てて逃げたのだと。
ネコの心は、激しい怒りに包まれた。
モウ、人間ハ信用シナイ。信用デキナイ。
友達ダト思ッテモ裏切ッテクル。
憎イ。憎イ。人間ガ憎イ。
ネコは、人間に報復することを決めた。
しかし、ネコは知っていた。この世界には人間が数多くいることを。
力をつけよう。今はじっと耐えて、憎き奴らを根絶やしにする力を蓄えるのだ。
こうして、白きネコの、長い修行の日々が始まった。
……。
…………。
………………。
長い、長い月日が流れた。
白きネコは、いつしかその体毛に妖気をまとわせ、白銀を思わせるような美しい体躯を手に入れていた。
しかし、それはほんの付加要素にすぎない。
我が身から溢れるほどの莫大な妖力。
ネコの妖怪なら扱うことが出来るであろう妖術の数々の習得。
今や白ネコは、強大な妖怪と成っていた。
――さぁ、準備は整った。
夕暮れ、人通りの少ない住宅街のとある道、1人の少年が通るのを見かける。
――手始めに、アイツから手をかけようか。
白銀のネコ妖怪は、目についた少年に忍び寄る。さぁ、宴の始まりだ。
なぜ、この少年を選んだのか、それは“運命”と呼ばれる、目には見えない大いなる流れによるものだったのかもしれない。
* * *
その日、龍登の教室内では皆がそわそわしていた。
というのも、今日から校外実習が解禁されるのだ。
普段、彼ら新月学園の生徒は気魄師としての技量を磨いているが、言ってしまえばそれは学内での話。当然学外でのみだりな使用は禁じられている。
しかし今日から始まる校外実習では、学外の資格を持った大人たちの監修の元、実践的な現場での気魄の使用が許されるのだ。
それはまるで、今まで秘密裏に特訓していたヒーローが、初めて表舞台に立ち、活躍する――そんな心境に似ていた(実際は全然違うが、彼らにとってはそういう気分なのである)。
校外実習はクラス内でだいたい3~5人ほどの班を作り、1班ごとに監視が1人就く。
その班分けも事前に済んでおり、今朝はその班ごとに集まって話をしながら、朝のHRまでの時間をつぶしていた。
「でも、こんな一大イベントに参加できるなんてラッキーだったわ。それも、大介とい・っ・しょ♪」
そう言ったのは、先週からクラスメートとなったオルドスティア王国の姫、ミクト・オルドスティア。
その背後には、ケガが完治し、ミクトの側近として龍登たちのクラスに配属されたセピアの姿もあった。
「あはは。でもミクトは視察という形で新月学園に在籍してるだけで、気魄師としての能力はないんだから気をつけておいてね。オレとしてはこの実習に参加するのも反対なんだから」
ミクトの発言に、今や学年一イケメンなんじゃないかと囁かれるようになった少年、智立大介が返事を返す。182cmという高い身長と温和な性格、転校してから見せた勉強・運動問わず保持する高いスペック……など、女子が放っとくはずがない人物であるが、現状彼に近づこうとする女子はいなかった。
その理由が、先ほどから大介の話し相手となっているミクトだ。彼女は転校早々、どういう訳か大介に熱烈にアピールしており、さすがにお姫様が相手じゃ……と女性陣が身を引いてしまうからである。
ちなみに、ミクトが大介に惚れている理由は、彼女の国でクーデターが起きた際、大介に命を救われたからなのだが、それを知る生徒はこの場にはいない。
――この2人以外は。
「それにしても、オレたちの監督ってどんな人なんだろうな」
「やっぱり龍登も気になるんだ。今日から始まる実習」
「まぁそりゃぁな。気にならない方がおかしいだろ」
大介の幼馴染、瀬東龍登と美桜姫花だ。
龍登は身長167cmと、大介と並ぶと小さく見えてしまうがこれでも大介と同年齢である。
一方姫花は165cmと、龍登と2cmしか身長差がなく、同学年の女子と比べても背が高い。グラマラスな体型も相まってとても同い年には見えない、とはクラスメートの女子の談だ。
2人は先日、偶然にもミクトと出会いオルドスティア王国のクーデター騒動の後始末に巻き込まれてしまい、それを機に自分たちの幼馴染が異国にて活躍した話を聞いたのだ。
最初、古くからの付き合いであるはずのこの友人はいつの間にそんな大きな事件に関わっていたのかと驚いたものだったが、一国の姫と思えないくらいフレンドリーなミクトと付き合ううちに、そういった感情はいつの間にやら薄れていった。
瀬東龍登、美桜姫花、智立大介、ミクト・オルドスティア、上で説明した以上の4人が、今回の実習における班の1つとして集まったメンバーである。
「あの、私も一応入っているのですが……」
セピアのことを忘れていた。
彼女もミクトの付き添いという形で、龍登たちの班に加えられている。
* * *
キーンコーンカーンコーン。
「さぁー、授業を始めるぞ。お前たち待望の、校外実習だ」
どことなく落ち着かず、集中しきれないまま生徒たちは授業をこなしていたが、やがてその時はやってくる。
口こそ黙ったままだが、体がウズウズし誰よりも真っ先に動き出す者、ウオォーーー!!! とムダに叫ぶ者、などなどいろいろな反応があったが、皆がそれぞれ指定された場所に向かう。そこで今日の監督となる人物と対面するのだ。
そんな訳で龍登たちの班は近所の公園に来ていた。
「ところで、何で学校外の人に監督頼むの? そういった資格なら先生たちも持っているでしょ?」
「そりゃもちろん持ってるよ。でも複数人の班に1人就くっていっても他のクラスもあるからね、いくら何でも先生だけじゃ人数足りないよ」
「あ、そっか」
監督の人を待つ間、ミクトは疑問を口にし、それに大介が答える。
「でも学外だからってよく簡単に人が集まったわね」
「今日本では気魄師が半ば飽和状態だからな。だから大半の人は技術を最低限叩き込んまれるだけで気魄師にはならないんだよ」
「いわば地域の消防団みたいなもんだな。基本的には別の職を持っているけど、有事の際には気魄師としても動けるってカンジだ」
日本に来てまだ日が浅いミクトはまだまだこの国の常識が身についていない。
疑問が生じるたびに口にしては、それを龍登たちが代わる代わる答える。
――そうやって時間を潰しているうちに、
「あ、来たみたいよ」
姫花が言ったように、1人の男がやって来る…………が。
「「「「「……………………」」」」」
その姿を見て、龍登たちは固まらずにはいられなかった。
普段、メイドとして影に徹し、表情をほとんど表に出さないセピアでさえ、動揺を隠せていなかったほどだ。
「やぁ少年少女たち! 君たちが新月学園の生徒かな? 俺は今日君たちを担当する出良初利だ、よろしくな!!」
そう自己紹介した目の前の男――出良初利は筋骨隆々とした肉体を惜しげもなく見せつけながら、ガハハと笑った。…………そう、肉体が見えているのである。何故かこの男、上半身素っ裸にバスタオルを肩にかけるという、訳の分からない格好をしていたのだ。
「俺はこの近くで妖怪ダルマと組んで探偵業をやっている者だ。後で相棒も紹介するぜ」
しかもこの男、探偵だという。こんな尾行でもしようものなら真っ先に気づかれそうな格好で、果たしてちゃんと職務を全うできるのだろうか、と不安の尽きない龍登たちであったが、
「スゴーイ! 日本には色々な探偵がいるのね」
「「「いや、ないよ!!!」」」
一足先に復活したミクトがトンチンカンな反応を示し、それに思わずツッコミをいれてしまう龍登たち3人。
「え? でも日本って『見た目は子供、頭脳は大人』な名探偵や『ジッチャンの名に懸けて』って言う名探偵とかいるんでしょう? だったらこんなボディービルダーみたいな探偵さんがいたって別に変じゃ……」
「いやいやいや! 日本にだってそんな探偵がポンポンいる訳じゃないよ!!」
あと、その2人を目の前の変人探偵と同列に扱ってはいけない気がする。
「がっはっはっは! 若人たちよ、元気があって結構! それでは行くぞ」
* * *
出良氏と行動を共にして数分。その短い間で感じた彼の印象は、ズバリ“超善人”だということだ。
校外実習とは言え、当然路上で気魄をバカスカ撃ちまくるわけもなく、基本的に監督となる人物のサポートをしながら、必要に応じて監督者の許可のもと気魄を使用するようになっている。
そういう訳で龍登たちも出良氏をサポートすることとなっているのだが、街に出た彼の振る舞いはまさに“善人”のそれだった。
別行動をとっていた彼の相棒のダルマと合流した後、すぐさま、下校途中の小学生を見かけると一緒に手を上げて横断歩道を渡り、道に迷ったおばあさんを見つけると、道案内をするだけでなく重そうな荷物を持ってあげたり。
そのせいか、明らかに変な格好をしている割に街中の人からの印象は好意的なようで、すれ違うたびにしょっちゅう挨拶を交わしている。
「何というか、人は見かけによらないものね……」
ポツリと漏れた姫花のコトバに無言で肯定する他の面々。
今日1日、誰1人として気魄を使っていないのだが、そんな事など気にならないくらいのインパクトを受け、出良班のメンバーはだんまりしてしまっていた。
と、そこで事件が起こった。
なんと目の前で引ったくりが起きたのだ。
スクーターに乗った男が身なりの良さそうな老婦人のカバンを掴み、奪い取る。
一瞬のことに、見ていた人たちはもちろん、被害者本人である老婆も、何が起こったのかわからず固まる。
その一瞬の間に、スクーターは違法改造でも行っているのか、普通ではありえない速度へと加速し、あっという間に距離をとる。
ようやく事態を把握し、動き出そうとする龍登たち。しかし反応が遅れ、今からでは間に合わないと諦めかけるも、――彼らより早く反応し、動き出した者たちがいた。
「むうううぅぅぅ、『火ッッッ、ダルマァァァ』!!!」
先ほどまで龍登たちと共に行動しながら、無言を貫いていたダルマが、地面を踏ん張ったかと思うと、いきなり炎に包まれながら、引ったくりの方へと飛んで行った。
そのまま、文字通りの火ダルマは、引ったくりの近くの道路に着弾。直撃こそしなかったものの、爆風で引ったくりのスクーターを転倒させることに成功した。
「「「!!!」」」
いろいろ言いたいことがあるが、今はあの引ったくりを捕まえるのが先だと行動に移す龍登たち。
ダルマと同時に動き出していた出良氏の後を追いかける。
しかしここで引ったくりも起き上がり、あろうことかスクーターを出良氏に向けて発進させた。
このまま逃げるより、距離を詰めてきた男たちを負傷させてから逃げるのが得策だと考えたのだろう。運の悪いことに転倒の際に壊れることのなかったスクーターはそのまま猛スピードで出良氏に突進してくる。
「あぶない!」
思わず叫んでしまう龍登。しかし急すぎて今から自分が行動を起こしてもどうすることもできない――。
「どっせえええぇぇぇぇぇい!!!」
――と、考えていたところで、あろうことか出良氏はスクーターを素手で止めてしまった。
そのままヒョイッっとスクーターごと犯人を投げ飛ばし、犯人を確保する出良氏。
「「「「「……………………」」」」」
いろいろとぶっ飛んだ光景に、龍登たちは押し黙るしかなかった。