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――そして放課後、
「よし、それじゃ、しゅっぱーつ!」
姫花の意気揚々とした掛声と共に買い出しに向かうこととなった龍登。
「ところでその買い物はどこでするんだ?」
「ん~とね、駅の北側の大型ショッピングモールのつもり」
「てことは、商店街と逆方向か」
「あそこの日用品店で欲しいものは買えるし、それが終わったら休憩がてらカフェでお茶しようよ」
「おっ、いいな。じゃあその予定でいくか」
(あれ? これって巷でいう『デート』ってヤツじゃ…………、そんな訳ないか)
道中、そんな疑問が頭に浮かび、即座に否定しつつもスマートフォンのアプリでショッピングモールの店の情報を参考に今日の買い物の予定を姫花と練る龍登。
そうやって考え事をしながら歩いていたからだろうか――。
「はっ、はっ、…………キャッ!」
前方から走ってくる少女への反応が、少し遅れたのは。
「おっと」
ぶつかる寸前、龍登は少女の両肩に手を添えて、倒れないよう軽く後方へ押した。
結果、その少女は驚きに声をあげ、少しよろめくもののその場に踏みとどまった。
「すみません、急いでたもので前方への注意が不足してました!」
「いや、それはこちらも同じだから。それよりケガはない?」
「あ、ハイ。大丈夫です。…………!! スミマセン! ちょっとこちらに来てください!」
「え!? ちょっと……」
何かに気づいた様子の少女の手によって強引に人気のないビルの物陰に押し込まれる2人。
やたら切羽詰まった顔で静かにするようジェスチャーで言われたので息を殺すこと数分、辺りが少しドタドタと騒がしくなり、それが遠のくと「……もういいかな」と少女は小声で呟いて龍登たちを解放した。
「ふぅ~。あ、申し訳ありません! 急に変なことに巻き込んでしまって……」
「いや、それは大丈夫なんだけど……、もしかして誰かに追われてるの?」
マンガじゃあるまいしそんなことはないだろうと心の中で思いつつ、何の気なしに聞いてみる姫花。
「あ、ハイ。実はそうなんです」
そんなことあった。
「あの、それで……不躾なお願いなんですが、追手の目を欺くためにも、少しの間お二人に同行させてもらっていいでしょうか!?」
そう言いながら少女は目深に被ったキャップの帽子を取りながら深々と頭を下げた。
その拍子に、少女の長い金色の髪がふわりとなびく。
どうやら、現実というのもマンガに劣らず、なかなかに奇異なもののようだ。
「……ところで龍登。さっきぶつかった時、どさくさに紛れてあの子の変なトコ触ったりしてないわよね?」
「ンなことしないよ!」
「ホントに? あの子、凄い美人だったからなぁ……、ちょっと魔が差したり……なんてしてない?」
「してないってば!!」
* * *
「そう。あなた、『ミクト』っていうの」
「はい。お二人ともそう呼んでください。私もお二人のこと、『リュート』『ヒメカ』って呼びます」
そんなこんなで、ミクトと名乗った少女は、龍登たちの買い物に同行することとなった。
「確認なんだけど、何で追われてたんだ? まさか、何か悪いことをしたんじゃないよな?」
龍登が少し厳しめに質問する。
「ちょっと龍登、その聞き方は失礼よ」
「そうかもな。でもな姫花、本当に悪いことをしたのなら、オレはその分の罪を償うべきだと思ってる」
「まぁ、それはそうかもしれないけど……、だからって聞き方ってものがあるでしょ」
「あはは……、大丈夫だよヒメカ。そう思われても仕方ないよね。でも安心して、やましいことは何もしてないから。少なくとも食い逃げして逃げてきたとか、そんなことは絶対にない」
「まぁ、それならいいんだが……」
堂々とした態度でキッパリと言い切るミクトに、龍登は引き下がる。
「ごめんなさい。龍登も悪気があったわけじゃないの。ただちょっと言い方が下手だったというか、そういうとこ不器用なところがあるから……。今日少し機嫌が悪いのかしら」
「あはは、そりゃ2人っきりのデートを邪魔しちゃったんだもん。不機嫌にもなるよ。ホントごめんね」
「「で、デート!?」」
突然のミクトの発言に龍登たちの間で動揺が走る。
「あれ、違った? これでもかって肩寄せ合って密着してて、とっても仲良さそうなカップルに見えたよ」
「あれはその、これから行く店のリサーチというか……」
「そう、それで2人でケータイ見てたから必然的に肩を寄せ合う形になっただけで……」
「ふふっ、じゃあそういうことにしてあげる♪ ところでドコに向かうつもりだったの?」
ミクトにからかわれ釈然としない龍登たちだったが、とりあえず学校の備品を買うためショッピングモールに行くことを説明し、その過程で自分たちがこの付近にある気魄師養成学校『新月学園』の生徒であることを話す。
「へ~、ということは2人は『ソーラー』なんだ」
「まぁ、正確にはその卵だけどね」
「いいな~。私の国でもソーラーって人気の職業なんだよ。私も最低限の素質はあるらしいんだけど、全然戦えないんだよね」
「その金髪からして日本人じゃないと思ってたけど、やっぱりか。どこの国から来たんだ?」
「『オルドスティア王国』ってトコロ。聞いたことない?」
「赤道付近にある常夏の島国だっけ? そういえば最近親日化が進んでるって聞いたけど、何でだ?」
「あぁそれ、オルドスティア王国って名前の通り王制なんだけど、最近いろいろあって政治体系にガタが来始めちゃって……。それで近々民主制を取り入れようって話になって、日本の政治体系を参考にするようにしたの。日本政府もそれに協力的で、そういうこともあって最近親日化が進んでるんだよ」
「ふ~ん、そっちの情勢も大変なんだな…………っと、着いたぞ」
お互いのことについて話をしながら、目的地に着いた一行。
その後、龍登たちは目当ての買い物をパパっと済ませ、モール内にあるアイスクリーム店でアイスを注文しながら休憩に入っていた。
「ん~~~、おいしーーー!!! 日本のモールってとっても大きいし本当にいろいろなお店があるのね。このアイスクリームもすごく本格的!」
「有名なチェーン店のだからな……(本格的なアイスって何だろ?)」
「ちょっと飲み物取ってくるね。ミクト、何か欲しいものある?」
「どうしよっかな……、ちなみにリュートは何にするの?」
「龍登のは参考にしない方がいいわよ、セルフの緑茶だもの」
「あぁ、ちょっと冷えてきたからな」
「あ、じゃあ私もそれで」
「いいのか? セルフのだからそれほどおいしくないぞ」
「うん、私も少し冷えてきたし、それがいい」
こうして3人分のお茶を取ってきた姫花。席に着く際、荷物を軽く動かし、そこについていたキーホルダーがチャリンとなる。
「それにしても、さっきヒメカはよくリュートの飲み物が緑茶だってわかったね」
「まぁ長い付き合いだしね。龍登ってアイス好きなんだけど食べると必ずお腹冷やすらしくて、常に暖かい飲み物を一緒に置いとくんだよ」
「ヒメカってリュートのことよくわかってるんだね」
「ま、まあね」
「まるで長年一緒してきた奥さんみたい」
「ごふっ」
突然のミクトのセリフにお茶を詰まらせる龍登。
「ちょ、ちょっとミクト!?」
同様に姫花も顔を真っ赤にして慌てる。
「アハハ、でも2人ってとても仲いいよね。バッグに同じキーホルダーついてるし」
「コホン、これはオレたちの共通の幼馴染から貰ったプレゼントだよ」
「幼馴染?」
「うん。私と龍登は3歳の頃からの付き合いなんだけど、ほぼ同時期に仲良くなった幼馴染がいるの」
「ただソイツ、一度親の仕事の都合で遠くに引っ越しちまったんだよ。これは離れててもオレたちは友達だって貰ったものなんだ」
「でもね、最近その子帰ってきたんだよ!」
「そうなんだ! それはよかった。ところでそのキーホルダーって日本で流行ってるの? 前に国でそれと同じものを身につけてる日本人を見かけたことがあるんだよね」
「いや、その大介……あぁ、その幼馴染な、ソイツの親父さんが勤めてる会社の記念品のようなものでたくさん出回っているものではないハズだけど」
「ふぅん…………」
「今日はありがとね。すごく楽しかった」
「ここまででいいのか? 送ってくぞ」
「ううん、大丈夫。心配しないで」
「でも……、追われてたよね?」
「アハハ、今ここの近くのホテルに宿泊してるんだよ。ここまでくれば信頼できる人がすぐ迎えに来てくれるから」
「この辺て……、すぐそこの高級ホテルしかないじゃんか。まさかそこに泊まってるのか?」
「まーその辺はヒミツってことで♪ よかったら明日も会えないかな? 今日は楽しかったし、今度は別の場所を案内してほしいな……なんて」
「私は大丈夫だよ、龍登はバイト?」
「いや、オレも平気だ」
「うん。という訳でミクト、明日は私たち2人とも大丈夫だよ。今日と同じで学校終わってからでいい?」
「もちろん! せっかくだから待ち合わせ場所はココにしましょうか」
「え、ココ?」
「うん、私的にここならホテルから近いし都合がいいんだけど……ダメかな?」
「いや、問題ないよ」
「ありがとう! じゃあね2人とも、また明日ー!」
こうして龍登と姫花はミクトと別れ、学校の寮へと帰っていった。
* * *
その日の夜。
コンコン。
「どうした姫花? こんな夜遅くに」
「ちょっと話があるんだけど、いい?」
「あぁ、入ってくれ」
そう言って龍登は姫花を招き入れる。
新月学園は全寮制だが、その寮の形態はホテルに近い。1人1人に部屋が割り当てられ、確認がそこで生活をするのだが、学年や男女によって異なるフロアといった概念がない。よって男子生徒の隣の部屋が女子生徒というのはよくある。実際、龍登と姫花は隣同士の部屋に割り当てられている。なのでこのように親しい者同士がお互いの部屋に出入りするのは珍しい話ではないのだ。
「今日会ったミクトさんのこと。彼女どっかで見たことあると思ってたんだけど――」
姫花は適当にベッドに腰を掛けると、そう切り出しながら持ってきたスマホの画面を龍登に見せた。
「彼女、オルドスティア王国の王女様だったみたい」
「――――――」
そこに表示されていたのは、あるニュースサイトの記事。見出しには「オルドスティア王国王女ミクト・オルドスティア電撃来日!」と書かれている。そして同記事に堂々と写っている金髪の少女の顔は、今日の放課後自分たちが街を案内した彼女のそれだった。
「…………え、でもオルドスティアの王女様って国王の一人娘だろ? そんな簡単に外出が許されるものなのか?」
突然のことに軽く固まった龍登だったが、すぐさま気を取り直し浮かんだ疑問を口にする。
「今日会った時に『追われてた』って言ってたじゃない。それってつまりそういうことなんじゃないかな」
龍登は、姫花が言ったことを頭の中で反芻する。『王族』『追われていた』、しかし今日出歩いた様子はやたら楽しそうだった。……ひょっとしてスキを見て警備から脱走してきたのだろうか?
「……姫花は明日、会うのはやめるべきだと思っているのか?」
「そうね、もしかしたら危険なことに足を踏み入れることになるかもしれない。……でも」
そこでいったん区切った姫花は、堂々と宣言する。
「それでも私は彼女に会いたいかな。今日の彼女、凄く楽しそうに笑ってたから。あの笑顔を裏切るのはちょっとね」
姫花は照れ臭そうに頬を染めながら軽く笑う。
「やっぱり龍登は反対?」
「いや、オレも姫花と同意見だ」
別れ際のミクトの笑顔は明日合うのが楽しみで待ちきれないという感情がにじみ出ていた。王族としていろいろ不自由もあるだろう。そんな彼女の期待を裏切るのは忍びない。
「何より約束したからな、『明日会う』って」
「うん!」
姫花は嬉しそうにうなずく。
「でも万が一危険なことが起きた時のために何かしら準備をしておこう」
「そうね。例えば?」
「まず携帯のGPS機能をオンにしてオレたちの場所がすぐわかるようにしよう。あと警察にすぐ連絡ができるように携帯を――」
こうして、この夜龍登と姫花は作戦会議に時間を費やしてから眠りにつくのだった。