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今回はプロローグのようなものなので、短くなっています
――轟。
辺り一面が炎で包まれている。
ここはだだっ広いビルの中、いや、さっきまでビルだった廃墟の中といった方が正しいか。少なくとも今轟々と燃え上がっているこの炎を消せば、そこに残るのは間違いなく廃墟と呼べるものであろう。
「うええぇぇぇん、おかーさん、どこぉ」
そんな炎に包まれた建物の中、1人の幼い男の子が場違いに歩いていた。服のあちこちは、焼けてしまったのか焦げてボロボロになっており、体もススで汚れている。
そしてなにより、その子供は顔をクシャクシャにして泣いていた。
無理もない。見渡せば辺り一面火の海、大の大人が見ても絶望するその光景は、まだ5歳である彼にとって1人でさまようことは恐怖以外の何ものでもないだろう。泣きながら母を呼ぶのも当然である。
――しばらくして、
泣き叫びながら歩いていた少年は、ふと横たわっている人影を見つけた。
大きさから見るに大人のようだ。
こんな環境で初めて見つけた大人だ。もしかしたら助けてくれるかもしれない。少年の心に小さな希望の光が灯った。
急いで駆け寄る。
しかし、まだ幼いうえにこの過酷な環境が成熟しているとは言い難い少年の思考力を大いに狂わせたのだろう、その人影が横になっているという事実が何を意味するのか、少年を判断へと至らせなかった。
そこにいたのは――
全身血だらけの息も絶え絶えの見知らぬ女の人であった。
「う、あっ、うぅ……」
うめく女性に、泣くことも忘れ息を詰まらせる少年。
見ているだけで苦しみが伝わってくるその姿は、精神が未熟な彼にとっては周りの景色を忘れさせ、新たな恐怖を呼び起こさせるのに十分な光景だった。
―――そして、
最後の振り絞った力が抜けたのか、
操り人形の糸が唐突に切れたかのように、
わずかに上がっていた腕が重力に従い、垂直に落ちた。
女性は、少年の見ている目の前で息絶えたのだ。
「う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
* * *
人が“異なる者”に思いを巡らすようになったのはいったいいつ頃になってからだろうか。
江戸、室町、鎌倉、平安、奈良、いや、それよりもはるか昔から、異なる者――妖怪たちは長きに渡る時を渡り、場所と共に姿を変え、多種多様な姿を持ちながらも、人の心の中に確かに存在していた。
そして、そんな妖怪たちが科学の発達した21世紀半ばにおいて、存在が確認された。
科学を礎とした時代において突如非科学の存在が姿を現す。当然その事実に当初世界は大混乱に陥った。が、それも今では昔の話、時が経った今では妖怪は人間社会に溶け込んでいる。
さらに、自然を我が家とする妖怪と協力することで地球の環境問題はほぼ改善されていた。
そんなこともあって、今となっては妖怪は立派な「日常」の一部となっているのであった。
――しかし、
そんな世の中になっても、他種族に対する差別はなくならず、「この世は人間のものだ」とか「人間は妖怪にとってのエサでしかない」というような危険な思想を持った輩も、少数ではあるものの人間、妖怪の両サイドに確かに存在していた。
このような連中に対抗する者たちを、妖怪の存在より少し後、オカルト分野の研究により発見された特殊な力を持つ人間が務める。
彼らはとある組織に属し、時には暴徒化する妖怪たちと戦闘を行うこともある。
そんな人物たちを、人々はこう呼ぶのだ。
『気魄師』と――。
* * *
「ではこれより、模擬戦を開始する。木崎成光、瀬東龍登、所定の位置へ」
ジャージ姿に首からホイッスルを下げた、いかにも体育教師といった服装の男(実際体育教師なのだが)が声をあげ、それを合図に2人の少年が10mほど離れて対峙した。
一方は髪を染めたいかにも軽そうな、しかし顔立ちはイケメンと呼んでも差し支えないくらい整った少年。もう一方は目が隠れるまでに髪が伸びた、それ以外にこれといった特徴のない少年。
双方が指定の位置に着いたことを確認した教師が叫ぶ。
「両者準備はいいな? では、始め!」
――瞬間、
二人の体を、“オーラ”としか形容できない、モヤのようなものが包んだ。
いや、正確に言うと二人の間にはわずかな、それでいて確かな差があった。
瀬東と呼ばれた、前髪で目が隠れた少年はただモヤに包まれただけだったが、木崎と呼ばれたチャラそうな少年はスズメバチ――それも彼の身の丈もあるほどの巨大な――が一瞬間姿を現し、それがモヤとなってからその体が包まれたのだ。
バチイイイィィィィィィィッッッッッ!
瞬間、二人は元いた場所の中央で拳をぶつけあっていた。
それは見る人によってはとても異常な光景であっただろう。なにせ互いの拳が相手の拳にぶつかっているのだから。
まばたきが終わるか否かの間に接近する猛スピードの相手の拳に自らの拳を合わせる。その行為を成功へと至らせるのに必要な動体視力や度胸がいかほどのものなのか、想像するのも難しい。
しかし、そんな二人が拮抗したのもほんの一瞬、
即座に、瀬東と呼ばれた少年が吹っ飛んだ。
ドカンッ、バコッ!
そのまま後方の壁に叩きつけられ、バウンドし床に落ちる。
「そこまで! 勝者、木崎成光!」
教師の無機質な決着宣言が辺りに響く。勝敗は、誰が見ても明らかだった。
明らかに普通と違う授業風景。しかしこれが、ここ「新月学園」の日常である。