第2話 -1-
「ベース、チューニングしたかー!?」「だれかチューナー貸してー!」「本番8分前だぞー!急げ―!」「ちょっと待って弦切れたー!」「はあ!?何してんだよ!?」
ここは緑ケ原高校中ホール、楽屋3。怒号の飛び交う中、広い楽屋の隅で、俺たちは各々楽器のチューニング等を済ませて出番待ちしていた。
「兄さんあと2たったの2つも後だよ、出番!緊張する~」
「落ち着け、なんか日本語が変だぞ?」
さて、俺こと瀬戸川律はため息を吐きながら答える。
急だったから仕方がないにしてもさすがに日本語おかしいだろ...。
まあ、俺だって本番を前に浮ついているから妹ー蒼空のことを言えたものでもないのだが...。
騒ぐ蒼空を横目に、俺の思考は3日前までさかのぼるのであった...。
「...いくらなんでも急じゃないか...?それは...?」
驚きつつ呟いたのは達彦。
「大丈夫だって、きっと」
軽く言うのは桜井。
「いや...だって...3日後だよ?厳しい気が...」
達彦はいまだ渋っているがしかし...
「いいんじゃないか?曲はこれまでにした曲を2,3曲すればいいし」
言ってみると。
「まあ僕たちだけでは決められない、帰って3人の意見も聞いてみよう」
とのこと。桜井は、そんなに厳格なものじゃないからゆるーくやっちゃって、といっていた。実際そうなのだろう。
部活に戻ると珠璃が二人に反省文(たぶん教師から課された課題だろう)を書かせており、俺達は、というか主に達彦が事の次第を説明した。え?俺?日本国には適材適所という言葉があってだな、俺はこういうのには向かんのだ。つまりニート根性こじらせた奴は働かなくてもい...違うか。違うね。
何はともあれ説明を終えた達彦は、
「というわけで、参加できると思う?」
実質決定権を持つ珠璃は、
「曲は、デタラメ、六一、アスノヨゾラでいいか?それならすぐに出来るだろう。」
と、曲を決める。出ること前提なんだ...。
ちなみに曲を説明すると、『DETARAME ROCK&ROLL THEORY』イロドリミドリ、『六兆年と一夜物語』KEM BOX、『アスノヨゾラ哨戒斑』Orangestar の三曲。すべて名曲である。
「それじゃ、達彦は桜井に報告、他は各自練習を始めろ」
珠璃が指示を出し各自行動を開始する。
俺はまず、自分の愛機即ちBUSKER`S JB をケースから取り出し、チューニング。高い音の弦から、G、D、A、Eに合わせ、アンプに接続、音量を調整してから、練習を始める。まずは基礎練。スケールをテンポ60から初めて、徐々に上げていく。テンポ180まででやめ、つぎに半音階に移る。これも同じくテンポ60から。それが終わって初めて曲に入る。捕捉しておくと、ストリングベースを弾くときには、この三倍ほどの手順を踏む。基礎練は大切な、音を出すための儀式みたいなものだ。少なくとも、俺にとっては。
等と考えていると、不意に声を掛けられた。
「兄さん、合わせよ?」
蒼空だ。手にはいつものエレキヴァイオリンではなく、ギター、ギブソン レスポール。さっきまで一人で練習していたのに、急に声を掛けてきた。
「いいけど。どうしてまた?」
ギターなら、本職の珠璃にきけばいいのに。そう言いたかったのだが。
「兄さんは、私と練習するの、嫌?」
「嫌じゃないし大体そういう意味じゃないって」
誰々だ双子は以心伝心だ、なんて言った奴は全く伝わっとらんぞ。
「そう、なら良かった~♪」
と、蒼空は安堵した用に呟く。
「ギターのことなら朱里に聞いたほうがいいんじゃないの?」
俺の疑問に、
「え?珠璃ちゃん?ダメだよ、今機嫌悪い。音に怒気が含まれてる。」
そっか。こいつ、人が出す音で感情が分かるのか。理由は能力。音さえ在れば何でも分かるらしい。
「…それに…せっかくなら…兄さんと…」
蒼空がなにか口を動かしたが、音にしていない。きっと能力で隠したのだろう。
「それじゃ、合わせようか。じゃあ、六一の5小節目アフタクトから、ワン、ツッ、サン」
合図に応じて、蒼空が激しく、美しいギターリフを奏で始める。そこに、ベースの重い刻みが入り、しばらくして歌唱パートに入る。
悲しい物語が蒼空の口から歌として歌られる。
そのまま最後まで通し、最後に、余韻を残して音が消えた。
「ま、ざっとこんなもんよ!」
どうよ、と薄い胸をはる蒼空。
の後頭部に手刀を当てる。
「あ痛っ、なにするのいたいじゃん!!」
「何がこんなもんだこの阿呆。まだ小手先のミスが多い。今から間違えた箇所もう一回やるよ」
それを聞いた蒼空の顔に驚愕、落胆の表情が浮かび、しかしギターを構え直して、言う。
「褒められるまでのレベルに仕上げてやるー!」と。
というのが3日前の出来事。
その後蒼空は下校ギリギリまで練習し、全くといっていいほどミスをしないようになった。
「おい、律。ステージに移動だ。始まるぞ!」
という珠璃の声で、ステージに移動する。
セッティングなんかが終わり。
静寂が訪れる。照明のついていないステージに突如、ピアノの音が流れ、そこに、一筋の光が当たる。この演出は、というか照明演出は全て俺の能力あってのものだ。
非常にゆっくりと落ち着きのある、優しく、悲しく、美しいメロディが流れる。リタルダントがかかり、ピアノが音を止める。同時に競り上がるかのような音が姿を表す。そうして始まるのは激しく美しいギターリフ。それにドラムとベースの伴奏が追随する。そうして静かな時が訪れ、悲しく、美しい歌が始まる。サビに近づくにつれ、徐々にクレッシェンド、フォルテシモになり、サビに突入…したところで。
突然ホールの壁が、砕け散った。窓ではない。壁が、だ。
必然、ホール内には混乱が訪れる。
訳もわからず逃げ出そうとし、入り口が氾濫する。
砕けた壁から、巨大な生物が顔を出す。見た目は、熊。しかし熊とは決定的に違う、大きな、ねじまがった、角。
そいつは明確な敵意を持って、俺達に飛びかかって来た。
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