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奴隷だった少女の話。1

「私、食器洗ってくるね」

「ありがとね、由莉」

晩ご飯も食べ終わり。

私は食器を洗いに…とは言っても軽く流して食洗機に突っ込むだけなのだが、キッチンに向かった。

そもそもシチューは大して落ちづらい汚れでもない、ちゃっちゃと洗う。

それにしても、レイラは謎の多い少女だ。

特に言葉。母さんから送られてきたメールに、言語的な問題は心配不要だ、と書いてあった。そして事実、レイラは私たちの国の言葉を話せるし、私たちの言葉を聞きとれているように思える。

だが彼女は北方の国の出身だ。この国の言葉を話せる理由が分からない。もちろん、彼女がこの国の言葉を勉強した可能性だってある。それに、あまり考えたくはないが…彼女と暮らしていた人間が私たちの国の出身だった可能性もある。

だが、後付けで勉強したとするならば、発音に違和感がなさすぎるし、かと言ってもともとこの国の言葉で暮らしていたにしてはぎこちない。

いずれにせよ、レイラには一度聞いてみるべきだろう。

などと考えているうちに手元の皿は全て食洗機に収まっていた。


「あ、由莉、ありがとねー」

「作ってもらってるしこれくらいはね」

正直大したことはしてないし、当たり前だとも思うけど…私が家事をするとお姉ちゃんは毎回、ありがとうと言ってくれる。律儀なお姉ちゃんだ。私も見習おう…。

「今、レイラちゃんにいくつか質問してたの」

「どんな質問?」

「うん、例えば…」

「れいらの、のうりょくのはなし、とか」

レイラはそう言って、立ち上がってから、とてとて、とこっちに歩いてきた。

「あおいおねえちゃん、みて、て…」

そう言って私の腰に腕を回して…

「ん」

私にキスをした。

「んん!?んー!んー!」

驚いて抵抗しようとするが、見た目よりも力が強い。

お互いの体温が溶けて一つになるみたいだった。

甘くて温かいなんとも言えない気持ちよさが、ゆっくりと頭を犯していく。

顔が熱くなるのを感じる。思考が白く染まっていく。

「ちょ、レイラちゃん⁉︎なにを…?」

お姉ちゃんが何か慌てているが、それどころじゃない。

「…ぷは」

レイラは舌を少しだけ私の口に忍ばせたあと、すぐに満足したように顔を離した。

レイラが腰を支えてくれていたからかろうじて立ててはいたものの、驚きすぎてか体に力が入らなくて、レイラが離れた途端、ぺたりと座り込んでしまった。

「にゃ、にゃに…?」

「おれんじのおねえちゃん…のうりょく、もらった」

「へ…?どういう…?」

「こういう、こと」

レイラが言った途端、スッと部屋全体が暗くなった。

不自然にレイラの手元だけが明るい。

「れいらの、のうりょく…まねっこ」

回らない頭を回して、何とか理解できた。

つまり彼女は、私の光を操る能力を()()したのだ。

「な、なにそれ…!?どういうこと…!?キスした意味は…!?」

お姉ちゃんは混乱してそうだ。

「あ…たいえき…もらえたら、まねっこ…しやすい、から」

…どういう理屈かは分からないけど、そういう事らしい。

「でもそれって…すごく、危ない、よね」

呆然とお姉ちゃんが言う。

その通りだ。

レイラのいう『まねっこ』が、どこまで真似出来るのかは分からないが、使い方を間違えたら危険な力であることに変わりはない。

「う、ん…おねえちゃんたちの、おかあさんにもいわれた」

あ、やっぱり…。

「そと、で…つかっちゃ、だめ…って」

まあ、そう言うしかないよね…。

「ねえ、由莉…どうしよっか」

どうしよっか、と言われましても。

「学校には…行けないよね…」

そう返すくらいしか思い浮かばない。

そもそもさっきのキスの余波が、まだ頭の7割を占めている。

「ことば、は…おねえちゃんたちの、おかあさん…まねっこした」

問題ないって…そういうことか。

「とんでもない能力だね…」

「そうだね…レイラ」

「…な、に?」

何とか思考を続けながら、話す。

「これから…どれくらいかはわからないけど、うちで暮らすことになるわけだよね」

「…?う、ん」

「急にキスするのは…やめてもらえると助かるな…」

心臓に悪いことこの上ない。

「あ…ん、わかっ、た」

「あとのことはお姉ちゃんに決めてもらって…」

「え、私?」

「ちょっと頭回らなすぎるから…ごめん…」

「あー、うん。部屋まで運ぼうか。持つよー」

お姉ちゃんは私をひょい、と持ち上げて運んでくれる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「これ…ちょっと恥ずかしい、かも」

意識すると急に恥ずかしくなってきた。

「今更何言ってるのー?あと寝る時はレイラちゃんと一緒に寝てね。部屋の準備まだだから」

「わかった…まさか腰が抜けて動けなくなるなんて…」

「由莉って初心で可愛いよねぇ。知ってたけど」

お姉ちゃんは悪戯に笑って茶化してくる。

「う、うるさい…」

「照れちゃってかーわいっ♡ついたよ」

「ありがと、お姉ちゃん」

「良いってことよ。それじゃ、私レイラちゃんとこれからの話してくるからね」

「うん、お願い」

「また後で来るね」

そう言ってお姉ちゃんは部屋から出て行った。

胸の中には、高揚感が渦巻いていた。



リビングに戻ると、レイラちゃんが不安そうな顔で迎えてくれた。

「おれんじのおねえちゃん、だいじょうぶ…?れいら…わるいこと、しちゃった…?」

「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけみたいだし」

「…よ、かった」

「じゃあ、これからの話をするね」

「これ、から?」

不思議そうに問い返してくるレイラに、私は答える。

「レイラちゃんは、学校にはしばらくは行けないと思うから、うちでお勉強することになると思う。丁度私たちも自由登校期間だし、大抵私達のどっちかは家にいると思う」

「う、ん」

「お勉強は私も教えるし、多分由莉も教えてくれる。私も、レイラちゃんの勉強をどうやって進めていくか、勉強しながらになっちゃうけど…」

「…ん」

「まずは、最低限必要な教科からやる予定だけど、もし興味があることとか、勉強したいことがあったら言ってね」

「…わかっ、た」

「それに、いつか1人で生活する時、困らないように、家事の仕方…料理とか、洗濯とか、掃除とかも教える。もし体力的にしんどい、とか休みたい、とかあったら言ってね」

「…あの」

「なあに?」

「…なんで?」

「なんでって…?」

「なんで、れいらのため、に…してくれる…?」

心から不思議そうに、レイラちゃんは続ける。

「『お前の教育にかける金はない、勉強なんかしてる暇があったら働け』…あるじさま、いってた。べんきょう、じかんと、おかね、もったいない…って」

レイラの口から、彼女が発したとは思えないほど流暢な日本語が流れた。

気になったが、問題はそこじゃない。

少し考えて、口を開く。

「…レイラちゃんに、楽しく生きて欲しいから、かな」

「たの、しく?」

「そう。この世界には、楽しいことがいっぱいある。ありすぎて、一度きりの人生じゃ経験しきれないくらい。だけど、それを知るには学がいる…勉強しなきゃいけない。勉強っていうのはね、人生を楽しくするためにあるものなんだよ」

「そう、なんだ」

「もちろん、勉強自体は大変なこともあるし、苦しいこともある。こんなのなんの役にも立たないって思うかもしれない。けど、もし役に立たなかったなら、役に立たなかったって経験になる。そういうふうに考えられるようになる。だから、レイラちゃんは勉強をしたほうがいい…っていうのは違うんだけど、してみるべきだと思うの」

「…う、ん」

レイラちゃんが若干困った顔をしている。

「ごめんね、難しかったかな?」

「うう、ん。なんとなく、だけど。オレンジのおねえちゃんがいってたこと、にてる。れいらに、楽しんでほしい、って」

考えること、同じなんだなぁ。

「そっか。大変かもしれないけど…やってみたら、楽しいかもね」

「うん、ごしゅじ、ん。ありが、とう」

急に呼び方が変わった。

「えーと…なんでご主人?」

「ん…なんとな、く?そんな感じがした、から」

「それってどんな感じ…?」

「あったかく、て…ついていきたい、な…っておもう、かんじ」

「…そっか。まあいいや。由莉のことはなんて呼ぶの?」

「ん…おねえちゃん…おふろのとき、そんなかんじ、した」

「そっか。…明日は、レイラちゃんの服、買いに行かなきゃね」

「う、ん…たの、しみ…」

レイラちゃんはかすかに微笑んだ。

彼女の表情は決して豊かではない。眉の動きでなんとなく分かる程度だ。

でも、今の表情は間違いなく笑顔だった。


「2人とも、はぐれないようにねー」

「もー、子供じゃ無いんだから」

「ひと…いっぱ、い」

一晩が過ぎ、私は由莉とレイラちゃんを連れて、隣町のモールまで来ていた。

言い方はアレだけど、ちびっ子2人を引き連れて歩く女子高生ってどんなふうに見えるんだろう。

姉妹に見えなくも無いかもしれないが、髪の色も違えば顔立ちも似てるとは言い難い。

職質など受けようものなら説明し切る自信がない。

「?お姉ちゃん、どうしたの?」

大きめのボアブルゾンと細身のジーンズという出立ちの由莉と、ロングコートにウシャンカ…いわゆるロシア帽を被ったレイラちゃん。なんだか温度感が違う。

「ごしゅ、じん?」

「ご主人呼びはやめてっ!?」

うっかりしていた。人前でこの呼ばれ方をするのはマズい…!!

「レイラ…家以外では蒼空のこと『そらお姉ちゃん』って呼ぶんだよー」

「わかっ、た。そら、おねえちゃん?」

可愛い。天使。やばい。

はっ!?語彙を失っている場合じゃない。

「どうしたの、レイラちゃん」

「ううん、ぼーっと、して見え、た…から」

「そっか、心配してくれてありがとね」

「…ん」

「はいはーい、イチャイチャしてないで行くぞー」

由莉がぺちぺちと手を叩いて言う。若干機嫌が悪そうな顔をしている気がするけど、気のせいかなぁ。

「まずは服なー」

そう言うと、さっさと歩いて行ってしまう。

変な由莉。

「どしたの由莉」

「どうもしてない。早く行くよ」

やっぱり。普段よりぶっきらぼうな感じだ。

うーん、よくわからないけど、保留でいいかなぁ。

「おねえ、ちゃん…しっと、みにく、い」

辛辣なレイラちゃんの小さな言葉は、私の耳に届くことはなかった。

風邪引いて一週間死んでます。

寝て、治します。

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