ゆう。
「やあ、久しぶりだね。元気だったかな?」
酷く中性的な声が響く。その声は、自分の背後から聞こえていた。
隣には、お姉ちゃん...蒼空が居る。やけに小さく見える。
「お前は、誰だ?」
自分の喉から発せられた声は、男のそれだった。
「誰だと言われると、誰だろうね。僕にも分からないや」
楽しそうな声が響く。
「訳のわかないことを言う声だね」
蒼空が口を開く。俺は、蒼空の手を握る。
「分からなくはないだろう?誰だって自分が何者で、どこから来たのかなんて分かりやしない。更に言うなら、なんの為に生きてるのか、もね」
それはそうかもしれない。
「でも、みんな自分を仮定するための言葉を持っている。俺なら律。妹なら蒼空みたいに」
「僕には名前が無いんだよ。僕を定義する物も、人も、言葉もない。面白いよね」
「悲しいことだね。少なくとも私は、そう思う」
「そんなことは無いさ。これで満足してる」
「お前が何かは分からないけど、さっきお前を定義する言葉はないと言ってた。だが、お前は『僕』と自分を呼んでいる。俺は、お前って呼んでいる。その時点でお前を定義する言葉はあるだろ?」
「面白いことを言うね、君は。いや、君たちは、と言った方がいいかい?」
「君は、何が言いたいの?」
蒼空が問う。
「何が言いたいわけでも無いさ。僕は、君たちとおしゃべりしたかったんだ」
「友達になりたかった?」
「そうじゃないよ、興味本意さ。強いて理由を挙げるのならそうだな...名前を付けてくれないか?」
「唐突だな。さっきは名前がなくてもいい、と言ってなかったか?なにか理由があるのか?」
「僕も自分を定義したくなったんだ」
「ホント、君は何を言いたいのかわかりづらいね。でも、名前は考えてあげる」
そう言って、蒼空はしばらく考え込む。
しばらくして、ふと思いついたように呟いた。
「ゆう、でどうかな。あなた、のゆう」
それを聞いた声は、またもや嬉しそうに、
「うん、気に入ったよ。ありがとう。」
と言った。
「気に入ってもらえてよかったよ」
蒼空が言う。
「大切にするよ。それじゃあ、また会おうね。蒼空に律。それから...由莉もね」
目が覚めた。
スマホのアラームがけたたましく鳴り響いている。
のそり、と起き出してそれを止める。
「...夢?それにしては、やけにハッキリしてたなぁ」
そう、思わず呟いた声は、少女のものだった。
「お姉ちゃん起こしに行かないと...」
そう言って、少し伸びをしてから立ち上がる。
そのまま姉、蒼空の部屋に向かう。
「お姉ちゃん、朝だよ。起きて...る?珍しいね」
お姉ちゃんの部屋のドアを開くと、既にベッドに腰掛けている姉の姿があった。
「ゆう、か」
お姉ちゃんが呟いた。
「お姉ちゃん、なんで私の夢の内容知ってるの?」
「え...?私は...夢の中で声に名前をつけた夢を見たの。女の子とも、男の子とも取れる声で、名前が無いって言ってたから」
「同じだ...それで、お姉ちゃんが、『ゆう』って名前をつけたんだ。あなたっていう意味だって」
「二人が同じ夢を見る...そんなこと、あるのかな?」
「普通はないんじゃないかな...まあでも、偶然かもしれないし」
「そうだよね...とりあえず、学校行く準備しよっか」
「...そうだね」
釈然としない気分で、私は学校へ行くための支度を始めたのだった。
「ねえ由莉」
「なに?」
「夢の話なんだけどさ」
「...うん」
「あの声...ゆうは寂しそうだったよね」
そういったお姉ちゃんは、あの声のことを案じてるみたいだった。
「そうかもね。でも、名前を付けてもらってからは...嬉しそうにしてた」
「だといいんだけどね...」
登校中、そんな話をした。
「やっほっほー!瀬戸川姉妹いるー?」
教室に入ってきて、開口一番これである。
「やっほー寧華ちゃん。どうかしたの?」
近くでお弁当を広げかけていたお姉ちゃんが返事をした。
「やほー、寧華」
私も一応返事はしておく。
「ちょっくら話したいことがあってねー、昼食をご一緒させていただきたく!」
「いいよー」
「大丈夫だよー」
「よっしゃぜ!」
そういって寧華は迅の席を引っ張ってくる。
「今日見た夢の話なんだけどさー」
「!?」
蒼空と目を合わせる。
「どしたの二人とも、ボクまだ何も言ってないよ?」
私は恐る恐る寧華に尋ねる。
「その夢、もしかして...声に、名前を付けてって頼まれる夢じゃなかった?」
すると寧華は首を横に振って、それから首を傾げた。
「ううん。名前を付けて、とは言われなかったな。絵を描いてほしいって言われた。僕の声に合うようなって」
「それで...描いたの?」
「うん。声だけじゃ男の子か女の子かわからなかったから、そんなイメージで中性的な子を。「僕」って言ってたから男の子かとも思ったけど、ボクみたいな例外もいるしね。それで、話の中で二人の名前が出てきたから、嬉しくなって話しにきちゃった」
「そっかぁ...なんなんだろう、この夢」
「?どういうこと?」
「そっか、まだ寧華には説明してなかったね」
かくかくしかじか。
「はへぇ~そうなんだねぇ...ゆう、か。いい名前だね。漢字は優?」
「あ、そこまで考えてなかったな...イメージとしては憂って感じだけど...そもそもがYouだからなぁ...」
「じゃあ仮で憂ちゃんとしよう。憂ちゃんは...ボクたちに何か伝えたいことがあるのかな?」
「伝えるというよりかは、もっと他の...何かを知りたい?」
私の言葉を無視して、というよりかは気がかりなことがある、といった表情で蒼空は、
「...あの子からは、ずっと一人でいたような、寂しい感じがする」
と言った。
「どうしてそう思ったの?」
過時の問に、
「うーん...なんとなく?」
自信なさげな蒼空が答えた。
続けて、
「昔の私に似てるな、って思ったの」
とも言った。
それにどういう意図があったのか、私にはさっぱり分からなかった。
続きます。多分。




