第八話 死地
梃徒がカースト上位陣に絡まれてから一週間が経った。
あれから桿那が彼らと話しているところを見なくなった。いや、正確にはあれから桿那に誰も接触しなくなった。
つまり、桿那が避けているのではなく彼らが避けているのだ。
梃徒はその状況に、少なからず違和感を覚えたが、誰もそれを口にはしなかったので彼も特に意識を強めることはしなかった。
それもあり、桿那はさらに梃徒に近づくことになった。
「ねえ、今日の放課後パフェ食べいこうよ!」
「パフェって、最近駅前にできたところ?」
「うん! あそこのお店原宿で人気のお店らしいんだ。まさかこんな田舎に店舗出すなんて奇跡だよ!」
「奇跡ね」
梃徒は今やもう桿那と普通に会話する関係となっていた。
そしてそれは学校でも周知の事実である。
そのため、逆に梃徒は彼女を、特別意識することがなくなってきている自分に、薄々気が付いていた。
(なんか不思議な感覚だな)
まさか自分が桿那のような人種に対して、何も劣等感などを感じずに暮らし始めているとは、梃徒の中ではかなり驚きの現状だ。
「ねえ、いいでしょ? 行こうよ!」
「うーん」
「何か予定でもあるの?」
「いや、特にあるわけじゃないけど…」
「それじゃ決定え! いざ尋常に参ろう!」
「どうしていきなり武士口調?」
「そりゃ、今から死地に赴くわけだからね」
「死地?」
「そう! 乙女はデザートに弱いのです」
桿那は梃徒に満面の笑みを向けた。
「弱いのですか」
「うん!」
結局、梃徒は桿那の強引に負けてパフェを一緒に食べに行くこととなった。
桿那が言っていたパフェのお店は流石渋谷で人気のお店だということで、開店から数日が経っているのにも関わらず梃徒たちが行く頃にはすでに行列ができていた。
「僕、これに並ぶ勇気がないんだけど」
「こういうのに並ぶのがまたいいんじゃないか少年! さ! いざ尋常に!」
「だから、なんなのその武士言葉」
「尋常に!」
梃徒は桿那に手を引っ張られて行列の最後列に並ばせられた。
まるで二人の今の状況はカップルだなと、心の隅で梃徒は思った。
(灘さんは、まったくそういう風には思ってないんだろうけどな)
「ねえ!」
「何?」
「いくつ食べる?」
「一つじゃないの?」
「もう、これだから君は駄目なんだよ」
そこで桿那が肩を軽く上げて、手も使ってやれやれという表情をした。
梃徒は、彼女を特に表情を変えないで見る。
「流石に、こんな行列に何回も並ぶなんてことはしたくないわけですよ!」
「まあ、そうだろうね」
「そこでだね」
桿那が人差し指で梃徒を指差した。
「私は考えたわけだよ。どうやったら、何回も並ぶのと同等の価値を、一度の来店で得ることができるのかとね!」
「それはすごい」
「聞きたいかい?」
「ぜひ聞かせて欲しいね」
桿那はこういうときに、どんな言葉を掛けても結局話すので、梃徒は反抗することをすでに諦めている。
「そうだろう。聞きたいだろう! それはね! 一度に何個も食べてしまえばいいんだよ」
まあ、そうだろうな。と梃徒は思った。
それ以外の答えを期待もしていなかった。
「でも、それだとお金が一気に掛かってしまうんじゃないですか? 教授」
「ははは、それなら心配いらないよ! 私はお金持ちだからね!」
そこで桿那が、一つのカードを取り出す。
「これは親からこっそり盗んできた通称打ち出の小槌! ブラックカードだ!!」
桿那の手には、彼女の言を裏付ける黒いクレジットカードが握られていた。
「流石ですね。教授」
「ははは、そうだろう! 私はすごいのだ!」
このやり取りをすでに、梃徒は彼女と出会ってから三度ほど体験していた。
だから、こういう話し方をするとき、彼女を教授と呼ぶと喜ぶことも知っている。
「ところで助手君!」
「なんでしょうか?」
「君には、これを食べてもらおうと思っているんだがね」
「え?」
桿那が指差す店頭にある商品紹介のところには、巨大なパフェの写真と、一人で二十分でそれを間食できたら、連れも含めたすべての商品の料金が無料になる。という趣旨の説明書きがあると、梃徒は理解する。
「え?」
「だから言っただろう? 死地だって」
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