第七話 壁ドン
やはり、学園のマドンナとの距離は考えるべきだったか……。
梃徒は今、ある人たちに呼び出されている。
「お前、調子乗ってんじゃねえぞ」
なんて典型的な脅し文句なんだろうかと、梃徒は冷静に分析していた。
「どうして、あんたなんかが、桿那と仲良くしてるのよ!」
しかし、この状況で男子のみならず女子がいるというのは、灘桿那だからこそと言うべきなのだろう。
現在は、昼休み。
梃徒は昼休みに入った瞬間に、友達に呼ばれた。そして、友達に呼び出された場所であるあまり誰も出入りしない屋上に続く階段に来ると、そこには友達ではなくこの人たち、灘桿那の友人数名が居たというわけだ。
梃徒の友人は、この人たちに脅されて彼をここに呼んだのだろう。
それに関しては仕方がないので別に友人に対して、憤慨の感情があるわけではない。むしろ、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないとさえ、梃徒は思っていた。
「いったいどんな手段使ったんだよ?」
ゴミ箱を蹴るドン! という音を立てながら、一人の長身の男が近づいてきた。
確か、バスケ部エースだった気がする。
その長身が無駄に高圧的だ。
「どうせ、なんか取り入るようなことしたんだろ?」
梃徒はどんどん壁際に追いやられて、今はもう壁が背中に当たっていた。
バン!
男の手が梃徒の顔の横を通って壁に当たる。
(か、壁ドンですか)
それは男が男にすると変なことになるんじゃないか。などど、梃徒は思っていた。
男通しのこういうのを見て、興奮する人もいるんですよ! と言いたい。
それにしても困った。これからどうすればここを切り抜けることができるのか、まるで梃徒はわからなかった。
「ここで誓えよ。もう桿那には関わらないって」
お前は何様なんだ。と梃徒は思う。
灘桿那、彼女の、いや彼女のみならず俺も含めた人の交友関係を、決めることができるほど立派な人間なのか?
本当、こういうカースト上位の人間は下の人間に対して、自分が本当に上位にいると勘違いをしているから困ったものだ。
梃徒は、相手の言葉に対しては何も答えなかった。
「おい! なんか言えよ!」
「…………」
「てめえ!」
「もうさ。一発くらいやっとけばいいんじゃない?」
「そうよ、少しくらい痛い目みないと駄目だと思うよ。社会の厳しさっていうの? そういうのはここで教えておかないと」
なんとも頭の悪い会話が梃徒の目の前で起こっていた。
彼らは少なくとも、灘桿那の友人、この状況から判断しただけなので実際はどうなのかはわからないが、おそらくそうだろう。
つまり、この学校で彼女と釣り合うと自分たちで思っている人間たちというわけだ。
だから多分、単純な勉強という面では、この中に梃徒よりもできる人間はいるのだろう。
でも、会話を聞いて、つくづく頭の良さっていうのは、勉強だけで計れないもんなんだな。と梃徒は思った。といっても梃徒も自分をそういう意味でも賢いと思ったことはないが。
「やっとくか?」
梃徒の目の前の長身の男が後ろの取り巻きに確認を取る。
こういう人種は、常に何事も忠実に民主主義を貫いている。そういう面では現代社会の鏡なんだろうな。
「よし。歯食いしばれよ」
取り巻きの許可を貰い。男が拳を振り上げた。
「あれえ? こんなところに居たの?」
そこに聞き覚えのある声が届く。
透き通る声で、色に例えると白、そんな声だ。
「か、桿那……」
取り巻きの一人が言う。
「もう、お昼一緒に食べようと思ってたのに、急に教室出て行くから探したんだよ?」
灘桿那が、梃徒たちの元に近づいてくる。
それを見て、拳を振り上げたままだった男は急にそれを下ろし、今まで梃徒には見せてないやさしい表情になって、桿那に近づいていった。
「なんだよ。桿那、昼なら俺たちと食えばいいじゃねえか」
「駄目。今日は梃徒君と食べるって決めたから」
「それならさ。一緒に食べようよ」
「もう。二人の愛の時間を邪魔するの?」
梃徒は、何が愛の時間だ。と思いながら、その場からゆっくりと動いて脱出しようとしていた。このまま居たらもっと面倒なことになる気がしてならなかったからだ。
「い、いやさ。そういうわけじゃなくて、多分あいつも賑やかなほうがいいと思ってるって」
「どうして、私よりあなたが梃徒君の気持ちを、知ってる前提なの?」
空気が変わる。
「え、いや。それは」
「私より、みんなのほうが梃徒君のこと知ってるってことなのかな? 私に内緒で梃徒君と仲良くなってたの?」
梃徒からすれば桿那はいつも通り、にこやかに会話をしている風に感じる。
しかし、彼意外の人間からすれば違っているらしい。みなの顔が強張っているのを梃徒は気が付いた。
「そ、そんなわけないだろ? こいつと一番仲がいいのは桿那に決まってるじゃないか」
「そうだよね。梃徒君と一番仲がいいのは私だよね? だって私たちはあんなことや、こんなことをし合った中なんだもの」
そう言って桿那はみなに微笑んだ。
梃徒は、その言葉で彼らがまた、自分に対して憎悪の表情を向けてくるのではと思い。反論体勢に入る。が、誰もこちらを見るものはいなかった。全員が桿那の行動に注視をしている。
(なんなんだ?)
梃徒は、それを不思議に思いながらも、ゆっくりと桿那の視界から離れようとした。
「じゃあ、梃徒君、一緒にお昼食べよっか。ね?」
桿那は、梃徒の横にすっと移動して腕を掴んだ。彼女の豊満な胸が押し当てられる。
「いや、僕は友達との約束が」
「じゃあ、私もそれに混ぜて」
「え」
梃徒は考えた。
梃徒たちがいつも昼食を食べているのは教室だ。そんなところで桿那が梃徒たちの中に入ってくればそれはもう目立つ。それに彼女は何を言い出すかわからない。もしも、何かいらぬことを言われたら、友達が梃徒を敬遠してしまうかもしれない。それは勘弁願いたかった。
梃徒は眉間にしわを寄せた後、桿那を見た。
「ふう。わかった。だけど、場所は校舎裏って条件なら」
「わお、秘密の逢引みたいだね。梃徒君大胆だあ」
こんな大衆の目の中で相手に聞こえる声で場所を指定したんだ。秘密もクソもないだろう。
「それにしてもよかったの?」
「何が?」
「友達だよ。あんな言い方したら、誤解がもっと広がって君の印象も悪くなるだろう?」
「友達? あの子達が?」
「え、そうじゃないの?」
「ああ、どうだろう。私はそんな風に思ったことないかな。なんか話しかけてきて、近くに一緒にいるだけの存在みたいな?」
「ふーん」
場所は校舎裏の花壇の近くだ。
梃徒と桿那はその花壇のレンガに腰を下ろして、それぞれの昼食を食べていた。
それにしても、桿那の彼らに対する印象を聞いて、梃徒は驚いた。
一見すると、彼らと桿那は、学校ではまさに親友の集まり。そんな風に見ることができるからだ。
(それがまあ、こんな反応だとはな)
もしかしたら、これまでの彼らに対する考えを、変えないといけないのかもしれない。梃徒はそう思った。
「まあ、私も別に一緒にいるくらいならいいかなって、思ってたんだけど、邪魔になるならもういいかな」
「え、何か言った?」
梃徒は桿那が小さく言った言葉を聞き取ることができなかった。
「なんでもないよ。さ! 食べよ食べよ!」
「食べよ食べよって、君、全然お昼食べないんだね」
梃徒は桿那の昼食を見て言う。
彼女の昼食は小さなパンと、栄養ゼリーの二つだけだった。
梃徒の自宅に来たときとは、かなりの量のご飯を平らげていたから、それとは雲泥の差である。
「ああ、私、普段は全然食べないんだあ」
「ふーん」
「でも、梃徒君と一緒にいると、なんでも楽しいから、お腹へっちゃうかもね!」
「その理屈はわからないな」
「君にはその力があるって話だよ」
「思考が飛躍してるよ」
「梃徒君!」
桿那が急に立ち上がった。
「いつか空の飛び方を
知りたいと思っている者は、
まず立ちあがり、
歩き、走り、登り、踊ることを
学ばなければならない。
その過程を飛ばして、
飛ぶことはできないのだ」
梃徒はその言葉に首をかしげた。
(いきなりどうした?!)
桿那はそれを天に向かって言った後、梃徒を振り向いて、満面の笑みを向けてくる。
「つまり、思考の飛躍ができるってことは、すべての過程を踏んだ人なのだよ。少年」
「左様で」
「あ、今、こいつ頭おかしいやつだと思ったでしょ?!」
「それは常に思っているよ」
と梃徒は即答できたが、流石にそこまでストレートに言うのは、まずいかなと思い。苦笑いに留めた。
「ふんだ! これを理解できないようじゃ、まだまだだね。君は飛躍できないよ!」
「僕は飛ばなくても、別にいいよ。歩みを続けることさへできればね」
「何、それカッコいい!!」
「え……」
適当に口にした恥ずかしいセリフが、桿那に嵌ったらしく、そこから褒め褒め攻撃が来たので、梃徒の顔は、今までとは違う理由で、赤くしっぱなしだった。
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