第三話 鳴り響く
梃徒は自宅でテレビをぼんやりと見ていた。
夕方のこの時間、テレビではニュース番組が基本的には行われている。
その内容は、やれ、どこどこの政治家が問題発言をしたとか、やれ、どこどこの地域で殺人だとか、やれ、どこどこで強盗だとか、やれどこどこで機密データが漏洩したとか。
そんな世の中の不幸な出来事と判断されるものが、どのキー局もほぼ同じ内容で放送されていた。
梃徒は、特にそれに興味があるわけではなかったが、なんとなく、この国に住んでいるのだから知っておかなければならないんじゃないかという、義務感。いや、それを自分が知っていることで何か国民としてしっかりしているという満足感を得るためにそれを見ていた。
梃徒が桿那と話すようになってから、早一週間が経とうとしていた。それはつまり、高校二年生としてそれだけの時間が経過したということだ。
彼女は、なぜか梃徒を頻繁に構う。
梃徒は、できれば自分には関わらないで欲しいと思っていたし、それを仄めかす言葉を幾度か彼女に投げかけたが、彼女はそれをまったく気にしなかった。
むしろ、嫌がれば嫌がるほど、喜んでいる印象だ。
梃徒は良くも悪くも普通の人間だ。
運動もできるといえばできる。だが、運動部に勝てるほどではない。
勉強もそうだ。それなりの大学に入れるといえば入れる。
だが、より高いレベルに受かるほどではない。
さらに、アニメや漫画などは見るし、ライトノベル系も読む。
だが、ヲタクかと言われれば、首を傾げてしまう。
梃徒は、テレビや各媒体で見るような情熱を注いではなかった。
そんな感じの物が、ごまんと梃徒の中に転がっていた。どれもただの石ころで、輝くものは一つとしてない。
そう。いわば中途半端な存在、それが適する人物が灘梃徒なのだ。
そして、梃徒自身がそれを一番理解していた。
だからこそ、困惑していた。
今の自分が置かれている状況に。
「はあ、わけがわからんな」
「本当にねえ」
梃徒の独り言に、キッチンで夕食を作っていた母親である才華が相槌を打った。
おそらく梃徒の言葉をニュースに対するものだと思ったのだろう。今テレビの報道番組では原子力発電所の機密がいかに大事かなどが紹介されていた。どれも専門用語や横文字ばかりで聞くのに疲れる内容だった。
「もうすぐ、ご飯出来上がるからね」
「了解」
ピンポーン!
頬杖を付いていた手をテーブルに置いて、今からトイレに行こうと思ったとき、インターホンの電子音が鳴った。
「あら、誰かしら、新聞の集金かしらね」
「集金なら月末だろ? 僕が出るよ」
「お願い」
梃徒はリビングの入り口付近にあるインターホンのカメラを覗く。
「え?!」
「どうしたの?」
梃徒は受話ボタンを押す。
「灘ですけど」
梃徒は相手が誰だかもわかっているし、その相手が誰を訪ねてきたのかも予想は着いていたが、決まり文句をわざと使った。なんとなく距離感を保ちたかったのかもしれない。
「あ、その声は梃徒君だね。私も灘でーす」
そう言うとカメラの映る人物はカメラに向かってピースをした。
梃徒はそれを見て、もし今、相手にしている人物が自分ではなく他の誰かだったとしたら、彼女はどうしたのだろう? とふと思った。ものすごく恥ずかしいことをしていることになる。
その可能性が考えられないわけではないだろうに、大胆というか、楽観的というか。
「どうしたの?」
「えっとね。今日は休みの日でしょ? それで来ちゃった」
桿那はそこでウインクをした。
ブチ。
梃徒はそこで通信を切断した。
(こういうときは関わらないほうがいい)
梃徒は一瞬自分の中に喜びの感情が隆起したのを感じたが、それを勢いよく沈めた。
こんなことで何かを勘違いをしてはいけない。
自分の立ち居地をいつも認識しておかなければと言い聞かす。
「あれ? 誰か知り合いじゃなかったの?」
「まあ、ほとんど知り合いじゃないかな」
「どういう意味よ」
才華が不思議そうな顔をする。
ピンポーン、ピンポーン、ピポピポピポピンポーン!
『開けてよ! 梃徒くーーーん!!』
「あんたのこと呼んでるわよ?」
「やっぱり?」
こういうときの才華の冷静さには、梃徒は救われると感じていた。いつも、彼のすることに彼女は黙って見ていてくれる。そしてもし道を踏み間違えそうになるとそっと支えてくれるのだ。
梃徒は仕方なく再度通話ボタンを押した。
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