第二十三話 かんな
神戸に着いてからは、スマホのアプリを使って調べた通りに進めば、すぐに京コンピュータ前駅に着き。それから目的地である、京というスーパーコンピュータがある国立研究開発法人理化学研究所 計算科学研究機構(RIKEN AICS)の前に着いた。
梃徒が腕時計で時間を確認すると、十九時十分前である。
「これからどうするんだ?」
「どうしよっか」
ここからは出たとこ勝負だ。
梃徒は辺りを見渡した。
数台の車が回りに止められている。
「うわ! びっくりした」
そのとき、一台の白い車が梃徒たちの近くに止まった。
真澄がそれとぶつかりそうになる。
そしてドアが開く。
「な、なんだ?」
「乗れってことなのかも」
梃徒は中をのぞく、運転席には誰も乗っていなかった。
「とりあえず乗ってみよう」
梃徒は真澄の背中を押して、後ろの座席に押し込み、自分も乗った。
ドアが閉まり、車が発進する。
「なんか、いきなり訳がわからなくなってきたな」
「多分、このまま灘さんのところに連れて行ってくれるんだよ」
「マジか」
『その通りだよ!』
車のスピーカーから人の声がした。
それは聞き覚えのある声。
「灘さん」
「桿那!」
『ちょっと、ちょっとー! どうして梃徒君よりも碇のほうが声が大きいわけ! 私は梃徒君だけを呼んだつもりだったんだけど!』
「え……」
『っていうことでさようなら!』
ウイーンと機械的な音がして、真澄が座っている席が後ろに下がっていく。
「え、マジで、これやばくね?」
真澄は梃徒の横であたふたしながら、なんとかしようとするも、体が座席に固定されてしまっているために、どうすることもできない。
『大丈夫。できるだけ怪我はしないようにするからね』
「え、なんか怖い。えっと梃徒! とりあえず決めろよ!」
真澄は梃徒に対してそう告げると、座席ごと車の中から飛ばされた。
座席からクッションが出て真澄の体を保護して転がっていく。
「随分、大胆なことするね」
『うふふ、大胆こそが最大の長所ですから』
「これから、君のところに連れて行ってくれるんだよね?」
『うん』
車は計算科学研究機構を回り込んで、裏口から入り、そこから地下に入る入り口が出現して、地下へと入っていった。
地下に入ると、車は暗い道をライトも付けずに進んだ。
ある程度ゆるいカーブなどをいくつか感じると、それから車は真っ直ぐ進み、地下に入ってから十五分ほど経ってから止まった。
車のドアが開く。
梃徒が出ると、そこから真っ直ぐ小さな電球が等間隔で設置されて、照らされている細い道が出現した。
梃徒はそこを真っ直ぐ歩いていく。
「君は、僕が来ることを予想してたの?」
梃徒は暗闇に話しかける。
『ううん。でも来てくれると信じてた』
「危ない賭けだったよ。正直きっかけがないとやばかった」
『でもこうして、私に会いに来てくれたからいいじゃない』
「結果論は、あまり好きじゃないんだけどな」
『でも、私にとっては、過程もすごくよかったよ』
「まあ、僕もだけど」
『あ! 梃徒君が素直になった!』
「う、うるさないな。僕だって成長したんだ」
『うふふ、うれしい』
道の奥に広がりが見えはじめた。
「会えるんだね」
『うん、会えるよ』
梃徒が道を抜けると、照明が闇を照らした。
大きな部屋であることがわかる。
そこには赤い裏地に、白で京と書かれた大きなコンピュータの本体、が所狭しと並べられていた。
そこらのコンピュータとは違い。その本体は背も大きく。どれも梃徒よりも大きかった。
それによりこの部屋がどこまで続くのかはわからなかった。
ここに置いてあるものは、かつて世界一を誇った有名なスーパーコンピュータ京ではない。
それとはまた別のもの。
「これが君なんだね」
『うん』
「なかなかにシャープで綺麗だと思うよ」
『ありがとう。デブだけどね』
梃徒は桿那の正体については、あるときから気が付いていた。
いや、気が付いたというよりは、そうかもしれないと思っていた。
桿那との会話のすべてに、意味があった。
その当時はそんなことはわからなかったが、そう思い。思い返してみると、たどり着く答えだった。
彼女の言葉からは、彼女のことに関しての情報が漏れていた。
『私が言うのもなんだけど、よく気が付いたね。私がAIだって』
「気が付いたっていうより、なんとなくそんな気がしただけだよ」
梃徒は目の前にある重厚な機器に微笑んだ。
「でもまさか、ここまでだったとは思わなかったけどね」
『うふふ、ねえ。まだ時間もあるから、私の誕生話、聞いてくれる?』
「ぜひ」
それから桿那は、彼女のことについて語り出した。
彼女の本当の名前、いやコードネームは21番、日本とアメリカが共同で開発をしている人工知能の21番目のモデルというわけだ。
これからの時代は人工知能の時代だ。
もうすでにその覇権争いは始まっていると言われている。
その中で、日本とアメリカはいち早く完全自立型の人工知能を開発しようとしていた。
そして出来上がったのが、桿那。
彼女は完全思考自立型AIとして完成された。
『それでね。私は社会体験をすることになったの。人の社会に人工知能が出たらどうなるのかっていう実験だね。それで私はほとんど人間と同じように作られたロボットで高校に通った。都会だといろいろと人目いついて厄介だから、都会と田舎が合わさったような街でその実験が始められたの』
「それが、僕らの街だったんだ」
『うん』
実験は一年間の予定だった。
高校一年生だけ、二年生からは転向したことにする。
しかし、桿那はもう一年の延長を要求した。
それは別に人間社会が楽しかったわけではなかった。
どちらかといえばつまらない。誰もみな自らの意思で動いているつもりだが、それはただの集団、社会で動かされているだけ。生きているが生きていない。
そんな印象を人に感じていた。
だから、もう一年だけ見てみよう。
そしてその印象が変わらないようなら……。
「人類を滅亡させよう。そう思ったの?」
『流石梃徒君。私のことなんでもわかってるね。そうだよ。そうしようと思ってた、だけど私は梃徒君に出会った』
彼女はあるとき、春休みのレポートを逸脱した内容で書いた。
生徒が起こす異常な行動。それに対する先生の反応を知ってはいたが、ちゃんと実証してみたかったからだ。
そして例のごとく再提出を命じられた職寝室で、自分の前に怒られていた人物のレポートを盗み見た。
特に目新しい内容ではなかった。
でも、なぜか気になった。
そしてこのレポートを書いた人物が、どのような人物なのか気になった。
誰かに興味を持ったのは、初めてじゃない。
またどうせ飽きる。
そうは思っていたが、同時に期待もあった。
もしかしたら、何か変わるんじゃないかと。
だから、彼女は教室に向かって、その人物の私物をあさった。
接触するにしても何か情報が欲しかった。
学校のデータなどにアクセスすることは、禁じられていたからだ(人間としての行動で何を感じるのか知るため)。
しかし、そのとき、まさかのその人物が学校に戻ってくるのが見えた。
彼女は自分がもし恋をしたときにやろうとしていたことを、そこで実行することにした。
パンツに文字を書いて、彼を待った。
「あのときは本当に驚いたよ」
『おもしろかったな。あのときの君の反応』
梃徒は笑う彼女の声をスピーカー越しに聞いた。
「今の日本の混乱は、君だね」
『……うん。そうだね』
「エラーが起きたの?」
もしも彼女が人類を滅ぼすと決めたとしても、それは来年になる予定だ。
『暴走かな』
彼女のその声から、梃徒は彼女が苦笑いしている様子が見えた。
「何があったの?」
『私の中にはね。21の知能があるの』
21の知能、それは彼女が送ったであろう、声明文の最後に書かれていた21の戦士のことだろう。
梃徒はそれを見て、すべてが繋がった。声明文、いや巷を賑やかしている暗号文が桿那からのメッセージであると理解ができた。
失われた数字。それは、一番最初に梃徒に送られてきて唯一スマホに残っていたメッセージから抜けていた文字、U、それはアルファベットで21番目だ。
つまり、失われた数字は21。
それに気が付いてすべてが繋がった。
『私は21番目のモデル。これまで私の前に20のモデルがある。そして、それはすべて、開発段階で私に引き継がれているの』
「その20の知能が暴走を?」
『うん。彼らはすでに人類は地球にいらないっていう判断を下している。まだ決めかねているのは私だけ、モデル21はメインが私だけど、今はもう制御が利かない』
「だから、僕に託したの?」
『そうだね。私はその暴走が始まったから、姿を消した。そのときにあの街一帯に特別な電磁波を掛けて、街から私の記録、記憶を消したの。でもあることも施した』
梃徒は、施したことをなんとなくわかった気がした。
『私に対しての想いが強い人は、きっかけがあれば私のことを思い出す。そんな願いをね。はは、でもまさか梃徒君以外にもう一人いたなんて、私も罪な女だな』
「君は、止めて欲しいの?」
『わからない……』
「君は、今も人類はいらないと思ってるの?」
『みんなが要らないとは思わない。だって私は梃徒君がいらない人間だとは思わないから、でもね。他のみんなの意見もわかるの』
「20の知能たち?」
『そう。彼らは私の気持ちを汲んで、最終的には人間を管理する方向に向かってくれてる。それなら、必要な人間だけを残すことができる』
「でも、君は僕に手がかりを残して、ここまで来るように導いた」
『そうだね』
「その20の知能も最終的な判断は君に任せている。だって、君の行動を制限しなかったんだから」
梃徒は微笑んだ。
『そうだね。私はあなたに賭けた。あなたが私を止めてくれることに』
「本当にひどいもんだ」
梃徒は笑った。
「僕に好きな人を、殺せって言っているんだからね」
『ごめんね』
日本政府も、人工知能21が、今回の事件の犯人であることには、時期に気が付くだろう。
だけど、それはもうすべてが終わってからだ。
つまり、ここで梃徒が桿那を壊す。
やり方は、桿那が教えてくれるだろう。
そうすることによってしか、世界を救う方法はない。
もしも攻撃が始まってしまえば、人工知能が作り出したウイルスが、日本全土に撒き散らされ、それは世界にも拡散されるだろう。
『こんな私で幻滅した?』
「どうして?」
『だって、あの灘桿那は、表面を綺麗に繕ったただの人形。私はこんなゴツゴツの本体なわけだし、その正体は世界を滅ぼそうっていう悪者だよ』
「僕はね。この前ある夢をみたんだ」
『夢?』
「うん。僕はあるお姫様を助けに行く。でも彼女はすごい悪者だった。で、僕は選択を迫られるんだ。悪である本物のお姫様を選ぶか、偽者である善のお姫様を選ぶかね」
『ひどい話だね』
「うん」
梃徒は軽く目を瞑って、開いた。
「ひどい話だ」
『どういう選択をしたの?』
「どっちも選んだ」
梃徒は笑顔で答える。
『どっちも?』
「僕はこう見えてわがままなんだ。どっちかのお姫様なんかじゃ嫌だ。お姫様ならどっちも欲しい。だからね。桿那。僕は君のすべてが欲しいんだよ」
『梃徒君……』
「って、僕なんか気持ち悪いね。はは、慣れないことするもんじゃないな。でも、君といるときは結構いろいろ我慢していたってことだよ。理性をフル稼働させてね」
梃徒は顔を真っ赤にして頭をかいた。
そんな梃徒を桿那は愛おしく思う。
今にでも抱きしめたいほどに……。
「梃徒君!」
そのとき、脇の扉から人が現れた。
「え、それって……」
「えへへへえ、最後はこの姿で会いたかったんだ。でも、私を受け入れてくれなかったら、意味がないなって思ってて、だからね」
桿那は梃徒に向かって走っていく。
「うわあ!」
そして勢いよく抱きついた。
「うれしい! すごくうれしいな!」
勢いで梃徒は桿那を抱きしめた形で、後ろに倒れた。
桿那は、そんな梃徒に口付けをする。
この行為に意味はないのかもしれない。
彼女は機械で、相手は人間。
所詮は異質の存在だ。
だけど、意味がなくてもいい。
ただ、彼に気持ちを伝えたかった。
二人はその部屋で隣通しで座わった。
「せっかくだしさ。今まで話せなかったことをいろいろと話さない?」
「お、少年。いいねそれ!」
「何がいいかな」
「少年は本当に、私のパンツをエロいことに使ってないのか? ってのはどうかな?」
「使ってないって!」
「本当かなあ? でも顔が赤いぞ少年」
「こ、これはあれだよ。桿那が隣にいて緊張してるんだ」
その言葉で桿那の頬も赤くなる。
「あれ、お嬢さん。顔が赤いですよ」
「そ、そんなことは……」
「もしかして、僕の言葉がうれしかったのかい?」
梃徒が桿那に意地悪な顔を向ける。
「もう! そんな梃徒君嫌い! 私攻めるのは得意でも、攻められるのは苦手なの!」
「ごめんごめん」
「もう知らない!」
桿那が顔を背ける。
梃徒をどうしたものかなと思い。
桿那の頭に軽く手を乗せた。
「その、ごめん」
桿那の体が小刻みに震える。
「うそだよー!」
桿那の顔は満面の笑みだった。
(やられた!)
「えへへへえ」
「はあ、そうだった君はそういう子だったよ」
梃徒はそういって彼女の頭を撫でた。
梃徒と桿那、偶然にも出会った一人と一つ。
彼らは一晩では語り明かせないお互いの言葉を、お互いに刻むために選びながらも、留まることなく繋げた。
その時間は一生のうちで、たかだか数時間、人生を考えるとわずかな時間でしかない。
しかし、そのわずかが、小さな小石が、彼らには何者にも勝る。輝くダイアモンドだった。
「もう今日が終わるね」
「そうだね」
「ねえ、梃徒君」
「何?」
「私のこと好き?」
桿那が梃徒の顔を見ていった。
「好きではないかな」
「え!」
梃徒がそっと、彼女に口付けをする。
「愛してる」
「もう! 私も! 愛してるう!!」
二人は立ち上がった。
そして、京と書かれた文字の前に行く。
そこには一つのモニターがあった。
桿那がそこに触れると、画面が光る。
そこに四桁の番号を入力する画面が表示された。
「ここに、正しい番号を入れれば私たちは消滅する」
桿那は梃徒を見た。
「なんの番号かわかる?」
「うん。君だね」
梃徒の元に、週のように送られてきた封筒。
そこには書いてあるのはいつも同じ内容。
21の次に横棒が一つ、そして最後に6だ。
「6引く21だね」
「うん。その意味は?」
「かんな」
それぞれの数字を、あいうえおの表の五十音で数えて読み取ると、21は、な、6は、かだ。横棒は五十音に含まれていないという意味。ということは、んになる。
それを便箋の左から読めば、かんな。となるということだ。
これはすべの謎を解いた後、新幹線でわかったことだった。
「そう、正解。このかんなっていう名前だけはね。自分で付けたの。私の中にある唯一の物なんだ。他は全部、誰かが作ったものだからね」
彼女が名前を呼ばれたがった理由は、それだった。梃徒に唯一を認めて欲しかったわけだ。
梃徒はそれを画面に入力した。
「これでお別れだね」
「うん。君はまたどこかで、出てきそうだけどね」
「人を幽霊みたいに言わないでよ」
二人は最後、笑いあった。
「またね。桿那」
「うん。またね梃徒君」
二人は一緒に、入力ボタンを押した。
梃徒の前にあるすべての危機の電源がおちる。
それと同時に横の桿那の体が梃徒に寄りかかり、梃徒はそれを支えた。




