第二話 未確認生物
翌日、梃徒は教室に入るのが憂鬱だった。
心の中で幾度目かのため息を漏らす。
昨日は、まさかのパンツを渡されて戸惑っていると、桿那は笑顔で帰っていってしまった。
梃徒は仕方なくそれを持ち帰り、それを洗濯機にいれて洗うのも家族にばれるとややこしいので、綺麗に畳んで自分の机の引き出し、しかもちゃんとカギが付いているところに締まった。
どうして、昨日梃徒が、あんな状況に陥ったかというと、梃徒が職員室でレポートの再提出を命じられてから数分後に遡る。
学校を出て帰路に着いて、梃徒は自分が教室の机の中に読みかけの小説を忘れたことに気が付いた。
別に、次の日でもよかったのだが、帰ってから続きを読みたいと思ったときのことを考えて、取りに戻ることにしたのである。
そして、教室で目的の小説を探していると、彼女、桿那が教室に入って来た。
「何してるの?」
「え? 忘れ物をちょっとして」
「それって、もしかしてこれ?」
桿那の手には梃徒の小説が持たれていた。
「え? うん」
「私ね。さっきあなたのレポート見たんだ」
「えっと、春休みの課題の?」
「うん。私の前に矢場居から指導受けてたよね? それで気になって、矢場居がちょっと用事に行ったときに盗み見したんだけどね」
何やってんだ矢場居。と梃徒は思った。
個人情報は昨今大事にされている問題ではないか。
「そう……なんだ。なんか恥ずかしいものみせちゃったみたいだね」
「うんうん」
桿那は頭を振る。
そのときの桿那の表情は普段学校では見せないものだった。なんというか儚げで今にも彼女が目の前から消えてしまいそうな。そんなものだった。
「よかったよ」
「あ、そう。それはよかった」
何がよかったのか梃徒はわからないが、そんな言葉が出た。
「だからね」
桿那は梃徒に近づく。
「私、君のこと気に入っちゃった。だから、さっきまで君の机の物色してたんだ」
「へ、へえ」
桿那が近づいたことによる甘い香りが鼻腔に掛かるのと同時に、まさかの軽犯罪を犯していたという自供から、梃徒は複雑な表情となった。
「それでね。この小説を見つけて、私も読んでみようと思ったら、君が学校に戻ってくるところが見えたから、ちょうどいいやと思って、待ち伏せしてたの」
「そう、なんだ…。はは」
「ねえ? 君はどうしてあれを書いたの?」
「え? どうして? そうだな。多分、灘さんが興味を持つような理由ではないと思うよ」
「ははは、灘さんなんて呼ばないでよ」
桿那が、ふわっと花が咲いたような満開の笑顔を見せる。
「同じ苗字なんだから桿那でいいよ。うーん、そうだなあ、私が君に興味を持っていることをちゃんと証明しないとだね」
「え、いやいやいや。だから、買い被らないようがいいってことで――」
「そうだなあ、そうだ!」
ああ、この子人の話利かないタイプの人だ。と梃徒は思った。彼が一番苦手なタイプの人だ。
すると、桿那がおもむろに自身の下半身をまさぐりだした。
「ちょ、ちょっと灘さん?! 何やってるの!?」
「だからあ、灘じゃなくて桿那だってえ」
梃徒は顔を手で急いで隠す。
桿那はまさかの、スカートの中に手を入れて、パンツを脱ぎ始めていた。
梃徒はそれを見たい気持ちと、人として見てはいけないのではないかという背徳感の間で揺れる。
最終的には男の性だろうか。少しだけなら、と梃徒は指の隙間から彼女を見ようとした。
すると、梃徒を除き見るようにしている桿那の目と梃徒の目が合う。
梃徒の身は後ろに後退した。
「はい。これ、これで私のこと信用してくれる?」
「へ?」
「だからあ」
桿那がさらに一歩梃徒に近づいてきた。
「はい。これあげる」
梃徒は昨日のことを少し思い出して、顔が熱くなるのを感じた。
桿那がどうして、あの行動で信用を勝ち取ることができると考えたのかは、まるで謎だった。
(落ち着け梃徒、僕は健全な男子高校生だ。多少のことは仕方がない。多分、向こうも僕をからかっただけだろう)
梃徒は軽く深呼吸をして、教室のドアを開けた。
「「わっ!」」
ドアを開けた瞬間、梃徒は人とぶつかりそうになる。
「あ、ごめん」
「こっちこそごめんねえ」
そこで、相手があの桿那であることに気が付く。
同時に相手も気が付いたみたいで、桿那は梃徒を見て笑みを浮かべた。
「あ、おはよう」
「あ、おは……」
梃徒は噛んだ。
(なんだよ。おはって、一昔前の挨拶じゃないか!)
彼は、さらに赤面しながら、彼女の笑顔を見ていたい気持ちと、噛んでしまった恥ずかしさを振り切り、自分の席に急ぐ。
「もう、逃げないでよお。おはー」
(やめてくれ!)
しかし、桿那が後から付いて来て前の座席に座る。
彼女は別に他人の席に座ったわけだはない。彼女の席だ。
(そうだよ。苗字が一緒なんだから、座席が前後じゃないか。失念してた)
まだ、進級してから一週間ほどしか経っていない。
つまり、座席は出席番号準のままなのである。
名前の関係から、桿那が前で、梃徒が後ろだった。
これからこんな未確認生物に関わられるのか。と梃徒が頭を抱えていると、急に桿那が顔を近づけてきた。
その状況に教室が騒然とする。
彼女は吐息が耳元まで近づく距離でとまった。
「ねえ、昨日私のパンツで、エッチなことした?」
梃徒は吐息とその内容に顔が真っ赤になり、顔を桿那から遠ざけた。
それを見て桿那は満足そうな顔をして、梃徒から離れていった。
そして、距離が離れると振り返る。
「いつでも使ってもいいからね」
と桿那は口パクでいい。手を上下運動させる。
梃徒はそれでまた顔が先ほどよりも真っ赤になり、湯気が耳から噴出しそうだった。。
(なんなんだ! あの生物は!!)
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