第十五話 宛名
桿那が亡くなったという衝撃の通達から早二週間ほどが経った。
季節はもうすぐ6月に入ろうとしていて、後もう少しで梅雨に入るかどうかというニュースが、テレビの天気予報で言われる頃である。
梃徒の日常はいつも通りに戻った。
つまり、高校二年生から前に戻ったということだ。
「はいそれじゃあ、これで授業終わります」
「起立! 礼!」
『ありがとうございました』
昼休みのチャイムが鳴り、それぞれが昼食の準備に入る。
食堂へ行く者。その場で食べる者。また、そのどちらでもない場所、校内のどこかで昼食を取る者と分かれていく。
梃徒はこういう時、特に席の移動はしない。いつも適当に友達が数人集まってくるからだ。
「さあ、飯たべよう」
梃徒は周りを見た。
人間とは不思議なもので、桿那の死を聞いたとき誰もがその場を動けないほどに衝撃を受けた。
しかし、おそらくその場にいた半数が、一晩でその衝撃や悲しみを半分以下にまで抑えることができたはずだ。しかもそれは意識してではなく無意識で……。
今では教室にあった彼女の席は無くされ、誰も彼女の話題さへ言うことはしなかった。
それは人が、生きる上で常に行っているエラー処理なのだろう。と梃徒は思った。
時間がなんでも解決してくれる。
それは事、感情においては真理なのかもしれない。
梃徒は自分も、桿那の死を聞いたときの心にポッカリと穴が開いたほうな感覚が、薄れてきていることに、いらだっていた。
「はあ」
梃徒はため息を付きながらその日の昼食を食べた。
「ただいまあ」
「おかえり」
梃徒が家に帰ると、母、才華が帰っていた。それは玄関にある靴からわかった。
梃徒は一旦リビングに入り、そこでお茶を一口飲んでから、自分の部屋に入る。そして、椅子に座ってからカギの掛かった引き出しを一瞥した。
(結局返すことができなかったな)
桿那が亡くなったことは母の才華には言っていない。
だが多分、保護者間での連絡網でその事実自体は、耳に入っているはずだ。
その証拠に、あの日から才華が、桿那の話題を梃徒に振ってきたことはなかったし、彼の父である梃汰もあれほど彼女なのかと聞いて来ていたのに、まるで言わなくなった。
(やっぱり気を使ってるんだろうな……)
トントン。
梃徒の部屋のドアが叩かれた。
「はい」
「入るわね」
才華が部屋に入ってくる。彼女の手にはいくつかの郵便が握られていた。
「これ、あなた宛のやつ」
才華がその内の一つを渡してくる。
「宛名はあったけど差出人が誰かは書いてなかったわ」
「そう」
「夕食は何時がいい?」
「いつも通り十九時でいいよ」
「了解」
才華は部屋から出て行った。
(手紙かな?)
梃徒は渡された封筒を天井にある光に掲げて中身を透けさせた。
だが、もちろんそれだけでは、何かわからない。
梃徒は封筒の端を、中身に注意して開ける。
綺麗ではない切り口が出来上がり、梃徒は一度中身を見てから取り出した。
「ん?」
中には一枚の便箋のみ。
梃徒はそれを広げた。
「なんだこれ?」
21
-
6
便箋には三つの文字だけ、左から6、-、21だ。
梃徒は再度封筒の中身を確認した。
入り口を下にして振っても、息を吹きかけても何も出てこない。
(いたずらかな)
こんないたずらされる覚えはないが、その可能性が一番高いな。
梃徒は封筒の表面を見る。
そこには、宛名として灘梃徒の文字があるだけで、差出人以外も、住所も何も書かれていなかった。
「うーん」
梃徒はまあいいかと思い。それを引き出しにしまった。
別に捨ててもよかったが、得体の知れないものを、そのままにしておくのも気持ち悪かったので、何かの拍子に謎が解けることを願って残しておくことにする。
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