第十四話 クラッカー
「ええ、今日お前たちに伝えないといけないことがある」
すべてのテストが終わり、やっと学生の気分が上がってきたとき、担任の矢場居がテスト最終日の終了のホームルームで神妙な面持ちをして言った。
クラス中がその雰囲気に何かを感じる。
梃徒は桿那の席をみた。
彼女はテスト期間も一日も学校に登校していない。
「灘桿那のことなんだがな」
矢場居はそこで間を置く。
そして、クラス中に目を配ってから口を開いた。
「……亡くなった」
クラスの誰もがその言葉に衝撃を受けた。
もちろん梃徒も……。
しかし、彼は自分でも驚くほどその言葉が胸の中にスッと入ってきた。
一週間以上連絡がなかった。
あれほど騒がしかった彼女がだ。
何かあった。
それを梃徒は無意識に感じていたのだろう。
つまり、覚悟を知らず知らずしていた、ということだ。
それから矢場居は、クラスの皆にいろいろなことを話した。
彼もこの状況に戸惑いを抱いているようではあったが、それを悟らせないように静かに言葉を選んでいた。
クラスにはすすり泣く声が広がり、それが次第に大きな波となって広がった。
桿那の通夜や葬式はしない。
それが遺族の意向であると、矢場居は言った。
それは、誰も桿那との最後のお別れができないということだ。
家にも来ないで欲しい。それがみなになんとか最後の別れをと思った、矢場居に対して遺族が言った言葉だった。
梃徒は彼女の家族のことを何も知らない。
彼女は自分から身の上話はしなかったし、梃徒も特に尋ねはしなかった。
最後に矢場居は、桿那に対して黙祷をしようと言い、一分間の黙祷となった。
それが終わると、解散となったが、数分間誰も席を立たなかった。いや、立てなかった。
矢場居もその場に残って、彼は最後の一人である梃徒が教室を出るまで残っていた。
「灘……」
矢場居が、梃徒の肩に手を置く。
「すまんな。みんなには最後に別れをさせてやりたかったんだが、取り合ってもらえなかったよ。お前だけでもと思ったんだが……」
「いえ、大丈夫です」
梃徒は矢場居を見る。
「死因はなんですか? もしかして……」
「病気だと、家族は言っていたよ」
矢場居は梃徒が最後まで言う前に言った。
おそらく、梃徒の言葉を予想していたんだろう。
「そうですか……」
「ああ」
梃徒は息を大きく吐いた。
そして、桿那の机を見る。
「先生、灘さんのレポート見せてもらえませんか」
「レポート?」
「はい、春休みの課題です」
矢場居は少し首をかしげたが、すぐに「わかった」といって教室を出て行った。
矢場居から預かった桿那のレポートは、彼の許可を得て、自宅も持って帰った。
梃徒は誰もいない自宅でそのレポートを開いた。
植民地社会。
それが私が思う少子高齢社会の根源だ。
戦争があったとき、世界の国々は自国の支配の拡大のため資源、労働力を確保するためにこぞって植民地を作った。
世界は戦争によって混沌の渦を作ったのだ。
戦争が終わって、今は世界から植民地はほとんどなくなった。
幾度かの独立戦争により、彼らは権利を取り戻した。
しかし、本当に世の中はその渦の中から抜け出したのだろうか?
確かに国単位のそれはなくなったのかもしれない。
だが、誰もが誰かに虐げられ、屈している。
世の中のあらゆるものには、それを作った者に権利が認められ。
人は生きているだけで搾取される。
その事実に誰もが気が付いているが、それを見てみぬふりをする。
自分が自由だと勘違いする。
いや、そう信じたい。
でも事実は違う。
あらゆるものに縛られ生きている。
それが秩序なのかもしれない。
自分の階級が上がっても、その上にはさらに自己を縛り付けるものがある。
誰も世界から秩序から逃れることはできない。
そう。
人は逃れらない。
ならどうする?
どうすればいい?
そんなのは簡単だ。
世界を征服すればいい。
隠れた混沌を表面化すればいい。
意識させればいいんだ。
自分を、そして他人を……。
なんてね。
梃徒はそれを見て笑った。
まったく、これを読まされた矢場居が頭を悩ました理由がよくわかる。
桿那が梃徒のレポートを盗み見て、彼を気に入ったと同時に、もしも梃徒が桿那のレポートをあのとき盗み見る機会があれば、彼女を気に入っただろうな。と梃徒は思った。
特に理由があるわけじゃない。
けれど、何か相通ずるものがある気がする。
梃徒には、そう思える内容だった。
それにしても、優等生だった桿那がまさかこんなものを提出するとは、よっぽどむしゃくしゃしていたのかもしれない。
「ふう……」
梃徒はそのレポートをゆっくりとカバンに戻した。
彼が彼女のレポートを読もうと思った理由は、至極単純。
彼女の想いを知りたかったからだ。
いや、想いではなく価値観、感覚、五感、そんなものを感じ取りたかった。
それが別れを言えない彼女に対するせめてもの供養、とまではいかなくても何か、そう何かになるんじゃないか。そんな理由だ。
いわゆる自己満足というやつだ。
梃徒は彼女の死因を自殺ではないかと思った。
彼女が亡くなったと聞いたときにふとそう思ったのだ。
それが病死だと聞いて、不謹慎ながら安心した。
梃徒が彼女と会うたびに感じていた言い知れぬ不安な気持ちが杞憂であったこと、いや、もしかしたら自分が救えたのかもしれないという罪悪感を持たずに済んだことに対する安心感。
そんな汚い気持ちから安心した。
(汚いな……)
家族が、本当のことを矢場居に伝えたかどうかは、わからない。
それでも、人は言葉で安心するのだ。
梃徒はまだ彼女が消えたことに関しての実感がまだ沸いてなかった。
もしかしたら、急にまた家に来るなんてことがあるんじゃないか。とさえ期待している気持ちがある。
これも汚い自分を隠すための気持ちなのかもしれないな。と梃徒は思った。
梃徒はそれから、彼の母がパートから帰ってくるまでの時間、一人でリビングでテレビを流しながらぼーっとしていた。
テレビでは、ハッキング関連の話題をやっていて、ハッカーが悪いのではなく、その中でクラッキングする人間、つまりクラッカーが本当は悪いんだという話をしているくらいしか頭に入ってこなかった。
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