第十一話 破滅
「梃徒君は、これから先に人工知能が人間の生活を侵食すると思う?」
「唐突な質問だね」
「現実は小説より奇なりだからね!」
梃徒が桿那と出会ってから早一ヶ月が経とうとしていた。
二人は今、高校二年になってから初めての試験に備えて、試験勉強を学校の図書室で行っていた。
梃徒は周りを見渡す。
今日は土曜日なので、昼といえども人は少ない。
今なら、桿那が多少騒いだところで問題ないな。と梃徒は思った。
「ちょっと! 聞いてる?」
「え、ああ、聞いてるよ。えっと、人工知能が人間にとって代わるのかって感じの話だよね」
「そう!」
「それって、今度の試験と関係あるの?」
「大有りなのです!」
「どんな風に?」
「もしも、人工知能が発達すれば、どんな計算も、どんな知識もロボットに聞けばいいよね? ってことは、学生がテストなんかする必要は、なくなるわけだよワトソン君!」
「じゃーホームズも必要ないわけだ。犯罪事件もAIがやってくれるんだよね?」
「捻くれてるね。君……」
桿那が苦虫を噛んだような顔になった。
「そんな捻くれてる君の意見を聞かせてくれよ」
桿那はやれやれといった仕草をして言った。
彼女は引き下がるつもりはないらしい。
梃徒は仕方なく頭を働かせる。
「僕としては、多分、僕が生きている間には、そこまでにはならないんじゃないかな」
桿那が顔で先を促してくる。
「将来的には、人間がほとんど仕事しなくてもいいようになるかもだけど、それはもっと先なんじゃないかなってこと、少なくとも、僕たちが大人になるときには、まだ就職先とかはあるんじゃないかな。少子化だしね」
「おもしろくない回答だなあ」
「君はどう考えてるの?」
「確実に侵食されるね」
「随分と自信がありそうだね」
「もちのロン毛だね!」
(君はセミロングくらいだよ)
梃徒は、親指を上げた桿那に目を向けた。
「ぜひ、聞かせてくれるかな。いったい、僕の意見を面白くないと言った、君の意見がどれほど面白いのかって楽しみだよ。もう胸がドキドキだね」
「ああ、拗ねてるでしょ? ね! ね?」
「拗ねてない」
「嘘だあ!」
「早く面白い意見を聞かせてよ」
「もう、ごめんって! 面白くないっていうか、刺激のない意見だっただけだからさ。ね! そう落ち込むなよ、少年!」
まったくフォローになっていない。
というか傷口に塩を塗っているのに気が付いていないのか。と梃徒は思った。
まあこんなところで怒るような人間ではない。と梃徒は笑顔を作った。
「何その顔! 気持ち悪い! ははは」
(こいつ……!)
「私はね」
そういって桿那は立ち上がって窓のようにと向かった。
「多分、人工知能にすぐに人間は食われるよ」
「物騒な言い方だね」
「人間は機械を侮りすぎなんだよ。自分たちに隷属する物として扱いすぎなんだ。つまり万物の霊長として驕っている」
桿那の雰囲気が変わったと梃徒は感じた。
「人はね。一度地に落ちたほうがいいんだよ。愚かに飛躍した者は、その愚かさを持って、破滅する」
そこで桿那は梃徒に微笑んだ。
「……それは、すぐに起きるの?」
「さあ、どうだろう。明日かもしれないし、一年後、百年後かもしれない。それはあらゆる過程の末の結果だから、いつなるかなんてことはわからないよ」
「そう」
「うふふ、でもね!」
桿那が急に笑顔になって、梃徒に対して机を挟んで身を乗り出してきた。
「私思うんだ。それで救われる人もいるんじゃないかってね!」
梃徒は自分の視線が彼女の胸元に落ちそうになるのを鋼の意思で耐える。
「救われる人?」
「そう! 例えば梃徒君とかね」
「僕?」
そこで、桿那は身を乗り出すのをやめて、梃徒から距離が離れた。
梃徒はなんとか数秒間耐えた。
「さ! 勉強しましょ!」
桿那は自分の席に座る。
「っていっても正直、試験なんて楽勝なんだけどね」
桿那は新入生代表を務めていた。
つまり、入試での結果がトップだったということだ。
「なら、どうして僕を勉強会なんかに誘ったの?」
「それはね」
桿那の唇が梃徒の耳に一瞬触れた。
梃徒はそれにより体が硬直する。
「君に会いたかったからだよ」
吐息が耳に触れる。
「なっ!」
「えへへへえ」
梃徒は自分の顔が熱くなるのを感じる。
「ねえ。梃徒君」
「な、何?」
動揺がまだ落ち着いていない。
「私のこと見つけてね。そうじゃないと滅んじゃうよ?」
「え?」
桿那が悲しそうに笑った。
ような気がした。
「さあ! 勉強勉強! 学生の本分は勉強だからね!」
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