□第30話□ 山の一族
新しいワンピースに着替え、二人は「良家の姉妹」という設定で、市場に来ていた。
市場の入り口近くに、馬車で乗り付ける。
前日に立太子が行われたということもあり、都は引き続きお祭り状態だ。
市場も様々な人々であふれていた。
サウロには王都外に連れ出してもらい、その姉には都内を案内してもらう。
つくづく、オーウェル姉弟には頭が上がらない、と思うティナだ。
「王都の市場の大きな特徴は、貴族も店を出しているってことね」
エレクトラは、ティナの手をがっちりとつなぎなら、まるで小さな子どもにするようにその手を振り、あちこちの店を指さした。
「ティナは、貴族とそのほかを大きく分けている違いは知ってる?」
ティナは頷いた。
年々減少傾向にあるとは言え、貴族は魔力を持っていることが前提だ。
国を動かす能力の有無は関係ない。
エレクトラはいたずらっぽく笑って、ティナの耳元でささやいた。
「それなら話が早いわ。貴族の店はね、魔法を使ったものを扱っているのよ。
勿論、一般の人々にはばれないよう、こっそりなんだけどね。
あそこの果実水飲んでみる?」
一見すると、普通の果実水が瓶に入って販売されていた。
初夏の陽気と言うことで、多くの人が店舗の前で瓶を傾けている。
ティナとエレクトラも、好みの果実水を買い求め、店員からそれぞれに渡された。
「あ、冷たい!」
瓶は、外側に水滴がつくほどに、キンキンに冷えていた。
なるほど、魔法で冷やしているのだろう。
瓶をひっくり返すと、瓶底に小さな魔方陣が描かれている。
そして、店舗の脇には瓶の返却口も用意されていた。
「冷たいだけじゃないのよ」
エレクトラがわくわくとしながら見守るものだから、ティナはおっかなびっくり瓶を傾けた。
口内に入った液体がふわっと広がる。
「え? 何これ?」
口の中に泡が生まれたように、シュワシュワとはじけて消えていく。
「ね? すごいでしょ? 辺境からこっちに来たら、これを飲まずには帰れないわ」
炭酸飲料というものらしい。
魔法がなくても作れるものらしいが、炭酸と冷却の魔方陣を利用して作る方がよりおいしいらしく、王都の名物の一つになっていた。
ティナが気に入ってごくごく飲んでいると、エレクトラは近くの屋台で買ってきたクレープを差し出してくれる。
その後も二人はあちこちの店を覗き、たまに小さいものなどをエレクトラに買ってもらいつつ、たっぷりと市場を練り歩いた。
可愛らしい迷子ワッペンや、時間を告げるおもちゃの指輪。
なんだか、憧れていたお祭りの理想形の中にいるようで、ティナはいつになくわくわくしてくる。
「お城に帰っても、ご飯が喉を通らないかも~」
あちこちでいろいろつまんだり飲んだりしているうちに、ティナのお腹は満杯になっていた。
このままどこかに寝転がりたいほどだ。
エレクトラはクスクスと笑って、近くの木陰にあるベンチを指さした。
「また来てくれれば、いつだってお付き合いするわよ。
いつもはもうちょっと歩きやすいしね」
腰を下ろしながら言うエレクトラに、ティナは苦笑を返すしかない。
エレクトラは肩をすくめた。
「私もとても楽しかったの。またご一緒できるとうれしいわ」
押しつけがましくない言い方が気持ちいい。
ティナはこっくりと頷いた。
涼やかな風が吹き通り、そろそろ刻限であることを知る。
ティナが立ち上がると、エレクトラはティナのスカートの裾を払い落としてくれる。
本当に、理想のお母さんのようでドキドキした。
だが、そこから立ち上がったエレクトラは、奇妙に硬い表情を浮かべていた。
「エレクトラ?」
「ティナ、こっちへ。馬車に戻るわよ」
緊張をはらんだ声に、ティナは当惑して周囲を見回した。すると、エレクトラの小さな叱責の声が刺さる。
「見ちゃだめ。こちらが気づいたことを気づかせたくないわ」
ごく自然に歩き出したように見えるが、馬車とは反対側の路地に歩を進める。
「目つきの鋭い男達がちらほらいたんだけど。
……労働者階級に見えたわ。心当たり、ある?」
「え? 貴族とかなんとかじゃなくて?」
また宰相の手のものかと思ったが、労働者階級であれば違うだろう。
ましてや、レスリーへの立太子前のパフォーマンス的な襲撃と違い、今このタイミングでティナを襲う理由がない。
ティナは混乱して、前を歩くエレクトラを見つめた。
「ごめんなさい。やっぱり、連れ出したのはミスだったかも」
こわばった顔のまま、エレクトラは徐々に早足になる。
「こっちこそごめんなさい。多分、狙われているのは私だから」
エレクトラはちらっと視線をティナに走らせたが、それについては何も言わない。
ただ、手首を握る手に力がこもる。
絶対に離さない、という意思があった。
いくつもの路地を、何度も曲がって進む。
徐々に、周囲の雰囲気も変わってきた。
地面に足を投げ出す浮浪者。年端もいかない汚れた子ども達。
頭を付き合わせて会話する破落戸。
ティナは落ち着きなく辺りを見回した。
ティナもエレクトラも、今身につけているのはシンプルながらも仕立ての良いワンピースだ。
貧民街からは明らかに浮いている。
「ねぇ、エレクトラ。これ以上は進まない方がいいよ。
大丈夫、私がなんとかするから」
ティナは強引に立ち止まって、エレクトラを制した。
今、姿を変えるペンダントはつけていない。
一晩寝て、ティナの魔力は十分に満ちていた。
昨日のような失態は犯さない。
「私がエレクトラを守るから」
「逆でしょ?!」
悲鳴のように、エレクトラが叫ぶ。
それが合図になったようだった。
背後にあった気配が急激に近づいた。
同時に、良い鴨だと思ったのだろう、破落戸達がニヤニヤとしながら進路を塞ぐ。
ティナは素早く視線を巡らせ、ボロボロになった箒を見つける。
それを構えるのと、破落戸どもが声をかけてきたのは同時だった。
「よぉ、姉ちゃん達。どうだい、俺が街を案内してやろうか?」
「ちょっとした礼だけで、天国に行かせてやるぜ」
破落戸どもの視線は、明らかに一見たおやかな美女であるエレクトラに向けられている。
ティナはエレクトラを背にかばい、男達を睨み付けた。
「失せろ、クズども。この人には指一本触れることを許さない」
サウロに教わった剣術は守るためのもの。今このときに使わずして、何のための練習だったか。
ティナは深呼吸をして震える手に力を込める。
「威勢が良いな、こっちのは」
「じゃぁ、じゃじゃ馬はてめぇがとれよ。俺たちはこっちの色っぽい姉ちゃんってことで」
「おいおい、俺たちが三人、相手は二人だぜ。早い者勝ちでいいじゃねぇか」
勝手な相談をする男達は全部で三人。
周囲にいる浮浪者たちも興味深そうに眺めるばかりで、助けに入る様子はない。
破落戸達はティナ達の進路を塞ぎ、うち一人はナイフを構えた。
非力な女性二人を相手にしているつもりだろう破落戸達は隙だらけだ。
「ふざけるな、この人は私が守ってみせるんだから!」
「あぁん?!」
ティナの決意表明に、男達が険悪な眼差しで振り返った。エレクトラが背後から服の裾を引っ張る。
「危ないわ、ティナ!」
しかし、エレクトラを振り払い、ティナは思いっきり踏み込んで、箒を一番手前にいる男の面前に突き出す。
「ぎゃぁ!」
油断していた男は、箒の先が目に刺さったようで、悲鳴を上げて転がった。
「おい! 何しやがる!」
ナイフを振りかざして向かってくる男を見て取り、ティナは後方に下がった。
手のひらほどの魔方陣を描き、何があったのかわからない男達の前で、素早く箒の先に火をともす。
勢いよく炎を吹き出す不思議な箒を前に、男達二人は恐怖に顔を引きつらせた。
「ば、化け物……」
「へ、た、たかだか火じゃねぇか! 手妻なんかでだまされるわけねぇだろ!」
迫ってきた男はナイフで箒を柄ごと打ち払おうとした。
ティナは箒からぱっと手を離したが、同時に、視線で炎を誘導する。
生き物のように動き出した火は、ナイフごとその右腕を包み込んだ。
「ぐぁぁぁぁ~!」
「ひぃ! た、助けて!」
残った一人は腰を抜かして座り込む。
目を押さえて転がる男、右腕を火に包まれた男、そして腰を抜かした男。
周囲にいた浮浪者たちも顔を引きつらせて建物に逃げ入っていく。
「化け物だ、悪魔だ……」
歯の根が合わないほど震える三番目の男は、嫌悪と恐怖を込めてティナを見上げていた。
何かが心の中で爆発しそうになったところで、エレクトラがティナの腕をつかんだ。
「すごいわ、ティナ! でも、場所を変えましょ。
追いつかれそうよ」
ティナは夢から覚めたようにエレクトラを見返し、彼女の目の中に恐怖がないことを確認した。
魔力持ちが多い貴族だからだろうか。あの程度の魔術にエレクトラが動じることはなかった。
ホッと一息つく間もなく、エレクトラが走り出す。
しかも、エレクトラはまっすぐに進まず、いくつもの小さな路地を右に、左にと曲がり、ティナはいつの間にか、自分がどのあたりにいるかもわからなくなっていた。
後ろから追ってくるもの達の気配など、ティナにはとうに感じ取れなくなっている。それでも、エレクトラは足を止めることがない。
おろし立てのワンピースは汗と埃で汚れ、小路を抜ける際にひっかけたのか、裾もほつれたり破れたりしていた。
二人の鬼気迫る雰囲気に気圧されたのか、貧民街にたむろする破落戸どもも、もう寄ってくることがない。
「ねぇ、エレクトラ。もう、大丈夫なんじゃない?」
息を切らしながらティナが言いつのったが、振り返ったエレクトラの顔は険しいままだった。
「だめだわ。振り切れないの。……ううん、むしろ、追い込まれている感じがする。狐狩りのように……狩り場に誘導されているんじゃないかしら」
言われてみれば確かに、徐々に人気がなくなってきている気がする。
「追い込まれてる? じゃぁ、この先は……」
道が開けたところで、エレクトラがようやく足を止める。
そこでティナは、自分たちが確かに、敵の思惑で誘導されてきたことを知った。
大きな袋小路となっていたそこには、十数人の男達が思い思いの武器を手に二人を待っていた。
エレクトラが労働者階級と評したように、簡素だが丈夫そうな服の男達が鋭い目つきで二人を見ていた。年齢はまちまちだが、一様に厳つい風貌をしている。
だが、その群れの中央にいた者だけは毛色が違った。
ゆったりとしたローブを痩身にまとい、ねじれた木の杖を持ち、長く癖のない亜麻色の髪を緩く結わえて、薄く微笑んでいる整った風貌の男。
年の頃はサウロと同程度がやや下か。
ただならぬ雰囲気を感じ、ティナはエレクトラの手を引いて来た道を戻ろうとしたが、案の定というべきか、そこにもやはり男達がいる。
破落戸……とは言えないが、堅気にも見えない彼らの狙いがわからず、ティナは戦うべきか、迷った。
「あなたたちは何者ですか? 私たちに、何の用があるというの?」
今にも切れてしまいそうなほどに、緊張の糸を張り詰めたエレクトラの声が響く。
「あなたではありませんよ」
ローブの男が、キンと響く声で告げた。
そして、その目がティナをまっすぐに見つめる。
エレクトラが、その視線を遮るようにティナの前に出ようとしたが、ティナはまっすぐに男の視線を受け止め、エレクトラを背後にとどめた。
「私に用があるの? 何のために? 私が誰なのか、知っているの?」
「あぁ、やはり、よく似ていらっしゃる」
整った風貌で笑み崩れ、男がほぅ、とため息をつく。
「ティナ、あなたのお知り合い?」
「まさか!」
囁くように問いかけてくるエレクトラに、ティナはぶんぶんと頭を横に振った。
「お初にお目にかかります、山の娘。ずっと、……ずっとあなたを探しておりました」
男が頭を垂れたのと同時に、周囲の厳つい男達もざっと片膝をついた。
身に纏うものは違えど、彼らの姿は王に頭を垂れる貴族達のそれに似ていた。
「よもや、この国で詐欺の片割れを担がされているとは思わず、お探しするのにお時間をいただいてしまいました。
いや……皮肉なものですが、その詐欺行為こそが、あなた様がここにいることを教えてくれた。
山の母は褒むべきかな。
娘であるあなたがここにいると教えてくださった。
さぁ、帰りましょう」
にこやかに起き上がり、棒立ちになっているティナの前までしずしずと歩み寄ると、片膝をついて、ティナに手を差し出した。
まるで、今いる場所が貧民街の袋小路ではなく、どこかきらびやかなお城の大広間で、王子様が王女様をダンスに誘うように……。
ティナはその手と端正な顔を見比べる。
節くれ立ってあかぎれとたこのある長い指の手は、肉体労働をしているものの手だ。
聖人のような風貌とは似つかわしくなかったが、だからこそ、その手はどこか信頼できるもののように思えた。
手をのせるでもなく、迷っているティナに、ローブの男は苦笑を浮かべた。
「何もご存じないようですね。
山の一族、……聞き覚えはございませんか?」
ティナがふるふると頭を振ると、男は凶暴な怒りを目に宿し、奥歯をかみしめた。
「…………お労しい。
あなたこそは山の娘。この国の王族が滅ぼした、いにしえの一族の末裔。
偉大なる母の力を身に宿した奇跡。
我が一族の……最後の希望なのです」
躊躇するティナの手をつかみ、痛いほどに握りしめる。
瞬間、その手が乱暴に払われた。
「この子に近づかないで!」
エレクトラだった。
彼女は乱暴にティナを背後に隠すと、目の前に跪き剣呑な目で自分を見上げる男を毅然とにらみ返した。
「ティナはあなたを知らない、と言ったわ。
つまりあなたたちは、成人して間もない少女を徒党を組んで囲み、言を弄する不審者でしかないわ。
……そう言われて怒るのであれば、誠意を尽くして出直しなさい」
静かに、だが一歩も引かない覚悟を持ってエレクトラが言う。
周囲の男達の気配が殺気だった。
「エレクトラ、……危ないから……」
ティナが袖を引いても、エレクトラは振り返らない。
「……私はこの子を預かった責任があります。
不誠実な不審者が近づくことなど、私が許しません!」
胸がいっぱいになって言葉にならない。
今日会ったばかりであるはずのエレクトラの背中を見て、ティナは感情の高まりを感じる。
なんて素敵な人なんだろう。
そんな風に一人感動していたのが徒になった。
エレクトラの背にかばわれたティナに、跪く男の姿は見えていなかったのだ。
「善人面で娘の信頼を勝ち取り、そこでまた利用し、絞りつくし、捨てるのか……」
ゆらり、と幽霊のように立ち上がった男は、今度こそ、凶暴な気配を隠しもせずに膨れ上がらせる。
同時に、どぉん、と空気を震わせる音が響いた。
「おい、ロラン、正気に戻れ!」
「派手なことをするな! ばれるぞ!」
周囲を囲んでいた男達が、ローブの男に声をかけるが、ロランと呼ばれたローブの男はエレクトラを睨み付け、杖を高く掲げた。
「エレクトラ!」
異変を感じたティナがエレクトラの袖を引いたが、エレクトラは何の反応もみせずにくずおれる。
「エレクトラ?!」
地面に蹲り、喉を押さえるエレクトラは、はくはくと口を動かしながら、とても苦しそうにしている。
顔は真っ赤になり、青ざめ、舌を突き出して痙攣まで始まった。
「何をしたの! あなた、何をしたの!」
エレクトラに縋り付きながら、杖を持つ男を見上げる。
男は、敵意のこもったティナの視線に寂しそうに笑い、「報いです」と告げた。
「報い? 何の? エレクトラは、私を守ろうとしてくれただけだわ!」
「……あなたの信頼を得て、私から奪おうとする報いですよ。
さぁ、参りましょう、山の娘」
パシッ!
ティナは差し伸べられた手を払い、髪の毛を逆立てた。
周囲に炎の玉が浮かび上がる。
男達は、ティナから明確に示された敵意に動揺しているようだった。沈黙を続けながらも、ティナとロランと呼ばれた男を落ち着かなげに見守っている。
激しい怒りに身のうちを焦がしながら、ティナは男を睨みあげていた。
「許さない! エレクトラに何かあったら、絶対に許さないから!」
「…………その女が、あなたの敵であっても、ですか?」
「今、私の敵はあなたよ」
怒りのあまり集中できず、魔方陣は描けない。
だからティナは、無数の小さな火の玉を、本能のままに呼び出すことしかできなかった。
男が杖を振ると、一瞬、その炎は勢いを失ったかのように小さくなった。
だが、それだけだ。
ティナの怒りの炎が消えることはない。
すぐに炎は勢いを増して燃え上がる。
男は目を瞠った。
「………………これほどの力が……」
「すぐにエレクトラを解放しなさい。
そうでなければ、あなたも、あなたの仲間達も、生きてここを出られると思わないで」
ティナの亜麻色の髪が逆立つ。
それは高温で燃えさかる炎のように揺らめいた。
足下で痙攣するエレクトラには、もう、一刻の猶予もない。
「一気に消し炭にするわよ……」
そうは言いつつも、ティナは人に対して明確な殺意を向けたことがない。
早く、目の前の男達が降参してくれないか、と焦れていた。
ロランは、逡巡するティナの視線を絡めて自らにとどめるように、にやっと笑った。
「かしこまりました。娘よ。では、取引と行きましょう」
「取引?」
「えぇ、そうです。これをご存じですか?」
ロランは懐から腕輪を取り出す。
素朴な装飾が施されたそれは、黒光りする鋼に青い石がはめ込まれて、ティナはすぐに、孤児院から自分を連れ出した際に使われた鎖を思い出した。
眉を盛大にしかめると、ロランが苦笑した。
「やはり、ご存じなのですね? 使われたのでしょう? 彼らに」
問いかけではなく、断定。
ティナが答えないのもわかっていたのだろう。
ロランはティナを待たずに、ティナの手に腕輪を握らせた。
触れた指先から、魔力がジワジワと染み出ていくのを感じる。引きずり出されるそれに比例して、体を支える力も抜けていく。
「この女を助けたければ、腕輪をつけてください。あなたの意思で」
「私があなたたちを焦がす方が早いわ。周りにある火球の数は見せかけじゃないわよ」
指先で辛うじて腕輪をつまみながら、ティナが嘯く。
「……できるものなら、どうぞ」
両腕を広げて余裕のあるポーズを見せつけるロランに、ティナはあらがう術をそれ以上持たなかった。
肩を落として、腕輪をしっかりとつかむ。
「約束よ。腕輪をつけた瞬間に、エレクトラを助けて」
「勿論です、娘よ。私たちは彼らとは違う。約束を違えることはありません」
ロランがしっかりと頷くのを確認して、ティナは腕輪に自らの手を潜らせた。
途端に、体中の力が根こそぎ奪われていく感覚に片膝をつく。
眩む視界の端にロランの靴先が近づいて来た。
睨みあげると、ロランは泣きそうな顔をしていて、ティナは驚いた。
何か声をかけようとして、今度は足下でエレクトラが苦しげに咳き込む音が聞こえる。
では、ロランは約束を守り、エレクトラを解放してくれたのだ。
ティナはほっとして、地面に座り込んだ。
四肢が鉛のように重くて持ち上がらない。その体を、細身ながら、ロランがひょいと持ち上げる。
反抗的に見上げるティナに、ロランは小さく頷いて見せた。
「さぁ、参りましょう。あなたがあるべき場所へ」




