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王子殿下は従者様  作者: 東風
第五章 お披露目
25/33

□第二五話□ 庭園

 ペンダントを外したからか、それとも別の要因か、体に残っていた重苦しい不快感は消え、深呼吸一回ごとに体力が蘇るのがわかった。

 寧ろ、やる気だけが溢れて、暴れ出したくなる。

 ティナはベッドの上で大きく背伸びして、周囲を見渡した。


 見慣れない部屋は、狭い割に豪華な調度品とフカフカのソファが用意されていて、奥にはクローゼットもあるようだった。来賓などの準備や息抜きに使われる部屋なのだろう。

 気分が良くなってくると、濡れてビチョビチョになっている服が気になり始める。

 リヒトが何か持ってきてくれると言っていたが、王太子の服をいつまでも着ていていいものでもないだろう。今やティナはティナなのだから。

 素早く脱いで下着だけになったが、下着もしっとりと水を含んで気持ち悪い。案の定、さらしもしっかり濡れていた。

 誰もいないうちにどうにかできさいかと部屋を見渡したところで、先程のクローゼットが目にとまった。

 「下着くらいはあるよね」

 扉を開いて中にはいると、ガランとした小部屋が目に入る。通常はここに令嬢や貴婦人たちのドレスが所狭しと並べられるのだろうが、今日ここを利用しているのは残念なことに男が四人(・・・・)だ。

 リヒトが畳んでおいてくれた手触りの良い下着は見つけたが、簡易に羽織れそうなものは見当たらない。

 「あれ?」

 部屋の隅にある木箱に気づいて、ティナは迷わずそれを開いた。

 「ついてる!」

 そこにはメイドのお仕着せが数着、しまわれていた。

 一番丈のあるものを選び着てみると、胸をメインとした厚みが大幅に余る。ティナは行儀悪く、ちっと舌打ちして、ウェストをカーテンを縛る紐で無造作に縛った。


 カーテンがはためき、ティナはその向こうにあるガラスを目にとめた。いつもの癖でガラスにそっと触れる。

 そこに映り込んだ久しぶりの自分の姿に、ほっと息をつく。きつく縛られた亜麻色の髪を解いてひとふりすると、柔らかくうねったそれが肩の上に広がる。

 ルシオとのことがあってから、切らねば、と思っていたものの、いつも疲れきっていて自室に戻るのと意識を失うのはほぼ同時だった。

 また、同室のルシオに起こされるのは何とも思わなかったのに、隣室のサウロのノックには心臓が口から飛び出るのではないかと思うほどにビクついてしまう。自然と、夜どれほど遅くに寝ても、朝はサウロよりも早く目が覚めるようになってしまった。

 おかげさまで、万年寝不足のような状態だ。

 夜に向かってポッカリと開いた暗い口のような窓は、ティナの目の下の薄い隈までをしっかりと見せてくれる。

 冷たいガラスの上で自分の輪郭に沿って指を沿わせていると、不意にガラスが震えた。


 驚いて窓を開ける。

 階下を見下ろすと、屋上庭園のようなところに男が三人、顔を寄せあって怒鳴っていた。

 「見つけたか?」

 「あの派手なナリだ、隠れるのだって限度がある」

 「これほどの好機はない。うまくことを成せば、宰相閣下の覚えも良くなろうよ」

 「わかっているならさっさと探せ!」

 「結界もいつまで保つかわからんぞ」

 「くそっ、何処だ!」

 男たちは頭上のティナには気づいていない。

 三方に散っていったところで、ティナは遮るもののない場所から、庭園を見渡した。

 暗くてよく見えないが、木々の間に真紅の何かを見た気がした。

 闇を切り取ったような衣装のせいで、燃え上がる焔のような髪だけが浮いて見える。

 男達が十分遠ざかったところで、ティナは窓から離れた。


 ベッドの脇にあった姿見で自分の姿を一瞬だけ確認し、鍵を開けて廊下に忍び出る。

 あちこちを使用人たちが走り回っていたが、メイド姿のティナを気にするものはいなかった。

 ティナは廊下を暫くはしずしずとすまして歩いたあと、スカートの裾を両手で掴み上げるやいなや猛然と階段を走り降りた。

 行き違った従僕が非難がましい目で睨みつけてくるが、「ごめんあそばせ」と一言だけ残していなし、庭園に面しているだろう部屋に駆け込む。

 「うわぁ!」

 「きゃあ!」

 部屋の奥で貴族らしい男と、どう見てもメイドにしか見えない女があられもない姿で悲鳴を上げた。

 「ゴメン! すぐいなくなるから、ごゆっくり!」

 メイドの目が三角になるのを見て、これは合意だ、と判断したティナは素早く部屋を横切ると、ベランダに面した窓を開け放った。

 女の投げた枕が窓にぶつかるが所詮枕だ。

 気にせず窓から外に飛び出ると、姿勢を低くして、先ほど赤毛を見た方にそろそろと歩みをすすめる。


 わさわさと葉っぱを揺らしているのは、先ほどの三人組の方だろう。

 気配のない方に向かって進み、止まって目を閉じる。

 遠くに聞こえる足音にかき消されそうなほど小さな呼吸音を耳が拾った。

 ティナは息を殺してそちらに忍び寄る。

 夜目にも鮮やかな赤毛を目の端にとらえたのと、逞しい腕がティナを囲い込み、厚い掌に口を覆われたのとは同時だった。

 悲鳴を押し殺し、おとなしくする。



 派手な赤毛の人物は、予想していた抵抗がないことに訝しそうにしたものの、すぐに周囲の気配を探った。近づいて来るものは他にいない。

 ひとまず吐息したところで、自分の腕の中に収まっているのが男にしては随分華奢であることに気づいた。

 改めて見下ろすと、夜に溶け込みそうな暗い色のワンピースを着た若い女がそこにいた。

 ぎょっとして手が口から離れる。

 だが、予想していた悲鳴は上がらなかった。

 「こちらへ。お助けします」

 女は目を合わせてそう告げると、庭園の一角に視線を向けた。

 「貴様は誰だ」

 このようなところで言い争っている場合でないのは百も承知であったが、この女が美人局ではないとも言い切れない。

 彼は害される可能性もあったが、同時に味方からも醜聞を狙われていた。

 女はきょとんとしたあと、頭を抱えて悩み始める。

 「そうだ、私、何なんだろう? えぇと、あぁ、ダメだ。どう言っても怪しい……」

 しおしおと項垂れるさまを見ていると、随分と若い女、少女と言っても良い年頃に見えた。

 「わかった。助けてくれ」

 男は小さく笑みをこぼして、少女の頭を撫でる。

 少なくとも敵には見えない。男はそれで満足することにした。

 少女はパァーッと顔を輝かせると、男を見た。

 「結界があるってあいつらは言っていたんだけど、公は力、使えなくなってる?」

 少女の呼び方で、彼女が己の正体を知っていることを確認する。男は頷くにとどめた。

 「やっぱりそうなんだ。

 あっち、見える? そこの大きな木の向こう」

 少女の白い指が、庭園の奥を指し示す。

 目を凝らすと、瀟洒な四阿が見えた。

 「私があそこで騒ぎを起こす。あいつらがそっちに気を釣られている隙に、公はこっちのベランダから中に入って。

 大丈夫、あそこ、鍵かかってないから」

 「君が? 一人で? 女性にそのようなこと!」

 「声が大きい。大丈夫、あいつらが宰相派なら、私は平気。

 えぇと、王太子派? だから?」

 微妙に自身無さそうに呟いたあと、心配そうに男を見つめた。

 「その……信じなくてもいいよ。私、すっごく怪しいもん。でもお願い、チャンスは逃さないで」

 柔らかく熱い手が、男の大きな、しかし冷えきっていた手をぎゅっと握りしめる。

 「何故、助けてくれるんだ?」

 今にも茂みから飛び出しそうにしている少女の手を掴み、問う。少女は逡巡したあと、はにかむように微笑んだ。

 「だって、公、すごく格好いいじゃない? そういうのすごくいいなって思う」

 驚きに言葉を失っていると、少女は励ますように男の手をポンポンと叩き、手を離す。

 何故だがその手を掴んでいたくて、男は腕を伸ばしたが、少女はもうそこにいなかった。



 ティナは四阿に走った。

 どこの茂みから飛び出したか知られるわけにはいかないから、最初は静かにソロリソロリと、ある程度離れると大胆に音を立てて。

 「いたぞ! あっちだ!」

 「追い込め!」

 手に持っていた葉の茂った枝を使って、自分よりも大きな人影に見えるように工夫する。

 息せき切って四阿に飛び込んだ直後に、肩を掴まれて乱暴に倒された。

 息ができないほどの力で地面に押し付けられ、ティナは唸った。サビ臭いものが口の中に広がる。

 「よし、押さえた!」

 「今のうちだ!」

 「いや、待て! 違う!」

 闇夜にもきらめく刃が背中に振り下ろされようとしたところで、一人があとの二人を制した。

 「見ろ! こいつ、女だ!」

 冷静な人物がいて助かった、と息苦しい中でティナは思った。あとはさっさと避けてほしい。

 背中を押さえつけていた手がなくなり、代わりに強引に顔を挙げさせられる。

 男たちの一人がカンテラを取り出し、遮光壁をずらす。赤い光がティナの顔を浮かび上がらせた。

 「いつの間に?」

 「公爵の手先か? 公はどこに行った?」

 胸ぐらを強く捕まれ、ガンと四阿の細い支柱に打ち付けられた。

 「あ、あの……私、なんのことか……」

 怯えたように視線を下げると、ナイフを握っていた男がそれを振り回した。

 「誤魔化すな! 貴様がウィンベリー公の手のものなのはわかっている!」

 「あの、でも、本当に私、何がなんだか?

 レ、レスリー様のハンカチを窓から落としてしまって! 急いで見つけないと私、リヒトさんに怒られてしまいます!」

 震えながら、まだ開きっぱなしのクローゼットの窓を指し示す。

 リヒトがその程度で怒るとは到底思えないが、ここは悪役になってもらうことにした。

 「レスリーって……王太子か?!」

 宰相一派もレスリーを王に推していたはずなのに、ずいぶん軽く扱っているようだ。尊称がない。それだけ、レスリーに何も期待していないだろうことがわかって、ティナは複雑な気分を味わった。

 「いや、方便かもしれん。軽く痛めつけて様子を見よう」

 冷静な奴はサディストでもあったらしい。まじめ腐った顔でそんなことを言い出す。

 ティナは慌てた。

 「あの、リヒトさんに聞いていただければ、すぐにわかります!

 一緒に来ていただいても構いません!」

 ここで自分が危うくなるわけにはいかない。

 今度こそティナは青ざめて、近くにいた一人にすがりついた。

 カンテラを持っていた男はティナの姿をしげしげと見て、にやりと笑った。嫌な表情に、ティナは後ずさりしようとして、四阿の柱に阻まれる。

 「メイドの一人がいなくなったところで、なんとも思わないさ。

 痛めつけてみて、言っていることが本当だからって、たかがメイドだ。そうだろう?」

 舌なめずりしながら、ティナの服に手をかける。

 「公の一派ならここで消しても後腐れはない。王太子のメイドなら、たかがメイドだ……」

 「おまえのそれは病気だな」

 ナイフを持っていた男が吐き捨てるように言うが、止める気はないようだ。

 「さっさとしろ」

 そんなことを言い出す。

 当初サディストだと断じた男の方は、「おまえとは趣味が合わない」と言ってそっぽを向いた。こんなことを趣味の範疇で語るなと突っ込みたいが、それどころではない。

 これはまずい。貞操と命、どっちも危機に瀕している。

 死ぬ気はさらさらなかったが、こんなことがバレたらルシオにどれほどの小言を言われれかと思うとゾッとした。

 「……私に手をかければ、宰相閣下も黙ってはいませんよ?」

 あの宰相であれば、こんなところで儚くなったティナを、その程度か、の一言で片付けそうな気もしたが、それはそれである。生きる戦いで、ハッタリは重要だ。

 生きてさえいれば勝者だと、ティナは考えていた。

 「貴様ごときメイドが、閣下の何を知る?」

 「おい、でも本当だったら……」

 ナイフの男が動揺をあらわにし、冷静な男も渋面を作る。

 「私が閣下の覚えがめでたいかどうか、閣下の前に引き立てて首実検なさればよろしいではないですか」

 必死に言い募りつつ、何とかなりそうだ、とティナは油断した。

 サディスト改め、ティナをどうにかする気満々の変質者は、いきなりティナの衣装の襟に手を突っ込むと、下まで強引に引っ張り引き裂いていく。

 布地が勢いよく裂かれていく様に、ティナは頭が真っ白になった。悲鳴すら出ない。

 「なっ?!」

 「おい! まずいって!」

 仲間二人が声をかけるが、変質者は、驚きのあまりうずくまったティナを、獲物を見つめる獰猛な肉食獣のように見下ろし、これみよがしに舌なめずりし、笑った。狂気を滲ませる視線は、ティナを逃がす気など欠片も見あたらない。

 「だから、ここで証拠隠滅してしまえばいいんだって! 土産もないんだ。閣下に会いに行く必要もない!」

 変質者はナイフ男からナイフを取り上げると、そのナイフを振りかざした。

 「おまえたちだって、どう転んでも共犯者だ! もう後には引けないぞ!」

 突き立てられたナイフは、ティナの頭上で深々と柱に刺さっている。

 変質者はティナの腰を縛っていた紐を取ると、あっという間に彼女の両手を縛り上げ、ナイフに括りつけた。

 破れたワンピースから白い下着と白い肌が覗いているが、このような体制では隠しようもない。

 「離して! 助けて! お願い、あなた達のことは誰にも言わないから!」

 必死に懇願してみたが、変質者に引きずられるように、あとの二人も覚悟を決めてしまったらしい。後戻りが出来ないところまで来てしまった、と判断したのだろう。

 何か、方法はないかと当たりを見回すが、その動作がまた必死に助けを探しているように見えたのだろう、変質者の諧謔心を煽ってしまう。

 男はティナの頬をきつく掴み、己の酒臭い息を吹きかける。なるほど、公爵への襲撃にしても、計画的なものではなく、いきあたりばったりなのだ。ならば、このアクシデントを適当にいなして終わりにしようとすることも頷けた。

 そして、予想以上に宰相派の者は腐りきっているらしい。レスリーを王太子にしたくない勢力の気持ちが、激しく理解できてしまった。レスリーなのに。

 「死ぬ前にいい思いさせてやろうってんだ、ありがたく思え」

 ティナを蔑んでしかたない目に、言葉に、心の奥底が燃え上がる。

 メイドごとき、命も体も、思いのままになる、と確信している目。

 ティナは今までの下手に出ていた態度を一変させ、男を睨み付けた。

 「……下種が、調子に乗らないで。その手を離しなさい」


 ザワザワと心の奥がざわめく。

 何者かが、ティナに囁く。

 引き裂け。

 捨て去れ。

 ねじ伏せようとする力に、全力で返せ、と。


 ティナの豹変を、しかし男たちは単なる強がりと見たようだった。

 薄く笑って、手の甲でティナの頬を殴る。

 強烈な衝撃に頭がくらくらする。失いそうな意識の隅から、すべてを明け渡せと声がした。

 「これでも手加減してやってるんだぜ? どこまでその調子が続くか見ものだな!」

 反対側の頬をもう一度殴られる。

 目の裏がチカチカとして、目眩がした。

 体の深く、ティナでさえ今まで意識したこともないところから、激しい怒りと力が湧き上がってきた。

 明け渡せ、楽になれ。その言葉に従わない理由がどこにもない。


 ティナは口の中に溜まった血を、面前の男に吐きかける。

 「何よ。女一人に三人がかりな下種に、下種以外のなんて声をかければいいのかしら?」

 力を感じる。男たちの怒りの表情も気にならない。

 ティナは傲然と彼らを睨み上げていた。全身の毛が逆立っていくのがわかった。

 三度みたび、振り上げられた拳が、言葉もなく顔面に向かってくる。

 それこそが、そいつら(・・・・)の最期だ、と何か(・・)が嘲笑った。



 ガン! と激しい音がして、なのに衝撃は何もなくて、ティナは瞬きをして目前の男を見た。

 男もまた驚きの表情で、そのまま前のめりにティナに寄りかかると、ズルズルと地面にずり下がっていく。


 「おまえはバカなのか! 自分の置かれた状況を考えろ!」

 怒鳴り声に正気に返ったのは、残された男二人の方だった。

 「ウィンベリー公? 戻ってきたのか?!」

 「小娘は愛人か? まぁいい、ここでかたを付けてやる!」

 男たちと一緒に声の方を見やると、暗がりに大きな石を持った公爵が、肩を怒らせて立っていた。

 残された二人は幅広のナイフを取り出し、公爵に襲いかかる。

 だが、公爵は落ち着き払っていた。

 「ちょ、ちょっと! 何で戻ってきたの? せっかく私が……」

 高まっていた感情と力があっという間にしぼんでいったが、入れ替わるように呆れと驚きが声を張り上げさせる。

 若き公爵は、絵に描いたような尊大な態度でティナを見下ろした。

 「女を貢いで自分の命を贖うなど、私の矜持が許さぬ!」

 男たちのナイフを掻い潜りながら、公爵は器用にティナの面前までたどり着くと、その広い背でティナをかばうように立ちふさがった。

 あまりにも高いプライドにティナは今度こそ言葉を失った。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 ティナの努力を全部無にする気かと、返って怒りがわく始末。

 だが、正面で向き合っていた時はあれほど大きく感じていた公爵が、こうして背中を向けられていると信頼に足る守護者のようであった。

 「それに、何も用意せずに戻ってくるほど、私は愚かではない」

 揶揄するような、少しの笑みを含んだつややかな声で言い放つと、公爵は両手に真紅の魔方陣を描き出した。

 男二人が怯む。

 「まさか、結界を……」

 「女は時間稼ぎか?!」

 「貴様等にはこの程度で十分だ」

 小さいにも関わらず緻密に描かれた魔方陣から、赤い炎がわき上がり、それは二匹の小さなトカゲの姿になった。

 「け」

 公爵の張りのある声が静寂に響くと、トカゲは背中を向けて逃げ出そうとする二人の男に襲いかかった。

 炎の尾が長く伸び、鞭のようにしなって男それぞれの胴体に巻き付く。あまりの熱さに二人とも悲鳴を上げて地面を転げ回ったが、魔法で出来た炎がその程度で消える訳がない。

 トカゲは器用に男たちの体を這い回って、しっぽを二重三重に絡めると、いつの間にかひものように頭としっぽがくっついてしまった。

 炎で出来た縄は随分緩く見えるが、熱い実体を持っている事も確かなようで。

 苦しんでのたうち回る男たちを、公爵は冷然と見下ろしていた。

 「助けてくれ! 熱い!」

 「死んでしまう! 公爵閣下、どうかお慈悲を!」

 叫び転がる二人には目もくれず、公爵はティナに向き直ると、不機嫌に顔をゆがめた。

 そして、殴られて昏倒していた男にも火の縄をかけ、強制的に起こす。

 「慈悲? それはここでひと思いにおまえたちの命を絶て、ということか?

 私はそこまで寛大ではない。衛兵が来るまで、精々生き延びろ」

 公爵は言い放つと、男を再度地面に転がした。

 肉が焦げていくイヤな臭いにティナが顔をしかめていると、向き直った公爵は自らの漆黒のマントを肩から外す。首を傾げていると、ふわりとティナの体をマントが覆った。

 「あの……公?」

 「ここは騒がしい。しばらく我慢せよ」

 命令することに慣れきっている公爵は、ティナの返事を待つことなく軽々と抱き上げると、大股で庭園を横切っていく。

 ティナが言葉を挟む余地はどこにもなかった。


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