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王子殿下は従者様  作者: 東風
第五章 お披露目
23/33

□第二三話□ 対応に困る宴

大変お待たせいたしました。続きでございます。

 笑いすぎのロイドに一発蹴りを入れておきつつ、ティナは辺りを見回してみる。

 なかなか近づいてくる者はいないようだ。

 皆、互いの肘をつつきあいながら、次に誰が王太子に接触するか譲り合っている。

 「いや、天然の王太子に声をかけられるのは、よほどのツッコミ体質だけじゃねぇ?」

 低く笑いながら、ロイドがそんなことを言い出す。

 「ロイド、いい加減にしないと口を縫い付けるぞ」

 ルシオが不満すべてをロイドにぶつけようと言わんばかりに、不機嫌顔で怖いことを言った。このメンツだと、どうしても喧嘩の仲裁はティナの役割に回ってくるようだ。

 リヒトを恋しく思いながら、ティナはロイドを背にかばう。

 「いや、ロイドも悪気があるわけじゃないから……」

 「君は自分のことを言われたという自覚がないのか?」

 心底残念なものを見る目で見ながら、ルシオが体中の空気を吐き出すような大きな吐息をした。

 「失礼な。俺だってそれくらいわかっているさ。天然ってあれだろ、養殖の反対」

 ドヤ顔で言うと、ルシオだけでなくロイドまで残念なものを見る目をする。

 咄嗟に、絶対の味方だろうサウロを振り返った。青年騎士の口元がピクリと跳ねる。

 「え? 違うの?」

 「難しい質問です。あっているとも言えますし、間違っているとも言えます」

 「は? どっち?」

 それほど気が長い方ではないティナが詰め寄ると、サウロは困ったような笑顔のまま後ずさった。

 「殿下はそのままで素晴らしいお人柄です」

 「いや、それって回答になってないよね? 俺、間違ってるの? 正しいの?」

 ニコニコしながら距離を取ろうとする騎士と、困惑に立腹を混ぜて追う王太子。


 傍から眺めていたロイドは、目を細めて同じ光景を眺めている従者の脇腹を小突いた。

 「あぁして見ると普通の王子なんだけどな。なんであいつの自己評価が低いんだ?

 過去に何かあったのか?」

 レスリーの口からたまにこぼれ落ちる、「俺なんか」という言葉。それを聞く度に、ロイドの身の内に焦燥感のような苛立ちが生まれる。

 天才と呼ばれるロイドを、完膚無きまでに叩きのめしておいて、今更何を言っているのか。

 離宮で深刻ないじめがあったようには見えない。リヒトもルシオもいるからだ。

 なら、何故?

 それがロイドにはわからない。

 ルシオとレスリーの仲は良いように見える。

 表面上のことだから内面まではわからないが、もし嫌っているならレスリーがここまでルシオをそばに置くはずがない。

 王家から遠ざけられた離宮で、帝王教育がなされてきたとは到底思えない。

 だが、ルシオがこうである以上、レスリーとてももっと【王子っぽさ】があってもよいのではないか。

 ロイドはそんな疑問をルシオにぶつけてみる。

 同じ顔でありながら、不機嫌以外の内面をなかなか表に出さない従者は、騎士に詰め寄る王太子をどこか遠い眼差しで眺めながら、短く吐息した。

 「親に捨てられた子供は、自分に疑いを持つ。

 それだけだ」

 「それなら、おまえの方が卑屈になって当たり前だ、そうだろう?

 それとも、おまえ、あいつをいじめてたのか?」

 聞きにくいこともさらっと聞いてくる。

 ルシオが不機嫌な顔をしても、ロイドには効果がない。

 ルシオは諦めて、ロイドを見返した。

 「レスリーは……あいつは、自分の魔力を嫌っている。それが人を傷つけることを知っている。

 なのに、魔力以外に自分が求められていない事も知っている。

 あいつは、自分が嫌いなもの以外の自分の魅力を何一つ知らないんだよ」

 ロイドは瞬きを繰り返して、ルシオと離れたところにいるレスリーを見比べた。

 同じ顔なのにずいぶんと素直なレスリーは、今は頬を限界まで膨らませて護衛騎士サウロを追いかけている。同じ不機嫌な表情であっても、やはり、レスリーとルシオはかけ離れているように見えた。

 「生まれながらの王子で、外見も恵まれて、努力していて、別け隔てなく愛想を振りまいて、ゆくゆくは王様で? 魔力がなくたって愛されキャラ確定だろう?」

 信じられないとばかりにレスリーを食い入るように見つめる。

 ルシオは苦笑した。


 ロイドは知らない。

 今彼が言ったことの殆どは、レスリーにはあってティナにはないものだ。

 「……失敗すれば後がない。あれは、そう言う世界に生きている」

 ゆっくりと、慎重に、言葉を選びながら言うと、ロイドは柔らかいくせっ毛をかきあげ、苛立ちを込めて額の上でその髪を握りしめた。

 「だったら、てめぇの言葉が足りてないんじゃねぇのか? 兄王子様」

 確かに。ルシオが王太子レスリーの単なる兄であったならば、培ってきた経験と言葉が、絶対に二人をつないでくれていただろうと思う。

 そこまで考えて、ルシオはふと、小首を傾げた。

 「………………君がそこまで、王太子殿下を気にするとは思わなかったな、ロイド。

 弱ければ、失敗すれば、君はあれを見限るだけだ。そうだろう?」

 心底不思議に思いロイドを見返すと、ロイドは榛色の大きな瞳を、それこそこぼれんばかりに見開き、ルシオを同じように見返してきた。


 ルシオが噂に聞いた天才少年は移り気で、一時いっときを熱病にうかされたように夢中になると、途端に熱が冷め、興味を持っていたはずのことから急激に遠ざかっていく、と言われていた。

 魔方陣の研究にしても、出来上がりが見えるとすぐに放り投げてしまうので、一緒に研究する仲間たちからは嫌われているようだった。


 だからこそ、王太子一派に足をつっこむのも一瞬のこと、信用に足る人物ではない、とルシオは判断していたのだ。


 「矛盾だらけのお子様って言われた」

 ボソッとロイドが呟く。

 あたりの喧騒に埋もれそうなほどの小声に耳をそばだてると、ロイドは少女めいた可愛らしい顔に少女めいた儚い表情を浮かべ、王太子を眺めた。


 「俺の中の苛立ちに、矛盾に、それは違うって正面から言ってくれたのはたった二人。

 力づくで止めてくれたのは一人だ」


 なるほど、とルシオは目を細め、会場の中、離れたところにいる真紅の髪に漆黒の衣を身にまとう偉丈夫を見つめた。

 家族や友人に恵まれないのは、ロイドも一緒と言うことか、と一人腑に落ちる。

 「初めてなんだ。こんなに知りたいと思ったのは……」

 細く紡がれる言葉に、ルシオは僅かに吐息した。



 「ルシオ! ロイド! こちらの方が俺に挨拶を、と!」

 珍しい二人組の間に割って入るように、ティナが走りこんできた。

 その後ろには、厳しい顔をしたサウロと、涼やかな中にも威厳が満ちる淑女がいた。


 見事なストロベリーブロンドを高く結い上げ、夜会用に広くあいた白い胸元には金粉が散らされた上に、大きな青宝石サファイアが輝く。

 内側から煌めくような緑の瞳は、優しげな容姿に反して、鋭くティナに向けられていた。居心地悪そうにしながらも、ティナは曖昧に微笑んでルシオの腕を引く。

 淑女の後ろには、侍女と思われる数人が付きしたがっていた。いずれの高貴な身分の女性か。


 ルシオはあわあわとするティナを一睨みで落ち着かせると、目配せしてくるサウロに気づき、眉をひそめた。

 サウロが、ルシオの耳元で囁く。

 告げられた名前にルシオは一瞬動きを止め、続いて、何事もなかったように深く頭を垂れた。

 「お初にお目にかかります、グレイシア様」

 「あ! あれ? でも、そうすると……どちらから挨拶?」

 ルシオの言葉で、面前の美女の正体を知ったティナは、混乱して無意味にロイドやサウロを見やる。


 声かけは目上のものから、挨拶は目下ものものから。

 そうルシオから言い含められていたものの、ティナは困惑を深める。

 王太子より位の高いものは王しかいない。しかし、面前の正妃グレイシアはどうなのだろうか?

 そもそも、対等な立場の場合はどうなるのか?


 挙動不審になる王太子ににっこりと余裕の笑みをみせ、正妃グレイシアはドレスの裾を摘まみ、腰を沈めた。

 「レスリー王太子殿下、ルシオ王子殿下。

 お初にお目にかかりますわ。グレイシア・クライセスと申します。

 立太子、誠におめでたきことでございます。心よりお祝い申し上げます」

 淑女の挨拶というか、熟女の挨拶というか。


 いささか低くなった上半身で、あふれてこぼれんばかりの白い胸が輝いている。


 ティナは自分の胸を何となく見下ろし、舌打ちしそうになった。食生活の改善故か、最近、若干の成長が認められさらしを巻くようになっているとはいえ、目の前の果実と比べると雲泥の差。チェリーとメロン。

 これはあれか。成長期全般における食糧事情ゆえ、ということか。


 素早く視線を巡らせると、サウロとロイドの目も釘付けになっている。

 嫌な予感がしてルシオを見ると、いつもは自信満々な従者が目元を赤く染めて顔を背けていた。

 どいつもこいつも!

 苛立ちからティナは引きつった笑みを浮かべ、恭しく頭を垂れ、正妃の手を取ると軽く口づけた。いつものサウロの姿を意識する。ルシオを頼ろうという気持ちは一欠片も残っていなかった。


 「こちらこそ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません、正妃様」

 指の先まで神経を配り挨拶すると、周囲から感嘆のため息が聞こえた。

 ルシオと同じ美貌で貴公子然として振る舞えば、目を奪わないはずがないのだ。

 面前の正妃グレイシアも、ティナをじっと凝視する。ただ……周囲とは違い、単純な感嘆の表情には見えないところに引っかかりを覚える。

 どこか探るような、ティナの奥深くまでのぞき込もうとするような、そんな目線。

 「義母上ははうえとお呼びした方がよろしいのでしょうか?」

 小首を傾げてみせると、グレイシアは苦笑した。

 「お母上を失いし折にお引き取りしていたのならまだしも、本日初めてまみえる私にそのように呼ばれる資格はございません、殿下。

 どうぞ、グレイシアとお呼びになって」

 美女の微笑みに、さすがのティナもクラっとする。王城は本当に恐ろしいところだと再認識した。

 ルシオの情報が確かなら、この面前の美女もまた、孤児院の院長と同年代のはずだ。もはや、人数の上では院長の方が劣勢である。自分の常識が覆されていくのを感じた。

 「では、失礼して、グレイシア様と。

 改めて、ご挨拶が遅くなりました、グレイシア様。

 立太子かなわぬ際には、また離宮に戻ることになりますので、本日までお待たせしてしまいました。

 レスリーと申します」

 優美に指先まで意識をして、一礼してみせた。 

 周囲からまた漣のような吐息が聞こえる。

 続いて、正気を取り戻したらしいルシオも、慇懃に腰を折って挨拶する。

 「兄のルシオと申します。この度、王太子殿下の従者を仰せつかっております」

 あくまでも従者であるので、口づけはしない。

 素っ気ないともとれる挨拶に、ティナは胸をなで下ろした。

 一瞬、ルシオがこの妖艶な正妃の手を取り口付けする光景を思い浮かべ、苦い気持ちがしていたのだ。


 グレイシアは余裕のある微笑みを浮かべ、ルシオに向かってもゆったりと頷き返す。

 「本日は、本当に素晴らしい日ですわ。

 ルイーサ様の忘れ形見にお会いできましたこと、とてもうれしく存じます。

 二人とも、本当にルイーサ様にそっくりですこと」

 側妃ルイーサと言えば、ルシオやレスリーの母親だ。

 正妃はルイーサとも親交があったらしい。

 それは、ルシオからも聞いたことがない情報だった。

 「ルイーサ様はお二人をとても心配なさっておいででした。

 離宮から取り寄せた肖像画を、それは大切にしていて、私のお茶会にも持ってきていたくらい。

 ちゃんと持ち運べるよう、手のひらサイズの大きさで。

 毎年、新しいのを描かせていましたのよ。

 そうだわ。……ライア」

 目を細めて語られた内容は微笑ましく、ティナはのんびり聞き入っていた。

 まだ続くのかと思った矢先に、グレイシアが侍女に声を掛ける。

 ライアと呼ばれた侍女は、しずしずとティナの前までやって来ると、深く腰を落とし、綺麗な布で包まれた小さな箱を差し出してきた。

 「これは?」

 訝しげにルシオがグレイシアに問う。

 グレイシアはそれには答えず、侍女に向かって頷いて見せた。

 侍女ライアが恭しく箱を開ける。

 中には、銀色に輝く石と、黄金色に輝く石の二つが入っていた。

 どちらも銀の鎖がつけられ、首からかけられるようになっている。

 立太子の祝いの品だろうか? 捧げられた箱に指を伸ばすと、触れようとした直前にルシオの手がそれを阻む。

 「素晴らしいお品とお見受けいたします。私が受け取っても?」

 ルシオが改めて箱を受け取ろうとすると、今度はグレイシアが首を横に振った。

 そして、彼女の白くたおやかな手で銀に輝く石を取り上げる。邪気のない笑顔が輝いていた。

 「どうぞ、私から贈らせてくださいな。こちらはルイーサ様のお持ちになっていたお品ですの。

 形見分けでいただいていたものを、今宵のために加工させましたのよ。

 きっと、お母様もそう望んでいたはずだわ。

 こちらの月光石はルシオ様に」

 その石の大きさ輝きに、周囲の貴族たちがどよめく。

 ルシオはかすかに眉間にしわを寄せたものの、グレイシアはルシオの首に掛けてやろうと無言で待つ。

 圧力に負けて、ルシオが頭を垂れる。

 そっと掛けられた月光石とやらのネックレスは、繊細な細工も施され、グレイシアのセンスを感じさせた。

 「ありがたく存じます」

 抑揚なくルシオが謝礼を述べる。

 周囲の貴族たちが非難を込めてルシオを睨みつけるが、高貴な生まれの従者様はどこ吹く風だ。

 つけてもらったばかりの月光石を角度を変えて見続けている。


 やはり、母の形見と言うことで、感じるものがあるのだろうか。

 微笑ましくルシオを見ていると、控えめな咳払いが聞こえた。

 我に返ると、近くで箱を掲げていたライアが、ティナを見上げていることに気づく。その横には、グレイシアが今度は金の石を持って立っていた。

 咳払いはこの侍女のものだったのだろう。

 ティナは慌てて片膝をつく。

 視界の端にとらえたルシオは、いつもの不機嫌な顔をさらに険しくし、貰ったばかりの月光石とやらを握りしめている。嫌な予感がして、それでも拒否することはできず、片手を胸に当て従順に頭を下げた。

 ルシオが目線で頷いている。

 ティナは不安を抑えて、腹の底に力を込めた。


 グレイシアから太陽石のペンダントを受け入れた瞬間、心臓に衝撃が走る。

 この感覚は経験したことがある。

 孤児院から連れだされたその日に、宰相の部下から渡された石に触れた時と同じもの。

 あの時よりも魔力の流出量は多くはない。

 だが、体の奥底まで探り、強引に引っ張りだそうという不快感と、魔力を失っていく目眩は変わらない。

 太陽石の周りを飾っていた小さな青い石が、今は赤く陽炎のように揺らめいていた。


 「とってもお似合いね」

 丹を落とした唇が笑みをたたえ、緑の瞳が細い三日月のように弧を描いた。


 「あり……がとうございます」

 霞みそうになる目を瞬かせ、ニッコリと微笑んでみせるが、震える声は誤魔化しようがない。

 気を失うことは許されない。ここで真の姿が露顕すれば、今までのすべてが水の泡となる。

 集中して、流れ出ていく魔力を止めようとした。

 だが、集中すればするほど、気が遠くなり、手足の感覚が失われていく。

 足が震え一歩下がりそうになったところを、たくましい腕が背中に添えられる。

 うまくマントの影でティナを支えるのは、信頼厚い護衛騎士。

 「わ、マジ綺麗!」

 感嘆の声を上げつつ傍らに寄り添い、横に流れそうな体を押しとどめてくれるのは、子犬のような天才魔術師。

 「確かにとてもお似合いです、殿下。

 社交界の最先端である正妃様のセンスは素晴らしいですね」

 ルシオの声が妙に響いて聞こえる。言っている内容は和やかなのに、鋭い牙を見せ威嚇しているような声音だ。


 不意に体が楽になった。


 周囲がざわめく。

 ティナはわけが分からず瞬きをして、項垂れそうになっていた頭を上げた。

 「ルシオ殿下、どういうおつもりかしら?」

 柔らかな問いかけに針を混ぜて、グレイシアがルシオを見つめている。

 ルシオの手には、今、正妃がレスリー(ティナ)にかけたばかりの太陽石のペンダントが握られていた。

 「それは正妃様が王太子殿下にさし上げたもの!

 殿下と言えど、無礼でしょう!」

 口元を扇で隠した正妃に代わり、侍女ライアが鋭く声を上げる。

 ルシオは太陽石のペンダントを様々に角度を変えてみていたが、なおも言い募ろうとする侍女を視界の端に捉え、冷ややかに微笑んだ。冷気とともに何とも言えない色気が溢れ出し、見守る人々までもが固唾を飲むのが聞こえるほどだった。

 「母と仲良くしていただき、息子としてこれ以上の喜びはありません、グレイシア様。

 頂きました石は、確かに母が用意したものでしょう。

 しかしながら、ひとつだけ訂正を」

 ルシオは無造作に太陽石のペンダントを己の首にかける。そして、残された月光石のペンダントをティナの首にかけた。

 衝撃は来ない。月光石(こちら)には細工はないらしい。

 「幼い頃、母から贈られてくるものは、いつも同じでした。

 私には太陽石を、レスリーには月光石を。

 人見知りな私がもっと朗らかになるように。

 レスリーがより落ち着くように、と」

 ルシオの手が、ティナの頭を幼い子にするように優しく撫でる。

 細められた青い瞳は、慈しむようにティナを見下ろしていた。

 「ですから、大変申し訳ございませんが、母の形見は交換させていただきます」


 グレイシアの目の前にいたティナには、ニッコリ頷く正妃の手が、不自然なほどに血の気を失って扇を握りしめているのが見えた。

 先ほどまでは煌めいていたように見えた碧眼が、今や感情をぽっかり落とした深い穴のように虚ろだ。

 背筋を恐怖が駆け上ったが、よろめきそうな体は背後と隣からしっかり支えられていた。

 一人ではない。それがとても嬉しい。

 ティナは足を踏ん張り、そっとロイドの手から離れる。ロイドの不満そうな顔に向かって、感謝を込めて笑ってみせると、ロイドは可愛らしく頬を染めてそっぽを向く。

 背後の手も、ティナの復調を感じ取ったのか、軽く背中をなでてから離れていく。


「グレイシア様、お品は確かに頂戴いたしました。

 母の心がいつもそばにあったことを、グレイシア様のおかげで思い出すことができました。

 深く感謝します」

 ティナはしっかりとグレイシアと目を合わせ、むしろ覗きこむようにして、謝辞を述べる。

 口元を扇で隠していたいと高き貴婦人は、ピシャリと派手な音を立てて扇を閉じると、鷹揚に微笑んだ。

 「よろしかったこと。

 お届けしたかいがあったというものだわ。

 どうぞ、大事になさってね」

 シミひとつない鼻をツンとそびやかして、正妃はしずしずと歩み去っていく。

 ライアだけが敵意を込めてティナを睨みつけたが、そんな忠義の侍女もまた、正妃の品格を貶めることなく、楚々と遠ざかっていった。


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