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王子殿下は従者様  作者: 東風
第五章 お披露目
22/33

□第二二話□ ご挨拶が難しい宴

 ざわめく大広間に、大小様々な人のグループが出来上がっている。彼らは一様に声を潜め、あたりを伺いつつ何事かを囁き合う。

 そこはめでたくも立太子が相成ったとはとても思えないような、異様な雰囲気に包まれていた。


 言葉も少なく、暗い顔を突き合わせているのは、ウィンベリー公派だろう。視線だけで会話しているかのように、時折お互いの視線を交わらせ、重いため息を付いている。

 青い聖職衣を身に纏い、不満に顔を歪めているのはプルデンシオ第一王子派か、はたまた法王一派か。どちらにしても、祝の席として設けられた宴で罵詈雑言を垂れ流すわけにもいかず、ひたすら憤怒の表情で沈黙を続けていた。

 それらと比べると明るい顔で談笑しているものの、どこか不安の色が隠しきれていないのが宰相派だろう。力の大きさにも、その後の法王の指摘にも、不安要素は様々にある。手放しで喜べないというところが本音か。


 斯様に、王太子お披露目の宴は、賑わっているとはとても言いがたいものであった。

 「ま、気にすんなよ。力の大きさは絶対だ。

 堂々としてればいいさ」

 広間をぐるりと回った後に控えの間にやってきたロイドは、美少女然とした容姿にはそぐわない粗野な物言いで長椅子にそっくり返る。

 青ざめたティナは弱々しく笑って、こっくりと頷いた。まだ、瞼の裏には、あの白い顔が焼き付いている。トカゲのような真円の目。

 思い出すと手が震えた。

 ルシオのおかげで正気にかえることができたが、あのまま昏い口の中に飲み込まれていたらどうなっていたのかと考えると、今でも恐怖に身がすくむ。

 だが、その胸の内をロイドが知っているはずもない。

 あの光景は、ルシオでさえ【見ていなかった】のだ。

 「法王のいうことなんて、気にすんなよ。

 どうせこちとら、聖女を神の代理人として、英雄を神の子として奉る異端だ。

 何もなくても難癖つけてくるさ」

 果物を手に取り、皮ごと齧り付きながらロイドが言う。

 その小気味いい口ぶりに、ティナは思わず心からの笑みを漏らした。

 ロイドも、ティナの表情が落ち着いたのを見て取り、ニヤッと笑った。

 「押しも押されぬ王太子殿下なんだ。

 ど〜んと構えてろよ」

 「うん。ありがとう。

 今は考えないようにする」

 ロイドの言葉に背を押されるのを感じる。粗野な天才少年は、確かに自分を気遣ってくれている。その気持ちがうれしかった。

 「困ったら、頭でっかちの従者か、脳まで筋肉の親衛隊に投げっちまえ。

 あいつらマゾだから、尻尾振りながら片付けてくれるぜ。イテッ!」

 ロイドが脳天を抑えて、床の上をゴロゴロのたうち回る。

 「ふざけるな、不良魔術師」

 「ルシオ!」

 ティナはパーッと表情を明るくして、不機嫌顔の従者に歩み寄った。


 宴用にティナの着替えはもう終わっている。

 今度の衣装は白地に青い縁取りがある王太子としての礼装だ。襟は逆に夏空のような青に金糸の縁取り。肩にかかった真っ青なマントは教会にも認められた証であるはずだが、やっぱり返せと言われるのではないかと、内心では戦々恐々としている。

 黒髪には細い金細工と金剛石が散りばめられていた。ティナにはガラスとの違いがわからないそれは、小指ほどのかけらで孤児院を総改築した挙句に五十年は食いつなげるらしい。ティナはその価値に慄き、うっかり落としそうになったくらいだ。

 「うん、似合っているな」

 ティナの衣装に目を細めたルシオも衣替えを終えている。

 ルシオは本来、ティナの三回目の衣装替えに合わせて着替えるはずだったが、先ほどの豪雨で予定外に早い着替えをするはめになっていた。その為、王太子棟にリヒトが急ぎ戻り、持ち戻ってくるのを待った。

 つまり、この控えの間にこもっているのは、まさかの従者待ちである。


 「ルシオの方が似合ってるよ。やっぱり王子様だ」

 深い藍色の衣装に黒糸で刺繍が添えられている衣装は、従者とはいえ、「王子」の威厳を感じさせる装いだ。

 ニコニコ笑いながらティナが言うものだから、ルシオは眉間の皺をより深めて渋面を作った。

 「王子は君。僕は従者だ。

 いい加減に覚えろ、バカ」

 「ルシオ様、王太子様にその言い様のほうがご無礼か、と」

 咳払いとともにリヒトも現れる。

 バツの悪い顔をした従者の横を通りすぎて、ティナは長身の老執事に抱きついた。

 「殿下、立太子、誠におめでたきことでございます」

 「リヒト! ありがとう。リヒトがそう言ってくれたら、なんか、嬉しいことなのかなって気がしてきた」

 「嬉しいことでございますよ、殿下。殿下は私の誇りです」

 くしゃっとしわが寄った笑みが、ティナの心にほっこりと明かりをともしてくれる。

 ティナがほっとしてリヒトから離れると、いつの間にかそばにいたサウロがティナの手を取り、恭しく接吻した。

 「憂いがございましたら、私が晴らしてみせましょう」

 とろりとした甘さをたたえた目が自分に注がれ、ティナはいたたまれなくなる。

 なかなか慣れることのないやり取りに跳ね上がる心臓をなんとか落ち着け、ことさら大声で皆に告げた。

 「よっし、これで全員そろったよね! 俺から一言、言わせて貰ってもいい?

 その……王太子になれました。皆のおかげだ。ありがとう。

 俺なんかが王太子に……ってまだ、全然実感わかないし、無茶だなと思うんだけど。

 こんな俺でも、皆が居てくれたら、何とかなるような気がしてくる。

 これからも助けてください」

 何故か、しんと静まってしまった空気の中、ティナはおそるおそる頭を上げた。

 皆が微妙な表情で視線をうろつかせている。

 何かまずいことを言っただろうか?

 ティナが不安に表情を曇らせたのと、ルシオのでこピンが炸裂したのはほぼ同時であった。

 「痛い! ルシオ?」

 「だから君はバカだというんだ。

 王太子が頭を下げるな。

 楽だからと言って、気軽に卑下するな」

 「え?」

 戸惑って周囲を見回すと、ロイドは不機嫌そうにティナを睨みつけているし、サウロはティナと目が開うと微苦笑を浮かべて首を横に振った。

 「え?」

 「自分なんかが……というのは、一見すると謙遜だ。だがな、王太子に届かなかった者が聞いたらどう思う?

 これから行こうとしている場所は、届かなかった者の派閥が大半だ。

 君が言っているのは、単なる嫌みだ」

 「そ、そんなつもりは……」

 「君は魔力という実力でその地位をもぎ取ったんだ。僕たちの内、誰一人、その点で君を助けた者はいない。

 いいか。二度と、俺なんか、というんじゃない」

 ルシオは眉間のしわをさらに増やしつつ、ティナの額をもう一度はじいた。

 地味に痛い。

 しかし、泣き言を言おうにも、面前のルシオの顔が怖くて言葉が出てこない。

 涙目であうあうしていると、リヒトがそっと身を屈め、ティナの口に何かを放り込んできた。

 甘い。

 果実の砂糖漬けだ。

 顔をほころばせてもぐもぐする。

 果実の酸味と砂糖の甘みが口の中いっぱいに広がった。

 「いいか。ここにいる四人は君が君だからこそ、ここにいるんだ。

 君なんか、じゃない。君だからこそ、ここにいる。

 そのことをその甚だしく忘れっぽくて思慮に欠ける頭に叩き込んでおけ」

 さっきまで責められているように聞こえていたルシオの台詞が、まるでシュガーコーティングされたように、別の意味を持って耳に届く。

 ティナは瞼をぱちぱちとして涙を弾き飛ばし、ルシオに抱きついた。

 「ば、バカ! 何を!」

 「うん。ありがとう、ルシオ。そばにいてくれて」

 慌てて自分を引きはがそうとするルシオにしっかりとしがみついたまま、ティナは満面の笑みを皆に向けた。

 「皆もありがとう! 俺なんかって言わないようにするよ。その……皆が望んでくれる俺でいられるように頑張る」

 新たな決意を胸に、ようやくルシオから離れる。

 誰よりも近いはずの運命共同体ルシオは、黒い艶やかな髪からのぞく耳を真っ赤に染め、ぎこちなくティナから距離をとった。

 その距離に若干の寂しさを感じながらも、ティナは大きく息を吸った。

 「リヒトはここで待機。俺たちはいざ、戦場へ出陣だ!」

 僅かにゆるんでいた空気がピンと張りつめる。

 頷くサウロ。長いすから飛び降りて背伸びするロイド。リヒトは恭しく頭を下げ、ルシオは……。

 「王太子殿下の初お披露目です。どうぞ、細心の注意を」

 マントをティナの背にかけ、留め具を確認しながら、そんなことを言う。

 王太子になったというのに、ティナを甘やかしてくれる気はさらさらないらしい。

 その厳しい姿勢はシスターソフィアを思い出させた。

 「だよなぁ。教会は第一王子派閥、官僚達も七割はウィンベリー公派閥だ。

 足下、すくわれないようにしないとな」

 のんきそうに呟いているが、ロイドの目には血に飢えた獣のような物騒な光が宿っている。知れば知るほど、外見と中身の乖離が著しい少年だ。

 サウロは腰の細身の剣を一度抜き放ち、きらめきを確認してから鞘に戻していた。

 警護の者として、最低限の武装は許されている。胸の厚みは、衣装の中にブレストプレートを隠している故だ。

 全員の用意が調っている見て取り、ルシオはティナに頷いてみせる。ティナもしっかり頷き返した。

 「いってらっしゃいませ」

 リヒトに送られて、四人は控えの間を出た。


 前にルシオ、背中にサウロとロイド。

 この三人を従え、ティナは大広間に足を踏み入れた。

 「王太子、レスリー殿下の御成り!」

 声高々と呼ばわれ、人いきれで霞む広間に静寂が満ちる。

 圧し殺した好奇の視線と、憎しみを込めた侮蔑の視線が、無遠慮にティナの全身を舐めていく。

 「気にするな。殆どが雑魚だ」

 不意に耳元でルシオが嘯く。

 その一言で力が抜けた。

 「やめろよ。笑っちゃうだろ」

 「笑ってろ、ふてぶてしく。得意だろ?」

 ルシオはまるでお手本になろうとでもしているように、顔を心持ち上げて、不躾な視線たちを鼻で笑ってみせる。

 その様があまりにも堂に入っていて、返って呆れてしまう。

 「いや、そこまで上手にはできそうにない。

 俺、もっと純真そうな王子様キャラだし」

 「だよな〜♪

 性格の悪い露払いは、腹黒い兄貴にまかしときなよ。

 俺達、そこら辺で軽食つまんでようぜ」

 ロイドは目をキラキラさせながら、あちこちにあるテーブルを物色しているようだ。

 立食形式タイプの宴は、王家のものとあって、軽食といえどもバカにできないような品々が並んでいた。美味しそうではあるが、食べたことのないものばかりで、味の想像がつかない。

 昼食も食べそびれた腹がグゥと鳴った。

 「殿下、適当に食べるのはやめてください。

 ……ロイドが食べても大丈夫なものだけ、口に運んでください」

 しばしロイドを軽蔑の眼差しで見ていたルシオは、今思いついたと言わんばかりにそう言う。

 確かに、王太子である以上、毒見役は必要だ。

 通常、それは従者が行う。

 困ったようにロイドを見ると、ロイドは余裕の笑みを浮かべていた。

 「かまわねぇぜ。他ならぬ王太子殿下のためだ。

 ただし、俺が死んだら無能従者に代わって王太子を守った、って墓碑に刻むことが条件な」

 嘘か本気かわからぬ目で、ロイドがルシオを睨み上げる。

 「その条件を飲もう。君の名前に、魔術では役に立たなかった魔術師と冠してよいなら」

 せせら笑うようにルシオが言い放つ。

 仲良くしろとまでは言わない。せめて険悪な雰囲気を隠すくらいはしてほしい。

 ティナが呆れてため息をつくと、背後に控えていたサウロがすっとティナの視界を遮り、ティナを大きな背中の影に隠す。

 「殿下、こちらへ」

 何事かと背中越しに首だけ伸ばすと、見慣れない人物が騎士の目の前に立っていた。

 燃えるような赤髪。漆黒の衣装。

 間違えようもない。ウィンベリー公その人だ。

 その後ろには数人の取り巻きがついてきている。中の一人がとこかで見た顔だと思ったらベルデン伯だった。ティナの視線に気づくと、ふくふくした顔にニッコリと笑みを浮かべてくれた。


 「護衛騎士ごときに用はない」

 取り巻きに喋らせる気はないらしく、公爵自身が低く言い放つ。

 サウロが剣呑な表情になったところで、ティナが慌てて前へ出た。

 「俺に何か?」

 今にも唸りだしそうなサウロにちらりと視線を投げたあと、若き公爵は芝居がかったお辞儀をしてみせる。

 「王太子殿下へのご挨拶を」

 喧嘩を売られるのかもと思っていたティナは拍子抜けして、肩に入れていた力を抜いた。

 後ろで事の成り行きを見守っていた面々も少し空気を和らげた。

 和らいだ空気をまとっていないのはたった一人。

 ロイドだ。

 少年は居心地悪そうにしながらも、公爵の出方を伺うように、赤髪の男から視線を外さない。

 公爵は明らかにそれに気づいていながら、ロイドを一顧だにせず、真っ直ぐにティナを見下ろしてきた。

 リヒトよりも高そうだ。

 「立太子、おめでとうございます、殿下。

 あまりの魔力の高さに驚かされました」

 「あ……ありがとう」

 公爵こそが立太子するのだと思った、と続けたくなったが、嫌味にしか聞こえないだろうと思って飲み込む。そのせいで先の言葉が続かず、気まずい沈黙が辺りを覆った。

 周囲はしんと静まり返っている。

 遠くにいる人々までが、公爵とレスリーの会話に耳をそばだてているのがよくわかった。

 「だが、所詮は魔力の大きさのみ」

 唐突に、公爵の声音が厳しさを含む。

 ティナの背に震えが走った。

 「私がここにおりますことを決してお忘れになりませんように。

 王太子位は譲りましたが、それは王位を手に入れたことにはならない」

 静かに、抑揚なく紡がれる言葉が、銅色の目が、ティナをその場に縫い止める。

 ウィンベリー公クラレンスは、ティナの前に立ちふさがる巨大な壁のように、威風堂々とした佇まいでティナを見下ろしていた。

 それは公爵の有り様そのままに見えて、とても眩しい。

 ティナは目を細めて長身な公爵を間近から見上げていたが、その公爵がティナの言葉を待っているらしいと気づくと、勢い込んで頷いてみせた。

 「ありがとう。公爵がそばにいてくれると心強いな」

 何故か場が凍りつく。

 ティナは瞬きをした。

 公爵の顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。

 何だ? 何が悪かったのか?

 ティナが振り返ると、ロイドは腹を抱えて笑い転げていて、サウロは引きつった口元を真一文字にしている。

 ルシオはトレードマークの眉間の皺を深めつつ、ティナの耳にそっと近づく。

 「公爵は、王太子の地位は安泰ではない、と言ったんだ。いつでも奪いに行けるぞ、と」

 「え? そういう意味だったの?!

 てっきり、そばで見守ってくれてるってことかと……」

 ルシオの説明に、ティナは驚いて大声を出した。

 耳をそばだてていたものが皆、失笑する。

 「声が大きい……」

 ルシオが顔面を片手で覆って、呻くように言った。

 慌てて口を両手で覆っても遅い。

 穴があれば入りたい、とはこういうことを言うのかと、ティナは初めて実感した。

 真っ赤になって首をすくめていると、朗らかな笑い声が響いた。

 「殿下は大変おおらかでいらっしゃる!

 王太子位を争った公爵に、なんとも寛大なお心遣いだ!

 閣下も大腕を振って王都に滞在できますな!」

 「ベルデン伯!」

 公爵の取り巻きたちが、非難がましく仲間の名を呼ぶ。

 ウィンベリー公は何もいわず、人垣を割って出てくる伯爵を見つめていた。

 ベルデン伯は、そんな自分の主に人好きのする笑みを浮かべてみせ、続いてティナの前にやってくると深く頭を垂れた。

 「おひさしゅうございます、両殿下。過日は長々とお時間をいただき、申し訳ございませんでした。

 また、本日の立太子、まことにめでたきことでございます」

 「あぁ、うん。ベルデン伯も元気そうで何より」

 公爵のほかの取り巻き達のトゲトゲした視線と、公爵自身の探るような視線を受けつつ、伯爵は泰然自若としている。

 その腹周りと同じように、中身もずいぶんと大人物なのか。

 ティナには、伯爵と公爵の力関係がいまいち分からなくなった。

 曖昧に微笑んでいると、伯爵は頭を上げ、間近からティナを見下ろす。

 何と声をかければよいかわからなくなり、ティナも伯爵をじっと見上げていた。

 「王太子殿下は……巨大な力が身の内にあることを、恐ろしいとは思われませんか?」

 長い沈黙の後、ベルデン伯はすっと目を細めて、そんなことを問いかけてくる。

 笑んでいる目には、冷たい刃が潜んでいるようだ。

 だが、質問の内容がいまいち理解できない。上流階級の表現は迂遠で、ティナには難しすぎた。

 伯爵の求める回答は想像もつかないが、身の内にある巨大な力といえば、ティナには一つしか思いつかない。

 「知らないものは恐ろしいと思う。

 ましてや、それが身の内にあるのに己の知らないものなら、尚更恐ろしい。

 でも、身の内にあるのであれば、切って捨てるわけにもいかない。

 だから、知る努力をして、折り合いをつけていくしかないと思う」

 自らの中に眠る魔力と、それが呼び覚ました何か。

 ティナにはアレが確実にまた自分の前に現れ、同じ事を問うだろうという確信があった。その時自分が、今回と同じようにアレを拒否できるのか、自信がない。

 「そのためにも、ウィンベリー公やベルデン伯らの力を貸してほしい」

 媚びたらダメ、と言われていたから、ティナはなるべく尊大に見えるように胸を張って言った。もっとも低い背で胸を少々反らしたところで、巨漢のベルデン伯やウィンベリー公にとっては、小動物が毛を逆立てているようにしか見えないのだが。

 「素晴らしいお考えです」

 ベルデン伯は今度こそ本当に微笑み、自らの主を振り返った。

 ウィンベリー公は一度豪奢な赤毛を振り、本物の「尊大な態度」というものでティナを見下ろした。

 「国を動かしていくのに無能者は必要ない。私は地位に見合った能力のない者を憎む。

 我が力が欲しければ、それを示されるがよろしかろう」

 公爵は漆黒のマントを翻し、遠ざかっていく。

 王太子一行を憎々しく睨みつけてくる取り巻きの中、ベルデン伯だけがつやつやの頬をゆるませて、手をパタパタと振って去っていった。


 「あれはつまり、どういうこと?」

 十分距離があいたところで、ティナはルシオに通訳を頼む。

 「殿下がバカじゃないところをみせろってことのようでございます。バカの下に仕えるつもりはないし、バカに協力する気もない、と。

 選択肢があるというのは羨ましい事です」

 「あぁ、なるほど」

 ルシオのおざなりな敬語にも気づかず、ティナは合点がいったと言わんばかりに両手を合わせた。

 「手を貸してくれる気はあるってことだね。やった!

 ルシオ、頑張って!」

 「……ダメかもしれません、殿下」

 「何で即答?」

 ジト目の従者に問いかけたのと、ロイドがまた笑いが止まらず床に寝転がったのは同時だった。

 「兄弟漫才、腹いてぇ~!」

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