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王子殿下は従者様  作者: 東風
第四章 立太子
20/33

□第二十話□ ライバル

 式典は午後から始まった。

 主要な貴族、高級官僚、他国の大使達が徐々に集ってくる。

 最初は位の低いものから。

 そのため、ティナ達が参加するのは式も中盤に差し迫った午後遅くだった。


 白地に金の糸で彩られた衣装は、上着の背中に王家の証である白鳥が刺繍されていたが、それは銀糸と白糸で縫い止められているので、よほど近づかなければわからない。

 こんな遠目にはよくわからないところに凝るのも「上品なお洒落」なのだと力説され、ティナは全く理解できないまま、言われるままに着込んでいた。

 額に小粒のダイヤとアクセントにアメジストを添えた飾りをたらし、視線を動かす度に目の前をちらちらとして鬱陶しいことこの上ない。

 姿を変えるペンダントは、安定の服の中。

 代わりに胸元を飾るのは、銀のマントを留めるプラチナの鎖と、やはりここにもアメジストが添えられている。

 鏡を見ると、確かに黒髪の冴えた美貌の少年に、その衣装はとても似合っているように見えた。


 式典にはすでに第一王子プルデンシオ、ウィンベリー公クラレンスの順番で呼び出しがあり、まだ見ぬライバルが揃っているはずだ。

 最後に呼び出されるのが、王太子第一候補であるレスリーだった。


 控え室で落ち着かなくうろうろするティナに、ルシオは呆れたように声をかける。

 「今更なにができるわけでもない。無駄に足が太くならないうちに、座った方がいい」

 「……俺の足が太いっていうのか?」

 思わず低い声で威嚇すると、ルシオは細くした目でティナを見つめ、首を横に振った。

 「いや、太いとは言っていない。これから太くなる、と言ってるんだ。

 それに、現在の君の足にふさわしいのは、逞しい、と言う表現だった」

 謹んでお詫び申し上げる、と丁重に頭を下げる黒髪に、ティナは遠慮なく拳骨をくれてやった。

 「すぐに暴力に訴えるのは猿以下だ。君はもう少し進化した方がいい」

 頭頂部を押さえて抗議するルシオに、ティナは思いっきり舌を突き出してみせる。

 その舌を渋い顔で睨みつけたルシオは、しかし、ゆっくりと立ち上がると、優しくティナの頭を撫でてきた。

 「そうだ。君はそれくらいの方がいい。

 いくらペンダントで誤魔化していても、君の持つ雰囲気は相手に見せる表情も変えてしまう。

 肩の力を抜いて、僕に任せろ。

 君の親衛隊長の分も、僕が守ってみせるから」

 笑みを含んだ柔らかい声に、ティナはつき返そうと思っていた言葉を忘れ、俯くことしかできなかった。


 今日この時を楽しみにしていたサウロは欠席だ。

 昨日の氷魔術によって負った怪我はそれほど深刻ではなかったが、あちこち腫れたり包帯に血が滲んだりとしているため、式典には相応しくない姿と判断されたのだ。

 自分でティナを連れだした結果なので、いたく落ち込んでいたものの、すんなり納得したようだった。

 「式典には参加できませんが、お披露目にはご一緒いたします。

 一刻も早いお戻りをお待ちしております」

 サウロはティナの手の甲にキスを一つ落とし、送り出してくれた。

 ティナが慌てて手を引き戻したのは言うまでもない。

 「大丈夫でございますよ。こういう大舞台は、終わってみればあっと言う間。

 殿下はどうぞお心のままに。必ず、ルシオ様が殿下を支えてくださいます」

 表舞台には決して立てないリヒトも、そう言いながらティナの口にあめ玉を一つ押し込んで、王太子棟から送り出してくれた。


 「うまく……できるかな?」

 誰も彼も、ティナが王太子になると信じて疑っていない。

 だから、なのかもしれない。

 ティナが、ティナ自身が、うまく未来を描けないでいた。

 「難しいことを考えるな。君の頭は、込み入った思考をするのに向いていない」

 ティナが震える手を見下ろしていると、その手をぎゅっと握りこんでくる手があった。白くてほっそりしているのに筋張った手。

 持ち主にそっと視線を移す。

 漆黒の従者の衣装の腰を紺色の柔らかな布できゅっと絞っただけの姿は、ストイックなルシオによく似合っていた。

 長いまつげの下にある青い瞳は、ティナの両手をじっと見下ろしている。

 「僕が全部フォローする。困ったときには、いつものバカっぽい笑顔を浮かべていろ。

 たいていの奴は、それで騙されてくれる。

 ただ……そうだな、暴走だけはするな。暴走しそうになったら、これを思い出せ」

 ルシオは悪戯っぽく笑うと、ティナの額にデコピンする。

 「痛い! ルシオ、ひどい!」

 「これくらいじゃないと、君の記憶には残らないだろう?」

 デコピンした意地悪な指先が、ティナの頬を滑って唇に触れた。

 「それとも、他の方法で記憶に残すか?」

 「あ……いえ、いいです。遠慮します」

 しどろもどろになって答えた直後に、リンと呼び出しの鈴が鳴った。

 名残惜しそうな指が、唇から離れていく。

 ティナも、何故か寂しく感じながら、その指先を見つめていた。

 「さぁ、殿下、参りましょうか」

 「うん……そうだね」

 ティナはぴっと背筋を伸ばして、控え室から外に出た。


 式典が行われるのは三段になったバルコニーの最上階だ。ここは唯一、城下の街に張り出していて、豆粒ほどであっても、王族を庶民が直に見ることができる場所でもある。

 風の魔力ある者達が、矢避けや拡声の魔術を重ね掛けしていた。

 「第三王子、レスリー殿下!」

 式典を進行する近侍の声が響き渡る。

 ティナはつばを飲み込もうとしたが、喉の奥が腫れたようにうまくいかない。

 カタカタと鳴りそうな歯を食いしばっていると、背後から向けられる、心配のあまり睨みつけている顔が一瞬視界に入った。

 そうだ、私は一人じゃない。ティナは振り返らず、代わりに背筋を真っ直ぐに伸ばし、顎を引く。

 堂々とした紺色のマントを靡かせて、一歩を踏み出した。


 都中から、大地を震わせるような歓声が上がる。

 ティナはたじろぎそうになった足にぎゅっと力を込め、ゆっくり歩をすすめる。

 街の人たちは、ティナからは見えない。ただ、巨大な気配と、群衆という塊が見えるだけだ。

 彼らは一様に、レスリーの名を連呼する。

 このようなこと、先の二人の候補の時にはなかったことだ。

 リヒトが集めてきた噂では、城下は昨夜からレスリーの話題でもちきりだという。

 曰く、その圧倒的な魔力でもって敵を退け、国民を守った英雄、と。


 確かにティナの放った魔法で、五人の襲撃者は即座に退散した。

 彼らがいた痕跡は、どこにも残っていなかった。夢だったのではないかと思ってしまうほどの、鮮やかな引き際だ。夢ではないと確認できるのは、サウロを始めとした数人の怪我人がいた故だ。


 おっとり刀で駆けつけた警備隊には、サウロがテキパキと指示を出して、怪我人の収容と、襲撃犯の捜索に分けた。

 何もできることがなかったティナは、感謝の言葉を述べようとする人々に囲まれ、一人ひとりにいたわりの声をかけていった。

 そうすると、王子が祝福を与えてくれる、と何故か誤解され、ますます人が殺到した。

 愛想笑いをしながら困惑しているところにサウロが割って入り、助けてくれたのだ。


 一番高い魔力を持ちつつも、一番知名度のない引きこもりの第三王子。

 その評価は一夜にして覆った。

 今ならば、あの襲撃者の意図がわかる。最初から殺意がなかったのも頷ける。

 ティナの視線の先に、群衆を満足気に見下ろす宰相エドムンド。


 ティナはそこから無理矢理視線を剥がし、周囲を見渡した。

 中央にあり一番大きな椅子はまだ空っぽだ。

 その手前のやや小さなイスも空。

 小さなイスと同じ大きさの椅子が更に二脚あり、それぞれ一人ずつが腰を落ち着けている。

 手前から、第一王子プルデンシオ、ウィンベリー公クラレンス。

 レスリーの椅子は国王とウィンベリー公の間だ。あの国王の隣かと思うと、気分が底辺を彷徨いそうになったが、何とか考えないようにする。今はそれよりも、気にするべきことが他にあった。


 ティナの視線を受け、王太子候補達は、全く異なる態度をとってきた。

 興味深げに微笑む第一王子。

 真っ直ぐに睨みつけてくるウィンベリー公。

 ティナは二人の姿に息を飲んだ。

 ルシオの容姿に慣れていなかったら、茫然自失して復帰できなかったのではないかと思うほど、王太子候補達は美丈夫だった。

 魔力だけでなく、容姿も候補の重要な加点要素なんじゃなかろうか?

 ティナの眉間に自然とシワがよる。


 目を刺すように苛烈な赤が目に飛び込んでくるウィンベリー公は、燃えるような真紅の長い髪と、銅色の目を持った堂々とした青年であった。漆黒の衣装はマントまで黒く、波打つ赤髪がとても映える。

 鋭い眼差しは探るようにティナに据えられていた。反らすのは負けのような気がして睨み返すと、公は片方の眉を跳ね上げ、すいっと視線を外した。

 勝った!

 思わず小さく拳を握ると、より手前にいた第一王子プルデンシオが小さく笑う。

 公とは対極にあるような第一王子は、柔らかな金髪を肩の上で切りそろえた、快晴の空を思わせるような明るい青い瞳の青年だ。

 身長はウィンベリー公とそれほど違わないように思われるが、体の厚みが違った。細く薄く見える。明らかに武にも通じていると思われる公に対し、こちらは明らかな文系だ。

 教会の枢機卿位を表す真っ青な衣装を見につけ、額にも青い宝石をはめたサークレットをつけていた。空を表す青は教会の聖なる色だ。

 笑われたことに不満を覚えて睨みつけると、第一王子はニッコリと笑った。

 眉を顰めて見せる。

 すると、第一王子は軽く会釈だけして、先を促すように、視線を空のイスに向けた。


 ティナはあえて傲然と、あたりを睥睨するようにゆっくりと、椅子の前まで歩く。

 マントを翻して民衆に顔を向ける。

 地を割るような歓声が聞こえたので、ティナは片手を上げてそれに応えた。

 その間にルシオがマントのシルエットを整える。

 背後に控える従者は、長いマントの裾を持ち上げ、ティナが腰を下ろすのをフォローしてくれた。ここで失敗すると、自分のマントの裾を踏んで、イスから転げ落ちるというみっともない展開になる。

 イスに尻が落ち着いた感触で、ほっと息をついた。

 式典は更に他国から招かれた法王の紹介と挨拶、各国からの祝辞と続いていく。

 本来であれば、法王の紹介前に国王が現れるはずなのだが、あの国王は現れない。

 横が空席であることに、奇妙な安心感と落ち着かなさを同時に感じる。

 居合わせた人々も、空席をチラチラと見ているようだった。


 空は曇天。夜半に雨を落としたはずだが、まだ降り足りないのか、雲は厚くて低い。

 雨天の場合、露天でのこの式はどうなるのだろうか?

 神妙な顔をして話を聞いているふりをしつつ、ティナはどうでもいいことを考え続ける。


 再度、出番のやってきた法王が張り切って盛大な勅を唱えようとした時、空に稲光が走る。

 恰幅の良い老法王は、腰を抜かして立てなくなった。慌てた従者数人が現れて、法王を助け起こす。普段から重量のある国王を助けている従者たちは、法王に対しても難なく対応する。

 ティナが心の中で拍手していると、閉まっていたはずの背後の扉が、大きな音を立てて開いた。


 「もう、終わる頃か?」

 従者のうち三人が、今度はそちらに走り寄る。

 非常識な発言とともに現れたのは、赤ら顔の国王その人であった。

 通り過ぎる体から、汗と酒精が漂う。

 「陛下、こちらに」

 恭しく頭を下げつつも、有無を言わせぬ迫力を漂わせて、宰相が大きな椅子を指し示した。

 国王はそのイスをちらりと見やり、あからさまに顔を顰めた。

 「そのイスは気に食わん。そのイスは宰相、そなたにやろう」

 「……式典が滞ります。長引きますぞ」

 言葉少なに、再度宰相が促す。国王は渋面を作ったまま、ぺっとつばを吐いた。

 黄色い痰が真紅の絨毯にベッタリと張り付く。皆ぎょっとしたようだったが、誰も何も言わなかった。国王は眠たそうに薄く目を開き、つまらない、と口の中で呟くと、倒れこむようにイスに沈んだ。

 やはりまた、立派なイスがギシリと軋んだが、やはり誰も何も言わない。

 ティナは思わず喉を抑えたが、言いたい気持ちすべてを飲み下し、自分には上流階級はつくづく肌に合わないと考えるのであった。


 国王の乱入に停止した式は、宰相の怒りを秘めた視線で問答無用に再開した。

 夕方とは思えない暗さのため、光の魔術師が集められ、式典会場だけでも明るく照らしだす。雰囲気に飲まれたのか、ただならぬ国王の状況に危機を感じたのか、溢れんばかりの群衆も息を呑んで見守っていた。

 ティナの横では、巨大な体を持て余した国王が身体を小刻みにゆすりだす。

 「雨でも降れば中止になるか? いや、建国以来、立太子式で雨が降った例はないとも聞いたな。どうだったか? 宰相!」

 咄嗟に音を操る魔術師がその術を中断したが、それでも「雨が降れば中止になるか?」という声は街中に響いた。

 宰相が何事かを従者に告げ、それを聞いた従者がいずこかに消える。だが、それがどう言った指示であったのかは、すぐに皆の知るところとなった。

 国王の声だけ、拡声の効力がなくなったのだ。

 無視された形になる国王がそれで怒りを爆発させるのではないかと、ティナは返ってハラハラさせられたのだが、そういう扱いにも慣れているのか、国王は全く頓着せずに独り言を続けている。叱られることがない安心感故か、声はどんどん大きくなり、隣に座っているティナの耳に自然と入り込んできた。

 「なるほどな。今回はこの三人か。無視されるか、取り込まれるか、聖女の祝福を受けるか、見物であるな」

 吐き捨てるように呟かれた言葉に、ぎょっとした。

 式次第そっちのけで、国王の言葉が耳から離れない。

 どういう意味なのか、と問い返したくても、この場で喋ることは許されていない。

 ティナは泡立つ気持ちを懸命に抑えようと、深呼吸を繰り返した。


 その時、ファンファーレが鳴り響く。

 飛び上がりそうになったが、ルシオが落ち着くようにとティナのマントを引っ張り、何とか醜態を晒さずにすんだ。

 聖職者達がぞろぞろと現れ、中央に用意されていた天鵞絨の台に透明な玉を恭しく置く。あれこそが、次代の王を告げるといわれる告知の石だ。

 ティナが教えられているのは、順番にあれに魔力を注げば、自ずと次代が分かる、ということのみだ。

 何が起こるのか、興味津々で眺めていると、また横から不穏当な台詞が聞こえてくる。

 「石が人間に都合良く王を選ぶなど、何故、考えるのであろうな? アレは、アレに都合良くしか選ばぬというのに」

 顔を動かさないようにしながら、国王を伺い見ると、国王は薄く開いた目で睨むように石を見つめていた。眉は苦悩を秘めてしかめられ、自らを王位に導いた神秘に向ける表情にはとても見えない。

 「貴様はどうかな。食われるか、食うか……。余の予想では、食われると面白いのだが。

 まぁ、緊張せずとも、王位はおまえに転がり込んでくるだろうよ」

 いつの間にか、国王の深く青い瞳がティナに据えられている。

 その瞳の色が余りにもルシオに似ていて、ティナは初めて、二人の間に血が繋がっていることを確信した。


 「第一王子、プルデンシオ!」

 ティナは夢から覚めたように振り返る。

 僧衣を身にまとった第一王子は、にこやかに、少し困ったような笑みを浮かべて、告知の石の前に立った。

 左手をそっと石に乗せる。

 プルデンシオは目を閉じ、集中しているようだった。

 石が青く輝く。

 ティナが瞬きも忘れて見つめていると、石の中から次々と氷柱が現れた。

 「氷?」

 床にも氷が張り、肌を刺すような冷気が漂う。

 寒さに震えながら見ている間に、石から出現した氷柱は巨大な氷の槍となり、ばしゅっと音をたてて空に飛び上がった。

 空高くあがった氷の槍は城の上空で弾け、キラキラと光の破片を見守る人々の上に降らせ、消えた。


 それはとても綺麗な光景ではあったが、拍子抜けな感じが否めない。

 席に戻ってくるプルデンシオの顔にも、自嘲が浮かんでいるように見えて、やはりあるべき結果ではなかったのだ、とティナは結論づけた。


 「ウィンベリー公、クラレンス!」

 立ち上がった燃えるような髪の男は、すれ違いざまにプルデンシオの肩を軽く叩く。

 プルデンシオは苦笑を浮かべて、「頑張って」と告げた。

 それに片手を振って答え、クラレンスが石の前に立つ。

 「ウィンベリー公! ウィンベリー公!」

 群衆や貴族から、クラレンスを称える声がわき上がる。

 クラレンスはそれも片手を振るだけですませ、風を使う魔術師に頷きかけた。

 魔術師が魔方陣を描き出し、魔力が発動したことを確認して、クラレンスが堂々とした声を響かせる。

 「これがどのような結果を出そうとも、私は魔力による王位選定には反対だ! 王位は国政に対しての能力ではかるべきである!

 たかだが器用な石に、人間の世界を決めさせるべきではない!」

 拡声の魔法がなくても、その腹の底に響くような、それでいて滑らかな声は、溢れる群衆に易々と届いたのではないか、と思われるほどだった。

 その主張にも、ティナは思わず頷いてしまいそうになる。

 実際、貴族の多く、官僚の大多数がウィンベリー公に同意しているように見えた。ロイドが心酔していたのも今なら分かる。ウィンベリー公には強烈なカリスマ性と、自信に見合った能力があるように見えた。

 クラレンスの銅色の目が、一瞬、ティナを突き刺す。

 明らかな敵意の表明に、膝下が震えた。

 すべてをクラレンスに渡してしまうことができれば、どれほど楽だろうか。

 ぼやっとした誘惑に、今度は宰相の視線が刺さった。

 一見、枯れた老人に見える宰相の目に燃える野心と執着心。

 人を駒として扱うことに躊躇しない権力者の冷酷が透けて見える。

 それを面白そうに眺めている国王。

 誰も彼もが敵に見えて、息をするのも辛い。

 苦しさに頭がぼやけそうになったところで、ルシオの手がマントの下でティナの手をぎゅっと握りしめてくれた。

 氷のように固まった指先を、温かい手が優しく握り込んでくれる。

 ティナはようやく呼吸の仕方を思い出し、イスの背に深く沈み込んだ。


 ウィンベリー公クラレンスは、双子王子に視線を走らせると、眉をしかめた後、石に向き直った。

 石の存在を否定してはいても、その力に疑いを持っているわけではないようだ。

 クラレンスの右手が石の上に置かれる。


 その瞬間、紅蓮の炎が石から躍り出た。

 炎は鳥や竜、馬と言った様々な姿を取り、上空と人々がひしめく広場を縦横無尽に駆けまわった。

 国の重鎮が座すバルコニーにも、角の生えた炎の馬が現れた。馬は、神にひれ伏す聖霊のように、クラレンスに向かって両前足を折って恭しく頭を垂れる。群衆はそれを見て、これこそ王位の証とざわめいたが、クラレンスは厳しい表情のまま、煩そうに馬を手で追い払ってしまった。

 追い払われた馬はバルコニーを駆け回ったが、ふと気づいたように、ティナの前で歩を止めた。

 炎よりも赤い、紅玉のような目が、ティナをじっと見つめる。攻撃でもされるのかとティナは身構えたが、馬は蹄を高くあげると、興味を失ったように空中に駆けだし、空高く登っていった。

 天球そこにはもうひとつの太陽とも言えるような炎の玉が出現していて、辺りをジリジリと焦がす。空を埋め尽くしていた雲も、その周りだけ蒸発してしまったようだった。街中が昼間のような明るさに包まれる。


 それはまさに奇跡のようで、群衆は沸き立った。

 ウィンベリー公を称える声が、地響きのように城に押し寄せる。

 明るい火球があたりを赤く染め、その中でも特に赤く燃え上がっているように見えたのが公爵その人であった。

 公爵は空の火球を睨み上げていた。自ら起こした奇跡にまで、彼の人は挑戦し、越えようとしているように見える。

 ティナは混乱して、ガタッとイスを揺らした。

 ウィンベリー公クラレンスの目が、ティナに据えられる。挑戦的に。嘲るように。

 紅玉のようにきらめいて……。


 「勝てるわけがない……」


 ティナの心は、絶望に押しつぶされそうになっていた。

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