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王子殿下は従者様  作者: 東風
第四章 立太子
18/33

□第十八話□ 幕間

ベレンの成人のタイミングを訂正いたしました

 銀髪の騎士は、部屋に入ってくるなり、頭を深々と下げた。

 「閣下にお願いがあり、参りました。

 突然の訪問にもかかわらずお目通りいただき、ありがたく存じます」

 青年騎士の後ろには、苦り切った顔をした近衛隊長がいる。

 宰相エドムンドは、青年を睨みつけるような隊長と、頭を下げたまま上げることもしない青年を見比べ、うっそりと笑った。

 「サウロ・オーウェル、面をあげよ」

 宰相の張りのある声が部屋に響く。

 国王に代り朝議を取り仕切るその声は、老人とは思えないほど力強い。

 サウロはゆるゆると頭を上げた。

 今まで頭を下げていたとは到底思えぬ鋭い眼光が、宰相に向けられる。

 エドムンドは、平然とその視線を受け止め、憮然としたままの近衛隊長を手で払った。

 「閣下、恐れながら……」

 「オーウェルの望みは儂が聞こう。そなたは席を外せ」

 隊長のセリフを問答無用で切って捨てる。

 壮年の隊長は、湧き出る怒りをなんとか押し殺し、大きく息を吐いてから頭を下げた。そして再度頭を上げると、今度はサウロを心配そうに見つめながら、廊下に出て行った。


 その間、サウロは一言も喋らない。隊長に見向きもしない。以前のサウロとはまるで違う様子に、宰相は何事かの予感を感じる。期待と恐れ。

 エドムンドは、大きな背もたれに体を預け、騎士が口を開くのを待った。


 「隊長に申し出ましたところ、近衛の人事につきましては、閣下の裁可が必要とのことでございました。

 そのため、ご多忙のところ申し訳ございませんが、お時間を割いていただいた次第です」

 直立不動の姿勢で、サウロは朗々とした声を響かせた。物怖じなく、真っ直ぐにエドムンドを見てくる。

 前回、この部屋に呼び寄せた際は、もっと態度も小さく、宰相の不興を買わないようビクビクしていたものだが。

 人間とは、随分と変わる生き物であるようだ。

 「よかろう。近衛の人事の話とやら、聞こうではないか」

 イスにゆったりと腰掛けたまま、先を促す。

 サウロは大きく息を吸って、口を開いた。

 「私に、近衛からの脱退許可を頂きたく存じます」

 「ふむ。銀光の騎士と異名まであるそなたを、儂らが手放すとでも?」

 からかうように、笑みを含んで問いかけると、サウロはあからさまに不機嫌な表情になった。

 「閣下ならば、おわかりかと」

 「いや、わからんな。

 儂は言葉遊びをしているわけではない。

 銀光の。

 はっきりと述べよ」

 この場にあって、地位は絶対だ。

 顎を持ち上げ、睥睨する。

 サウロは表情を消して、目線を下げた。

 「王太子レスリー殿下お一人に仕えたく存じます」

 エドムンドは口角を上げた。

 「レスリー殿下はまだ王太子候補であらせられる。地位が固まってからでも良いと思うがの?」

 先日、レスリー専用として作り上げた魔術練習場は、魔方陣研究において他の追随を許さない天才少年との模擬試合で半壊し、レスリーの潜在力の高さを知らしめた。

 ほぼ、その地位は確定と言ってもよく、我ながら引き止める理由の陳腐さに笑ってしまいそうだ、とエドムンドは胸中でひとりごちる。

 この三文芝居に気づいている風のサウロは、反対に苦虫を噛み潰したような顔だ。

 「殿下の地位はゆるぎございません。

 また、万一、その地位につくことがなくとも、私は殿下お一人に剣を捧げたく存じます」

 絨毯に片膝をつき、頭を下げる騎士は、見事なほど絵になった。

 「何卒ご容赦を」

 朗々とした声に迷いはない。

 「殿下の私兵に成り下がると申すか。

 そなたならば、近衛隊長の地位も確実であろうに……」

 イスの柄をトントンと指でつく。

 この動作をすると、大抵のものは前言を翻すものだが。

 畏まったままの騎士に動く気配はない。

 「なるほど、アレは大したものだ。

 そなたほどの騎士を落とすか。

 随分と体の使い方がうまい……」

 宰相は言葉を切り、目前の騎士を見下ろした。


 微動だにしない騎士から一気に湧き上がる殺気。

 エドムンドの背に冷や汗が一筋、流れた。


 「閣下、殿下は王族であらせられます。

 たとえ閣下でございましょうとも、不敬な発言はお慎み頂きたく。

 未だ近衛の身でございますれば、この剣は王の剣とお考え頂きますよう」

 サウロは畏まったまま、指一本動かしてはいない。腰の剣とて、鞘に収まったままだ。それでも、達人としての威圧感は、宰相の威厳をもってしても叶わなかった。

 久々に死を間近に感じ、エドムンドはほうと長く息を吐いて、イスから落ちそうになっていた腰を元の位置に戻した。

 「レスリー王子への忠誠はあいわかった。

 殿下の私兵になるを許す」

 切れそうなほどに鋭い気配が霧散し、サウロはますます頭を低くした。

 「ありがたき幸せ」

 声も心なしか弾んでいる。

 「だが、二度と近衛に戻ることはかなわん。

 例え、殿下が王位を継いだとしても、だ。

 わかったな」

 「御意」

 威風堂々とした騎士は、マントをはためかせて退出していく。

 王の一の剣にもなりうる技量を持ちながら、私兵として生きていくことを嬉々として選択する。

 魔方陣研究の天才ロイド・コルボーンも、レスリー傘下に入ったと聞く。

 ぴったりと閉じた扉を見つめ、宰相エドムンドは哄笑を響かせた。


 「閣下、い、いかがなさいました?」

 追い出してあった秘書官は、戻ってくるなり、エドムンドの姿にぎょっとしている。

 普段は厳しい宰相が、呵々大笑していれば、確かにさもあらん。

 エドムンドは笑いをおさめ、立ち上がると窓の外を眺めた。

 教会の尖塔の向こうに、未だ雪を抱く峰々。

 もうそろそろ初夏と言ってもいい季節だが、この国の背後を守る霊峰の冬は長い。

 だが、季節は確実にうつろっている。

 山の裾野には豊かな緑が広がり、平地には早蒔きの小麦畑が青々としていた。

 城下は人で満ちている。待ちに待っていた祭りが目前に迫っているのだ。

 各領主達や各国の使節団も続々と詰めかけていた。要人が増えれば警備の人間も増える。そこに商機を見出し商人も増える。全体の人口を養うため、農村からは食料を届けるべく、城門に長蛇も現れる。

 これらの差配すべてを、宰相府が行っていた。

 街を、国を動かすことのなんと痛快なことか!

 立太子式まであと十日ほど。

 「愉快、愉快!

 これほどに愉快なことは、近年なかったわ!」


 「ち、父上? 本当にいかが……」

 「愚か者が! 儂は宰相じゃ!」

 エドムンドは秘書官を怒鳴りつけ、杖を振り上げた。

 「も、申し訳ございません!」

 図体だけ見ればエドムンドより大きな秘書官は、エドムンドによく似た灰色の瞳を恐怖に歪める。

 エドムンドは更に湧いた怒りのままに杖を振りおろした。

 「か、閣下、お、お、お許し、を」

 吃りながら許しを乞う。

 宰相は杖を見下ろしたが、ここで死体を出すわけにも行かない。

 蔑みに満ちた目で秘書官を睥睨し、低く命じた。

 「今日はもう儂の前に現れるな。

 帰宅したらエミリアを呼んでおけ。婚約者が決まった、と伝えよ」

 「こ、婚約ですか? ど、どなたで?」

 灰色の瞳が驚きに見開かれている。

 エドムントは杖を握り直した。

 「儂は貴重な時間を無能者に費やすのは好かん。

 もう一度言わせるな!」

 振り上げられた杖を見て、秘書官は転げるように部屋から出て行った。

 あまりの無様っぷりに笑いも出ない。

 サウロやルシオの落ち着き、いや、何処ともしれぬ馬の骨であったはずの小娘の十分の一でも気概あれば。

 エドムンドは体中の息を吐きださんばかりに重いため息をつき、豪奢なイスに身を沈めた。

 ため息は尽きるところを知らなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 王城内とはとても思えないそこは、一見すると、中庭に面した四阿のようにも見える。

 だが、ツタがはっている部分をよく見ると石造りの壁が見えるし、奥行きもある。

 【彼女】は不安げにあちこち見やっている侍女に目で合図した。

 侍女は頭を下げると、四阿に足を踏み入れ、声を上げた。

 「編纂室長はおいでですか?」

 すると奥から寝ぼけ眼の女が現れる。

 何故か男ものの内政官の衣装を身にまとっていて、はち切れそうな胸が目立っていた。

 「ふぁい、どちら様? 随分、仕事熱心な方ね。こんな朝早くに」

 下調べ通り、編纂室長は編纂室に泊まり込んでいたらしい。

 室長は目の下にくまを作りながら、ボサボサの頭をガシガシとかく。

 侍女があからさまに嫌悪の表情を浮かべたが、【彼女】は気にしなかった。

 男社会の官僚たちの中にあって、唯一の女性高級官僚だ。

 例え閑職ではあっても、いや、閑職に追いやられるからこそ、この室長の能力は太鼓判が押されていると言って良い。

 公式に中立を宣言しているのも、【彼女】としては高得点だ。

 そんなふうに値踏みしていると、ようやく目が覚めてきたらしい室長は、侍女を、追って【彼女】を見て、目を見張った。


 「……あ、よ、ようこそおいでくださいました。

 むしろ、お呼び出しいただきましたら、いつ何時でも参りましたのに」

 男のように片膝をつき、そんなことをぶつぶつ呟きながら【彼女】のドレスの裾にくちづけを落とす。

 「そなたを部屋に呼んで、衆目の前で会見しろ、と? ここに来た意味がわかりますか?」

 侍女が口を開くよりも先に、【彼女】が喋り出す。侍女はすべてをわきまえ、一歩下がった。

 室長は暫し黙っていたが、無表情に立ち上がると、二人を室内に誘った。


 足を踏み入れると、暗い室内は本に満ち溢れていた。

 整然と並んだいくつもの本棚に、たくさんの本がつめ込まれている。

 部屋の奥行きに沿って視線を移動させても、本棚の端には行き着かない。

 さらに驚くべきことに、背表紙には年代しか書かれていない。

 勧められるイスにも気づかず立ち尽くしていると、侍女の手が肩に触れる。

 【彼女】は自分を素早く取り戻すと、【彼女】が座るのを待っている室長に頷いてみせた。

 イスに座って再度周りを見渡す。今度のそれは、室長への意思表示だ。

 室長も【彼女】の視線をたどるように本棚を見回した。

 「これほどの本は初めて見ました。

 背には最小限しか書かれていないようですが、どのように目当ての本を探せばよいのか、途方に暮れますね」

 正直な感想を告げると、室長はとても上品とは言い難い、ニヤッという笑みを浮かべた。

 「わざとでございますよ。

 ある程度、重要な資料も揃っております。

 部外者が勝手に持ち出せないよう、目当ての本が見つからないようになっております。

 歴代の室長は、最低限、配置を暗記できるものに限られておりました。

 もっとも、慣れてくれば、内容とてさほど労苦なく覚えられるものではございますが……」

 閑職ではあっても、室長は十分なプライドを持ってこの仕事をしているらしい。

 「この量の情報を全部?」

 信じられなくて問い返すと、室長は深くイスに座り直し、長くてインクに汚れた指を組んだ。

 「もちろん。歴代最良の室長でございますれば」

 その不遜な態度に侍女が物申そうと前に出そうになったが、扇でそれを止める。

 【彼女】は侍女が不満を押し殺して背後に下がるのを確認し、扇で口元を隠した。

 「本の閲覧には、必ず、どんな立場のものであっても、閲覧帳へのサインが必要と聞いています」

 「左様でございます」

 室長は颯爽と立ち上がると、ライティングデスクに立ててあったノートを持ってくる。

 「ご希望の年代、もしくはご希望の事柄を仰っていただければ、すぐにご用意いたしましょう。

 持ち出しは禁止にございます。

 本を用意いたします間に、こちらにご署名を」

 慣れた動作で、インクとペンも用意する。

 【彼女】はその室長をじっと見つめ続ける。

 室長は首を傾げた。

 「ご希望は?」

 「私がここを訪れたことは残したくありません」

 「……それでは、本をお見せすることはできません」

 室長は眉を下げて困った顔をする。だが、そこかしこに感じる余裕から、この程度のことは日常茶飯事と思われた。

 困り顔もポーズなのだろう。

 パシン! と鋭い音を響かせて扇を閉じる。

 それで肩を揺らしたのは侍女だけだった。

 随分と肝の座った女だ。

 【彼女】は自分のことを棚に上げて、感心した。

 「規則でございますので」

 室長は、ノートを掌で指し示す。

 【彼女】はそのインクで汚れた手を扇で打った。

 室長が驚いて手を引っ込めようとするのを、扇で抑えて阻止する。

 室長の目に焦りと怯えが浮かんだ。

 「私は規則を破ろうとは思っておりません。

 安心なさい」

 ちっとも安心できない、という顔のまま、室長が無言で頷く。

 「ライア、入り口を見張りなさい」

 【彼女】の命令に、侍女は恭しく一礼して、唯一の入り口に向かう。

 室長の顔がこわばった。

 「本を読むのであれば、閲覧帳への記入が必要、間違いないわね?」

 柔らかく問いかけると、室長はこっくりと頷いた。

 「では、あなたとお茶をするだけであれば、いかが?」

 「訪問だけで記入するような記録は残しておりません」

 質問の意図が見えないのだろう。室長は慎重に答える。

 だが、【彼女】にとっては、その答えこそ望んでいたものだった。

 「では、室長、ここにお座りなさい。

 私はあなたとお茶を楽しみに来たのよ。

 楽しい会話の合間にあった些細な質問にも、あなたはきちんと答えてくれるでしょう?」

 尻の下に針でも立てて有りそうなほど、居心地悪く室長がイスに戻る。

 例えここが編纂室長のテリトリーだとしても、同時に王城である以上、【彼女】のテリトリーでもある。こんな三十路手前の小娘とは、費やした年月が違った。

 「双子の王子をご存知?」

 「王太子候補とその従者として入城なさったと聞き及んでおります」

 「その出生時なのだけど、その代の室長が殺すように進言したのは、ルシオ王子で間違いないのかしら?」

 「書類を確認しませんと……」

 「あら? 女性初の高級官僚、最良の王室史編纂室室長は、男性顔負けの記憶力で覚えているのではなくって?

 あなたのうろ覚えの記憶でよろしくってよ。

 答えなさい」

 室長は目を泳がせ、助けを求めるように周囲を見回すが、当然この部屋には二人っきり。

 侍女には人払いも命じてあるから、誰かが乱入してくるはずもない。

 たっぷりと時間を使って、室長は覚悟を決めたようだった。

 「さようでございます。……あれは、編纂室史上最悪の失態。お恥ずかしい限りです」

 室長の血の気の薄い容貌が、悔しげに歪む。

 「双子が不吉という慣例はございません。王室史上、三組の双子が生まれておりますが、そのうち一組は問題なく成人し、一組は流行病で片方を失いました。

 そして、最後の一組のみ、そのとき怪しげな占い師の言に踊らされた国王により、片方が殺されました。

 そう……アレを慣例と申し上げるべきではなかった。

 怪しげな慣例を作り上げたのは、当時の編纂室長にほかなりません」

 思ったよりも血の気が多いのか、室長は両手でテーブルを叩いて断言する。

 当時の室長は、現室長の祖父に当たる男だったと聞いていた。

 肉親だからこその確執などもありそうだ。

 もっとも、【彼女】の関心があるのは、その部分ではない。

 「勿論、双子が生まれた直後に、魔力検査は行ったのでしょう?

 レスリー王子も離宮に追いやられた、ということはさほど魔力が高くなかった、ということではないのかしら?」

 殺されそうになったのであれば、魔力がないのはルシオ王子で間違いないだろう。

 だが、レスリーは?

 【彼女】は扇を広げて目だけを覗かせ、室長を見つめる。

 室長はしばし記憶を探るように目を細め、宙を睨みつけた。

 「レスリー殿下の魔力は中の下、と判断されたはずです。属性は風…。

 もっとも、幼子の魔力判定について、私は懐疑的です。ごく希ではありますが、幼年学校に入る頃に、魔力が増える子供もおります」

 吐息しながら告げられた内容に、【彼女】は震えた。

 せわしなく、扇の開閉を片手で繰り返す。

 訝しそうな室長には声もかけない。

 しばし、思考を心中の深くにとばしていると、おそるおそると言った風に室長が声をかけてきた。

 「あの……このようなことを申し上げるのは身分的にどうか、と思うのですが」

 「いいわよ、言って?」

 「編纂室は中立です。派閥に関係なく、門戸を開いております。

 編纂室の資料はすべて、単なるデータとお考えください。

 今、あなた様が私から得た情報も、正規の手続きでどなたでも入手可能です。

 そして、私が室長である限り、改竄はございません」

 両手を膝にまとめ、背筋を伸ばし、物怖じせずに【彼女】を真っ直ぐに見つめる目。

 【彼女】は軽く笑った。

 「生きにくいでしょう、あなた」

 室長の肩が震えた。

 それにかまわず、背後を見やる。

 戸口にいた侍女と目があった。

 侍女はすかさず飛んできて、【彼女】のイスを引く。

 音もなく立ち上がると、【彼女】は不敬にも自分を睨んでくる女の視線を余裕を持って受け止め、閉じた扇を自らの唇に当てた。

 「でも、嫌いではなくってよ、そういうの」

 純粋に好意を表したつもりだったが、室長は眉をひそめて訝しそうにする。

 「ごきげんよう、編纂室長様。仲良くできたらいいわね」

 無言で頭を下げる室長に声をかけ、【彼女】は王室史編纂室を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「すっっごい! すっごいよ! お祭りみたいだ!」

 「ベレン。はぐれないように気をつけてください。ここで見失えば、あなたが路頭に迷いますよ」

 ぴしゃりと言い渡され、ベレンは肩をすくめてすごすごと戻ってくる。

 ソフィアはそれを確認すると、もうベレンの方は一切振り向かずに、握ったメモを確認しながら歩を進めた。

 生まれ育った町と王都ローウィンは圧倒的に規模が違う。

 田舎者の少年は、好奇心丸出しで、興奮した子犬のようだ。

 心ならずも引率者と化したソフィアは、慣れない王都の住所地を少しずつ確認しながら、目的地に向かっていた。

 「こんなところにいるんだな、ティナ。元気だといいけど」

 あまりの賑わいっぷりに、今度は途端に不安になってきたらしく、ベレンはとぼとぼと歩いている。

 「ティナはあなたより度胸はあります。その辺りの心配は必要ありませんよ」

 「いや、でもさ、あいつ、抜けてるし、詰めが甘いし、お人好しだし」

 ついさっきスられそうになった財布を大事に抱えつつ、ベレンはぶつぶつとこぼす。


 その不安は、ソフィアにもよくわかった。

 なんと言っても、生き馬の目を抜くような都会だ。

 お人好しが長生きできるような環境ではないだろう。

 だが、それを今ここで言っても仕方のないことだし、何よりも、ティナが無事でないとしたら、二人がここに呼ばれる理由だってないはずだった。


 ティナが連れ去られた後、ソフィアは院長に抗議し、あっさりと決裂した。

 どこの誰とも知らぬ交渉相手は、ティナ一人を手に入れたことに対して、孤児院が一年は運営に困らないだけの金貨を置いていったのだ。

 それには、口止め料も入っていたのだろう。

 万一それを公にして、孤児院にいるほかの子供達に災難が降りかかることだって考えられる。

 仕方なく、ソフィアは孤児院を辞め、ティナの後を追うことにしたのだった。

 それを聞き咎めたのが、ティナに遅れて成人を迎えるベレンだ。

 どのみち、孤児院を出ていかねばならないのは一緒なのだ。

 それなら、とベレンはソフィアを誘ってティナを捜す旅に出た。


 その矢先に、二人はとある高貴な方に招かれ、ティナが無事であること、二人の力を必要としていることを伝えられた。

 二人に迷っているような時間は与えられなかった。

 ティナの詳細は機密と言うことで教えてもらえなかったが、彼女が生きていて、助力を必要としているのであれば、迷いはない。

 しばし、礼儀作法を主にベレンが学び、準備ができたところで二人そろって王都に来た。


 「早くティナに会いたいな」

 「ここまで来たら、焦ることはありません。相手の出方を待ちましょう」

 指定された宿屋を見つけ、予約されていた部屋に入る。

 目前に迫った祭りのために、どこの宿屋も満室状態だったが、二人のために予約された部屋だけはしっかりとキープされていた。

 しかも、かなり高級な宿だ。ルームサービスで、ウェルカムドリンクまで用意されている。世間を知らないベレンは単純に喜んでいたが、ソフィアにはそんなまねは出来そうにもない。

 「ティナはいったい何に巻き込まれているんでしょうね……。いやな予感しかしません」

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