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王子殿下は従者様  作者: 東風
第四章 立太子
17/33

□第十七話□ 誰の為に

 「私もすべてを知った以上、ルシオ殿が同室というのは納得できません。

 ルシオ殿は、リヒト殿の隣室を使われるべきです」

 「……朝からうるさいな、君は。殿下が納得なさっていることを蒸し返すな」

 「今ならばわかります。あの時、同室にと言われたとき、あなたとて十分に動揺なさっていたはずだ! なら、それを正すべきではありませんか?

 それとも、殿下は、……つまり、……そういう意味でルシオ殿をそばに置かれていると?」

 サウロが絶望しきった目でティナを振り返る。

 ティナはもそもそとちぎったパンを租借しながら、ふるふると首を横に振った。

 サウロは勢いづいてルシオを振り返った。

 「そうであれば! なおさら部屋を分けられるべきだ! 殿下は如何お考えか?」

 同じ秘密を分かち合った仲間ではあったが、朝からうるさいサウロに、ティナは辟易としていた。

 そして、ソコにさらに混乱を加えてくるのが……。


 「で~んか! 兄貴! レスリーの兄貴! 今日も俺と一緒に魔術の練習しよう!」

 リヒトが扉を開けるなり飛び込んでくるのが、ロイドだ。

 こてんぱんにやっつけられた翌日から、この美少女のような容姿の少年魔術師は何のわだかまりもなく、毎朝のように王太子棟を訪れる。

 当初こそ、ラングリッジ師が申し訳なさそうについてきていたが、平身低頭の老人を見るに忍びなくて、早々にお引き取り願っている。

 すると、すべての許しを得たかのように、ロイドは一人で通ってきていた。

 切り替えの早さは驚くばかりだ。


 当然、ロイドはティナのことを知らないから、彼が来ると必然的にサウロが先ほどの話題を引っ込める。

 それは助かっている、助かっているのだが。

 「殿下っていつも、甘い匂いがするのな! なんか、噛みつきたくなる! 美味しそうだ!」

 「そこのバカ魔術師、殿下に抱きつくな」

 ルシオが口を丁寧に拭いつつ、ロイドを睨みつける。

 ロイドも負けじとルシオを睨み返した。

 「力のない兄は黙ってろよ。殿下がおまえを庇われるから大目に見てやってるけどな、俺が本気を出せば、おまえなんて生きていられないからな」

 ティナの首に抱きついたまま、ロイドが舌を出してみせる。ティナが振り払おうと体を揺すっても、気にする素振りも見せない。ルシオの眉間にシワが増えた。

 「君の本気は先日見せていただいた。大層な技術だったが、それで僕に勝ったつもりでいるなら、大間違いだ」

 「あぁ? っざけんなこのやろぉっ!」

 小さな魔方陣が浮かび上がり、そこからうねうねと細いツタが飛び出してくる。

 ルシオは器用にも銀のお盆でそれを受け止めた。

 そして、ロイドがさらに大きな魔方陣を作り上げようとした後ろで、目の据わったサウロが剣に手をかけている。


 はっきり言ってカオスだ。


 先日の一戦を経て、ロイドはおバカなわんこのようにレスリー一筋になった。

 一方、その一戦のおかげで、ルシオもサウロも、ロイドにはいい印象がない。

 さらにその後の出来事で、ルシオとサウロの関係もかなり変化している。

 いわゆる三つ巴。


 「味方が増えれば、心強いばかりだと思っていたんだけどな」

 ティナは遠い目をして、険悪な三人を眺める。

 朝食くらいは楽しい雰囲気で食したいものだ。

 はっきり言って、手のひらを返したような態度のロイドに、それほどの信頼を寄せているわけではない。

 しかし、ティナよりも年若く、天才と言われつつも精神的に未熟なロイドは、年下の直向きさでティナに笑いかけてくれる。

 孤児院で、皆から遠巻きにされてきたティナにとって、きらきらとしたあこがれの眼差しはくすぐったくて、ちょっと嬉しい。

 何よりも、力至上主義を掲げるのであれば自分に刃向かうな、そうでなければルシオの有能さに目をつぶるな、と告げたのはティナだ。

 ロイドが、前者をとってティナになついてくるのも、元はといえば自分でまいた種。

 二度と来るな、とは言いにくいものがある。


 ぎゃんぎゃんと言い合っている三人をぼーっと眺めていると、いつの間にか横に立っていたリヒトが、身を屈めた。

 「殿下、お気に障るようでしたら、私があのやんちゃどもを懲らしめて参りますが?」

 リヒトが呆れたように三人を見ているので、ティナはくすっと笑った。

 「いや、いいよ。賑やかな食卓も俺は好きだな。

 大家族になったみたいだ」

 孤児院の朝食はいつも戦場だった。ティナは疎まれていたから、大人しくしていたらあっという間に食べ物をとられてしまうため、毎朝死にものぐるいだった。

 「さようでございますか。お気に召すままに」

 「あ! なら、ならさ! 俺も王太子棟ここに住みたい! いいでしょ、殿下!」

 喧噪をものともせず、ロイドはティナの一言を耳に留め、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら挙手する。

 小動物のような愛らしさに、思わず顔がほころんでしまう。

 そのため、うっかり主張している内容を吟味し損ねた。

 「近衛のサウロだろ、侍従のルシオ、執事のじいさん、で、魔術師の俺!

 ほら、理想の布陣じゃん? 殿下に怖いものなしでしょ! 王太子位だって安泰だよ!」

 「こら、待て、猿。君の頭の構造はどうなってるんだ? 誰が君を歓迎している? それともそのスポンジみたいな頭に常識は入っていないのか?」

 「ロイド殿、先日の貴殿の態度を見て、我々が諾と応じるとでも?」

 ルシオとサウロが口々に非難するも、少年には届いていないようだった。

 ロイドは素早くティナの間近まで来ると、ティナの膝に両手を乗せて、ちょこんと首を傾げる。

 「……ダメか?」

 榛色の大きな瞳がうるうるとティナを見上げる。

 ラングリッジ師にも、両親にも、この調子で甘えているのだろうか。だとしたら、誰も断れまい。

 その余りに可愛らしい姿に、ティナの心がぐらっと揺れた。

 ルシオが慌てて遮ろうとするも、それよりも早く、ティナはこっくりと頷いてしまっていた。

 「やった~!」

 先ほどまでの殊勝な態度はどこへいったのか、小躍りするロイド。

 その向こうで、愕然とするサウロと、片手を宙にのばしたまま脱力するルシオの姿が目に入り、ティナは小さくなって謝った。

 「ごめん」

 「だから、謝るような状況をつくるなと、あれほど……」

 声を荒げかけたルシオはしかし、皆まで言わずに、ティナから視線を逸らす。

 「いや……殿下の決めたことだ。僕はそれに従う」

 非常に不本意そうに言い、朝食も途中に席を立った。

 「私は認めておりません!」

 「レスリーの兄貴がいいって言ったんだ! 従えよ! 頭の堅い騎士だな!」

 「頭の悪い魔術師より遥かにマシだ!」

 「あぁ? てめぇも喧嘩売ってんのか!」

 「望むところだ!」


 「ルシオ様、お下げしても?」

 気遣わしげにリヒトが問う。ルシオの皿には殆ど残されたままだ。

 ルシオは振り返りもせずに頷いた。

 「僕は今日のスケジュールを確認してくる」

 そう言って、王太子用の執務室に向かってしまう。

 またリヒトがもの問いたげにティナを見つめたが、ティナには首を横に振ることしかできない。


 ティナは良かれと思って行った独断で、ルシオとの間に明らかな溝ができてしまっている。

 これを何とかしたくても、ティナにはその方法がわからない。

 しかし、リヒトに何とかしてもらう内容でもない。

 これは、ティナとルシオ自身で解決するべき課題だ。

 立太子式までそれほど時間がない。


 ティナがスプーンを咥えて遠くに思いを馳せている間、彼女はサウロが辛そうに自分を見つめていることなど気付かなかった。

 ティナの頭の中は、立太子式とルシオのことでいっぱいだったのだ。


 「話がある……少し時間をくれないか?」

 風呂から上がり、気持よくベッドにはいろうとした時、ルシオの声が衝立の向こうから聞こえた。

 振り返ると、ランプをサイドボードに移動したルシオが、揺れる炎を見下ろしながら突っ立っていた。

 ここ数日、ルシオと目があったことがない。ルシオから声をかけられていても、だ。

 避けられていることをはっきりと感じていたティナは、それっきり何も言わない少年に苛立ち、ため息をついた。

 「そうだな。俺も話したいことがあったんだ。

 丁度いい。ルシオからどうぞ」

 ベッドの上からそう返事をすると、ルシオは何故か、そのベッドサイドまで歩み寄り、床に片膝をつくとティナを見上げた。

 「ティナ、君自身と話したい。……いつも通りの君と」

 いつになく真剣な目が、驚くティナを映している。

 普段なら、ティナ自身に戻ることなど決して提案しないルシオが、今は、レスリーとしてのティナではなく、ティナ自身に声をかけてくれている。

 異常事態にティナは緊張しつつ、こっくりと頷いた。

 ペンダントを取り、脇によける。

 ルシオを見下ろす自分の視界に、また伸びてきた亜麻色の髪が入る。漠然と、切らなきゃ、と思いながら、ルシオの言葉を待った。


 「サウロのことは、ちゃんと理解している。僕だけで君を守りたいと思ったが、確かに、無理な部分も多い。

 第一、寝込んでいた僕に君の判断を非難する資格はない」

 自嘲にゆがむ薄い唇。長いまつげに縁取られた、宝石のような青い瞳。

 きらきらと輝く中に、ティナを閉じこめているようで、どこか息苦しい。

 「……僕の中の気持ちを整理するのに、時間を要した。その間、君に不快な思いをかけたことについては、謝罪する。

 本当に、申し訳ない」

 深く垂れる頭から、サラサラと音を立ててこぼれる黒髪。

 ぼーっと見とれていたティナは、慌てて首を横に振った。

 「いや、わ、私も……サウロが良い人だったからよかったけど、もっと頭の固い人だったり、もっと悪い人だったら、すごく危険な橋を渡っていたと思う。ルシオまで巻き込んで。

 ごめんね」

 素直な言葉が唇からこぼれ落ちる。

 その途端、ティナの心の中のもやもやが一気に晴れた気がした。

 サウロを味方に引き入れたことを後悔しているわけではない。

 だが、ルシオには謝罪するべきだと感じていたのだ。運命共同体であるルシオには。

 胸のつかえがとれたことにホッとして表情を崩すと、ルシオの目がまぶしそうに細められた。

 その表情に、何故か胸がまた鳴る。

 いたたまれない空気を感じ、ティナは居心地悪く身体を揺すった。

 「もう一つ、君に確認したいことがある」

 緊張しているのか、ルシオは唇を湿らせてから、言葉を継いだ。

 ちらりと覗いた舌を凝視していたティナは、無性に恥ずかしくなり、縮こまった。

 「うん。どうぞ」

 目のやり場に困って自分の手元を見ていると、衣擦れの音が聞こえ、白くきれいな指がティナの横髪を耳にかけてくれる。微かに触れた頬が、火をまとったように熱く感じられた。

 「君の口からはっきりと知りたい。

 君にとって僕は、どういう存在なんだろう?」

 「は?」

 質問の意図が全くわからず、ティナは思わず間抜けに聞き返す。

 いつの間にか真正面にあるルシオの顔には、ふざけている様子は微塵もない。

 「どういう存在って、どういう意味?」

 ティナは、久々に高貴な人々の高貴な言い回しにぶち当たった気がした。

 何を聞かれているのか、さっぱりかわからない。

 小首を傾げてルシオを見つめると、ルシオはまた唇を湿らせた。

 「それは……つまり……その…………僕は君の一番近い位置にいる異性だと思っているのだが、君にとってはどうなのか……と。同じ部屋を分け合って使ってるわけだし、君自身は僕をどう感じているのか」

 迷いつつ言葉を選んだルシオは、言い終わると何かの期待を込めてティナの両手をすくい上げる。

 いつもは不健康なほどに青白い肌が、ランプの明かりのせいばかりではない赤みを宿していた。

 「ルシオが私の一番近くにいる異性って、当たり前じゃない?」

 困惑しながら返すと、ルシオの目がぱっと見開かれ、喜色を宿す。

 そのぱっと花開いたような表情に嬉しくなり、ティナはさらに言葉を続けた。

 「だって、兄弟でしょ? 弟ってよりは頼りになるお兄ちゃんって感じだけど!

 あれ? ……ルシオ、どうしたの?」

 ルシオはがっくりとうなだれ、ティナの両手に額を乗せたっきり、微動だにしない。

 「ちょっと、ルシオ! 具合、悪いの?」

 これが孤児院なら、悪いものでも拾い食いしたんじゃないか、と声をかけるところだが、ここは王城、相手は王子様、そんなはずはない。

 動かなくなったルシオに慌てたティナは、リヒトを呼ぼうとしてベッドから立ち上がりかける。

 そこで不意に、手を強く引かれた。

 「え? わぁ!」

 柔らかいベッドにバウンドし寝転がったティナは、彼女の手を引っ張って倒した犯人を見上げ、呆然とした。

 「ルシ……オ?」

 両腕でティナを閉じこめるように多い被さってくるルシオは、とても悔しそうに表情をゆがめ、ティナを見下ろしてくる。こんな顔をしていても、きれいな顔はきれいなんだな、とティナは胸中に思った。

 「僕は……いつまでも君の兄でいられる自信がない」

 少年の片手が、中途半端に伸びたティナの髪を一房つかみ、口づけを落とす。

 青い瞳は、炎を宿したように揺らめき、ティナに据えられたままだ。

 やっぱり、切らなくちゃ。

 ティナは、ふわふわとした自分の髪を見つめ、ため息をついた。

 そして、寂寥を振り切って、ルシオをしっかり見上げる。

 胸に感じたわずかな痛みは無視した。

 「ルシオ、あなたは私のすっごく頼れる兄で、私は魔力だけが取り柄の出来の悪い弟なんだよ」

 ティナはルシオの頬を両手で包みこんだ。

 「今までずっと甘えてた。ルシオだから、甘えられた。

 それは全部、あなたが兄だから、だよ。

 だから、ごめん。部屋を分けよう。

 死にたく……ないでしょ?」

 ルシオが鋭く息をのむ。


 自分のひどさに反吐がでる。

 ここのところ、ルシオを傷つけてばかりだ。守ろうと、戦おうと、あらがう度に、守りたい人を傷つけていく。

 どれもこれも、自分が偽物であるが故に。


 ルシオの顔がゆがむ。唇をかみしめ、目を眇め、トレードマークの眉間のしわはいつもと違う角度だ。

 だから、ティナは平静を装う。

 一番響く言葉を、そして、一番傷つく言葉を選んだのはティナ自身だ。

 傷ついたルシオの顔から、目を背けることは許されない。


 しばらく、ティナをじっと見下ろしていたルシオは、ティナの首に顔を埋め、静かに深呼吸を繰り返す。

 ティナはその熱を感じつつ、上げかけた両腕を力なくおろした。


 どれほどの時間がたっただろう。

 ルシオの呼吸は次第に落ち着き、体を起こしたときには、いつも通りの無表情に戻っていた。

 その目に、先ほどまで宿っていた炎の熱さはない。

 自分でそうし向けたくせに、何故か一抹の寂しさがティナにわいた。


 「君の立場も考えず、悪かった」

 ルシオが平坦な声で謝罪を口にし、ティナの手を引っ張る。

 ティナは起きあがりながら、首を横に振った。

 そして、何も言わずにペンダントをつける。

 ルシオは彼女をじっと見つめていたようだが、ティナが振り返ると、苦笑を浮かべてベッドから降りた。

 「君はもう寝ると良い。僕はリヒトに頼んで、部屋を用意してもらおう」

 表情とは裏腹に、口調は柔らかい。

 ティナがこっくりと頷くと、ルシオも頷いて、ぽんぽんとティナの頭を叩いてくる。

 ティナからかける言葉はなかった。

 ルシオはサウロの部屋のドアに向かい、深くお辞儀をして扉を閉める。

 その向こうで、サウロの声が聞こえ、ルシオが何事か説明している声も聞こえた。

 ベッドに潜り込みながら、低く柔らかな声が遠ざかるのを、ただ黙って聞いていた。

 一度だけ鼻をすすって、浅い眠りについた。


 「お部屋を用意いたしました」

 応接室の窓際で、空に輝く月を見ていると、いつの間にか戻ってきていたリヒトが気遣わしげにルシオを見下ろしている。

 ルシオは頷いた。

 新しい部屋はリヒトの部屋の隣。

 「私物につきましては、明日、運び入れさせましょう」

 部屋を作ってくれ、と夜中に突然現れたルシオの言葉にも、リヒトは何も聞き返すことなく、淡々と作業を進めた。

 いまも、真新しいルシオの部屋で、老執事はホットミルクを用意して、部屋を辞す。

 ソファに身体を深く沈めて、カップを両手で支えて持つと、老人の暖かさが指先から胸に伝わるようだった。

 行儀悪く、ずずっと音を立てて飲む。

 何か音がなければ、すぐにもティナの声がよみがえってくる。

 「死にたくない……か」

 耳朶によみがえる、からかうような声音。

 残念ながら、ルシオは生まれてこの方、そのように感じたことがない。死を望まれて生きてきたし、何故生きているのか、と問われることも多かった。

 だからというわけではないが、誰かのために死ねれば、それこそが生きた証のように感じられるのではないか、とずっと考えてきた。

 レスリーの為に死ぬことが出来れば一番良かったのかもしれないが、そう告げた後のレスリーは一ヶ月も口をきいてくれなかった。それに、端的に言って、レスリーはルシオを必要とはしていなかった。同じ場所に閉じこめられた双子故に、互いの存在を求めはしたが、いずれ道が分かれることは十分理解していた。

 だが、ティナは違う。

 ティナは、ルシオの存在を切実に必要としている。秘密を分かち合うものとして、彼女を助けるものとして。この先の長い道のりを共に歩むものとして。

 今は、あの少女を守ることが自分の生きる意味だと感じていた。

 死ぬことで彼女を助けられるのであれば、喜んで死ぬだろう。

 それなのに……。

 ルシオが傷ついたとき、ティナはその焦げ茶色の優しい瞳に涙をためていた。

 あの目を見た瞬間の、歪な優越感。自分のために流される涙に、ルシオはほの暗い喜びを覚えた。

 同時に、衝撃も覚えた。

 いつの間にか、彼女を必要としていたのはルシオの方だったのだ。

 生きる意味を、王城にある意味を、すべてティナに求めていた。

 だから、ティナがレスリーらしくあろうとする事に苛立ちを感じる。何もかも一人で背負おうとすることに焦りを覚える。ルシオをことさら突き放そうとすることに怒りがわき上がる。

 そしてその怒りのまま、あろう事かティナに判断と責任を押しつけるようなことをした。


 ベッドに横たわった少女のほっそりした体を思い出す。

 困惑しながらも、冷静さを失わず、ルシオに語りかける声。

 頬を挟んだ両手は柔らかく、温かかった。


 「殿下っていつも、甘い匂いがするのな! なんか、噛みつきたくなる! 美味しそうだ!」


 ティナから漂うティナ自身の香りと、ロイドの台詞が脳裏によみがえり、鼻で笑った。

 「美味しそう、なんじゃない。美味しいんだ」

 掌に残る香りを胸一杯に吸い込み、真新しいベッドに倒れ込む。

 ティナは真っ直ぐに生きていこうとする少女だ。

 その姿勢が好ましく、恨めしい。

 降り注ぐ月光を浴びながら、月に向かって手を伸ばす。

 届かない指先で、白い光が輝いていた。

20170917 弟と兄が入れ違っていた部分を修正いたしました。

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