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王子殿下は従者様  作者: 東風
第三章 王太子として
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□第十四話□ 全力ではない……はず?

 一瞬の沈黙の後、ティナは、ティナをかばおうとしているルシオを止め、ロイドに微笑みかけてみた。

 「確かに、ウィンベリー公はよくできた方のようだ。

 でも、よく知りもしない相手をそうやって決めつけ、排除するのは感心しないな。

 君が俺の何を知っているというんだ?」

 自信満々を装いつつ、歩み寄る姿勢を見せてみる。

 視界の端で、ルシオがかすかに頷くのが見えた。

 対応方針としては間違っていないらしい。


 だが、ロイドはますます目をつり上げ、ティナに噛みつかんばかりに怒鳴る。

 「魔力頼みで王太子になったくせに!」

 髪の毛を精一杯逆立てても、元が美少女めいているので迫力はない。

 「ウィンベリー公はな、御領地の発展に尽くしながらも、国政の一端も担われ、しかも日々の努力も怠らない、素晴らしい御方なんだ!

 屋敷を半分ふっ飛ばしたってだけでその地位にふんぞり返っているおまえなんかとは全然違うんだからな!」

 確かに、その身に持つ破壊力だけで王位が決まるというのは、ティナとしても違和感ありまくりだ。

 激しく同意したいが、自分の立場を考えてぐっと我慢する。

 すると、ティナが挑発に乗ってこないのを見て、ロイドは矛先をルシオに向けた。

 「お、おまえなんかな、ウィンベリー公の足元にも及ばないクズだ!

 そんな出来損ないをそばに侍らせて、悦に浸っているんだろう?

 性格がゆがんでいる証拠じゃないか!」

 ティナのこめかみに青筋が浮かぶ。


 頑是ない子供がわめくのを見ている大人のような目をしてロイドを見ていたルシオは、定期巡回とばかりにティナを振り返って、ぎょっとした

 「今あんた、なんて言った? 出来損ないってのは誰のこと?」

 ティナの目が座っている。しかも口調が素に戻っている。

 ルシオは裾を引っ張って注意を促したが、ティナが自分を取り戻すよりも先に、ロイドがさらなる失言をかました。それを聞いたルシオは、額を押さえた。

 これまでの数少ない経験から、ティナの怒るポイントは限られていることに気づいていた。

 ティナは何故か、「レスリー」をけなされても激高しない。ティナ自身をおとしめられても怒らない。しかし……。

 「知ってるんだぞ! そこの出来損ないは王族の名を語るのもおこがましいほど能力がなくって、王家のお荷物って呼ばれてるんだ!

 どうせよく出来た影武者くらいの感覚でそばに置いてるんだろう!

 自分の世話を全部出来損ないにさせてるとも聞いたぞ!

 物分りの良いフリして兄をいじめてるんだろ! そいつは出来損ないだから、お前の言うことを聞かないと追いだされるんだものな!

 どこもかしこも、最低だ!」


 普通に考えて、ロイドの態度は子供のそれだ。

 ちゃんとした大人なら、相手にする意味もなく、気絶したままの老師に、再教育を促して終了だろう。

 そう。ちゃんとした大人なら、だ。


 パリパリと空気が振動し、何もない中空のあちこちで火花が散る。

 気温は一気に上がり、真夏よりも暑くなった。建物の中であるはずの空間に、風まで吹き始めている。

 ティナの正面に立つロイドはぎょっとしたように、目前の「王太子」を見上げていた。


 「サウロ! こっちへ! ラングリッジ師を建物の外に出せ! 安全なところにお連れしろ!」

 「はっ!」

 ルシオが呼びつけると、素直に駆け寄ってきたサウロは、老人を軽々と肩に担ぎ上げる。

 ルシオはしかし、そのまま走り出そうとしたサウロを強引に引っ張って止め、体制を崩した騎士の耳元で囁いた。

 「いいか、僕が良いと言うまで、誰もこの建物に入れるな。もちろん、老師も、君も、だ」

 自分まで入るなと言われ、当然のように戻ってこようと思っていたサウロは反論のために口を開く。

 だが、言葉にすることはできなかった。

 ルシオの眼差しは真剣で、否と言えば、その瞬間に切られそうな迫力があったのだ。

 迫力に飲まれて辛うじて頷くと、もう、ルシオはサウロを見ていなかった。

 急げ、とでも言うようにサウロの腕を叩いて促し、自分はレスリーの背後に戻ろうとする。

 王太子を中心に巻き起こる風がルシオの髪を揺らしたが、彼のまっすぐな瞳は王太子に据えられていた。

 サウロは唇をかみしめ、老人を担ぎ直すと、足早にドームを出た。


 「殿下、レスリー!」

 小声で何度か呼びかけるも、ティナの周りには数え切れない火の玉と熱量が巻き起こす風が吹き荒れ、なかなか声が届かない。

 ルシオは下がりそうになる足に力を入れて、ぐっと体をティナに近づける。

 どこかで焦げ臭いにおいがしたが、一瞬で風にさらわれていった。

 「レスリー! ……ティナ」

 細い肩がピクン、と揺れ、目を見開いたままのティナが後ろを振り返る。

 すかさずルシオはその腕を捕らえ、ティナの目をじっと見返した。

 「正気を失うな」

 静かに言うと、ティナは一瞬目をそらしたものの、強い光を宿して再度見返してくる。

 「失っていない。大丈夫。あの時みたいなヘマはもうしない」

 「言葉遣いが戻っていた」

 「ごめん。気をつける。でも……あの子はいま許しちゃダメだ。自分の抱える矛盾にも気づかずに、他人を糾弾するあの子は、……お仕置きが必要だ」

 ティナはゆっくりと首を巡らせて、反抗的ににらみ返してきている少年に視線を戻した。

 「お仕置きならいい。だが、程度を間違えるな」

 「わかってる。少し離れて、高みの見物をしていて」

 ティナの目にも、表情にも、我を失った様は見当たらない。

 そして、確かにあの少年には誰かがお灸を据えるべきであった。

 ならば、それを「王太子」が行うことに異存はない。

 敵のままでいるにしろ、味方になるにしろ、鼻っ柱を折っておくことは重要だと、ルシオも感じていたのだから。


 ルシオが鉄柵の向こうに移動する。

 ティナはそれを確認して、改めて目前の少年を見下ろした。

 ロイドは両手のひらの上に一つずつ魔方陣を浮かび上がらせ、魔力を高めていた。それぞれの魔方陣は大きく立派で、光り輝いている。

 つまり、「やる気満々」な態度である。

 ティナはにやっと笑う。そして、自分の右手に一つだけ魔方陣を作り上げる。

 魔術の授業を始めたばかりのティナには、自分の魔力を少し高めるだけの魔方陣しかまだ使えない。両手を二つあわせれば事足りてしまうような面積の小さな魔方陣だ。

 その魔方陣がどれだけ非力なものか、一目見ただけで天才少年は知ったのだろう。余裕の笑みを見せ、自らの頭上に三個目の魔方陣を作り上げる。

 「なるほど。優れた魔術師ほど、多くの魔方陣を同時に駆使できる、というのは本当なんだな」

 ティナが感心すると、少年は皮肉げに肩をすくめた。

 「王太子殿下は随分と貧相な魔方陣を扱われるんだな。攻撃を僅かに増す程度なんて。

 そんなもの閉じて、すぐに防御魔方陣を展開することをお勧めするよ。それだって程度が知れてるけど」


 三つの魔方陣が一斉に輝きを強くする。

 勉強を始めて日が浅いティナには、それぞれがどういう意味を持っているのか、いまいちわからない。

 精々、両手にある二つの魔方陣が威力を増す効果があるだろう、くらいだ。

 ロイドの手の中にある魔方陣がそれぞれエメラルド色の美しい輝きを放つ。

 ティナは危機を感じて、横に跳んだ。

 先ほどまで自分が立っていたところに、ツタ系の植物が地面を突き破って生えてきて、石畳を粉々にしていた。

 「へぇ、植物系か。それってもっと、平和的に使うものだと思っていたよ」

 ドキドキする胸を押さえ、平常心を装う。

 ロイドが手を振ると、それに応えるようにツタがうねってティナを追う。

 まるで刃のように鋭いツタの先が、ティナの頬をかすった。生温い感覚が頬を伝う。

 乱暴に拭うと、頬に痛みが走る。思わず顔をしかめたところを、ロイドはほくそ笑んでみていた。

 「十分、平和的な追いかけっこだろう? ほら、足が止まっているよ、殿下?」

 皮肉げにロイドが言うと、それに併せてツタがティナの足下をえぐっていく。

 ティナが作っていた魔方陣は、集中力がとぎれたと同時に霧散している。


 逃げる一方の王太子の姿に、ロイドは徐々に余裕の笑みを深くしていった。

 ツタは王太子の足元や、服の先を狙うように仕向けているから、先程まで輝かんばかりに神々しかったレスリー王子は見る影もなくぼろぼろだ。

 「魔力を買われて王太子になった割には、あまりにも無様な姿だな、殿下。

 その程度で、ウィンベリー公から王位を掠めとろうだなんて、愚かにもほどがある!

 いまここで引導を渡してやる!」


 それは明らかな反逆罪だろう、と思わなくもなかったが、逃げ回るのに忙しくて反論している暇がない。

 ちらっと見ると、鉄柵越しにルシオが青ざめた顔でこちらを見ていた。

 ティナは、心配いらないということを伝えようと微笑んで見せ、小さい火の玉を幾つかロイドにとばす。

 真っ直ぐ、何の考えもなく飛んでいった火の玉は、ロイドに後わずかと言うところで、少年の頭上にあった魔方陣から伸びたツタに蹴散らされた。

 攻撃と防御。確かに、天才少年はその名に違わず才能がおありらしい。

 生身の体に当たれば痛いではすまないほどの火の玉を、ロイドは避けることもせず、蔦で払っていく。蔦が多少炭化しても、すぐに新しいツタが生まれてくる。隙らしい隙は見当たらなかった。

 避けまわる一方の王太子を、少年は哄笑しながら追い詰めていく。可憐な容姿の割に、中身はサディストらしい。

 ティナの足がもつれ、地面に転がった。

 「終わりだな! 自分の未熟を思い知れ!」

 ロイドが意気揚々と大声で叫ぶ。

 彼の指示に合わせて、二つの魔方陣から現れていたツタが、一斉にティナに襲いかかった。


 ルシオが息を呑む。


 もうもうと湧き上がる砂埃。

 ルシオは目を凝らして、ティナを探した。


 「終わったな」

 晴れ晴れとした笑みでロイドが呟く。

 ルシオは動かない。

 黙って時を待った。


 砂埃が次第に薄くなる。

 ロイドが伸ばしきっていたツタを、手のひとふりで呼び戻そうとしたその時。

 砂埃が真っ赤に燃えた。

 巨大な熱源が、埃の向こうに見え隠れする。

 これだけの距離がありながらも、ルシオの前髪がチリチリと焼ける気配がし、慌てて鉄柵から後ずさった。

 間近にいるのに、ロイドは気づいていない。彼とティナの間の砂埃は、彼自身が起こしたものだというのに、今は仇になっていた。


 ブォン! 空気が大きく細かく振動し、巨大な火の玉が一つ、ようやくその全容を現し、砂塵を切り裂いてロイドめがけて飛ぶ。


 「え?」

 ロイドは余裕を持っていそれを薙ぎはらおうとして、驚愕に固まった。

 火の玉は、迫り来るツタを一瞬で蒸発させたのだ。

 数多あるツタはすべて消し炭さえ残さず、中空に消えた。

 頭上に輝く防御の陣をとっさに強化する。間に合わないかと思った文言を書ききったところで、熱風がロイドを襲った。

 植物の壁が、火の玉を防ぐ。

 それでも、分厚い壁がビリビリと振動したので、まだ両手に残っていた攻撃の陣も全て防御に書き換える。

 熱風に頬をチリチリ焼かれながらも、ロイドは汗を拭った。

 手応えがある。

 全ての力を結集した目前の壁は、今も焼け焦げながら、しっかり火の玉を押しとどめていた。

 まさか、全力で防ぐことになるとは思わなかった。ロイドは内心穏やかではなかったが、それでもしっかり防ぎきったことに安堵した。


 「甘いな!」

 背後で場違いなほどに涼やかな声がする。

 振り返ると、そこには漆黒の髪を揺らし、艶やかに微笑む王太子がいた。

 その手には、先ほどの火球と大差ない異常に強力な火球がもうひとつ。

 ロイドの及びもしない規模の魔力を駆使された魔法は、もはや兵器の域に達していた。

 ロイドは戦慄して、地面に座り込んでしまった。足に力が入らない。全身が震える。

 砂埃にまみれたレスリーは、それでも美しいかんばせだった。

 形よく整った眉をひそめ、王太子がロイドを見下ろす。

 そして、手の中の火球を無造作に放った。

 「ヒィッ!」

 頭を抑えてうずくまる。

 しかし、衝撃は背後からした。

 頭をかばう腕の下から背後を伺うと、ロイドの渾身の壁はあっけなく霧散したところだった。

 カチカチと歯がなったが、ロイドは気づけない。

 先ほどまで微笑んでいた王太子は、今や無表情でロイドを見下ろしていた。

 「よく聞け、矛盾だらけのお子さま。いいか? ルシオを蔑むのなら、おまえはこの圧倒的な力の前に平伏して俺の温情を乞え。

 俺のこの魔力が王位の決め手であることに納得がいかないのであれば、ルシオの優秀さに目を瞑るな」

 怒りを秘めた青い瞳は、決して逃げることを許さないとでも言うように、ロイドにひたと据えられている。静かな声音だったが、有無をいわせぬ迫力がそこにはあった。

 ロイドは何も発することができないまま、ただ、頷いた。

 それを見たレスリーはすいっとロイドに近づき、その少女のような顎を自分に近づけるように指先で持ち上げる。

 ロイドは呼吸すら忘れて、間近にある美貌と恐怖の象徴を見つめていた。

 「二度目はない。俺の敵になるのなら、覚悟することだ」

 そう囁くように言ったレスリーは、場違いな甘い香りとともにニヤリ、と笑う。

 ロイドの限界はそこまでだった。

 遠ざかる意識の中、ロイドを見返す王太子の顔に、何故か見たこともない愛らしい少女の顔が二重写しで重なる。

 何で女の子が? と思った瞬間にロイドは気を失い、ぱったりと地面に倒れたのだった。


 ロイドが気絶したのを確認して、ティナはほっと息をついた。

 同時に、地面にへなへなと座り込む。

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