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王子殿下は従者様  作者: 東風
第三章 王太子として
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□第十二話□ 首に鈴

 王宮に部屋を与えられた。

 さすが王太子と言ったところか、一棟まるごとの区画を割り当てられる。好きな部屋を使えと言われても、部屋が多すぎてティナにはどこが良いのかさっぱりわからない。

 サウロに導かれて棟につくと、働き者の執事が既に荷を解き、城づきの召使たちを使って用意を整えている最中であった。

 「リヒト!」

 喜び勇んで駆け寄り、背中から抱きつく。

 リヒトは笑いをこらえた真面目顔で、ティナの前に膝をついた。

 「これからは王太子でいらっしゃいます。

 軽々しくそのようなことをなさってはいけません」

 「すまない。嬉しすぎて。

 リヒトは離宮に戻るのだと思ってたから」

 謝罪しているにも関わらずほころびすぎている顔に、リヒトも真面目な顔を続けていられなくなる。

 ふと、王子の白い額が赤くなっていることに気づき、老執事は手袋越しに軽く触れた。ティナが顔をしかめる。

 「いかがなさいました?」

 リヒトが驚き、額に触れた指をみると、わずかに血がにじんでいる。

 ティナは、幻覚の魔法はこんなところまで隠し通すものなんだな、と感心した。

 「何でもないよ。大丈夫。それよりもさ」

 ティナは声を潜めて自分の手を持ち上げる。

 「この手袋も、すっごくいいよ。ありがとう」

 ティナがにっこり笑うと、リヒトは素早く三人目の人物に目をやり、わずかに顔を横に振った。

 ティナはサウロの存在に気づいて、慌てて手をおろす。


 この手袋は、セリスが作ってくれたという特別製だ。

 一見すると、ルシオとレスリーはお揃いの手袋に見える。しかし、レスリーの手袋にだけ、山猫コルアードの髭が中に縫い止められている。

 山猫コルアードはとても大きな体格を持つ猫の仲間で、その髭も太いのにしなやかで、非常に丈夫だ。

 セリスはこの髭を手の甲と指の背の部分に縫い込んでくれていた。

 おかげで、少女らしいふっくらとした手も堅くて骨ばったように感じられる。日常生活の中で、手を誰にもふれないのは難しいので、この手袋の存在は非常にありがたかった。

 同時に、セリスがどこまで気づいているのか、と不思議に思う。

 リヒトと親密なようなのだが、リヒトは秘密を漏らすようなことはしないだろう。

 リヒトをじっと見ても、リヒトは悪戯っぽく微笑んで何も語らない。だから、ティナもルシオも、このことには触れずにいることにした。


 「こちらの方は?」

 リヒトがサウロに目を向ける。

 「俺の近衛だそうだよ。宰相から命じられたのだろう?」

 あの国王に差配する能力はなさそうなので、そう当たりをつける。サウロは精悍な顔に爽やかな笑みを浮かべ、リヒトに向かって軽く会釈した。

 「サウロ・オーウェルという。新参者だが、よろしく頼みます」

 「リヒトと申します。オーウェル辺境伯のご子息でいらっしゃいますか? とてもよく似ておいでだ」

 「親父をご存じでいらっしゃるか!」

 サウロが驚いたようにリヒトを見つめる。

 「存じておりますとも。やんちゃな方でいらっしゃいましたが……左様でございますか。このように立派なご子息がおいでなのですね」

 サウロは改めて、面前の穏やかな老執事を見つめる。

 細い体躯は一見すると弱々しい印象をあたえるが、よくよく観察するとその足運びにも、重心の移動にも、計り知れない経験を感じ取れる。

 サウロは改めて深々と頭を下げた。

 「ジョン・オーウェルの三男です。ファミリーネームをお聞きしても?」

 「……ただのリヒトです。お父上も私のことなど忘れておいでのはず。お気になさらずに」

 リヒトは珍しく冷たく微笑むと、サウロの疑問をぴしゃりと拒絶する。

 好奇心に目を輝かせていたティナは、サウロがこれ以上追求する気がないのを見て取り、肩を落とした。

 「何だ、リヒトの昔の武勇伝を聞けるかと思ったのに。残念だな」

 「何も面白いことのない、平凡な日々でございますよ。さぁ、殿下、ルシオ様、サウロ様、それぞれの部屋も決めねばなりますまい。

 今宵、きちんとベッドで寝たいとお思いでしたら、お急ぎください。時間は待ってはくれませんよ」

 パンパン、と手をたたいて、この話題の終了を示した執事は、止まっていた作業を再開するべく、召使い達を呼び集める。


 だが、そうあっさりと先に進むことはなかった。

 部屋割りで一悶着あったのだ。


 一番警護しやすい部屋が当然、レスリーの部屋になる。

 二階の角部屋で二面が中庭に面している。しかし向かい側の棟はレスリーの部屋より低く、窓も少ない。

 景色もよく圧迫感もないので、ティナはすぐに気に入った。

 問題は、このレスリーの部屋に続く部屋を、ルシオとサウロのどちらが得るか、ということだった。

 警護の問題上、隣室は譲れないとサウロが言い、ルシオは当然、レスリーの抱える秘密を守るためにも隣室を主張する。

 「ルシオ殿、夜間の従者役は近衛でも担えます。しかし、万一の際、体力も魔力も乏しいあなたでは、殿下の盾になることはできない」

 まだルシオの顔に慣れていないサウロは、微妙に視線をずらしながらも、部屋の権利はずらさない。

 一方、ルシオも負けてはいない。負けられないと言ってもいい。

 「殿下はその膨大な魔力で御身を守られます。

 むしろ、慣れぬ環境で、無意識化に魔力を暴走させる可能性があります。

 あなたも、離宮が半壊した話は聞き及んでいましょう。

 殿下は僕の呼びかけで正気に戻られます。王城を守るためにも、僕がおそばに控えることは譲れません」

 ルシオは一方的にサウロを睨みつける。

 二人とも譲る気はさらさらないようだ。

 ティナはため息をつき、そばで微笑んでいるリヒトを見上げた。

 「リヒトはどう思う?」

 正直に言って、ティナも隣室にはルシオのほうが嬉しい。だが、サウロの役目も重々わかっているつもりだ。

 この短時間で、ティナはサウロの飾らない、ルシオにもリヒトにも丁寧に接する姿に好感を持っていた。ましてや、正式に任じられた近衛だ。権力には従うものだと身に沁みついているティナとしては、サウロの要望を無視しても良いのかの判断がつかなかった。

 リヒトは、ティナのカップに新たなお茶を注ぎながら、苦笑した。

 「左様でございますね。殿下をお守りできる力量があり、殿下が安らげる方が最上か、と。

 たとえば、私、などいかがでしょう?」

 突然の立候補に、ぎゃんぎゃんと言い合っていたルシオとサウロがぎょっとしてリヒトを振り返る。

 リヒトが浮かべる余裕の表情に、言われたティナはしばし固まっていた。

 唐突にしんと静まった室内で、リヒトだけがくくっとのどの奥で笑う。

 老執事はティナの前にお菓子を乗せた皿をそっと置き、ルシオとサウロを横目でみた。

 「結局、どなたが隣室でもよろしいのですよ。サウロ様であっても、ルシオ様であっても、殿下に何かがあればその身を挺してくれましょう?

 ですので、決定するのは殿下、ということになります。

 殿下が一番、お心やすいようになさいますよう」

 二人の視線が、今度はティナに突き刺さる。

 絶世の美貌の少年と、イケメン青年に同時に見つめられ、ティナは居心地の悪さを感じた。


 「レスリー、さっさとこいつに言ってやれ」

 当然といった顔でルシオが、サウロを指さす。サウロも負けじと前にでる。

 「殿下、確かに出会ったばかりではございますが、我が忠誠はあなたへ。この気持ちはルシオ殿にも負けません」

 胸に手を添え、片膝つく姿はまさにおとぎ話の騎士のようだ。うっかり見ほれていると、ルシオが不機嫌に咳払いし、サウロは得意そうにルシオを見やる。

 どうやら、ようやくルシオの顔に見慣れたらしく、しっかり目を合わせていた。

 思いの外、順応性が高いらしい。

 ティナはしばし考えこみ、ルシオとサウロを交互に見つめる。

 「隣室はサウロに」

 騎士を見つめて言うと、サウロは喜色を浮かべて勢い良く頭を垂れる。その横で、ルシオは怖い顔をしてティナに詰め寄ろうとしていた。

 話す順番を間違えたことを悟ったティナは、すかさずリヒトの後ろに回りこみ、顔だけをのぞかせた。

 「いや、ルシオがどうでもいいわけじゃなくてだな! へ、部屋が広いから!」

 「広いから、何だ?」

 怒りが頂点に達すると微笑む癖でもあるのか、目だけが笑っていない壮絶に美しい笑みを浮かべ、ルシオが一歩々々近づいてくる。

 リヒトの体を盾に、ティナは反対側に回った。

 「俺とルシオは、同じ部屋を使おうよ! ベットだって、あと二、三個は置けそうだったし!」

 ルシオが一瞬で彫像になったかのように、一切の動きがなくなる。サウロは目をぱちくりとして、固まったルシオと執事の後ろに隠れたままのレスリーを交互に見やった。

 「な、なるほど? 殿下がそれで良ければ、そのように」

 固まった空気の中、戸惑いつつもサウロが言う。

 続いて、リヒトも動き出す。

 「……では、そのように。

 サウロ様、早速部屋を整えましょう。あなたのお荷物も、近衛隊の宿舎から持ってくる必要がありましょう?

 ここは私にお任せいただき、すぐに用意を」

 にこやかな笑みを貼り付けたまま、グイグイとサウロの背中を押して部屋から追い出し何故か自分も出ていく上品な執事。

 珍しいものを見たな、と思いつつ、問題が解決したのを喜んで、ティナはリヒトの用意してくれたお菓子に手を伸ばした。

 空中でその手がパシっと掴まれ、驚いている間にその手をぐいっと引っ張られる。

 「何だよ、お菓子がほしいなら……。ルシオ?」


 部屋には二人しか残っていない。

 ティナは自分の手をつかむ少年を振り返りつつ文句を言うと、そこには仮面の様な笑顔を浮かべたまま、器用にも額に青筋を浮かべたルシオがいた。

 万事解決したと思っていたティナは、ぎょっとして後ずさったが、手が繋がれたままなのでルシオが離れることはない。

 むしろ前よりも近くに寄られて、ティナはすっぽりとルシオの腕の中におさまった形だ。

 ほぼ真正面にあるルシオの顔を怯えて見返す。

 ルシオは優しげに微笑んだ、目以外が。

 背筋に悪寒が走り、精一杯顔だけをそむける。

 そんなティナの耳に、蜜を含んだかのようなルシオの声が注ぎ込まれる。

 「どういうつもりなのか、丁寧に説明してくれるかな、レスリー?」

 意味不明で怖すぎる!

 ティナは理不尽で不可解なルシオの怒りに座り込み、涙目になった。

 「な、何の説明さ?」

 「もちろん、部屋割りだよ。

 僕は何故君と同室なんだい?」

 「だ、だって、サウロだってお仕事なんだもの、離れたところに部屋があったら、隊長とかに怒られるかもしれないじゃん!」

 「で?」

 他に何を言えばいいのか、見当もつかず、ビクビクしながらルシオを見上げる。


 ルシオは、ティナが本当に何を怒られているのかわかっていないことに気づき、ガックリと肩を下ろした。

 「いいかい? 君は外からどう見えようと……女の子なんだ」

 幾分声をひそめて、ティナの耳に囁く。

 ティナは瞬時に真っ赤になり、囁かれた方の耳を押さえてルシオから離れた。

 「そ、そんなのわかってる! でも、このレスリーの姿に、そんな気にはならないでしょう?

 それとも、ルシオは鏡の自分に興奮するの?」

 だとしたら一大事、こいつは変態だ、と言わんばかりに、ティナはルシオからあからさまな距離を取る。

 王城では、夜中でも何が起こるかわからないため、ペンダントはつけっぱなしにするよう厳命されていた。つまり、寝ている最中もレスリーの姿のはずなのだ。

 ルシオは言われた内容に膝から崩れ落ちそうになったが、なんとかこらえて、代わりに重い重いため息をついた。

 「なるわけないだろ、本当に君はバカだな。

 わかった、これは僕が譲歩するしかないんだな。

 ただし、着替えは必ず衝立の影かベッドのカーテンをおろしてくれ」

 確かに用意された寝室は大変広く、余分なベッドをもう一つと、衝立を追加でいくつか入れても、窮屈に感じることはないだろう。

 ついでに言うと、レスリーが正式に王太子になった暁には、夜這いに来る「自称貴婦人」も増えるはずだ。

 そういった不逞の輩を撃退するためにも、同室というのはそれほど悪いことではないかもしれない、とルシオは考えた。

 あくまでも理性的に。

 「そうだ!」

 ティナが素っ頓狂な声を出すので、思考に浸りながらも耳をそばだてる。

 「このペンダントつけてて素っ裸になったら、どう見えるのかな? レスリーの裸? それとも、レスリーが服着ているように見えるのかしら?

 ルシオはどう思う? 実験してみる?」

 服に手をかけ小首を傾げるティナの後頭部を強烈に叩いて沈黙させつつ、ルシオは今後の生活に不安を感じ、胃を抑えるのであった。


 部屋を整えていると、ノックの音が響く。

 リヒトは扉を上げ、微笑んだ。

 「ご自身の部屋でございます。ノックは不要ですよ」

 そこには、背負い袋に日常品を詰め込んだサウロが立っていた。

 サウロは室内に王子達の姿がないことを見て取り、奥の双子王子の私室につながる部屋を見た。

 執事もその視線に気づいたのだろう。こっくりと頷き、サウロを部屋の中へ誘う。

 「お二人は部屋を片づけておいでです。サウロ様もどうぞ、お急ぎください。

 私物はそれだけではございませんでしょう?」

 奥の部屋からは、双子王子の声が漏れ聞こえる。

 似たような声が、ぎゃいぎゃい、と何かを言い合っていた。内容は聞こえないが、随分と楽しそうだ。

 「お二人は、仲がよいんですね」

 この中では一番の新参者という自覚があるので、サウロはリヒトを通して情報を集めようと思っていた。

 ルシオからは嫌われた自覚がある。レスリー王子はサウロを気に入ってくれたようだが、あの調子では何を聞いても、ルシオが邪魔してくるだろう。

 リヒトは髭をしごいて、頷いた。

 「お二人きりの存在でございましたから。

 大丈夫。お二人は離宮を出られ、世界を広げる必要性をきちんと理解していらっしゃいます。

 サウロ様が誠実でいらっしゃれば、必ず受け止めていただけましょう」

 「なるほど」

 サウロは苦笑して、私物を与えられた棚にしまっていく。

 一両日中に必要なものだけ、大急ぎで持ってきた。残りは後日、騎士見習い達が届けてくれることになっていた。


 十六歳だという双子の王子は、本当によく似ていた。

 首にわずかに掛かる長さの黒髪は、癖もなく艶やかで、光を浴びた様は銀糸を編んでいるかのようであった。

 長めの前髪はさらさらとゆれ、その奥にある美しく青い瞳を彩る。

 傷一つない白い肌にほのかに赤く染まった頬。

 細くしなやか体は手足が長く、華奢な体型が、性別を越えた存在であるかのように見せていた。

 男性でもない、女性でもない、そんな美しい存在。

 王子達が登城した途端に、城中が騒がしくなった理由が一目見て納得できた。

 特に、二人が同じ顔を並べて小声で話している様は、妙な背徳感があり、見ているだけで罪悪感を覚えるほどだ。

 冷たく睨みつけてくるのがルシオ。甘く微笑むのがレスリー。

 ルシオには服装で見分けるようにと言われたが、醸し出す雰囲気の違いは圧倒的であった。

 凍てつく冬のようなルシオと、萌えいづる春のようなレスリー。

 特に、煌めく瞳を細め、甘えるように上目遣いになるレスリーは、「その気がない」サウロでも道を踏み誤りそうな危うさがあった。


 「専属の近衛が隣室に控えるということは、公私にわたってレスリー殿下をお守りせよ、ということなのか」


 レスリーにも近衛部隊はつけられ、棟の周辺の警護にあたることになっている。

 にもかかわらず、隣室に部屋まで与えられ、私生活も全て捨てて、たった一人が殿下に専属で仕えよ、というのはかなり異例な状況であった。

 同僚からは栄達だ、と羨ましがられたが、サウロはこの役目を喜ぶ気にはなれなかった。

 宰相閣下直々の命令は、言わば、王子に宰相の鈴をつけよ、ということにほかならない。

 サウロの役目は、宰相の目として、王子を見張ることなのだ。

 自分が選ばれたのは、単に浮いた噂の一つもない堅物、という評価故だと思っている。

 剣の腕を磨くことにしか興味がない、騎士道バカ。

 それが同僚や上席の評価だ。

 間違っているとは思わない。自己評価もそれに近い。

 だが、だからこそ、もっと遊んでおけばよかった、と悔やまれる。

 このような難しい立場に立たされるとは思っていなかった。


 「どうか、王子というお立場ではなく、レスリー様とルシオ様ご自身をご覧になってください」

 唐突に背後から声がかかり、サウロは驚いて脇差しに手をかけ、振り返った。

 「り、リヒト……殿……」

 棚に背中を押しつけながら、サウロは危うく引き抜きそうになった剣から意志の力で手を離す。

 声をかけられただけで、執事を斬ったなど、何の理由にもならない。

 だが、久しくとられたことのなかった死角に、何の気配も感じさせず立ったリヒトに、サウロは恐怖しか感じなかった。

 老執事は人畜無害そうな笑みを浮かべ、大きく息をするサウロの肩をポンポンと叩く。

 「勿論、近衛というお立場もございましょうが……。

 私はお二人を守るものとして、サウロ様にお願い申しあげます。

 どうか、お二人のご友人になって差し上げてください。サウロ様のお人柄であれば、それが可能だと、私は思っております」

 恭しく頭を下げ、王子達の部屋に向かうリヒトの背中を、サウロは呆然として見つめていた。

 あの男が何者なのか、大至急、故郷の辺境伯へ書簡を送ろうと、心に決めながら。

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