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王子殿下は従者様  作者: 東風
第三章 王太子として
11/33

□第十一話□ まだ及ばない

 大きな謁見室の扉の横を素通りし、小部屋に通される。

 厚手のベルベットのカーテンが幾重にも垂れ下がるそこは、外のどんな音も届けないようで、廊下に満ちていたざわめきも聞こえない。

 ティナも声を出すのをはばかられた。

 そっと盗み見ると、ルシオも緊張の面持ちだ。

 あたりをもう一度ゆっくり見回す。三本のロウソクを擁した燭台が小さなテーブルの上で周囲を照らし出している。

 真っ昼間とは思えない暗さだ。

 蠟は高価なものを使っているのだろう、獣臭さがかけらもなく、花に似た芳しさがあるほどだ。さすが、王城と言ったところか。


 いざとなったら、あたりのカーテンに火をつけて、混乱にかこつけて逃げようか、と考える。

 燭台が近くになくとも。ティナになら火をつけることは簡単だ。

 逃げ切れたら、ロウソク職人になるのもいいかもしれない、と思い出す。

 火を操るティナなら、複雑な造形のろうそくもできるかもしれない。春先の花の中でも特に香りのきつい花を封じ込めて、小動物の、例えばリスとかの形をしたろうそく。

 売れるんじゃないかしら、と思ったところで、ルシオに脇腹を小突かれた。

 「何?」

 小さく問い返すと、すでにトレードマークになりつつあるルシオの眉間のしわがとても深いことが見て取れる。

 「変なことを考えていなかったか?」

 ルシオも小声で問いかけてくる。

 ティナは首を傾げた。

 「変なこと? 変なことは何も考えていない」

 きっぱりと言い切ると、ルシオの眉間のしわが増えた。

 何故だ。

 「頼むから、おとなしくしていてくれ」

 胃のあたりを押さえながら、ルシオが懇願するように言う。

 こんな音が吸い込まれていくような不気味な部屋でこれ以上しゃべりたくなくて、ティナは渋々頷いた。


 ノックの音が聞こえたと思った瞬間には、壁に吸い込まれていく。

 ティナとルシオは素早く視線を交換し、ルシオがティナの一歩前に出た。

 ルシオがノックに返事をする間もなく、扉が開かれる。

 扉を押さえた従僕の向こうから、宰相エドムンド。ということは、そのさらに後ろから入ってくる、毛皮に身を包んだ金髪の壮年の男性こそ、国王ロルダンその人なのであろう。


 ルシオの背中越しに、国王を見つめる。

 背はティナより頭一つ分高いくらい。男性としては、長身と言うほどではない。

 だが、横幅は大変大きく、ベルトの上に乗った腹はたゆんたゆんと揺れている。

 どれほど歩いてきたのかは不明だが、息を切らして口を大きく開けていた。

 ベルデン伯も大変恰幅のよい御仁であったが、彼は持っている雰囲気も明るく、朗らかであった。

 一方、ロルダンは顔色も悪く、余っている頬肉もぶよぶよしているように見えた。ぽかんと開けっ放しの口元に知性は感じられない。

 ティナは、ルシオと国王の似ているところを何とか探そうと思ったが、すぐに諦めた。違いが大きすぎて、そこばかり目に付くからだ。


 従僕がイスを用意し、国王が落ちるように腰を落とす。

 豪華なイスがみしっと音を立てたが、ティナ以外の誰も気にしていないようだった。

 国王が落ち着くと、その横に宰相が立ち、従僕が立ち去る。

 ドアがぱったりとしまったのを確認して、宰相エドムンドが口を開いた。

 「これは随分見違えたものだ。ルシオ殿下には猛獣使いの才能がおありだったか」

 ジロジロとティナの容姿を眺め回し、満足気に笑みをこぼす。

 「余にはまさに双子に見える! 本当にあんなことがあったのか? 皆で余をバカにしているのではあるまいな!」

 やや鼻にかかった声でロルダンが言う。

 エドムンドは目を細めて答えた。

 「滅相もない。このペンダントこそ王家の秘宝、リアスフィアに違いございません。

 斯様に赤く燃えるように輝いているのは、魔法が発動している証拠」

 「なるほど。では、外してみせよ」

 国王はなんて事ないように、あっさりと命じる。

 ティナは驚いた。宰相エドムントは片方の眉を跳ね上げたが、彼は何も言わない。

 「そなたが何者であるか、見せよ、と申しておるのだ!」

 我慢の効かない子供のように、ロルダンはイライラと性急に言葉をつぐ。

 その様に王の威厳はない。宰相に初めてあったときの方が、その背景にある権力が透かし見えて、畏怖を感じた気がする。

 だが、この国王はどうなのだろう。ティナの目の前にいるのは、図体が大きいだけの子供のようだ。その行為の行き着く先に予測がつかないため、より原始的な恐怖を感じる。かんしゃくのまま、殺されることだってあるかもしれない。

 ティナはのろのろと鎖に手をかけた。ルシオ以外が見る前でペンダントを外すというのは、ペンダントをつけるようになって以来初めてのことだ。

 何か禁忌にふれているような気がして、動作がさらに緩慢になる。

 「恐れながら、陛下」

 淀んだ空気を切り裂くように、ルシオの涼やかな声が響く。

 「おまえがルシオか」

 国王は、その面前に身を投げ出すように膝をつき頭を垂れるルシオを見下ろした。それはとても、初対面を果たした親子のものとは思えぬほどに、いささかの感情も見えない声だった。

 「恐れながら、ペンダントをはずすことはお勧めいたしません」

 「何故だ?」

 わずかな怒りをはらませて、ロルダンが短く問う。

 ルシオは漆黒の頭を深く下げたまま答えた。

 「このペンダントは、多量の魔力を利用しています。元々、このものはいささか反抗的でございました。

 宰相閣下も、このものを連れてくる際には、魔力封じの枷をはめていたほど。

 今このペンダントをはずすと、このものはその有り余る魔力を自由に使える、ということになります」

 「しかし、随分と従順になっているではないか?」

 ルシオは面を上げて、真っ直ぐに父王を見上げる。

 「先日、このものが体調不良で寝込みましたおり、死ぬ危険性がありましたのでやむを得ずペンダントをはずしました。

 そういたしましたところ、このものは無意識のうちに火の玉をたくさん呼び出しまして、危うく離宮は火に包まれるところでございました。

 表向きは従順でございましても、内実を伴っているとは限りません」

 言っていることの内容に嘘はない。嘘はないが、微妙に納得がいかない。

 ティナは不満を感じたが、ルシオの言葉に国王は確かに怯んだようであった。

 気味の悪いものを見るような目でティナを見つめ、遠くに離れろとでも言うように手の甲を振る。

 むしろ、見慣れた扱いだ。ティナは二歩下がった。

 ロルダンの興味は次にルシオに移ったようであった。

 「なるほど、母にそっくりに育っておるな。中身は異なるようだが。

 二人で黙って立っていると、ルイーサの人形を二体見ているようだ。女にそっくりな男など気味悪いだけかと思ったが、悪くない」

 悪くないとはなんのことだ、と疑問に思ったものの、口にするのは怖すぎた。

 この国王はどこかおかしい。

 密かに感じた悪寒を、国王から視線を逸らすことでごまかす。

 視線の先にエドムンドが入ったが、宰相は何食わぬ顔でレスリーたるティナの様子を観察しているようだった。

 ティナはそっと目線を下げた。

 「お初にお目にかかります、陛下。ルシオと申します。

 本来であればお目通りかなわぬ身ではございますが、お呼びいただきました以上、持てる力を尽くさせていただきます」

 「当然だ。

 そなたに魔力があれば何も問題はなかったのだが。双子の片割れが出来損ないというのは、真実であったようだな」

 ルシオが無言で頭を垂れる。

 ティナはぎゅっと手を握りしめた。

 「まこと、数奇な運命よ。そなた達の助命を願ったルイーサも、そなたを伴って登城したいと願ったレスリーも、ともに儚くなった。ルイーサが救わねばそなたは死んでいただろうし、レスリーが死ななければそなたは離宮を出られなかったであろう。

 そなたが死を運んでいるのではあるまいな」

 ルシオは答えない。微動だにしない背中には何の感情も見えないように見える。だが、ルシオにも感情があることを、ティナは知っている。

 ティナは唇をかみしめた。


 「最初からそなたが死んでいれば、誰も死ななかったのではなかろうか」


 国王の口から紡がれた言葉が、ティナの抑えに抑えていた感情に火をつけた。室内の温度が上昇し、ティナの髪が逆立つ。ティナの周りには、火の玉がいくつも浮かんだ。

 「ふっざけんな! それでも親か! よくも実の子にそんな暴言……」

 怒鳴りかけた瞬間に、ルシオが勢いよく立ち上がり、ティナの首に下がっていたペンダントをチェーンごとつかんで引きずりおろす。

 垣間見えたルシオの顔は、今までみた中で一番恐ろしく、青い瞳は怒りを秘めていた。

 ティナの頭が自分の胸より下がったところで、ルシオはティナの頭に手を乗せ、顔面を床に打ち付けた。

 目から火花が出たように感じ、ティナは怒りも忘れて呆然とした。

 火の玉はすべて消え、室温はあっという間に元に戻る。国王も宰相も、顔をひきつらせ、言葉もなく周りを見回した。

 ルシオの手が、ティナの額をぎりぎりと床に押しつける。遅れてきた痛みに、ティナは呻いた。

 「躾のなっていない猿で申し訳ございません。後ほどさらにしっかり躾ますので、ご容赦いただきますよう、お願いいたします」

 ルシオが謝罪の言葉を述べたが、ティナの怒鳴り声と、予想以上の魔力の放出に驚いた国王は口をぱくぱくするだけで、声を出せないでいる。

 代わりに、宰相が何事もなかったかのように口を開いた。

 「陛下、ここはルシオ殿下にお任せいたしましょう。それに、この猿めも随分と殿下に懐いた様子。

 殿下が王城にいる以上、我々を裏切ることはありますまい」

 「はは、そ、そうか。エドムンド、よきに計らえ」

 「御意」

 「ルシオ、獣の教育はおまえに任せよう。先ほどのように、しっかり躾るよう。頼んだぞ」

 「御意」

 「誰か!」

 国王が備え付けの鐘をカランカランと鳴らす。扉が音もなく開き、従僕が二人で入ってきた。

 二人は双子王子のあり得ない状況にぎょっと目を見開いたが、どちらともなく目配せして、速やかに国王に近づいた。

 二人は息をそろえて国王を立ち上がらせると、その国王を先導して部屋から出ていった。

 小部屋の中は、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まっている。

 残された宰相は面白そうにルシオと、まだ床にはいつくばっているティナを眺め、ティナの脇にひざをついた。

 「命拾いしましたな。ルシオ殿のよい従者ぶりに、レスリー殿下は感謝するべきですな」

 「どちらが獣よ……」

 低く呟くと、ルシオがまた素早く身を寄せてくる。痛みを予測して片目を閉じたが、ルシオの動きは宰相が止めていた。

 枯れたふうな老人は、まだ体を起こせないでいるティナの耳元に、その掠れた声をそそぎ込む。

 「レスリー殿下。儂が殿下を殿下として扱っている間に、その態度を改めていただきませんとな。

 ……そなたの気性を儂は買っている。だが、道具たりえない時、そなただけではなく、ルシオ殿も不幸に見回れよう。

 儂を失望させるな」


 衣擦れの音とともに静かな足音が遠ざかっていく。

 扉の閉まる音がして、ティナはのろのろと体を起こした。

 どうにもばつが悪くて、ルシオの顔を見ることもできなかった。

 冷静になってみると、先ほどのティナはルシオを巻き込んで自殺しようとしているようなものだった。

 予め「おとなしくしていろ」と言われていたのに……。


 俯いていると、いつの間にか正面に立っていたルシオが、強引にティナの顔を上げさせる。

 真正面の端正な顔はまた深いしわを額に刻み、視線はやや上に固定されている。

 何を見ているのか、と不思議に思ったが、すぐに気がついた。

 血が垂れてきて、目に入ったからだ。

 慌てて自分の手で額を拭おうとすると、それを押しとどめて、ルシオが絹のハンカチを出し、ティナの額に押し当てた。

 「そ、そんなきれいなハンカチ、使うことないよ! 血なんて、すぐに止まるんだから!」

 「黙ってろ」

 特に大きな声でもないのに、厳しく叱責されたような気がして、ティナは黙り込んだ。

 ルシオは、ティナを先ほどまで国王が座っていたいすに座らせると、棚にあった水差しでハンカチを濡らし、血を丁寧に拭っていく。

 沈黙が耐えきれず、ティナは口の中でもごもごと、「さっきはごめん」と呟いた。

 「つい、カッとなって」

 「カッとなったら、命さえ省みないのか、君は」

 呆れたように言われて、ティナは小さくなるしかない。

 ティナの一言で、ルシオの命さえ危険にさらしていたのだ。

 あの国王の子供っぽい異常さを目にしていたのに。

 しゅんと小さくなるティナの額を丁寧に清め、ルシオは改めてティナの傷を検分しているようだった。何だか、その傷が自分の愚かさの証のように感じて、ますます小さくなる。

 黙りこんでしまったティナに構わず、ルシオは傷の部分も丁寧にそっと拭き清め、血が止まっているのを確認すると大きく吐息した。

 いよいよお説教開始か?

 ティナは、自分を亀だとでも信じているかのように、首を限界まで引っ込めていた。

 「君の額に傷をつけてしまったな。悪かった」

 まさかの謝罪に、白昼夢でも見ているのかと、自分の頬を引っ張ってみる。痛かった。

 「あの程度、放っておいてよかったんだ。君が怒るようなことじゃない」

 ルシオが長いまつげを伏せて淡々と言う。

 美しい顔には表情らしいものは何もなく、まるでよく出来た人形のようだ。


 その様が無性に悲しくて、ティナはむっとした。


 俯き加減のルシオの美しい顔を、両手で挟んで乱暴に向き合わせる。

 驚き目を見張っている少年の頬を、バチン、と音がするほどに激しく両手で挟みなおした。

 「生まれなければよかったなんて、言わせない。死ねばよかったなんて、考えさせない。

 ……こんなこと言いたくなかったけど。

 私、連れ出された直後に成人するはずだった。

 孤児院から追い出されて、どこにも誰にも雇ってもらえず、……たぶん、生きていくのはすごく難しかった。

 行き着く先はのたれ死にか、犯罪者かってところだったんだよ。

 ルシオ、一度しか言わないからよく聞いて。

 今、私がおいしいご飯を食べて、きれいな服を着て、知りたいことをたくさん勉強できるのは、ルシオのおかげだ。

 …………少しくらいは感謝している」

 喋りながら徐々に冷静になったティナは、自分の言葉にいたたまれなくなり、最後は尻すぼみに声が小さくなる。


 顔を真っ赤にしながらも、怒ったような表情で自分を睨みつけるティナに、ルシオも我慢が限界になった。

 ティナと同じように、ティナの両頬を音がするほど激しく両手で挟み込む。

 強気な性格と裏腹に、柔らかい光を宿す焦げ茶の瞳が、心配そうにルシオを伺っていた。

 ルシオはニヤリと笑ってみせた。

 「だったら、僕のためにもう少しおとなしくしてもらおうか、お猿さん。

 僕の役目は立派な王太子を補佐することなんだ。

 猿山のボスを補佐することじゃない。

 …………でも、まぁ、礼は言っておく。ありがとう」


 ほのかに目元を赤く染めてルシオが言うものだから、ティナも二の句が継げなくなる。

 遠目に見ても整っている少年が、間近で、至近距離で、目元を赤く染めてはにかんでいるのだ。

 その破壊力は、計り知れなかった。

 体が硬直し、胸の中で心臓がうるさいほどに高鳴る。

 ちょっと待って! とティナは心臓に向かって、心の中で怒鳴った。

 猿呼ばわりされてときめくって、おかしいでしょ!

 それでも心臓は鳴り止まない。

 そういえば、シスター達が観劇の際、贔屓の俳優に微笑まれたら死ねる、と言っていたっけ、と思い出す。

 こういうことか、とティナは納得した。

 美しいというのは、こういうことだ。そして、心臓に悪い。

 顔が熱くなりすぎて、鼻血が出ているのではないか、と心配になったティナは、ばっとルシオから離れると、両手で鼻を隠した。

 ルシオは首を傾げて何事かを言い掛ける。

 そのタイミングで、またノックの音が聞こえた。


 従僕が呼びにきたのかと思い、恥ずかしさから逃れようと前に出たティナを、改めてルシオが後ろに引き戻す。

 そして、ティナをやはり背中にかばうようにしてから、扉に向かって誰何した。

 「何用だ」

 玲瓏な声は、従者と言うよりは王子の威厳に満ちている。

 「護衛のものが参りました」

 扉の向こうで、従僕の青年のくぐもった声が聞こえた。

 「護衛?」

 ティナが小首を傾げるが、ルシオは眉間にしわを深くして、「入れ」と命じる。

 従僕が扉を開け、一礼してから脇によける。


 入ってきたのは、見るからにたくましい騎士だった。

 かなりの長身で、宮殿用の軽鎧から覗く二の腕は服の上からもその太さが伺えた。

 年の頃は二十代半ばといったところか。

 脇には大きな剣が鞘に収まっている。軽々と腰につけているが、とんでもない重さであろうことは、鍬を持ちなれたティナには容易に想像がついた。

 意志の強そうな濃い眉と、大きな口元。

 短く刈り込まれた銀髪はつんつんに立っていて、露わになった耳には赤い宝石の耳飾り。

 黒に近い青い瞳は、今は目一杯まで見開かれている。


 忘れがちだが、ルシオとレスリーは奇跡のように美しい双子なのだ。

 騎士が言葉を失っても仕方がない、とティナは他人事のように頷いた。


 ルシオが咳払いをすると、騎士は夢から覚めたように瞬きを繰り返し、真っ赤になって二人の前にひざをついた。

 「ご無礼をいたしました。私は近衛隊所属のサウロ・オーウェルと申します。

 光栄なことに、両殿下の護衛を命じられました。以後、よろしくお願いいたします」

 短い赤いマントが背中に広がって美しいドレープを作っていた。

 お姫様にハンカチをもらう騎士というのは、こういう人のことを言うのだろうか、と目を奪われる。

 「サウロ、生憎だが両殿下ではない。殿下はおひとり、こちらのレスリー殿下のみだ。

 僕は侍従のルシオ。顔で見分けがつかないようなら、服装で分けるといい」

 恭しい騎士の礼を、一刀両断にぶったぎるルシオ。言っていることは正論なのだが、言うタイミングが雰囲気ぶちこわしだ。

 ティナは苦笑して、跪いたままどうしていいかわからずにいるサウロの前に、手袋に包まれた手をさしのべた。

 「すまないね、サウロ。兄は少々偏屈で人付き合いが苦手なんだ。

 俺はレスリー。こちらこそ、これから世話になる」

 にこやかに笑ってみせると、サウロがさらに首まで真っ赤になって固まる。

 「あ」とか「う」とか、意味不明の音を出し始めたところで、ルシオがティナを体ごとサウロの面前から引き離す。

 「レスリー、君は僕と同じ顔なんだ。そのことを理解しろ」

 ポン、とティナは拳を打った。

 十分にティナが遠ざかったところで、サウロは再起動した。

 「お、恐れながら、大変失礼をいたしました。殿下、並びにルシオ殿。その……余りにお美しく……」

 「いや、離宮では皆、この顔に慣れていたからね。忘れていた。

 いきなり近づかれては、サウロも困っただろう」

 ねぎらいの声をかけるが、それをまたもルシオがぶったぎる。

 「しかし、慣れてもらわねば困る。あなたはこの顔を四六時中見て警護にあたることになるのだ。

 今のままで、役目がつとまるのか?」

 「ルシオ、そんな言い方は……」

 厳しい言いようについついティナが反論を始めると、サウロが口を開いた。

 「ルシオ殿のご不安もご尤もでございます。しかしながら、役目でございます以上、十二分に働かせていただきます。

 これ以降、決して醜態をさらさぬと誓いますので、ご寛恕いただきたく」

 先ほどのおろおろっぷりが嘘のように、堂々たる言いようで、サウロはその頭を垂れた。

 どうする、と言わんばかりに、ルシオがティナをみる。

 ティナはこっくりと頷いた。

 「では、サウロ・オーウェルに殿下の警護を任せよう。よろしく頼む」

 「御意」

 サウロは今度こそ、ティナの手を取り、その甲に軽く口づけした。


 その気障ったらしい動作にティナの背筋がざわざわしたのは、誰にも内緒だ。

 じと目のルシオにはばれているようではあったが。

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