#9 帰って来てからの日常
シンバ国王の馬車に送られ、人工林の前で色々な心配をしていた彦星達は、何はともあれ無事に帰ってくることが出来た。
「今更なんだが、小子」
「はい?」
「僕、この街の名前知らないんだけど」
「本当に今更ですね」
「知ってたら教えてくれないか?」
「すみません、彦星さん。初歩的すぎて女神の書にも記載されてないんです……首都でしたら、昨日行ってきた所がそうですけど」
「…今度マキさんに聞いてみるか」
とまぁどうでもいい話題で時間を潰しつつ、借りていた寝袋やら携帯食料などの精算をする為、不本意だがユーカリさんのいるギルドホールに向かった。
「やっほー、ユカちゃんだよぉー」
「他の窓口行こうか、小子」
「あ、はいわかりました」
「ちょ、待って待って!ごめん、ユカちゃん謝るから、ね?」
ユーカリさんの窓口を離れようとすると、腕まで掴みながらも必死になって引き止められる。僕はハァ、とため息を一つ吐いてから持って来た物を手渡した。
「依頼はあちらの街に着いた時点で終了した。報酬の手配も済んで、後は事後処理だけだ」
「へえ、あの護衛を無事に終わらせたの?かなり厄介じゃ無かった?」
「…ん、まぁ」
護衛対象のシンバさんが、実は国王だったと言う事実は取り敢えず伏せておく。後々ややこしくなりそうだからな。
「ま、別にいいけど。ハイこれ、領収書ね。レンタル料金は一泊分だから十Yでよろしく。右隣の窓口ね?他に質問は?」
「あの、ユカさん。マキさんはどこにいるか分かりますか?」
「え、マキちゃん?そうねぇ……この時間だと、中庭かコロシアムかな?林業は体力使うからね、トレーニング中かもしれないわ。それと、ユカちゃんって呼びなさい」
「ありがとうございます、ユカさん」
「……うん、どういたしまして」
この人本当にめげないな。ユカちゃんって呼ばれる事に快感でも覚えているのだろうか。
…よし、一度呼んでみよう。
「……ユカちゃん」
「はいなんでございましょう!ユカちゃんは貴方の事を第一に考えて行動いたします!!」
「やっぱなんでも無いです、ユカさん」
これはアレだな、最終手段とかそういう感じのヤツだな。
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さて。ユカさんに聞いた通りにマキさんを探すため、まずは一番近い中庭へと向かう。
そこでは、おそらく僕ら同じであろうギルド会員の人達が試合をしていた。見渡す限りマキさんはいないようだが、少し見物していく事に。
「よくあんなに大きな刃物を振り回せるよな」
「腰の入れ具合が彦星さんとは根本的に違うのでしょう」
「お?あっちは弓使いかな?」
「ボウガンの方もいますね」
「魔法職は……やっぱ少ないのかな」
「そっちはコロシアムの中ではないでしょうか?中庭は人がいっぱいですし、そもそもの面積が狭いですから」
「なるほどな……ん?」
「どうしたんです?」
「いや、なんでも無い。一瞬タイガを見た気がしたのだが、人違いだ」
遠目にだが、よく似た顔立ちの男を見たのだ。しかし、間違えられた方は僕らの知るタイガより老けていたし、何より右脚に木で作られた義足を着けており、すぐに本人ではないと分かる。まぁ、その体で他の人に剣術指導をしていると言う事実を見れば、かなりの手練れだという事は理解出来たが。
「そろそろコロシアムの方、行こうか」
「あ、もう良いんですか?」
「あぁ、僕は剣士職より魔法職の方が勉強になるんだよ。けどまぁ、剣の型を見るって意味では、良いかもしれんが」
金属音の絶えない中庭を後にし、今度はコロシアムに足先を向けた。中では、魔法職の人達が自身の魔法に磨きをかけている。
「彦星さん、私も少し練習して来ます」
「あぁ、じゃあ僕はマキさんを探してくる。見つけやすそうな場所にいてくれよ?」
まぁ、小子が魔法を使えば一発で判るけどな。なにしろ派手にブチかますんだもの。
さて、マキさんは……と。ん?あれは召喚魔法かな?なるほど、精霊を呼び出して一時的に使役するのか。あっちは魔法陣で何か作っているな、錬金術かな?
「おや、ヒコボシじゃないか」
「え?あ、マキさんこんにちは」
他の人を見ていて気が付かなかった。マキさんは薄着で体力作りでもしていたのか全身汗だくで、僕に声をかけた時は休憩中のようだった。
いやしかしまぁ、マキさんも小子に負けず劣らずで胸板に脂肪が多く付いているな。普段は防具を着けている所為か判らなかったが、どうやら隠れ巨乳らしい。
「ヒコボシ、あまり人の身体を見ない方が良いぞ」
「あぁ、すいません」
「まぁいい。依頼はどうだった?」
「無事、事なきを得ました。報酬は十分貰えましたし、借りたものも返しました」
「そうか。ショウコちゃんは?」
「あっちで最上級回復魔法の練習してますよ。自重なんて事は考えてないみたいです」
僕の指差した方向を向いて、納得したような声を漏らす。それもそのはずで、小子を中心とした一定範囲内の人達が回復しているのだ。おかげで周囲の興味を引きまくって (ただでさえその胸板が注目の的だというのに)目立ちまくっている。
仕方がない、マキさんも見つけた事だし、さっさと小子を回収して部屋に戻るとするかな…用があるのは小子みたいだし。
「小子」
「…あ、彦星さん。マキさんも、ただいま戻りました」
「無事で何よりだ。街の外はどうだった?」
「ええと……すごかったです」
「そうかそうか。ところで、あたしに何か用か?」
「…それは、ここではちょっと……」
「…判った。先に部屋で待っていてくれ。あの部屋を取っておいてあるからな」
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「で?どこまで行ったの?」
「なんの話ですか?」
「え?話しにくいって言うから、あたしはてっきり夜を迎えたと思ったんだけど」
「そんなんじゃないですよ」
部屋に戻って数分後、マキさんが部屋に朝食を持って訪れたのだが、入るや否やそういう質問をしてきた。もうこの人の頭はお花畑なんだろうか?だとすると手遅れも良いところだ。
「むぅ、まだ迎えてなかったのか?呼び方は進歩していると言うのに」
「それは、その…慣れようと思いまして、努力中です」
「そうなのか?まぁいい。改めておかえり、二人共。それであたしに何か、用事があるんだろ?ヒコボシ」
「あ、そうでした。少し疑問というか、僕たちこの街の事何も知らないなって…依頼で行った街はこの国の首都らしいんですけど、街の名前がわからなくて……」
「なんだそんな事か。この国、ということはイマニティア王国については知っているのかい?」
「えぇまぁ。ある一定の範囲内に存在する集合集落を城壁でそれぞれ囲い、さらにそれらを一つの国として纏めているんですよね?」
「そうだ。そして範囲内全ての土地はイマニティア王国が管理しなければならない。首都に行ったと言ったな?なら大きな城を見ただろう」
「あ、はい。遠目でしたけど」
その中に入ったのは、今ここで言えたものではない。言えば命を狙われかねないし、秘密の国家プロジェクトも受けているしな。
「首都名は〈ジュゴス〉という。街の数は首都を含めて十二あって、この街の名前は〈レオン〉だ。他の街だと〈パルテノス〉とか〈スコルピオス〉なんかがあって、それぞれ特色がある」
「なるほど…判りました」
「聞きたい事はそれだけ?」
「僕はそうですけど、小子はまだみたいですよ」
「ショウコちゃんが?」
そう僕に言われてマキさんは小子の方向を見る。当の本人は何やら聞きにくそうに恥じらっているのだが、まぁいつもの事だろう。
「あの、ですね。魔法について少し聞きたい事が出来まして……」
「え?それなら、あたしよりはヒコボシに聞いた方が良いんじゃないの?魔法適正はそっちの方が高いんだろう?」
「ええと、その……少し耳を」
「んん?…………ほうほう、ふーん…なるほどねぇ…」
「どうですか?」
「うんうん、これは確かにヒコボシには聞けないね」
な、なんの話をしてるんだろ。内緒話している間、小子はこっちをチラチラ見てくるし、マキさんはニヤニヤしながら必死で笑いをこらえているし…きになるなぁ……。
「率直に言って存在はする。けど、ヒコボシがソレを使えるかと言えば…無理だな」
「マキさん?ソレだとかアレじゃ判らないんですけど、なんの話してるんですか?」
「ヒコボシには関係ありまっせーん。な、ショウコちゃん」
「そ、そうですよ。彦星さんには関係無いです。気にしないでください」
「余計気になるぞ……」
「じゃ、気になるついでに。リュウガの店、覚えてる?」
あからさまに話題を変えましたね、マキさん。それで、リュウガの店って言うと…あの俺様主義の鍛冶屋か。
「覚えてますよ。僕の刀を依頼した所ですよね?」
「そ。でね、今から行こうと思うんだけど、一緒に来ない?それとも嫁さんとよろしくやっちゃう?」
「まだ刀は出来てませんよね?僕が行ったら催促してるみたいですし、今日は遠慮しておきます。よろしくやりませんけど」
「…あ、そう。あのなヒコボシ、君より長く生きたあたしの経験から言わせてもらうとな、作るなら早い方が良いぞ?するときは遅くするのも忘れずに」
「……子ども、好きなんですか?」
「当たり前じゃないか!輝かしい未来に溢れた希望の塊だぞ?こんなに喜ばしい事があるか!」
そんなに目を輝かせて言わないで下さい。僕と小子は夫婦という設定なだけで、実際は深い関係でも無いんですし。
「…すまない、少し熱くなり過ぎた。じゃ、あたしは失礼するよ。明後日には刀が完成しているだろうから、行ってみると良い。道は判るよな?」
「はい。大丈夫です」
「今日はもう疲れているだろうから、明日に備えてゆっくり休むといい。それじゃあな」
そう言ってマキさんは部屋を退出した。その後は特にすることも無いので、とりあえず部屋のミニテーブルに置かれた朝食を食べるか。
今日の朝食はぶどうパンとコーンスープ。今回はバターの要らないパンで良かったのだが、コーンスープはハズレだった。あのクリーミーなホワイトスープではなく、粒コーンをお湯で茹でただけのものだったからだ。
「…やっぱ、早めに塩を市場に並べないとな」
「甘味料はあるんですけどね。なんででしょう」
「それは多分マキさんのおかげだな。甘味植物から抽出してるんだろ」
「なるほど……」
「さて、食べ終わったらどうしようか?」
「マキさんには休むように言われましたよね?」
「僕が何もせずジッとしているとでも?」
「そうですよねぇ……どこか行きたい所があるんですか?」
「うん、最近気付いたんだがこの服目立つなって」
この世界の標準服は、麻で出来ている。ゆえに、全身を綿生地で包んでいる僕は浮きまくって仕方がないのだ。カッターシャツに迷彩ズボンとスニーカーなんて、元の世界でも部屋着でしかない。
「まぁ、彦星さんはセンスの欠片も無いですしね。服を買うんですか?私が選びましょうか?」
「そういえば小子の服は馴染んでるな、この世界に」
「私がこの世界に来た時に着てたのがフード付きのトレンチコートだったんです。おかげで魔法使いと間違えられてしまいまして……今着ているコレはマキさんに頂いたんです。胸が苦しいですけど」
サイズは小子が上、と…いやどうでも良いか、今は。
「じゃ、少し付き合ってくれ。目立ちたくない服が欲しいんだ」
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朝食を済ませ、マキさんに見つからないよう、こっそり宿を抜け出す。今はリュウガの店にいるだろうが、もし見つかったらタダでは済まなそうだからな。
「この前はマキさんと武器店に行ったんだが…店並びはこっちで……あそこがこうだがら………ここどこだ?」
「黙って着いてきたのは、やはり間違いでしたね。こっちですよ彦星さん」
方向音痴は黙って先導者について行くか。
無事に、かどうかは兎も角、一般的な服店に辿り着いた。店の雰囲気は、ウニクロとよく似ている。
中に入ると店員が話しかけてきた。名札を付けており、名前はアーサというらしい。
「いらっしゃいませ。どの様な服をお探しで?」
「あ、私ではなく旦那の服を見繕ってくれますか?」
「かしこまりました。失礼ですが、ご職業は?」
「こんな見てくれだがギルド会員だ。非番と仕事、どちらでも使える服が欲しい」
「それでしたら、こちらにございます」
店の外では小子、中では店員…僕一人で生きていける自信がどんどん無くなるな。
「こちらのお召し物は如何でしょう。若干ですが魔法耐性が付いておりまして、魔法使いのご主人にピッタリかと」
「うん、良いかも…これと同じで剣士向けの服はある?」
そう言うとアーサは一瞬驚いたような顔をし、そしてすぐに頭を下げた。
「申し訳ございません、剣士の方でしたか。てっきり魔法使いかと……」
「いえ、大丈夫です。よく間違えられるので慣れてます」
「左様にございますか。それでは魔法剣士様ですね?それではこちらは如何でしょうか。魔法耐性は抜群、動きやすく胸の位置には鉄プレート。これで急所は守る事が出来ます。試着してみますか?」
試着の申し出に承諾し、試着室へ。
うん、悪く無いな。ズボンはくるぶしまで丈があるにも関わらず通気性はいい。シャツの袖はヒジまであって動かす時に邪魔にならないし、腰には小型のポーチが付いていて小物なら幾つか入りそうだ。
ただ一つ問題があるとすれば、剣を挿すベルトが背中に有るのだ。僕の場合は腰に欲しいのだけど。
「彦星さん、開けますよ?」
「あぁ、うん」
試着室の間仕切りである薄い布を開けて、小子が顔を出す。
「わぁ、すごく似合ってますよ彦星さん」
「…そうか?」
「あの、店員さん。フードの付いた羽織物ってありますか?」
「はい、こちらにございます」
「ありがとうございます。彦星さん、これも着てみて下さい……おぉっ!かっこいいじゃないですか!これ、全部買いですね!」
「おい小子、はしゃぎ過ぎだ。それからな、僕の戦闘スタイルに合わせて剣の挿す位置を変更したいんだが」
「かしこまりました。それですとこちらは如何でしょう?本来はレイピアホルダーとして使われますが、よろしければ」
「それでいい。頼む」
「それからサービスとしまして、ステッキホルダーもお付けしましょう。長さ調節はベルト式ですので、脇の下でも足の太ももでもお好きな場所に巻きつけてお使い下さい」
「これ全部買う、いくらだ」
「プレートシャツ、ズボン、マジックコート、レイピアホルダー…二千八百Yです」
ギリギリじゃねぇかよ、あぶねぇな。いい買い物したから、僕が全部払うけど。これで、残り百九十Yか……。
「お買い上げ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
さてさて、店を出て次はどこへ行こうか。夕食の時間に合わせるために、どこか立ち食いでもして小子とその辺をぶらつこうかな。
「やあ二人とも、お揃いでどこへ行っていたのかな、んん?」
「「…………」」
「おやおやヒコボシ、服が変わっているがそうか、新しい服を買ったんだな、似合ってるぞ」
背後より、今一番聞きたくない声が聞こえる。
「リュウガの店から帰って来てみれば二人とも何処にもいなかったからな、心配したんだぞ?」
「そ、そうですか……」
「なぁ、ヒコボシ。あたし今朝なんて言ったか覚えてるか?」
「…部屋で休むようにと、おっしゃいました」
「なぁショウコちゃん、あたしなんで休めって言ったかな」
「…明日に備えて、です」
「……何を勝手に楽しくショッピングなんかしてんだ!あたしが休めって言ったら素直に寝てろって事だ!ギルド会員は体が資本だからな、鍛えるのもそうだがゆっくり休むのも仕事のうちなんだよ!帰るぞ、二人とも」
「え、あ、ちょ……」
「いってててて!耳!耳を引っ張らないで!千切れる!」
「やかましい!ショウコちゃんを引っ張りまわした罰だ!」
小子は腕を、僕は耳を引っ張られて宿まで連れ戻された。その後はマキさんが一日中扉の外で見張っており、結局その日は日が沈むまで何もできなかったのだった。
グダグダに最後までお付き合いいただき感謝します。
ご愛読ありがとうございます。