#87 再戦
「ぅ……」
背中と後頭部が痛む。何があったんだっけ……?あぁ、思い出した。ノーナに力負けして結界に叩きつけられたんだ。それで、意識を失って……はは、なんだ…僕っていつも同じ理由で負けて同じように覚醒しようとしてるな。
…て事は、今痛む後頭部が包まれている、この柔らかい感触は。
「…………やっぱり、小子か」
「あ、おはようございます」
「…………」
「どうしました?」
「…またデカく成長したな、と」
「怒りますよ」
むぅ、一発で身長じゃなくて胸と察したか。ここの所、ちょっとイチャイチャ出来なかったし…現実逃避も兼ねて、甘えても良いかもしれない…なんて。
「……って!何を考えてんだ僕はっ!」
慌てて起き上がり、がしがしと頭を掻き毟る。そのまま首の後ろを撫でながら、惚けている小子に向けて弁明した。
「勘違いすんなよ!?僕は別に落ち込んで無いし泣きたくなったとか弱さを改めて実感したとか嫁に慰めてもらおうとか考えてねぇからな!」
「あっはい、そうだったんですね。甘えても良いんですよ?」
「だから違うっての!」
「す、少しくらいなら、抱きついても……」
「話を聞けぇぇぇ!!」
「あー、そこの新婚さん、ちょっと良いですかね」
「アァン!?」
話しかけてきたのは他でも無いモードレッドだ。その表情は諦めと言うか、冷めた顔をしていて、ただ無言で結界の方を指差す。
「……うわぁ…」
見たくも無い現実というやつだ。結界の中でノーナが結界の壁を殴りながら、恍惚とした表情で僕を見つめている。あとなんかハァハァ言ってる。すごいこわい。
「…で、アレはなんて?」
「どうも、私には興味が無くなったらしくてな。完全過ぎる防御と絶対的な攻撃を得た今、私がこれ以上戦う理由も無いし、分かりやすく言えば逃げてきたんだが……再戦を望んでる」
「デーブとは戦わないのか?全員の本気を見るんだろ?」
「それならもう戦った。ユーカワが寝ている間にな」
そうか。じゃあもう戦う必要は無いな。早く帰って寝よう。それで、良い加減にシンバ国王と交渉しに行かなきゃ……。
「「いやいやいや、何帰ろうとしてるんですか」」
「エ?ナンノコトカナ?」
「まだユーカワと戦ってないだろう?」
「あのゴミクズもどうにかしてください」
「ゴミクズとはひでぇ言い方しやがる」
はぁ……やっぱ、逃げるなんて出来ねぇよなぁ。しかし万年筆も無く、身体強化と流動術だけじゃアイツには勝てないし。今まで普通の魔法ってどう使ってたんだっけかな……。
「……まぁ、やるだけやってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
……今から頭痛がしてきた。あと胃もキリキリ痛む。めんどくせぇ…。
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「戻ってきてくれると信じてたよぉ、ヒコボシ君」
「戻らねぇと結界壊して襲ってきてただろうが」
「あははっ!そぉかもねぇ」
「白々しく言いやがって……」
「ねぇヒコボシ君、君ってば弱くなったよねぇ?」
「……あ?」
「彼女を守ろうとしてたあの時はぁ、もっと強かったよぉ?」
「……何が言いたいんだ、お前は」
「私と同じって事さぁ!手に入れるまでは一番光り輝いていたのにぃ!手に入ってしまったら興味を失ってぇ!そぉしてまた光るモノを探すぅ!」
僕とノーナが同じ?同じだって?
「ねぇヒコボシ君、私と一緒になろうよぉ。君と同じ私が一つになればぁ、もっともっと輝けるんだよぉ?」
「気持ち悪い事言うな!僕はノーマルなんだよ!」
「私は別に、君が男だろうと女だろうと、人外寄生生物だろうと構わないんだよ?」
うわぁもうやだぁ関わりたく無い貞操の危機ぃ!泣きたくなってきた。
「不安なの?大丈夫、痛いのは最初だけだから。次第に気持ちよくなるから、さぁ!」
「ざっけんな!」
ノーナはまだ自己暗示が解けていない。今の僕に、マトモな魔法が使えるとはとても思えないが……それでも、やるしか無いんだ。だってそうだろ?無詠唱を広めたのは他でも無い僕だから、僕が一番、無詠唱魔法を扱えなきゃいけないんだ!
「……完璧じゃ無くて良い…万年筆の感覚を…思い出せ……魔法を使う感触を…!」
「ヒコボシ君、ヒコボシ君、ヒコボシ君、ヒコボシ君っ、ヒコボシ君ッ!!」
ノーナはすぐそこまで迫っている。だが、僕の魔法の発動が早い!
魔力を外に放出、同時に引き起こす現象を想像、想像を現実に創造ッ!世界中の魔法使いが杖や触媒を使う理由が、今分かった。アレは、魔法を発動する際に必要な、想像と現実の橋渡し役だったと!
「食らいやがれ!〈五属性の槍〉!!」
火、水、雷、土、風属性の巨大な槍が顕現し、螺旋を描くように回転しながら高速で飛翔する。
「そんな貧相なモノでぇ!私を貫けるとぉ!まさか本気で思っているのかぁ!?」
「まさか。正攻法で勝てるわけねぇじゃん」
逆手で刀を握ったまま、彦星はクラウチングスタートの姿勢をとった。そこから生まれる爆発的瞬発力は音を置き去りにノーナの後ろを捉え、抜刀された刀が振り抜かれる。
「後ろは取らせないよぉ!」
「狙いは、てめぇじゃねぇ!」
前門の槍、後方の刀。どちらか片方なら、防ぐなり避けるなりしただろう。しかし両方同時となるならば、避ける以外に選択肢は無い。そのために、わざわざ逃げ道をたくさん用意してやったんだからな。
「襲うなら前からっ!ヒコボシ君の愛をッ!全身で受け止めるッ!!」
「ばか、避け……っ!」
「ンアッーーーーー♡」
止められない魔法と、止められない抜刀は二つ同時にノーナに直撃する。
もともと、ノーナの避けた方向に自分の魔法を野球の要領で当てるつもりであり、刀を峰打ちにしていた事もあって切ることは無かったが。
「あぁお腹がッ!熱いッ!濡れるッ!痺れて後ろから硬いモノが凄い勢いで突き上げて、クるぅぅぅぅぅ♡」
「刀で腹パンされて火が熱くて水に濡れて電気に痺れながら岩が風で押し出されてるんだよなぁ!?そうだよなぁ!?」
意外ッ!それは卑猥な表現ッ!何をどうしたらそんなホモホモしいセリフが浮かぶんだッ!
「さぁもっと!もっと私にヒコボシ君の愛をッ!」
ぷちり。
今、僕の中で何かが切れた。自分を抑えていた、決定的な何かが。
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