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#72 成長

「はぁ、はぁ、っ……!」

「……ふぅ、おデもちょっと疲れて来たんだナ」


 大変です。とっても大変です。魔法が効かない相手ですから見よう見まねで体術に切り替えましたけれど、この技術は普段から鍛錬しておかないと全く役に立ちません。しかも魔力と魔素の操作が難しい上、常に魔力圧縮しないと維持するのも大変です。正直言いまして、魔力感受性の低い私には、合いません。


「ほんっと……かなわないなぁ…」

「そろそろおデも本気出すんだナ。さっきからずっとずっとずっと痛くて痛くて仕方ないんだナ」

「なん…ですって……?」


 あれだけ打ち込んで、全く効いてないどころか『痛い』で済む程度のダメージ。さらに本気ですら無いだなんて、そんなばかげた話、信じられません。


「おデはエネルギーを食べられるんだナ。食べたエネルギーは全部無駄なくおデの体に蓄えられるんだナ。……ナら、吐き出すのも簡単な事なんだナ」

「…まさか」


 デブは『しこ』を踏むように両足を地に突き刺し、ぐぐっと腰を落として。


「美味しいエネルギーを返すんだナ!」


 パカリと大口を開け、小子が打ち込んだであろうエネルギーを残らず吐き出した。およそ一発一発が一撃必殺に近かっただけに、返ってくるエネルギー量も比例している。


「この……!魔法さえ使えれば貴方なんて…」


 煌めきで全身を覆い、まっすぐ飛んでくるエネルギーの放出を無効化します。

 けれど非常にまずい事になりそうです。相手はこちらの攻撃を吸収出来る上に放出も出来るようで。さらに、このまま戦い続ければ魔素の供給が追いつかなくなり、そうなってしまえばジリ貧で私が負けてしまいます。


「たった一つ、たった一つでいいんです。何か、あの能力に欠点があれば……」


 考えなくては。周りの状況を把握しなければ。デブが固定砲台となっている、今のうちに。


「……なんでしょうか。何か、違和感があります」


 小子は煌めきの発動をやめ、重力魔法での回避に変更する。幸いにして返ってくるエネルギーには指向性が無く、避け続けるにはちょうど良かった。


「……一体、どこに違和感が…?最初に見た時と違うのは何?」


 相手を知り、己を知れば、百戦殆うからずとはよく言ったもので。

 策略を練り、攻める事が得意な彦星を策士とするならば、小子は文官という立場にいながら、敵の行動を予測する軍士と言える。


「……あの人、ちょっと痩せてません?」


 最初に見た時、デブはもっと脂ぎった醜い見た目の上に、足元が見えないほど腹の肉が出っ張っていた。だが今はどうだろう?まだ下腹の肉は出ているが、それほど多いというわけではない。それどころか贅肉が減り、少し筋肉質になっている。


「……待ってください。あの人は食べたエネルギーはどうなると言っていましたっけ…?」


 確か、食べたエネルギーは全部無駄なく体に蓄積される……と。食べたのに『蓄積』?『吸収』ではなく?


「…………」


 もし。もしも。あの人の言う事が本当だとしたら。蓄積出来るエネルギーには限度があるのではないでしょうか。


「……ダメです。魔素濃度が低く、魔力量も最大の半分以下です。相手を回復させるだけになりますね」


 となると、今蓄積されているエネルギーを全て排出させる必要があります。その状態で星域の中に閉じ込めて固定化してしまえば、生け捕りに出来ます。


「とにかく、今は避け続けて相手のエネルギーを減らしましょう」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 本校舎一階。ナオとメアリーは彦星のクラスであるAクラスの生徒を探していた。


「おかしいなぁ……たしか、本校舎に陣取っているって聞いたんだけど…」

「Aクラスどころか、ほかの一年生もいないね」

「手がかりは、この屋上まで抜けた屋根だね」

「いやいや、普通の戦闘痕でしょう」


 普通の戦闘痕……だと、思います。でも、それにしてはかなり大きな力で粉砕されてます。まるで、大きなトンカチでも振り下ろされたような。


「…ねぇ、何か聞こえない?」

「何かって?」

「ほら、地響きっていうか、強い空気の振動とか」

「えっ怖い話?やめてよメアリー」

「違うわよ。夜中に電話するわよ?」


 冗談はさておき。たしかに、まだ誰か戦っている音がします。音の出る方へ私とメアリーはゆっくりと近づいて行きました。


「……ここね」

「うん」


 たどり着いたのは崩落した教室とは一番遠い箇所の、別の階の教室でした。そこには粉々に砕けた机と椅子が散乱しており、扉や壁はもうその意味を成していません。


「ねぇ、やっぱり帰らない?」

「どうして?ナオが見てみたいって言ったんでしょ?」

「そうだけど……嫌な予感がするの」

「…………ふぅん」


 メアリーはしばし思考を巡らせて、やがてコクリと頷いた。


「わかった、戻ろう」

「いいの?」

「発案者がそれ言う?」

「う……」

「アタシはね、ナオのそういう『第六感』には一目置いてるのよ。結構当たるし」


 戻ろうかと、そう二人で思い合ってこっそりその場を後にしようとした、その時。意味を成さなくなった壁から恐ろしく痩せた長身の男が顔を出した。


「「……アッコンニチワ」」


 突然の事態にメアリーとナオは頭の整理が追いつかなかったが、労働者としてのクセが身についついるのかとりあえず挨拶だけ済ませてしまう。対して、挨拶をされた男の反応は。


「オナカ、スイ、タンダな」


 次の瞬間には、メアリーの体をひっ掴み、頭からその肉体ごと口に運んだ。口は裂け、限界以上に開ききった顎は凄まじい力でメアリーの魔力体を丸呑みする。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「…や、やりました!」

「……エネルギーが無くなったんだナ。なのに回復しないんだナ。なんでなんだナ」


 ようやく、というか。どうにか蓄積されていた全てのエネルギーを排出させる事に成功しました。その段階で星域の中に閉じ込めて、一回り小さな魔力障壁で覆いました。


「…あとは、これを彦星さんにお任せして……」


 そこまで考えた時、とてつもなく大きな音が鳴りました。地響きのような、空気が響くような音が。


「お腹空いた」

「……え?」

「お腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いた」


 猟奇的なまでにデブは空腹を訴える。エネルギーを全て排出したその姿は無駄な肉どころか何も食べていない乞食のようにやせ細り、頬骨は突出し目玉はギョロリと明後日の方を見つめていた。

 ふらふらと力の入らない足取りで教室の外に向かったかと思うと、生徒を一人見つけて。


「オナカ、スイ、タンダな」

「……あぁ…あああああああっ!」


 嫌です。嫌です。嫌です!

 そう、小子が思って、止めに入ろうと、しても。


「オイシ、インダ、な」


 小子はがくりと膝をつき、絶望と恐怖と罪悪感で震える自分の肩を抱きかかえる。

 そして知ってしまった。己の目の前で、誰かが死ぬという行為を。身近に存在した死の香りを。

 さらに願った。出来るなら、全てをやり直したいと。


「…………たす、けて…彦星さん……」


 刹那。小子の体は淡く光り輝き、世界の輪郭はぐにゃりとねじ曲がる。その事に小子が気付いた時には、デブが固定砲台となりエネルギー放出を行なっている最中だった。


「……え?」

「呆けているなんて余裕なんだナ!」


 慌てて煌めきを発動させて、飛んでくるエネルギーを無効化させる。だが頭の中はハテナで埋め尽くされていた。

 ……これは一体、何が起こったのでしょうか?まるで世界の時間が巻き戻ったかのように…。


「……もしも、ずっと混ざっていた私の中の彦星さんの一部と、私自身がようやく溶け合ったとしたら…いえ、やめておきましょう。それより今はやるべき事があります」


 理由がなんであれ、願った通りやり直しています。次はもう、間違えません。

ご愛読ありがとうございます。

面白ければ感想、レビュー、評価、ブクマ、よろしくお願いします。


PS、MHWが楽しすぎてつらい。

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