#62 赴任
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願います。
ちらりと、僕は教室の吊り札を確認する。何度見てもそこには『1-A』と書かれていて、もうすぐ朝礼のチャイムが……あ、今鳴った。
「……はぁ」
Aクラスの生徒達とはあの時以来だ。というのも、この学校では一般科目……俗に言う国数英理社……とは別に、魔戦学を修得する。
この魔戦学というのは細かく分けて四つあり、それぞれ『魔法科』『支援科』『武術科』『治癒科』になる。一年生はどの科目を修得するか選ぶ期間でもあり、二年に進級すると同時に四つの中から選んで修得するのだ。もちろん、それぞれの科目には定員が存在するので、希望者が多いと適性検査を受ける事になる。
さて、僕の教える魔法理論……実はこの授業を受ける学年は主に二年と三年。分類で言えば『魔法科』と『支援科』の基礎に当たるので、この二つの学科の半分の時間は僕が務めているのだ。
なので、『一年の特定のクラスが僕の授業を受けるのは週に一回あるか無いか』という事になり、これから踏み入れるAクラスの生徒達とは今日で二回目となる。
「……あれだけ啖呵切ったからなぁ…嫌われてるよなぁ…」
このクラスと最後に会ったのは一週間前の魔法理論の授業。それ以降の接触は例のストーカーを除いて皆無。お陰で皆の嫌われ者彦星先生の誕生だ。
「……くそっ、長々と考えてたって答えなんか出ない!案ずるより生むが易しってな、たのもー!」
そう意を決してクラスの扉を開く。さぁ待ち構えているのは軽蔑か罵倒かボイコットか……。
『おはよございますっ!』
「……あ、あれぇ?」
開けて耳に入ったのは罵倒では無く敬意のこもった挨拶。目に入ったのは無人の教室ではなく綺麗に整列した生徒たち。向けられる目は軽蔑ではなく、フェリオも含めて尊敬の目だった。
「お、おはよう…?えっと……とりあえず座ろうか」
『ハイッ!』
「……それ、やめようか」
『ハイッ!』
別の意味で、ホームルームが始められない。
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「…とりあえず誰か説明してくれ。この一週間で何があった?」
ひとまず出席者の点呼と、僕が担任になった事を(知られているだろうが)正式に発表し、騒ぎが収まったのを確認してから、ホームルームを始める。その中で、僕は説明を求めたのだ。
「あ、ではボクが」
「……すまん、顔と名前が一致してないんだが…」
「フラウ、です。先生には及びませんが、このクラスでは魔法成績最優秀者です」
フラウ、と言った彼……彼女?声も顔も中性的すぎてよくわからん。
「ボク達のクラスは先週、先生の授業を受けました。フェリオさんの魔法を鮮やかに無効化された事から、只者ではないと……そうして、校長先生に確認を取りました。そうしたら、現在地上で最強の名を欲しいままにしていらっしゃる方とお聞きしまして!きっとボク達に、すごく強い魔法を教えていただけると、確信しました!」
「……あのハゲ…余計な事を……っ」
今度余計な事を言ったらつるピカ荒野にしてやる。
「はぁ……まぁ、理由はわかった。そこのスト……フェリオも、クラスを代表して僕を観察していたんだな?」
「あ、いえ、それは私の個人的な理由です。ショウコ先生にそう、言われたので」
……今晩はキツめにお仕置きしよう。え?エロ同人みたいに乱暴する気だろって?そんなわけないだろハハハ。
「だがな、僕は自分のクラスだからって贔屓にする気は無い。特別授業をする事はないし、ましてや生徒個人に熱を入れるなんて事もない。けど、聞きたい事があるなら出来るだけ答えるつもりだ。その線引きはしっかりさせてもらうから、そのつもりでいろ」
『ハイ!』
うん、元気があってよろしい。
「じゃあ、そろそろ本当のホームルーム始めるぞ。今日はまず、近しいイベントの件からだ。今から紙を配るから、来年希望する魔戦学の選択から……」
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今日は治癒科、回復魔法の授業です。いつもは保健室で傷の手当てや具合の悪い生徒の介抱で忙しいんですけど……今回ばかりは、少し肩の力を抜いても大丈夫だと思います。
「はい、それでは授業を始めます」
『よろしくお願いします』
「ではまず準備運動から始めましょう。隣の人と手を繋いでくださいね」
『はーい』
はて?回復魔法の授業で準備運動とな?と、疑問を持つ人の為に解説しておきます。
そもそも「回復魔法」とは、体に流れる魔力を活性化させ、傷や怪我の「自然治癒能力を高める」というもの。私の教える回復魔法は三段階で、最初は切り傷や怪我といった、外的損傷を塞ぐ魔法。
二段階目で骨折や脱臼などの内的損傷を正す魔法。最後に、血液や体表、筋肉に蓄積された病原菌やウイルス、ひいては乳酸を滅する魔法。
いずれも、相手の体に干渉して行わなければ実行出来ません。なので「自分の魔力と相手の魔力を同調させる」必要があり、つまり「魔力の操作がとてつもなく難しい」というのが現実です。
従来の方法ですと「相手の体を自分の魔力で包み傷を塞ぐ」のみとなり、そのままでは折れた骨も変形したままくっ付いてしまいます。
「はい、準備運動はおしまいです。それではいよいよ、次の段階に進みましょう」
治癒科の生徒さんは、一通りの基礎が終了しています。前回までは傷を塞ぐ魔法のみを植物にかけ続けさせていました。動物と植物では体の作りが違いますが、傷付いた動物よりは扱いやすく、また魔力の流れが動物より複雑で練習台としてはピッタリなのです。
「この段階では魔力で物体を動かす練習をしてもらいます。回復魔法では体の内部に干渉し、損傷箇所を確認したり骨や筋肉を正しい位置に戻す行為に当たります。最低でも十メートル先の物体を自在に動かせるようになりましょう」
『はい、先生!』
というわけで、生徒の皆さんに一キロの重りを渡しました。最初は動かせる生徒、動かせない生徒など、向き不向きの差がはっきりと出ていましたが、一人一人丁寧に教えたり、見せたり、時には手伝ったりしながら教えます。今日だけで、数センチも動かせるようになったら才能は有りと見て間違い無いですね。
……本音を言えば、小さいものをより正確に操作できる方が回復魔法の使い手と言えるのですけれど、それに気づいた生徒にはもうこの段階で教える事、無いんですよねぇ……と、早速上手く出来ない生徒がチラホラ。手助けに行ってあげましょう。
「うーん…」
「上手く出来ませんか?」
「あ、先生……はい、魔力で動かすというのが、想像できなくて…」
「それは大変ですね」
魔力の操作において、想像力というのはとても大切です。硬いのか柔らかいのか、固体なのか液体なのか、どんな形なのか考えていないと、上手く扱うことはできません。
「ではまず過程を想像しましょう。人は結果を求める時に過程を無くして考えるそうですから。この重りはどう動かしますか?」
「そうですね……こう、ふわっと宙に浮かせようかと」
「なるほど、浮かせる。ではどのように?」
「ええっと……上から吊るす感じで…」
そう言いながら、魔力を細い糸状にして重りに巻きつけ始めました。このペースですと、動かせるようになるまで二日とかからないでしょう。
そうこうするうちに、終了を知らせるチャイムが鳴りました。やはり一時間くらいですと、成功するのは稀ですね。
「はい、それでは今日はここまで。その重りは差し上げますので、練習する人はしても良いですよ」
『ありがとうございました』
本年度もご愛読ありがとうございます。
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