#6 国王
部屋の空気が、疑惑の渦で満ち溢れる。
「…おぬしは、なぜ湖の土地を欲しがるのじゃ?」
「なんで…うーん、これ言って信じるとは思えないんだが……食生活を変えようと思って」
「…変える」
「うん。どこ行ってもそうだけど、まだ料理らしい料理を食べてないんだよな」
「分からぬ。それと死の湖と、どう関わるのじゃ。おぬしは、敵国からの間者ではないのか?」
「違う。どう言うわけだか、あんたら塩を知らないと見える」
僕があの湖に求めるもの…それは、塩。その原料となる岩塩や湖に溶けた食塩が欲しいのだ。精霊が住み着いているのは、おそらく人が寄り付かないからだろう。
「シオ?それはなんじゃ?食べられるのか?」
「あぁ、食べられるの石…とも言える」
「石を食べるのか!?腹を下したりせぬのか?」
「僕からすれば、どうやって塩分無しに生きているのか不思議な程だ。人の構造上、どうやっても塩は必要なんだぜ?」
「…そうじゃったのか……おぬしは、わしの知らん事を知っておるのじゃな」
「ついでに言うと、あの湖に入って死にかけるのは、魔力を奪われるからじゃなくて、体から水分が出過ぎる脱水症状を起こすからだ」
「何やら、またわしの知らぬ言葉が出て来たのう。おぬし、その知識をわしに教えてくれぬか?そうすれば、あの湖をやらんでもないぞ?」
「よし、契約成立だ。神父さんの知らない事、気になっていた事、わかる範囲だが教えてやる」
その会話を、小子は黙って聞いていた。口出しすれば、話をややこしくするだけだし、何より彼女は科学の類が苦手だったのだ。
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そろそろ時間なので、神父さんとの話を切り上げる。
「また、暇になったら来てくれるかの?」
「もちろん」
「言い忘れておったが、湖の精霊はおぬしでなんとかしてくれ。そこまで責任は持てぬ」
「大丈夫だ。ここの子ども達にも、よろしく言っておいてくれ。そうだなぁ…次来るときは、何かお土産を持って来ようって付け加えてくれないか?」
「ほっほっほ、構わんよ。伝えよう」
「頼んだ。行くぞ、小子」
建物内の子ども達と戯れている小子を呼ぶ。
名残惜しそうに子ども達は僕と小子を見るが、時間を回るわけにはいかない。
「またね、おねーちゃん」
「おれ、おとなになったらおねーちゃんとけっこんする」
「うふふ、そうねぇ…その時に、私が結婚してなければ、ね」
「何言ってんだ。小子は僕の嫁だろう?早く行くぞ」
「………そう、ですね。私は彦星さんの妻、でしたね……………それは反則ですよ、彦星さん」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。行きましょうか、シンバさんを待たせてはいけませんから」
そそくさと、小子は焦るようにして建物を後にする。時間も、本当にヤバかったので、僕も手短に挨拶を済ませて建物を出た。
「おい、小子。待てよ」
「さぁ、急ぎますよ」
「なぁ、急ぐのはいいけどさ、もう少しゆっくり歩かないか?」
「彦星さんは、死の湖に立ち寄るんでしょう?私は、早く帰って夕飯を食べるんです」
「…なんか、怒ってるのか?」
「怒ってません。早く行きますよ」
………なるほど、いつものアレか。時々あるんだよなぁ…怒ってないのに不機嫌になる事が。
もう何年も一緒に仕事をしてるけど、それだけは理由がわからない。代わりに、対処法も学んだ。小子がこの状態の時、基本的には話をしない。した所で、悪い方向にしか向かないからだ。次に、黙って頭を撫でる。これも、なぜかわからないが、機嫌が良くなるのだ。最後に、歩調を上げて小子の前を歩く。この時、頭を撫でながら抜くと効果がさらに出る。
本当に、小子はわからないな。
さて、どこでシンバさんが待っているかとは聞かなかったゆえに、別れた場所へ逆戻り。商業隊の馬車や、空の荷車はその場所にあったのだが、肝心のシンバさんがいない。約束の時間になっても戻ってこなかった。
「この一角馬に聞い…てもわかんないか。そんな都合のいい翻訳魔法って、ある?」
「そればっかりは、女神の書でもさすがにありませんね」
「ファンタジー仕事しろよ…ケモミミ少女なんてこの際言わないし、もうケモミミおじさんでもいいから、こいつらの言葉を訳してくれないかなぁ……ケモミミ一族なら、動物の言葉がわかるんじゃねーの?」
「それ、獣人がいるのが前提ですよね?それくらいなら、この本にも載ってると思いますよ?調べますか?」
「……いや、今は遠慮しておく。先にシンバさんを探そうか」
とはいえ、別れて探すのはだめだ。仮にどちらかが見つけたとしても、もう片方に伝える手段が無いのだから。
「では、私はあっちを探してきます」
「あぁ……っておい!ダメに決まってんだろ。見つけても連絡手段が無いじゃねーか」
「…?……伝われば、いいんですよね?」
「ん?まぁ…」
「でしたら……」
小子は、足元を見渡して、手頃な大きさの石を二つ拾い上げる。
「これに何か書き込んで、無線機みたくしてください」
「んな無茶な!」
そりゃあ、媒体に書き込めば魔力供給を受ける限りはずっと消えないし、使い続けるのは可能だが……
だからと言って、使いこなせなければガラクタ同然だ。
「出来ます。彦星さんなら、大丈夫です」
「…む、ぬぅ……」
本当に、もう……なんというか。人を使うのが上手いなぁ、小子は。そうでなければ、担当者など勤まらないが。
「…ああもう!分かった分かった!やりゃあいいんだろ!やりゃあ!」
「はい、やればいいんです」
小子から石を受け取り、“ 伝 ” と書いた。これで、問題は無いはずだ。
「これでダメなら、僕にはどうしようもない。二手に分かれず、僕と一緒に探してもらう」
「…わかりました、では実験しましょう。離れた位置から音が届けばいいんですよね?」
そう言って、小子は僕から百メートルくらい離れる。どう伝わるかわからないが、とりあえず石を耳に当てて待機する。
離れた位置で、小子は何やら話しているが…僕の耳元では何も聞こえない。うん、やはり二手に分かれて探すのはやめておこう。
戻ってくるよう、小子にハンドサインで指示を出し、また適当に街中をぶらぶらと歩く。一応、荷車の中に一度戻ってきたとの証拠として二人分の携帯食料を置いてきた。
「どこから回ります?」
「…とりあえず、ギルドホールに行こうか。向こうの街から今日来る荷車の中で、シンバさんの名前を探せば……取引先くらいは教えてくれるだろ」
「なるほど、そうですね」
…なんか、同じ所をグルグル回っている気がしないでも無いが、気にしたら負けかなって思って。
途中、例の事故現場を通ったのだが、跡形もなく片付けられ、街の住民も何もなかったかのように過ごしている。あのリンとか言う勇者に全部押し付けたけど……大丈夫かな?
…………
………
……
……
………
…………
「いない、だって!?」
「えぇ、今日から明日にかけて等街を出入りする商業隊の中に、シンバ様はおられません」
「彦星さん、どういうことでしょう」
「わからん。何がどうなってんだか……」
ギルドホールにたどり着き、受付に事情を説明して取引先を教えてくれる、という流れまでは良かった。だが、調べてもらった結果は不明。今日、確かに僕達二人がこの街に来た記録はあるのに、受けたはずの依頼はおろか、依頼主のシンバさんまでいないと言われた。初めは、他所者が故に教えてくれないのかとも考えたが、お願いして出してもらった資料には、確かにシンバさんの名前は載っていない。
「どうなってんの…?」
「で、でも、私達が隣街から依頼を受けて来た記録はあるんですよね?」
「…はい、ございます。私共も、何が何だか……」
…受付の人は嘘を吐いてなさそうだし、全て真実のようだ。
兎にも角にも、このままギルドホールで頭をひねっているワケにはいかない。早く次の目星をつけなければ……。
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さて、今から数分前。例の事故現場にて、人集りが出来ていた。その中心には、勇者であるリンと、馬車に乗っていた人物と、後から飛んできた王宮の役人が、数名。
「ありがとう、勇者殿」
「い、いえ。ゆうしゃとしてとうぜんのことをしたまでです」
「勇者殿には何か礼をせねばなるまい。何が良いかの?」
「えぇ、と…その……」
リンは、緊張していた。何しろ、目の前の人物はこの国の代表者…つまり、国王だったからだ。最初に話したのは、この世界に召喚された十数年前で、それもただの二回、挨拶を交わした程度なのだから。
「…国王よ、勇者殿の礼は後日改めてという事に致しませんと、この後の予定が崩れてしまいます」
「えぇい、うるさいやつよのうお前は。そのようなものは、明日にすれば良いじゃろうに」
「いいえ、なりませぬ。国王は既に、三日も休暇を取っておられるのです。これ以上は先延ばしに出来ませぬ」
「…うぬぅ……」
リンは思う。引き受けなければ良かったと。素直に、彦星に礼を取らせれば、良かったと。
「すまぬな、勇者殿。そういうわけじゃから、後日改めて礼をさせていただこう」
「……アッハイ」
この国王、おもてなしとか何やら、礼と称して、大したこともしていないのにいろいろやるから苦手なんだよなぁ。と、リンは心の底でグチり、再び心の底にしまった。
「…えぇと、それでは、おれはこのへんで……おれい、そんなにはりきらなくていいですからね、シン・ドバッド国王陛下」
リンは、さっさとその場を離れたのだった。
ちょっと短いですかね。
ご愛読ありがとうございます。