#59 とある魔法理論の授業風景
僕がこの学校に来てから、一週間が過ぎた。その間の事と言えば寝るか授業かのどちらかで、授業の無い日は休日と言っても差支えがないほど暇。小子は保健室の先生が忙しいのか、毎日夜遅くまで働いているらしい。
そんな生活を続けていたある日……というか今日、僕は朝から校長室に呼び出された。
「どうだね、最近は」
「どうもこうも……暇ですよ。授業は基本的に見るだけだし、教える事なんてほとんど無いですからね」
「そうか……何か変わった事は?」
「……特定の生徒にストーキングされている事くらいでしょうか」
後で知った、あの悪役少女……なんとシンバ国王の娘さんだそうで。知った所で態度を変える気もないが。
「そ、そうか……」
なんだ、煮え切らないな。さっきからずっと似た様な質問ばかりしてくる。用が無いなら早く授業して寝たいんだがな。
「……すまないが、ヒコボシ先生。先生が…いや、二方がこの学校に来てから問題が発生してな。人手が足りなくなってしまったのだ。主に、回復科の授業を受けたがる生徒が増えて…な」
……うん。オブラートに包んでますけど十割がた僕の嫁の所為ですねすみませんでした。
「えっと、では僕にその手伝い……と言うことですかね」
「いや、ヒコボシ先生に回復科の授業をしてもらう必要はありません。その件については解決済みなので」
「……は、はぁ…?では僕は何を?」
「人手が足りないのでとある先生に回復科への対応をお願いしました。つきましては、ヒコボシ先生にその先生の代わりをして頂こうかと」
「あぁ、そういう……ええ、構いませんよ。それで、その代わりの内容とは?」
「クラスの担任をして頂きたい」
担任、とな?ほほう、まぁ良いんじゃないか?どのみち暇を持て余していた所だし、問題はないだろう。
「分かりました、引き受けます。ちなみにそのクラスは何処のクラスですか?」
「高学部一年Aクラスをお願いします」
高学部一年Aクラスというと、以前より教えているあのフェリオのいるクラスか……ん?
「えっ、あの、Aクラス以外だとダメですかね」
「はい、ダメですね」
「そ、そこをなんとか……」
「なりません」
「しかし……」
「どうにもなりません」
「もう一声…」
「無理です」
「からの?」
「いい天気ですね」
「…………」
「男性に上目遣いされても嬉しくないですし諦めてください」
…………かくして、不本意ながら、僕はストーカーの担任になった。
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担任になったと言っても、やる事は然程変わらない。朝の朝礼と終礼、出席の有無、委員会などのクラス会議……など、など。勤務も「明日からお願いします」との事で、今日は普通の魔法理論の授業だ。
「……って言っても、やる事は一緒なんだがなぁ」
教室の扉を開け、教台に立つ。すると、騒がしかった室内は数秒で静かになり。
「起立!礼!」
『よろしくお願いします』
「着席!」
決められた係の人が声かけを始め、本日の授業が始まる。
「はいはいよろしく。じゃあ、今日の授業は『自習』で。始め」
そう、各クラス最初の授業は模擬戦を行った。二度目以降は何も教えず、自習。二週間もすればテストを行い、良し悪しを判断……するつもりだった、本来なら。
「……あの!」
「…何かな?」
自習とは『自分で習う』こと。つまり、始めの合図で僕は魔力の練り上げ、操作、魔素の吸収と排出を頻繁に繰り返し、お手本を見せている。生徒は僕の魔力の流れを見て勉強し、真似てもらう…そのつもりだった。
「いい加減、授業して下さい!」
「……してるだろ。今日の授業は自習だ」
「自習は授業じゃないです!」
「…って言ってもなぁ……」
大抵、僕の魔法理論には三種類の生徒が存在する。一つはこうやって、意図も分からず馬鹿正直に教本の内容を教えろと言う者。二つは他の授業の勉強や睡眠を取る者。三つは本当にこの授業の意味を理解して、僕の魔力操作を真似ている者。
基本的には二つめの生徒が大多数で、そういう奴らは僕の中で補習確定……というか、魔力感知から教え直す生徒となる。で、意外と三つめの生徒が三十人中六、七人くらいいて、声を上げて訴える馬鹿…いや、勤勉な生徒は一人いればマシだった。
「そもそもだ、教本を使えだ何だと言うがな、この本から今のお前が何を学ぶってんだ?」
「呪文の詠唱文です。より美しく、完璧な魔法を使うため、呪文を一字一句正確に唱え、先生は呪文に必要な魔力の込め方、魔法の扱い方を教えるのです」
あ、ダメだこいつ。魔法の理解が何一つ無いのに技術だけ真似ようとしてやがる。……ひとつ、試してみるか。
「ほぉ、ならさぞかし、僕の前任者は『無責任な』教え方をしたもんだな。それじゃあ、その授業を受けたお前はすぐに死ぬわけか」
「な、何ですって!?」
「否定するのか?だったら、そうだな……」
僕は久しぶりに教本を開き、初級魔法に分類される魔法を選ぶ。
「例えば、火魔法の初級であるファイヤーボール。詠唱文を唱えてみろ」
「簡単よ。来たれ火炎、纏え炎熱、その炎を以て、彼の者を穿て。何か間違いがあって?」
「そうだな、確かにそれが最適解だ。なら聞くが、その呪文を改変したらどうなると思う?」
「短縮詠唱の事?失敗すればまともに発動しないわ」
「まともに?どう変わる?その意味は?影響は?どんな不利が起こる?」
「し、知らないわよ」
だからダメなんだよ。お前らにはまだこの本は早すぎる。
「他の生徒も良く聞いておけ。来たれ火炎、纏え炎熱、その炎を以て、彼の者を穿て。先生もな、最近になってようやくファイヤーボールの『ちゃんとした』呪文を知ったんだ。しっかりと基礎を習得した先生にかかれば……【来たれ火炎、纏え炎熱、その炎を以て、彼の者を燃やせ】」
穿て、を燃やせに改変すると、魔弾ではなく火炎放射のようになった。
「【来たれ火炎、集え炎熱、その炎を以て、彼の者を穿て】」
次は纏え、を集えに。すると魔弾の色は赤ではなく青へと変わり、それは温度が高い事を示す。
「【点火、燃焼、魔弾、射出】」
今度は極端に短く情報を少なくした。すると、僕の想像をベースとしたオリジナルのファイヤーボールが放たれる。
「ファイヤーボールだけに絞ったとしても、これだけの結果が出る。いいか?この本に記載されている呪文は歴戦の魔法使い達が時間と、労力と、努力を積み重ねて積み重ねて、それこそ何百年も研究を重ねた結果、この魔法を使うためにはこの呪文と魔力量が最適解であると示している。それを、基礎の『基』も出来ていないような十数年程度しか生きていない子どもに教えたところで、まともに扱えるわけないだろ」
食ってかかった生徒は、ただ唖然として僕の話を聞いている。しかしようやくファイヤーボールの衝撃的事実から解放されて、口を開いた。
「で、でしたら尚更、その基礎を授業しなさいよ!」
「だからしてるだろ?自習だって。言葉で言うのは難しいんだよ、見て真似ろ」
「……見る?」
「ああ、すでに何人かはもう始めているぜ?他の勉強しながらしている奴もいるし、眠るように瞑想して挑戦している奴もいるな。出遅れているのはお前だぞ」
その言葉を聞いて、他の生徒も、目の前の生徒も、ようやく魔力感知を使った。遅すぎるわ。
「……次の授業でテストを行う。それまでにこの魔力鍛練を習得してこい。その時に、この技術の解説もしてやる。分かったら、それぞれの方法で鍛練する事……以上!」
そう言い終わると同時に、チャイムが授業の終了を知らせる。他のクラスもそろそろ、テストの時期かな……同じような内容を教えるのって疲れる。
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