#58 模擬戦
ふと思って時系列に並べましたら、彦星さん異世界転移してから一年も経ってませんでしたね。
五年くらい住んでるイメージでしたw
翌日、授業初日。
昨晩は教本をつい読みふけってしまい、あまり眠れなかった。読んでみると意外と知らない事があり、新しい知識を得て満足している。
「今日の科目は……魔法理論か。この一回が終わったら授業は終わり…帰って寝よう」
夜更かしをしてかなり眠い。しかし仕事なのでその間は全力でやる。明日は魔法理論二回と体育が一回だからな、しっかり寝ないとダメだ。
「教室は……っと、ここか」
僕は小さく深呼吸をして、教室の扉に手をかける。
「…………よし」
『【ファイヤーボール】!』
開けると同時に、不特定多数のファイヤーボールが襲いかかってきた。だがそれを特に気にも留めず、僕は薄く魔力を纏って防ぐ。着弾と小さな爆発音、少しの攻撃性を考えると、どうやら脅しのつもりらしい。
「…………」
「…ふん!この程度も防げず呆然と立ち尽くして、そんなので魔法理論?笑わせないで。さっさと荷物をまとめて帰りなさい、もやしヒョロ男」
「お前は、今朝の……」
見た所、教室の中には三十人弱の生徒が各々の杖やロッドを構えており、その姿勢から先の魔法を放った直後だと分かる。さらに言えば直撃した事で顔面蒼白の生徒がちらほら。つまり、煽って来たこの少女は他の生徒を庇うために悪役を演じている訳だな。
「……あのな、あの程度の魔法なんて避ける価値も無えよ。だがまぁ、そういう行動を取りたくなるのは僕……いや、先生も分からなくは無い。というより、むしろ率先してやってた。っつーわけで今回はお咎め無し、ほら席につけ」
お馴染みのチャイムが何処かから流れ、授業が始まった。今回は初回という事で、前半は自己紹介と質問時間、後半は軽いテストだ。
「あー、先の全校集会でも言った通り。今日から魔法理論を教える〈彦星〉だ。家名はあるが校則に従って伏せておこう……って、もう名告ってるけどな。何か質問は?」
質問は、と聞けば上がる上がる質問の挙手が。とりあえず片っ端から当てて聞いてみる。
「先生、歳は?」
「三十代、とだけ」
「得意な魔法は?」
「付与魔法系かな」
「甘い物はお好き?」
「苦手な食べ物も無いね」
「剣は使えるんですか?」
「魔法より得意だぞ」
「ウワサの彼女との関係はっ!」
「夫婦です。あと天使、むしろ女神、全能神」
と、当たり障りの無い質問もあれば。
「先生、今度俺と戦ってくれ!」
「体育の授業を楽しみにしとけ」
「最近、実力が伸び悩んでいるのですが」
「才能の限界だ。技術で補え、教えてやる」
「わんわん!わんわんわんわん!!くぅん?」
「知らん。おい誰かその従魔の飼い主を呼んでこい」
授業に対する不安や、自己の悩みを話す生徒も数人いて。その全てに答える頃には一つの授業時間があまりにも少なかった。
「悪いな、質問はあと一個にしてくれ。この後の時間が取れない」
そう言うと、徐々に挙手の手は下がり、最終的に残ったのは悪役を演じた彼女のみとなる。
「……どうぞ」
「私は、どうしても強くなりたい。ならなければならない。私より弱い人から教わる事なんて無いのだけれど、その辺りどう?」
至極当然の疑問だな、他の生徒も納得したような顔をしている。まぁ、この後はテストも兼ねて実力を見るつもりではあったし、折角なら体育の授業と言わず軽く手合わせをしてやってもいいかな。
「実力がどの程度か知りたい。全員、席を後ろにやって前を開けろ」
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この学校の机は椅子と分かれている。その為、後ろの方には三段まで積まれた机と椅子が隙間なく並べられている。おかげで狭っ苦しかった教室は広々とした空間に早変わりした。
「まず初めに、これは模擬戦だ。その為、明確な規則を定める。具体的には勝利条件と敗北条件だな」
そう前置きをして、僕が定めたルールは以下の通り。
一つ、彦星は道具、防具、魔法の類を一切使用禁止とする。
二つ、生徒の攻撃手段は如何なる方法も罰則に値しない。
三つ、彦星は開始位置より一歩も動いてはならない。
四つ、生徒の魔力が枯渇した場合はその生徒のみ敗北とする。
五つ、殺害を禁止する。
六つ、彦星から攻撃してはいけない。
七つ、教室から出る事を禁止する。
八つ、敗者は速やかに教室を退室する。
九つ、以上を持って教室内全員の総意とし、違反した者は即敗北とする。
十、みんな仲良く模擬戦を行い、戦いが終われば如何なる結果であろうとも互いを恨んではいけない。
「要約すると、僕は一切の攻撃をしないし逃げもしない。生徒は得意分野で全力でかかってこい。勝っても負けても恨みっこ無しだ」
「ハンデとは、随分と余裕ですね。後悔するがいいわ!」
開始の合図も待たずに、少女は自分の杖に魔力を込める。
「ーー【来たれ火炎、纏え炎熱、その炎を以て、彼の者を穿て、ファイヤーボール】!」
長い詠唱の後に、少女の魔法は真っ直ぐ此方に飛んで来た。釣られるようにして、他の生徒からも遠距離から様々な属性の魔弾が飛翔する。
「……はぁ、馬鹿の一つ覚えみたいにまぁまぁ…」
魔力を纏って防いでも良いのだが、それじゃあ味気ないだろ?だから全部叩き落とす事にした。最初は手に魔力を纏わせ、近くの魔弾を両断。正面の魔弾は次々と霧散し、背面に回って来た魔弾は背中から魔力を刃状に伸ばして串刺しにする。
「そ、そんな……!」
「お、おい!魔法は使わないんじゃなかったのか!?」
「こんなの魔法ですらねぇよ、魔力の放出だけだぜ?その程度で狼狽えてるとかまだまだ甘い。そもそも魔力も練らないとか実践じゃあ使えねぇぞ?」
いや、そもそも魔力を練るっていう事を知らないのか?そういえば教本には書いて無かったな。
「おい!遠距離じゃ魔力を無駄に消費するぞ!誰か近接で行けっ!」
「俺が剣で行く、援護は任せた!」
そんな近距離で作戦会議なんて意味無いだろ。こっそりやれよ。空気を遮断して音を聞かせないとかさぁ?
「せぇやあ!」
「太刀筋が寝ぼけている。型が成ってない。そんなに振り回していると……」
「く、くそ……うわっ!」
魔力を纏わせた右腕で剣の腹を撫で、そのままクルリと回す。体重を乗せた一太刀だったのか少しブレた程度で制御を失い、左手でブレた方向へ押してやると派手にすっ転んだ。
「剣を使いたきゃ体を鍛えろ。じゃなきゃ身体強化でも使え」
そう言って男子生徒を放り投げた刹那、背後に気配を感じて咄嗟に全身を分厚い魔力で覆う。その瞬間、張った魔力の層に強い一撃が走った。
「びっくりした……」
「ちっ、今のは入ったと思ったのになぁ」
一撃を入れた生徒は高速で戦線を離脱。ヒットアンドウェイが主流なのか、奇襲が得意なのか…今からでも大物に化ける予感がビンビンしている。
「ふむ……気配というか姿が見えなかった。水魔法の一種だな?殺気をずっと抑えていられればもっと奇襲の成功率が上がる。それに、移動は風…拳は土か?有望株だな」
実戦を積ませれば、自ずと強くなるだろう。まだまだ荒削りだが、楽しみな奴だ。
「……そろそろだな」
近接を得意とする生徒の援護をしようと魔弾を撃ち続けた結果、一人また一人と魔力切れで退室する生徒がちらほら。賢い生徒は休憩を挟んで魔力回復を図っているが、それはこの模擬戦を突破するだけの、問題の先送りにしかならない。負ける事は無いが、勝つことも無理だな。
「……もう終わりか?敵は待ってくれないぞ?」
「…も、もう無理……先生タフすぎます……」
魔力を練らなきゃここまで出来ねっての、基本中の基本だろ。………さて。
「そろそろ、退室した方が良いんじゃないか?」
「だ、誰が……諦めるもの、ですか…っ!」
僕を『もやしヒョロ男』と呼んだ少女は息も絶え絶え枯渇寸前にもかかわらず、敵に立ち向かっていた。他の生徒が倦怠感に襲われて魔力切れだと『思い込み』退室するのとは対照的に、倒れるまで戦い続けるつもりの少女は、本当の意味で強さを求めている。
「ーー【燃ゆる火炎よ、纏え、纏え、纏え、我が全てを以て、彼の者に炎獄を、骨まで炭に、消炭と化せ、ボルケイノ】!!」
「おいおいおい、流石にこれは模擬戦向けじゃねぇだろ。殺す気かよ全く」
極大の火炎弾を放った本人に問うがしかし、彼女からの返答はない。全ての魔力を使い果たしてその場に倒れ込んでしまったのだから。
「……まぁ、この程度じゃあ傷一つ付かないがな」
注ぐ魔力が少し足りなかったのだろう、ムラが多すぎる。呪文も雑みがあって、未完成だなコレは。
「炎が赤いなんて、誰が決めたんだろうな」
ついつい手を加えたくなるが、それを我慢して魔法の隙間を通り、呪文に干渉する。内側から魔力を送り込み、魔力の比率を僕寄りに上書きさせた。その上で、魔力を魔素に還元させ、最終的には超巨大火炎弾は空気中に霧散する。
「そ、そんな…」
「あれ、必殺技なのに……」
他の生徒は今の魔法で勝ちを確信していたらしい。満身創痍という風にその場に座り込み、僕との絶対的な差を痛感していた。
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「……ぅ」
目が覚めたとき、私は保健室の天井を見上げていた。起き上がろうと全身に力を入れたけど、起き上がる事はおろか腕の一本を動かす事も出来なくなっている。
「あ、起きましたか?」
…新しい保健室の先生が、起きた私の様子を見に来ました。首と口は動くので、模擬戦の結果を聞いてみると。
「な、なんですって……!」
私の必殺技を無力化するだけでなく、霧散化。それどころか、もやしヒョロ男は宣言通り攻撃せず、動かず、魔法も使わず生徒の攻撃を防いだ。
「もやしヒョロ男……いえ、ヒコボシ…彼は一体何者なの…なんですか?」
「彦星さんは普通の人ですよ」
「……」
「信じてない、って顔してますね」
そりゃあ、そうですよ。何をどうしたら魔法に素手で勝てるんですか。
「でも、本当なんです。彦星さんは…皆さんと見ている景色が違うんです。もちろん、私とも。だから時々理解できなくなる時がありますし、呆れる事だってあります」
けれど、とショウコ先生は続けます。柔らかい笑みを浮かべて。
「理解出来なくてもその通りですし、喜んで怒って哀しんで楽しんで……あと時々えっちで……冗談も好きで、けれどたまに本気で、誰より頑張って努力した、私の尊敬する人です。まぁ、それが行き過ぎて落ちてしまったのは、自業自得なのでしょうけど」
……惚気話を聞かされた私はどうすれば良いんでしょうかね。ヒコボシ…先生……の、強さの秘密を知りたいんですけど?
「もし、貴女が彦星さんの様に強くなりたいのなら……」
「……なりたいのなら?」
一瞬、ショウコ先生は考える素振りを見せて、一人で納得した様に頷きました。
「彦星さんを観て、聴いて、識る事から始めたらどうかしらね。見るんじゃなくて、観て。聞くんじゃなくて、聴いて。知るんじゃなくて、識って……ね」
……まずは認める事から…か。確かに、最初から疑いや疑惑の目で見ていれば、良いところは霞んでしまう。そんな事では、他人の尊敬すべき箇所を見習う事なんて出来ない。どこの国にも、完璧な人間なんていないのだから。
「……ところで、魔力欠乏症を起こした事を書き留めなくてはいけないのだけれど、名前を言ってくれる?正式な書面だから、家名も一緒に」
「あ、ええと、フェリオです。〈フェリオ・ドバッド〉」
それから数十分後、ある程度まで魔力の回復した少女ことフェリオは、自分のクラスへと戻るのだった。
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