#55 おまけ
おまけが長くて本編より体力使った。
シャフモン山に開けた、距離にして三百メートル程の大穴の中。彦星はいつかの犬引車に乗って、壁の補強や灯りの設置に勤しんでいた。結構、久々にベロを呼んだ気もするが、気のせいだろう。
「この辺……かな?頼むぜ、小子」
「はい【軽くなーれ】」
「……想像力上がってんなぁ…」
いつもは『ロストグラビティ!』と言うのに、魔法発動の新しい知識を得たのか、適当になっている。その知識によると、代償にする魔力の量と魔法の効果が合っていれば、呪文は何でもいいらしい。ただ、相性のいい単語や表現があり、それに合わせる方が消費する魔力を減らせるそうなのだ。
「ええと…『補強』『魔灯』『点灯』…糸で結んで…『固定』『吸収』『永久』……よし、行くか」
小子に上まで運んでもらい、大体十メートル感覚で補強と灯りの設置、それらを煌めきの糸で魔素と結び、万年筆で永久に固定。これで空気中の魔素を吸収しつつ魔力で光る電球の様なものを常時点灯させる事に成功した。
「……止まってくれ、ベロ。よしよし、いい子だ」
「「「わんっ!」」」
現在地ビースティア側より約三百メートル付近。最後の魔灯と補強を施して、通常なら十数分もあれば抜けられるトンネルを三時間かけて通過した。だが、まだこれで終わった訳ではなく。
「……ええと、次は発電機ならぬ発魔機を設置して……」
魔素が薄くなった後世の事を考えて、科学で動く魔力生成機を作成。万年筆パネエっす。出来た生成機と全ての魔灯を煌めきで接続、固定、永久化。
「……で、入り口の整備を…」
邪魔になる小石や大岩を『粉砕』『清掃』……ついでに『緑化』させて綺麗にする。水脈は地下にあるのだが、南の方から緑が北上するのに時間がかかっているらしい。
「あぁ……ぁぁあ…終わった…もうゴールしてもいいよね…?」
「はい、お疲れ様でした。道の整備はどうします?」
「ぁぁぁぁぁぁそれがあったの忘れてたぁぁぁぁ…………しかしもうやる気と魔力がスカンピンですぅ……シンバ国王に任せよう」
外交問題だからね。流石に、こんな岩山のど田舎に足を運ぶ奴もいないだろうから、数日は放っておいても大丈夫だろうし、その間に専門業者を派遣してもらおうそうしよう。やったねイマニティア、仕事が増えたよ!
「ところで彦星さん?蝙蝠の力を使えば労力なく設置と整備を済ませられたのでは?」
「…………………………疲れた。寝る。着いたら起こして」
「気付かなかったんですね……」
僕は犬引車の荷台に寝転がり、その移動すら飛ばす事が出来るのだがあえてせずに、不貞寝する事にした。
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「ふぅ……」
執務を終え、獣王は自室で一日の緊張を解く。戸棚からティーポットとカップを取り出して、鼻歌を歌いながら数種類のハーブをブレンドし、熱々のお湯を注ぐ。就寝前の一杯は、獣王の趣味なのだ。
「……久しぶりに聞いたな、あいつの名を…まさか本当に王になっていようとは、思いもしなかったが…」
ーーこれは、獣の王と呼ばれた〈アズマ・アマノ〉の幼き記憶である。
ーー時間を遡ること四十年ほど前。まだ三代目魔王復活に至る前の話。
「殿下!どこにいらっしゃいますか、殿下!」
若い頃の獣王はとにかく好奇心旺盛で、気になったものは全て追及し、納得するまでおい続けていた。
今日の好奇心の矛先はシャフモン山の向こう側、先日とある本に記載されていた人間の国。本では我慢が出来ず、有り余る身体能力で山を越えるほどには、気になっている。
「へぇ、山の向こうはこんなになってるのか」
見渡す限り岩だらけの地面を頂上から見下ろしながら、アズマは遠くに見える草原を目指して駆け出した。国があるならば、植物のある方が…というより、植物を育てる環境がある方が、国民を養っていけると考えたからだ。その辺り、国を背負う王としての素質が芽生えつつあるのだが…それはさておき。
アズマの読み通り、草原に近づけば近づくほど生物の痕跡が多く残っており、その痕跡をたどるのが楽しくなってきた、その時だった。
「あっ……人間だ!」
街道を歩く人の集団を見つけ、アズマは思わず駆け寄る。それが、何の集団なのかを考えもせずに。
程なくして、アズマは縄で首を繋がれ人間の集団に捕らわれた。そう、彼らは奴隷商人だったのだ。
躾と称して暴力、拷問はもちろんの事、言葉が通じないのか商人達はにたにた笑いながら己の快楽を貪る。いつしかアズマは人間を恨み、恐怖し、絶望に浸るようになって、買われる頃には思考を放棄するようになった。
「…………」
自分を買ったこの人間が、自分のご主人様。身なりはいつか見た貴族のものだ。愛玩用か、それとも性的な相手か……どちらにせよ、死ぬよりはマシだろう。
『あの子の為に買ったが、どうも普通の動物とは違うらしいな。噂に聞く獣人という種族なのか?』
自分には、ご主人様が何を言っているのかよくわからない。しかし、購入したのはこの人間だが、実際にご主人様になるのはこの人間では無いらしい事はわかった。あの目は、誰かの事を考えている目だ。
『父上、その子が俺の狩のパートナー?』
『ああ、シン。そうだとも、これで明日から共に狩りに行けるな』
『やったぜ!あぁ、早く遊びに行きたいなぁ!』
自分を引き取り、嬉しそうにはしゃぐ自分と同じくらいの少年は、頭を撫でてくれた。それだけで、ご主人様はとても優しい人なのだとわかる。
『ではな、シン。父さんは仕事に戻る。誕生日おめでとう』
ご主人様の父君はそっとご主人様の頭を撫でて、部屋を出た。
『さて……と…「獣人語、これで合ってる?」
「…………」
『……あ、まずは眷属化の呪いを解かないとダメか。えっと……【汝、契約は果たされた、縛りの契りを解きたまえ】』
感情の波が腹の底から湧き上がり、『俺』は思わず捕まった当時の感情で目の前の少年に襲いかかる。だが少年は俺の突き立てた牙や爪を見事に全て受けきり、落ち着かせるように獣人語で語りかけてきた。
「大丈夫、大丈夫だから。ここじゃ誰も君を傷つけない。落ち着いて、深呼吸」
「フゥーーッ!!フゥーッ!フゥー……」
一度感情的になったからこそ心の整理が付き、続いて眷属化の呪いを解いてくれた事、少年が獣人語を話しているという事実を受け止め、打ち付ける心臓の鼓動をそのままに牙と爪を引っ込める。
「…フゥ…ふぅ……すまない、突然襲いかかって」
「構わないよ。眷属化を解いたら概ねこうなる事は予想できてたから」
「だが、なぜ人間の君が俺たちの言葉を知っているんだ?」
「んー……君と同じかな?僕も、山の向こうの国に興味があった。その国を知ってる人が、僕のおじいちゃんなわけで…まぁ、そんなとこ」
それから俺たちは色々な話をした。互いの国の事、文化、伝統、魔法的技術、果ては夢まで。王の真似事と言われればそれまでだが、アズマと少年は真剣に話をしたのだ。
「ふぅ……随分と長く話し込んでしまったな」
「あぁ……いつか、ビースティアに行ってみたいよ」
「じゃあ、来れるようにしよう」
「え?」
「君と話して思った。獣人も人間も、心の通った生き物だって事を。だから、わだかまりとか溝とか、全部終わったらきっと……友達になれる」
「……不思議だな、僕も同じような事を考えていた」
少年は手を差し出し、清々しい笑顔を見せる。
「僕は〈シン・ドバッド〉だ」
「俺は〈アズマ・アマノ〉」
固い握手を交わし、未来の王は約束した。
「「いつか必ず、遊びに行く」」
よもやこの時の約束が本当に叶うとも思わず、しかし希望を持って二人は言う。イマニティアとビースティア、両国に親交あれと。
ーーその後アズマはシンの伝手でシャフモン山まで送ってもらい、帰路に着いた。
「…………ふ、まさか、本当に叶うとはな」
大人になった今、その約束がどれほど険しく、無謀で、無茶な事だったのか。全く、若いというのは恐ろしい。
そんな事を考えながら、獣王は月を見上げながら紅茶を飲み、また忙しくなる明日に備えて眠るのだった。
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パァがイマニティアに帰ってから一月が過ぎました。とと様の書いた書状が効果をもたらしたのか、少しづつ人間さんがビースティアにいるのを見かけます。もちろん、全員が良い人では無いのでトラブルになったりしますけど、ビースティアの憲兵さんや派遣されたイマニティアの憲兵さんが取り締まっていますので大事になった事はまだありません。その辺、改良の余地ありと毎日とと様は大臣とお話ししています。
「姫様、上の空になっておられますよ」
「…ご、ごめんなさい!……です」
「ほら、また語尾が」
「ごめんなさいで……ます」
私は今、花嫁修行をしています。何年後かにはパァに嫁ぐ身の上、こういった事を身体に叩き込まないと、淑女の嗜みが欠けてパァに幻滅されてしまいますから。
「今日はお料理の時間です。ここにある食事を使って、満足する一品を作ってごらんなさい」
「はい、かしこまりました」
胃袋を掴むことは良き家庭の第一歩と聞きます。ここはとびっきり美味しいお料理を作ってパァをメロメロに……あれ?そういえばパァもお料理は得意だったような…?しかも美味しかった気がします。あれれ?むしろ胃袋を掴まれているのは私なのでは?……いえ、逆に一緒にお料理して良き夫婦仲を持つと考えましょう。
「ええっと、トンキーの肉にジャガポット、マルネギ、キャペチ、コカトリスの卵、アカネ、シロネ。それから調味料は…各種揃ってるですね……」
その他にもムギコ、ミノレク、イマニティアから流れてきた見たことの無い食材などなど。数は少ないですけど、そこは腕で補わなければですね。
「……よしっ!とりあえず煮ましょう!」
肉を一口サイズに、ジャガポットは皮を剥いて八当分。マルネギはヘタを取って薄切りに、アカネはざく切りで。それらをジャガポット、アカネ、マルネギの順で煮込みます。ここでイマニティアから来た『塩』というものを投入。パァはよくこの塩を使ってました、味は馴染みがあった方が良いですよね。ある程度煮込んだら、お肉を追加して中火で蓋をします。
次にソースの作成です。これまたイマニティアから来た『バター』というミノレクを加工した食材を使ってムギコを炒めます。ダマにならないよう炒めたらミノレクを少しづつ投入し、煮詰めます。しばらくすると水分が抜け、一気にドロリとした白いソースの出来上がりです。
鍋の中身の加減を確認し、ジャガポットが煮込めていればソースを投入します。ぐるぐるかき混ぜて、最後に味見です。
「……まだ何か足りませんね…」
コクというか、何か根本的な味がありません。一体何が足りないのでしょうか?
「…あ、わかりました。愛情ですね」
下味が無いのだがそれには気付かず、オリヒメは鍋を弱火にかけて、愛情を込めながらかき混ぜる。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」
その愛は彦星に向けられたものであり、だからこそ本気の愛情を込められた。
「おいしくなーれ、おいしくなーれおいしく【なーれ】【おいしくなーれ】」
愛情を『込める』て好きな相手を『想像』すれば、それだけで世界は応えてくれる。全く新しい『料理魔法』として。
「【おいしくなーれ】【おいしくなーれ】……ちょっと味見」
ソースをちょっと舐めとり、味見をすれば、劇的な変化を感じられた。
「美味しい!」
出来上がった料理を審査員である先生に提出する。最初は何かわからず怪訝な表情を浮かべていたが、一口食べるとそれ以降は夢中で口に運んだ。
「合格です姫様。しっかりとお腹を掴まれてしまいました」
「やったぁ!」
これでいつでも、パァに嫁げます!早く大人になりたいなぁ!
「この調子で花道、掃除、生活術、夜の営みまで、しっかりマスターしましょうね」
「…………」
道はまだまだ、険しいようだ。
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