#46 嫁取り鬼ごっこ-後夜祭
圧勝が始まる。その言葉を獣王は首を傾げて考え、やがてふと閃いたような顔をする。
「ハッタリなのだろう?」
「ちげえよ。僕は本気だ」
驚いた風に見せた獣王はウンウンと頷き、やがてほくそ笑み始めた。
「フ……フフ…フハハハハ」
「何が可笑しい?」
「フハハ……いやぁ、自分の状況を良く理解していないと思ってな。丁寧に教えてやろう……周囲は我の星域!死角の無い攻撃!腕を取られたがそれ以上に我の攻撃をくらい続けるハゲザルがッ!圧勝などと片腹痛いわッ!」
なおも高笑いを続ける獣王に対し、彦星はこれ以上無く可哀想な人を見るように大きなため息を吐く。
「……僕はさ、獣王…あんたの煌めきがずっと疑問だった。どうしてそれだけのパワーとスピードが出せるのに、煌めきの補助でしかない星域を展開する必要がある?その規模は?大きさは?遠隔操作において、あれだけの精密操作が可能なのはなぜだ?本来ならば遠隔であればあるほど、多大なる集中とセンスが必要なのに、能力効果でも無く維持できるのはどういう事だ?………僕はこの疑問に、約三ヶ月立ち向かい、考え……勝てないと判断し、不意を突く形で、殺した。だが、たった今、その疑問が氷解したんだ……僕はもう、お前の煌めきに負けない」
「……ま、まったく意味がわからん。殺した?疑問?何の事だ?そもそも我と貴様はほんの数日の関係だろう?」
「気にするな、もう死んだ時間の話だ。それからな、獣王…僕は煌めきを使えないとは一言も言ってないぞ」
刹那、僕は結んだ糸を全て張らせると、糸を伝って星域の主導権を奪い取る。そして僕がそう『思う』だけで、不意を突く獣王の拳は消失した。
「な……っ!」
「ちょっとした勘違いってヤツだ。遠隔操作系の煌めきかと思っていたから最強に見えたんだよ。実際は『自分の肉体を強化する鎧』を『拡張した自分の領域』に出現させて操っていただけなんだ。そりゃあ、自分の体の中に鎧を生成するんだから、遠隔でパワーが出せて当たり前だよな」
タネが割れればなんて事は無い。煌めきで僕と獣王を結びつけるも良し、星域を僕の魔力で塗り替えて制限するも良し、体外の射程距離である数センチ分の膜を纏って刀で斬撃を飛ばすも良し、だ。
とはいえ、まさか獣人の王ともあろうコイツが、その辺の対策をしてないワケが無い。
「………本当に強いな、貴様は」
「褒めてくれるな、照れ臭い」
「……今まで星域の主導権を取られた事は数度あるが、我の煌めきの本当の力を見抜いたのは…貴様が初めてだ」
そう言う獣王は心の底から楽しそうに笑い、制限があるとは言えまだ自分の星域であるこの空間に、何かを生成しようと星力を込めた。
「この力は今まで一度も……そう、一度だって使ったことが無い。何しろとても疲れる上に、消費する星力が多く、そう何度も使えるシロモノじゃあ無いのだ」
獣王から漏れ出した星力は徐々に固まり始め、やがて人型の何かへとその姿を変える。それはまるでもう一人の獣王……否、獣王を模した全身鎧と言った所だろう。
「貴様ら人間の国ではどうかは知らんが……ビースティアにおいて、煌めきとは個々の出力よりも相性やその使い方に重点を置く。如何に国ひとつを滅ぼせる炎を使えたとしても、大量の水の底では到底意味を成さない。ましてや、その火力を水と共に生きる種族が持った所で、意味はほとんど無い」
「……何が言いたい?」
「簡単な話だ……そう、話はいたってシンプルだ」
ゆっくりと鎧を動かし、落ちた左腕を持ってくる。傷口にピタリと合わせると、煌めきで強引に…ホチキスの針で止めるように、がっちりと固定した。
「貴様は我を、本気にさせた」
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「おーおー、盛り上がってんなぁ。そう思うだろシャロ?」
「やかましいぞ」
ビースティア上空、三人の影が二日目のお祭り騒ぎを見下ろしている。
「あー、タマ怒られてるぅ」
「ざぁんねんでしたぁ、もう既に能力行使済みですぅ、わざとやってんだよ。それよりコン、ヒコボシってどんな顔?」
「んとねぇ………こんな顔」
コン、と呼ばれた人影は顔の形を変え、彦星の顔を作る。不気味なまでに似せた顔からは元の声色を放ち、その不一致がさらなる無気味を呼んだ。
「人族かよっ!……んん?なんで人族がビースティアに?」
「知らない。シャロくんが知ってるんじゃないの?」
「……いやぁ、どうだろ。ワイらの能力と違って、シャロの能力は使ったかどうかわからんし…時間の干渉を感じるのとは違うからなぁ」
タマは一度目を閉じ、数秒後に目を開けると、ため息を吐く。
「清々しく斬り殺された。ありゃあ頭の中がどうにかなってるぜ」
「ざまぁ!でもいいなぁ、何度でも死ねるって…こっちは姿を変えられるってだけなのに……」
「そりゃ仕方ねぇよ、コンが狐でワイが猫、これはもう生まれてきた事を悔いるしかないね」
「そうでしょうね……」
「無駄話はその辺にしておけ。作戦を開始する……いいな?」
「はいな」
「わかったわ」
「それでは………神のお導きがあらん事を」
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飛翔し、圧倒を重ねる全身鎧に対し、僕は刀を魔力で覆い、迎撃を繰り返す。今の所、力は互角だが……そのうちこちらの体力が尽き、負ける事になる。
「打打打打打打打打打打打打ァ!」
「くそっ……やはり人間の速さじゃあ限界がある…っ!」
如何に星域で動きを察知しようとも、そのスピードに追いつけるだけの身体能力が存在しない。対して獣王はその身体能力をフルに回して、時折飛ばす斬撃を余裕で避けていた。
「遅すぎて欠伸が出るわ。この我と真剣に殺り会いたければ同じ煌めきでも持ってくるんだな」
同じ煌めき……そうか、原理がわかった煌めきならば、僕の煌めきで使うのは造作もない!
「……あぁそうだな。だったら、そうさせてもらう!」
伸ばした糸を獣王と結び、発動。ゴッソリと魔力が抜き取られるが許容範囲内だ。
「な……」
「欠伸が出るぜ、てめぇのスピードはよォ!」
実体化した僕の全身鎧が獣王の全身鎧をぶっ飛ばし、武舞台に叩きつける。煌めきと本人が繋がっているのか、獣王自身にも鎧が受けたダメージが入っていた。
「ぐうぅぅぅぅ!?」
「言っただろう、圧勝だと。アンタが鎧を自在に操るのには肝を冷やしたが、僕には効かない…僕の前に『唯一無二』なんて奴は存在しないんだ」
「……ふ…フハハハハハハハ!まだだッ!まだ最後のアレがあるっ!」
「これ以上何をしようと…し……て…………」
なぜか、僕の体は動きを止め始める。いや、僕だけではなく周りの人たち全てが、動きを止めた。星域とも切り離されてしまっている。
「……(う、動けない…!?まさか時間が止まって…いや、思考も心臓も確かに動いている。一体何が…)」
「もう手加減などしない……我が星域を固めたッ!敗北までの数秒をしっかりと噛みしめるんだなァ!」
おそらくこの星域で自由に動けるのだろう、螺旋形状に姿を変えた鎧と共に獣王は僕の掘った穴へと飛び込む。体感で一秒経過……二秒……三秒……そして、考えるのをやめた。
「……(関係ない…今は全神経を集中させて、獣王が仕掛けてくるのを待つ。確かなのは、次に獣王が姿を見せた時、決着が着くッ!それだけだッ!)」
その後、きっかり五秒。上から黒い岩石が降ってくる。
「黒曜岩だァァァァァァァァァ!!!!」
「(流石にアレはヤバイっ!)」
やむなく僕の煌めきで固まった星域と再度繋ぎ、黒曜岩で押しつぶされる前に鎧で破壊を図った。
「こンの、脳筋バカがァァァ!!!」
「もう遅いッ!脱出不可能よッ!打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打!!!!」
「どこぞの吸血鬼みたいな事してんじゃねぇよ!」
「ブッ潰れろォォォォ!!!」
ラッシュのトドメに強烈な一打が打ち込まれ、黒曜岩は武舞台に叩き込まれる。凄まじい土煙を上げて、固まった星域と同期した。
「ハァ……ハァ………やったぞ…我は勝ったのだ…勝ったのだァァァ!!!」
雄叫びを上げる獣王は、固めた星域を解除し、たった今全てを認識した国民に説明をしようと、口を開け………固まった。
「(ば、馬鹿な…!固めた星域は解いたはず……う、動けん…それにこの星力は、我の星力と違う…っ!)」
「……僕が星域を固めた…動かした鎧を装着して、更に重力を解放する事で、一時的に超速での移動を可能にした……ここからは、僕の時間だ」
思いっきり振りかぶった彦星の右ストレートが、獣王の腹部へと叩き込まれる。固まった星域で避ける事も出来ず、更にインパクトすらその場に固定し、続く二発もまた、腹部へと叩き込まれた。
「歯ァ食い縛れェ!!打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打ァァァァァァァァァ!」
獣王と同じ掛け声でラッシュを打ち込み、ある程度打ち込むと、その鎧を全て解除する。
「………そして世界は氷解する」
固めた星域を解除した刹那、獣王の体は溜めに溜めた衝撃をその身に全て受け、武舞台、客席、その後ろに並び立つ家々をぶち壊しながら、最後に時計塔に貼り付けられて止まった。
「……あー、終わった終わった…もういいぞ、小子」
「あ、終わりました?ずっとヒールを獣王様にしてましたけど、良かったんですか?」
「うん、まぁルール上、死にはしないからね。負ける方に魔法を使わせるのは当たり前だろ?さて………おいお前ら、まだ僕とやりあうか?」
獣王が隙を見て、飛び入り参加を許可していのだろうが、結局誰も襲って来なかった。現に今も観客席の獣人は僕と目を合わせようとしないし、そもそも獣王をあれだけボコボコにして勝てると思う奴は一人もいない。
そのまま僕達は、日が沈むまでゆっくりとした時間を過ごしたのだった。
ご愛読ありがとうございます。
ここまでやってしまったら、逆にもう何も怖くないっ!
追伸、作者が今年も一つ歳をとりました。
20170918→彦星のセリフを修正。
「唯一無二の存在なんて意味ないんだ」→「僕の前に唯一無二なんて奴は存在しないんだ」
こっちのがカッコイイかなって……はい自己満足ですすいません。




