#41 嫁取り鬼ごっこ1日目-午後
同日、昼前。僕と小子はスタート地点近くの休憩所で、呑気に昼食を食べていた。
「この辺、危ないかと思いましたけど……意外と安全ですね」
「まぁ、あれだけ外壁で大騒ぎしたんだ。数十分くらいなら、あちら側に追っ手が集中してるだろうな」
ほんの三十分くらい前に襲撃を受け、大急ぎでここまで帰ってきた甲斐がある。腕章を装着した獣人は極端に少なく、ローブを一枚脱いだだけでガラリと印象が変わり、ついでにお祭り騒ぎなのも相まって発見は困難を極めていた。
「さて、次の追っ手が来る前にここを立ち去らないと。腕章の無い獣人達に、チラホラばれてるし」
「ですね」
現に屋台のおじさんや子連れの親子に手を振られていて、少ないとはいえ腕章を装着した獣人も少しづつ増えてきている。
「寝床の下見と、夜の警戒準備。戦闘はできるだけしない方向で行こう」
「魔力温存ですね、わかりました」
てきぱきとテーブルを片付け、堂々と休憩所を出た。コソコソすると怪しまれて捕まるから……。
「いたぞ、こっちだ!」「追え、追えー!」
前言撤回、全力で逃げるんだよぉ!!
国中を走り回り、小子は煌めきで相手の煌めきを封じつつ、なんとか引き離す事に成功したようだ。
「……ふぅ、とりあえず巻けたか?」
「フラグ臭いですよ。そんな『やったか!?』の仲間みたいな言葉……」
「そう言うからフラグになるんだよ。言わなきゃフラグにはならないのに…」
そんな事を言い合いながら追っ手を気にするが、僕の心配をよそに追われる事は無かった。
「……よし、しばらくは大丈夫だろう。小子、この辺で一番高い場所はどこだ?」
「え?高い場所ですか?そうですねぇ……」
あたりを見回し、一つの建物を指差す。その時、示し合わせたかのように鐘がお昼を知らせた。
「あの、時計塔じゃ無いでしょうか。見晴らしも良さそうです」
「よし、じゃああの場所を今晩の寝床にしよう。登るのも大変そうだし、何より屋根があって空からも見つかりにくそうだ」
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うにゃー、今日は天気がいいのにゃー、絶好の日向ぼっこ日和なのにゃー。
みゃーはそんな事を考えながら、今朝は縁側に寝そべってたにゃ。けどそれは長く続かなかったにゃ。
「……なんか外が騒がしいにゃ」
うるさくて眠れないのにゃ。そういえば獣王様が昨日の夜に何か言ってた気がするにゃ。
「なんだったかにゃー……よく思い出せないのにゃー…」
わからないのは考えないのにゃ。とりあえず眠れないから毛づくろいでもするにゃ。
「うにゃー、それにしてもいい天気にゃー……静かならもっといいにゃ」
どこか静か場所はないかにゃー……この時間なら広場がいいかにゃ。
毛づくろいと伸びと欠伸を済ませて、みゃーは屋根伝いに広場を目指したにゃ。
「……うにゃ?今、何かが上を飛んだ…気がするにゃ…?」
鳥……でも無いにゃ。でも、もう見えないからどーでもいいにゃ。どーせみゃーには関係ないにゃ。
「…うにゃー、珍しく人がいっぱいだにゃ」
なんか腕に巻いてるにゃ、お祭り騒ぎにゃ、立て看板まであるにゃ。なんて書いてあるのかにゃー。
「にゃににゃに?………嫁取り鬼ごっこにゃ?…あ、思い出したにゃ!」
そーにゃ!昨日の夜聞いたのはこの話にゃ!オヒメサマのオムコサンが来たからぶっとばす話にゃ!
「にゃるほどにゃるほど……それで今日はこんなにうるさいのにゃー…」
別にみゃーはどーでもいいけど、うるさいのは嫌にゃ。せっかくの日向ぼっこが台無しにゃ。
……捕まえられるのは腕章を装着した獣人と獣王だけかにゃ。待ってても捕まる保証は無いのにゃ、自分で捕まえるのにゃ。
「腕章欲しいのにゃー」
「はい、どうぞ」
にゃふふふ、これでみゃーも捕まえられるのにゃー!さっそく煌めきを使うのにゃー!
「…【隠の煌めき】発動にゃ」
みゃーの煌めきは隠したりするのに適した煌めきにゃ、コッソリ近づいて触れるのにゃ。
「探索開始にゃ!」
そう意気込んだ瞬間、外壁の方で一騒ぎ起こったにゃ。鳥の獣人が暴れてるにゃ、きっとあの辺りなのにゃ。
「早く捕まえて、のんびりオヒサマと寝るにゃー」
とは言ったものの広い国の中で一人の人間を探すのは無理があるにゃ。誰かが先に見つけたのを目印にするしかないのにゃ。
「でもみゃーは賢いからにゃー、そんな事はしないのにゃー」
あっちで騒ぎを起こしたら反対側に逃げるのが鉄則だにゃ。わざわざ追いかける必要もないにゃ。それにみゃーにはいい作戦があるにゃー。
「ニンゲンはオヒサマと起きてオヒサマと寝るって聞いた事があるにゃ。だったら寝てる夜に探すにゃ、みゃーながら完璧な作戦だにゃ。にゃふ、にゃふふ、にゃはははは!にゃはははははははは!!」
それじゃみゃーは今から屋根の上でお昼寝するのにゃ。おやすみなのにゃー。
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「意外と、なんとかなるモノだな」
「逃げるだけ、と言ってもやり方次第ですしね…」
嫁取り鬼ごっこの範囲がビースティア国内と言ってもその実、結構……いや、かなり広い。
昔見たテレビ番組の『逃亡中』を思い出したけど、三次元逃亡を許されないあの番組だって二回に一回は逃亡成功している。四時間や五時間を余裕で、だ。そう考えると、地上戦空中戦や屋根上バトルが認められているこの嫁取り鬼ごっこも簡単に見えてくる。
「なんだかんだ日は沈んだし、黄昏ている今のうちに時計塔まで行こう。見つかると厄介だしな」
「そうですね」
もはやなんの抵抗も持たなくなった抱き方で、屋根の上を走りながら時計塔を目指した。
その時計塔はロンドンの『ビッグ・ベン』のような出で立ちで、巨大な時計盤の代わりに食事時間を知らせる大きな釣鐘がぶら下がっている。僕達はその釣鐘の下で夜を明かそうというわけだ。
「……よし、誰もいないし見つかりもしなかった。一晩なら見張りを交代しながらで問題ないだろう」
「見張りは誰がするんですか?」
「まずは僕がやる。小子は五時間くらい寝て、途中で僕と入れ替わり。お互いに五時間も寝れば夜明け前にはここを出られる」
「わかりました、では食事は入れ替わりの時に」
「あぁ、その方がいいな」
「ふぁ……それじゃあ先に、おやすみなさい」
小子は目をつむると、すぐに寝息を立て始める。疲れていたのか、寝れる時に寝ておこうとしているのか、定かではないが。
「…さて、僕は眠くならないように何か不眠グッズを……」
「見つけたのにゃ、ニンゲン」
瞬間的に、僕は刀に手を置く。が、殺生を禁止しているルールを思い出してツバをしっかりと固定した。
「……猫の獣人に腕章、つまり追っ手か…くそっ」
「んにゃ?そっちにもニンゲンがいるにゃ。どっちが正解なのかにゃ?」
「小子を起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてる」
「寝てるのかにゃ?寝るのはいいにゃ、みゃーも寝るのを邪魔されるのは嫌なのにゃ」
しかし全然、襲いかかってくる気配が無い。というよりはどちらの人間が正解かを決めかねているという感じだ。
…もしかして、ルール説明をしっかり読まなかったのか?
「…もうどっちでもいいにゃ。起きてるおみゃーをぶっとばして二人とも縛って連れて行くにゃ。あとは係員に聞いてお祭り終了にゃ」
「図らずもルール通り…っ!」
刹那、猫獣人は爪を振るう。その腕を、僕は刀の鞘で受け止めた。
「うにゃにゃ、さてはおみゃー普通のニンゲンじゃにゃいにゃ?」
「それが、どうしたっ!」
受けた鞘を振り抜いて、猫の腕を払う。獣人はバク転で壁際まで下がると、今度は壁を蹴って接近して来た。
「速い……っ!よ、避け…!」
避けられない!背後には眠っている小子がいるからだっ!
「にゃはははは!このままおみゃーもオネンネするのにゃ!」
「…させる、かぁっ!」
突進攻撃を鞘の切り上げで弾き、ついでに重力を五倍解放して顎下へと回し蹴りを入れる。
「にゃぶっ!」
「どうだクソネコっ!重力解放五倍の威力は!」
三メートルほど飛んだ獣人はくるくると膝を抱えて回り、新体操選手も顔負けの着地を決めた。
「んにゃー、ちょっと油断したにゃ。思ったよりニンゲンが強いにゃ」
「お褒めに預かり光栄でございます、嬉しく無いけどな」
「あと口もちょっと悪いにゃ」
獣人は準備は終わったとばかりに身体中の関節を鳴らし、目で見ても分かるほどに魔力を練り上げる。
「ニンゲンはちょっとびっくりするかもにゃ」
床を踏み込んだ獣人はまっすぐこちらに殴り込み、腕を振り下ろす。
「速度が上がってる……が、対応圏内っ!」
下ろされる腕を防ごうとした瞬間、全然別の、意識すらしていなかった方向から、足蹴りが炸裂した。
「んぐっ……!?」
「どうにゃ?驚いたかにゃ?にゃふふふ、そのまま大人しくオネンネするのにゃ!」
その後も連撃を受け続けたが、何一つまともに防ぐ事が出来ない。速度が速いわけでもなく、フェイントがあるわけでも無い、にもかかわらず、全く予知し得ない箇所から攻撃を食らうのだ。
「どうにゃ、どうにゃ、どうにゃ!みゃーの勝ちにゃ?みゃーの勝ちにゃ?」
例えるなら、上に投げたボールを受け取ろうとして待ち構えているのに、実際は見当違いの場所に落ちてくる…そんな風に。
「……そ、そうか…さてはクソネコ、僕の攻撃に対する意識を別の方向へ…!」
「お、意外と賢いにゃ。ほぼ正解なのにゃ。みゃーの煌めきで攻撃意思を隠しているにゃ」
攻め側と受け側には明確な意識のやりとりがある。例えば攻め側が受け側の右腕に攻撃しようと意識すると、受け側は自分の右腕に攻撃が来ると予想する。受け側はその攻撃に対して反応を示すのだ。
「……だがクソネコはどういう理屈か、その攻撃意思を隠せる。だから、こちらが意識を向ける事が出来ずに…」
「受け身を取れずに当てられるというわけにゃ。でもまぁ、ネタが割れたところで負ける事も無いにゃ!」
……いや、ある。このクソネコを倒せる、たった一つの冴えたやり方がっ!
「起きろ、小子っ!」
「…ん、もう交代ですか?」
「悪いな、それはまだ先なんだがその前にやる事が出来た」
寝ぼけ眼の小子は数秒猫の獣人を見つめると、その目を見開いた。
「ぬこおおおおおおお!!!!!」
「うにゃ?ぎにゃああああああ!!」
問答無用で、小子が獣人に抱きつく。おもむろに頭を撫でくりまわし、耳をつまみ、顎の下をいじる。
「うへへへへ、ぬこですよ彦星さん。きゃわいいでちゅねぇ」
「にゃ、にゃんだこいつ、ゴロゴロ、しかも撫でるの上手い、ゴロゴロゴロ、にゃ!」
「ぬこちゃん、ちょっと復唱して?斜め七十七度の並びで泣く泣くいななく七半七台難なく並べて長眺め」
「なんにゃ、突然……にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ…にゃ」
「かっわいいぃ!!」
……小子、それはちょっとヤバイと思うぞ。まぁ確かに人生で一度は使ってみたいセリフだがな。
「んにゃー、それにしても気持ちーのにゃー………ってダメなのにゃ!鬼ごっこの最中なのにゃ!懐柔されてる場合じゃ無いのにゃ!」
立ち上がって戦う気満々の獣人を、小子は強制的に座らせる。
「ダメですよー、ぬこちゃんが怪我でもしたらどうするんですか、メッ!」
「ご、ごめんなさいなのにゃ……」
「えらい、えらいです」
「うにゃー………もう体が溶けるにゃー…………」
………しばらくして寝息を立て始めた獣人を見下ろし、僕は黙って右手を掲げた。そして一言。
「………勝った」
これが、たった一つの、冴えたやり方。
いやぁ、猫といえばこの早口言葉でしょう?
ちなみに作者は噛まずに言えます、えっへん。
ご愛読ありがとうございます。




