#40 嫁取り鬼ごっこ1日目-午前
さぁノリにノって参りましたァ!
「……………」
嫌な、夢を見た……気がする。
黒くて、暗くて、とても怖い、夢を。
「……なんだったか、思い出せない…」
しばらく考えていたが、思い出せないものは仕方がない。ひとまず起きて、顔でも洗うか。
「……なんで僕は裸なんだ?」
そこで初めて、僕は服を着ていない事に気が付いた。昨日は酔って寝てしまったので記憶が曖昧だ。なんとなく、この部屋にやってきて眠ったような気がする。
「………んぅ…」
「……おいおいマジかよ勘弁しろよ…」
僕のすぐ横、小さく膨らんだシルクのタオルケットを、おそるおそる取ると……まぁ、案の定。やはり全裸の小子が小さく丸まって眠っている。
「えー……あー………っと?思い出せ、思い出せ僕」
昨日の夜は?……飲んでたね、お酒。その後、余興やらなんやらどんちゃん騒ぎで……それで?
「だ、だめだ…思い出せない…っ!」
落ち着け、落ち着くんだ優川星彦。いや、星川彦星か?どっちでもいいわ。
思い出せないものは仕方がない。大事なのは未来の話だ。あまりゆっくりもしていられない、物事はスピーディーに進めよう。
まず、一番起こりうる事で具合の悪い事は?……一晩をしっぽり過ごしたと思われる事だ。コレを回避するには…そう、服を着る。
「僕が裸だからそう思われるんだ。ならば服を着ればいいじゃないか」
そっとベッドを抜け出し、自分の服を探す。と言っても、足元に全て散乱しているんだけどね。
下着、シャツ、パンツ、ローブを着て、とりあえずの所は回避した。
「……小子が全裸なのもダメだが、着せるのもダメだ。ここは、小子も酔って記憶を飛ばしている事に賭ける…っ!」
最後の仕上げとばかりに、僕は抜き足差し足忍び足……と、部屋から出ようとゆっくり歩く。それはもう、熟練の泥棒も拍手を送るだろう完璧な足運びで。
「………ふぁ…あぁ、おはようございます彦星さん」
………………………………………あっ。
「…お、おはよう小子、ちょうど今起こしに来たんだ」
よっし!よぉっし!上手く嘘を吐けた!とっさとはいえでかした、僕!
「…うぅ……頭が痛いです、ガンガンします…」
「あ、あぁ、昨日はかなり飲んだからな。二日酔いだろ」
いいぞ、このまま会話を続けて、小子の記憶を確かめよう。大丈夫、事に及んだとしても、両者が覚えてなければ無かった事になる!え、それは暴論だろって?うるせぇ!犯罪だってバレなきゃ犯罪じゃないんだよ!
「と、ところで小子、この散乱した服はなんだ?昨日は酔って部屋に行ったらしいが?」
あくまで、僕と小子は別の部屋に泊まった定で話す。そうすれば、イイ感じの記憶改竄に……。
「何を白けているんですか?昨日はあんなに激しくしたのに。まさか覚えてない……なんて事は無いですよね?」
うぉおおおおい昨日の僕ばかやろぉおおおおお!!!サカってんじゃねぇええええ!!!しかも覚えていらっしゃるぅううう!!こ、ここは話を合わせなくては……っ!
「…も、もちろん。いやぁ、久々の締め付け加減には危うく昇天するかと思ったぜ」
「……そのまま昇天すれば良かったのに。大体ですね、ソレをわざわざ人様の家でするかって話ですよ」
小子は何でもないように散乱した衣服を着始める。こうなったのが僕の責任かと思うと、少し心が痛んだ。
「ところで、彦星さんはどうでした?」
「……んん?」
「結局、昨晩はつき合わされたんですけど、やっぱり酔いが回ってると冷静に考えられませんよね」
「……あ、あぁ…その………お酒は飲み過ぎると良くないよな」
「次はちゃんと、お酒なしでやりましょうか」
う、うわぁ………痴女宣言ですかそうですか……。なんか、本当に、ごめんなさい。
「そ、そうだね……」
「どうしたんですか?なんだか彦星さん、変ですよ?」
もう、謝った方がいいかな。
「あ、あのな小子……」
「全く、どうして人様の家に来てまでデュエスしなくちゃいけないんですかね。まぁ、酔った勢いでバツゲームまで了承した私もそうなんですけど………それにしても、縛りプレイしなきゃ勝てない私って、一体…」
はいストップ。撤収、撤収。
結局ね、僕にはそんな度胸が無いんですよ、はいはいそーですとも。意気地なしですよ。
「……あれ?なんだか顔色が良くなりましたね?」
「うるしゃー」
「理不尽!?」
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昨日と同様、僕と小子はオリヒメや獣王達ご一家の皆さんと朝食を済ませ、身支度を整えた後、王城広場……僕の記憶通りの流れで始まりを告げようとしていた。
「……やっぱり、もう僕の知る未来とは違うんだな」
「何か言いました?」
「いや、何も」
本当はもっとサッパリした風というか、殺伐というか、少なくとも『お祭り騒ぎ』な雰囲気は明日からのはずだった。
それがどうだ、街並みは華やかに、屋台や出店はそこかしこで開かれ、群衆は今か今かと獣王の開始の言葉を待っている。
「……そろそろだ」
大理石で作ったと言っても疑わないほど綺麗なお立ち台の上へ、獣王は国民の歓声をその身に受けながら和かに上がる。豪華絢爛な装飾品は、この国の豊かさを感じさせた。
続いて可愛らしく着飾られたオリヒメと、獣王とは正反対の趣向で身なりを整えた王女様がお立ち台に立ち、三人が手を上げると群衆は静かに口を閉じた。
「ゴホン………本日はお日柄も良く、皆息災で何よりだ。さて、本日このような場を設けたのには些か厄介な事になったからなのだ。まずは知っての通り、我が愛娘のオリヒメが、この国に戻ってきた」
紹介を受けたオリヒメはドレスの裾を掴んでお辞儀をする。オリヒメが顔を上げると群衆は拍手を送り、数秒すると獣王から拍手を止めるサインを送った。
「本来であるならば、オリヒメが戻った事を祝して祭りを開きたいところだったが、同時に忌々しい愛娘の結婚相手がアチラからやって来たのだ」
そう言って、獣王は切り立った山〈シャフモン山〉を指差す。それはつまり『人間がこの国にいる』という告白と同義なのだ。
「昨晩、その相手が王城に現れ、我と五色隊との戦闘が始まった。接戦の末、両者勝ち目なしとなった所に、我は一つの解決策を提案したのだ」
嘘つけこのやろう。何が接戦だ、僕の圧勝だろう。
そう思うけれど、言いはしない。なぜなら、群衆にはそんな事はどうでも良いからだ。
「それは我が国の伝統!我が国の祭り!すなわち〈嫁取り鬼ごっこ〉である!」
事前に告知していたにも関わらず、群衆は再び歓声を上げた。相当に楽しみだったのがうかがえる。
「しかし今回に限り、少々手心を加えよう。何しろ、我らは知っていてもその者は知らぬのだ。よって……」
従者の方が立て看板を持って来た。そこには、昨日決めたルールが記載されている。
「一つ、死なない程度の煌めきの使用を許可する。一つ、獲物を王城内に連れて来て勝敗を決する。一つ、獲物は結婚相手の男とその連れ。以上が、変更された箇所である。続いて、参加資格のある者を発表する」
今度は大量の箱を持った従者が、立て看板の横に立った。
「原則として、参加資格は全ての者に存在する。が、参加者は箱の中の腕章を左の二の腕に装着してもらう。また、治癒系の煌めきを持つ者は、同じく王城の中にある救護室で待機してもらいたい。その他希望者は係りの者に申し出よ」
説明の途中だったが、箱を持つ従者には数十人の獣人が群がり始めた。もうかなりの人数が腕章を装着している。
「そして肝心な事だが、オリヒメと我が妻〈アキ・アマノ〉は不参加とし、獣王である我は参加する」
肝心な事、のあたりから視線は獣王に集中し、獣王が参加するという事実を知らされると、広場はさらなる歓声に包まれた。
「では肝心の獲物をご紹介しよう。オリヒメの占い結果で出された結婚相手〈ユーヒコ・ホシカワ〉である!」
名前を呼ばれたら仕方がない、群衆をかき分けて小子と一緒にお立ち台へと上がる。その姿が見えると、やはり群衆は熱烈なブーイングを放った。
そりゃそうだ、誰だって国のお姫様を何処の馬の骨とも知れない奴に嫁がせられるかってんだ。
「それでは〈嫁取り鬼ごっこ〉開始っ!」
「…あっ!謀ったな獣王!」
間一髪、掴みかかって来た獣王の手を避け、追撃の巨大な手を刀の鞘で弾く。
「逃さんッ!」
「小子!」
「【無重力】!」
僕は小子の魔法と同じタイミングで【重力解放】をし、小子の腰を抱えて広場から全力で跳んだ。
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「……なんとか、逃げ切ったな」
「で、ですね…」
どこかの家の屋根に降りた僕と小子は、ひとまずホッと一息吐く。
三日分の食料は、今朝女王様に頂いた弁当を【空間】に保存しているし、水分も魔法で作れば問題無いはずだ。
「で、どこに逃げるんです?」
「そうだな……一時間くらいは、国の外壁まわりをぐるぐるしようかと思ってる」
「じゃあ行きましょうか」
さりげなく「抱えて走れ」と両手を広げる小子に少し呆れつつ、僕は小子を肩に担いだ。米俵を担ぐ形で。
「……あの?」
「ん?なんだ?」
「…普通、自分の奥さんをこんな持ち方しないと思うんですけど」
「抱えやすいし。軽いし」
「……つまり小さいって言いたいんですか?一度地獄を見ます?」
「すいませんちゃんと持ちます」
小子を肩から下ろし、今度は肩車で持った。
「ショウコンバット!マークエックス!」
「………死にたいんですか?」
「すいません下ろしますだから一本ずつ髪の毛引っこ抜かないで」
今度こそ、僕は小子をお姫様抱っこで運ぶ。重力も五倍だけ解放し、屋根伝いに外壁の下までたどり着いた。
「…さ、しばらくはこの辺をうろうろするか」
「追っ手、来ませんね」
「国の中心から結構離れたからな。まぁそんなもんだろ」
特に何か起きるでもなく、僕と小子は外壁伝いに三十分ほど歩く。すると、空中から大量の何かが降り注いで来た。
「危ねぇ!」
「きゃっ!?」
とっさに物陰へと隠れ、その一撃をかわす。ちらりと降り注いだ方向を見ると、鳥の獣人が頭上をぐるぐる旋回しているのが見えた。
「……腕章、つまり追いついたって事か。派手にやりやがって…」
今の騒ぎで、僕たちの居場所は割れている。もうすぐ他の獣人がやって来るのは火を見るよりも明らかだ。
「すぐにこの場を離れるぞ」
「え、でもどうやって……ひゃっ!」
ちょっとでも物陰から姿を出すと、その位置に白い何かが降り注ぐ。近くに落ちたそれを拾って見ると、ゴツゴツした氷の塊だった。
「氷……いや、雹か?氷を大量に打ち出しているなら厄介な煌めきだな」
しかし、それにしては物理的すぎる。やるならもっと、連続して出してもいいはずだ。それをしないとなると……。
「………なるほど、アレか」
「なんです?アレって」
「早速、未来の記憶が役に立ったぜ。あの煌めきは【冷の煌めき】だろう。その副産物として、氷の塊を落としているんだ。鳥の獣人じゃなきゃ、まずこんな使い方は思いつかないからな」
「あ、なるほど。でしたら炎でどうにか対処するんですね」
「その通り。逃げるぞ、小子」
再び小子を抱え、物陰から飛び出す。そこを狙って雹が降るが、万年筆の力を煌めきで発動させ、当たる前に【炎】で溶かしきった。
「……けど、やられっぱなしなのも癪に触るってなァ!」
万年筆を取り出し、まず【火炎】と書く。
「借りるぞ、小子の魔力」
煌めきで小子と僕を結びつけ、小子の魔力で『三文字目』を付け足す。
「そらっ!【火炎弾】!」
なおも降り注ぐ雹を溶かしながら、火炎弾は徐々に雹を押し返す。やがて冷やしきれなくなった鳥の獣人は、火炎弾に被弾して、ふらふらと墜落した。
「死んでませんかね、今の人」
「加減はしてある。瞬間的に酸欠になって気絶するだろうが、軽い火傷で直ぐに完治するさ」
そう言って、彦星は小子を抱えたまま、街の中へと姿を消した。
来週は午後ですね、ハイ。
ご愛読ありがとうございます。




