#36 これは恋ですか?
後半が長すぎてグダングダンになってしまった……。
……眼が覚めると、私は白い天井を見上げていました。
「…知ってる天井、です」
見慣れた部屋、そこら中に転がるヌイグルミ、外から掛ける鍵付きの扉、およそ飛び降りれない高さの窓。
「そう、です……帰ってきた、です…」
窓から差す光りが眩しくて、私は思い腕を上げて目元を隠す。欠伸をひとつ、それから寝床の側にあるベルを鳴らした。
「およびですか、姫様」
部屋の外からメイドの声が聞こえる。私の要望を叶える為だけに、扉の外で待機しているのです。
「…喉が乾いたです」
「かしこまりました。ただいま紅茶をご用意させていただきます」
しばらくすると、かか様がワゴンを押して部屋に入って来ました。一緒にクロカンブッシュを添えて。
「………オリヒメ」
「…ただいま、かか様」
眠る前には撫でて貰えませんでしたけど、今は部屋には私とかか様しかいないので、沢山甘えても大丈夫です。
一通り撫でてもらったあと、かか様は厳しい顔をして平手をゆっくりペチリ、と当てました。
「どうして、あんな事をしたのですか?とても心配したのですよ?」
「…ごめんなさい、です。でも、リメは……」
窓から見える景色をちらと見て、オリヒメは無意識に【勇の煌めき】を使う。
「…リメ、は……」
肺に空気を溜め、オリヒメは喉元まで出かかった言葉を放った。
「…リメは、こんな狭い世界から外に出て、白馬の王子様とケッコンしてーんですぅぅぅ!!!」
ですぅぅぅ……すぅぅ…すぅ………。窓から出た声は、崖山〈シャフモン山〉に木霊する。
叫ばれた女王は、このワガママ王女の願望をどう受け止めたものかと一瞬考え、その意図に気付いた。
「…ふふっ……オリヒメ、貴女今…恋してますね?」
「えっ…」
「相手は……助けてくれた人間さんかしら」
「………ぅぅ」
「その人間さん、今この国にいるのでしょう?」
「い、いねーです!全然、まったく!南門の宿になんて泊まってねーです!」
「あらそう?それは残念ね」
あ、危なかったです。まだ何も解決していないのに情報を吐くところだったです。バレてないです…?よかったです。おっと、口調が乱れたで……ましたね。大人のレディはおしとやかなんですよ?
「…外が騒がしいわね。誰か来たのかし……」
言い終わらないうちに、扉が勢い良く開け放たれました。同時に、大声で私の名前を呼んで。
「オリヒメェェェェェェェェ!!!!」
「うるせーです!レディの部屋に入るならノックくらいしやがれです!!」
「起きたか。では少し話をしよう」
「……はぁ…」
本当に、話を聞きませんね。そんな人と話をするですって?寝言は寝て言えってんですよ。
「とと様と話すことなんて何もねーです。早く出て行くです」
「オリヒメ、お前の結婚相手を決めたぞ。ラビット族ソクアシが息子、ベルという男子だ。お前と同い年だそうだぞ、良かったな」
「………え?」
「なんだ、嬉しすぎて言葉も出ないか?そうかそうかガハハハハ!」
とと様は満面の笑みで頭を撫でてくるです。リメのお腹の底に冷たいモノがストンと落ちて、気がついたらとと様に平手打ちを繰り出していたです。
「…オリヒメ?」
「……もう、どーでもいいです…話をするとかしないとか、そんな次元の話じゃねーです………どーでも…」
ふと、パァの事を考えた時に、別れ際に聞いた事を思い出しました……。あれは確か…。
「……リメは、人間の国で…あの人に会ったです」
ニコニコ笑顔だったとと様は、みるみるうちに怒りの形相へと顔を変え、本気で戦う時にしか見せないような星域で城中を支配しました。……そんなに、パァが嫌いです?
「…どこで会った?」
「よ、よく覚えてない、です。ぼんやりとしか…」
「…連れはいたのか?」
「あ、パァの奥さんがいたです」
「………名前は?」
「…ヒコボシ、です。性は聞かなかったです」
とと様は立ったり座ったり、部屋の中をぐるぐる歩き回ったりして「よし」と覚悟を決めました。
「その人間を連れて来なさい」
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木々のざわめき、鳥の鳴き声、風のささやき。その全てと同化するような感覚で、俺は『自己』を溶かす。
……よーし、上手い事ハマったで。焦らず、ゆっくり…ゆっくりや……手足伸ばしてく感覚で……まずはそこの木まで…。
「どうだ、距離は伸びたか?」
「……………」
「ふむ、聞こえて無いと見える……どぉれ」
ガオウは目に星力を集中させ、タイガの支配星域を視覚化させた。
「……およそ十メートル。タイガの星力を考えると、この辺りが限界か…もうしばらく慣らした後、次の段階に移行させよう」
ビシバシ鍛えるつもりのガオウは、そのままタイガの星域に入る事なく、山小屋に戻った。
「…ふぅ、やっぱ伸びひんなぁ………」
星域を広げたまま、タイガは数センチ届かない木を見つめる。毎日、同じ位置から正円状に星域を広げ、修行を開始した時に比べれば格段に伸びている。だが重要なあと一手が足りず、成長は停滞を続けていた。
「……まぁ、それ以外にも気になる事はあるんやけど」
見据える木の方向から、くるりと後ろを振り向く。星域は維持したまま、その場所まで歩いて近づき。
「なんやねん、お前。俺に用でもあるんか?」
「……っ」
茂みに話しかけたタイガの頭が変になったわけではなく。ガサガサと茂みが揺れたかと思うと、その後ろから猫の獣人が姿を見せる。
「…ど、どうして……」
「アレで隠れとるつもりやったんか?星域修行してへんでも分かるで?」
「は、はうぅぅ………」
獣人の少女……タイガから見れば同年代の……は、まさか見つかるとも思っていなかったのか、ペタリと耳を垂れさせる。
………その正直な猫耳が、茂みから出てぴこぴこ動いとったんやけどな。気が散ってしゃあない。
「お前、名前は?」
「……れ、レオナ…姓は無い…です」
「姓無しか。師匠と一緒やな」
「……し、師匠?」
「なんでもあらへん、コッチの話や。ほんで?用があって見とったんちゃうんか?」
「そ、そんな…見つめるなんて……」
…何言ってんだコイツ。恥ずかしそうに耳をパタパタ動かすんやあらへん、腹立つわ。
「そ、その……そう、私も、星域が上手くできなくて…さ、参考になるかなぁって…」
「……あぁ、なんや、レオナも師匠に鍛えてもらっとるクチか」
「………………」
急にダンマリしよった。ホンマなんやねんコイツ。
「……あぁん?…おい、レオナ」
「ひゃ、ひゃい!」
タイガはレオナを抱き寄せ、自分の背後に隠す。支配した星域の中に、敵意ある獣の存在を感知したからだった。まぁ、ビースティア内部とは言え周囲は樹海なのだから、魔獣や魔物はもちろん、原生生物も生息している。問題は……。
「ちっ……人狼か…それもたくさん……あいつら星域使いよるさかい殺りにくいんねんな…」
問題は、人型に近ければ近いほど、魔物でも魔獣でも星域を使って来ると言う特殊な環境だった。個体によっては上手く扱えていない者もいるが、そんなのは戦ってみないと分からない。
「守ったるさかい俺から離れんなよ、レオナ」
「………はうぅぅぅぅぅ…」
「……なんでそこで赤面するんや…」
意味がわからんけど、とりあえず人狼は殺って終わなこっちが殺られてまう。幸い、星域を支配しとんのは俺やし、先手は取らせてもらうで。
「ほーれ、まず一匹ィ!」
獣化させた腕に星力を乗せ振るう。飛ぶ斬撃は三又に分かれて、前方の二匹を屠った。
「ちっ、射程距離圏外や。もっと近づかな……」
そもそも、人狼に襲われるのは初めてではなく、今以上の数に囲まれてもタイガは余裕で勝てるほど実力は高かった。しかしそれは、近接戦闘に限った話であって、タイガがレオナを守りながら遠距離で勝てるほど、余裕があるわけでは無い。
「先手で斬撃飛ばしたんはミスったな……警戒して近づいて来いひん…」
いや、遠距離に対しての強烈な一撃やったらあるんや。せやけど、その方法はぶっつけ本番っちゅうか……あんま、やりた無いんや。
「……レオナ」
「は、はひぃ!」
「あんま、やりた無いんやけど……もし、ヤバなったら師匠…ガオウさんに助けてもらえ」
「…ふぇ?
やりた無いけど、やらなしゃあない。諦めが肝心やで、俺。
「……【獣化】!」
血が沸騰するように熱くなり、体は虎に変化する。タイガの思考は体を離れ、理性を失った体は破壊の限りを尽くす化け物と成り下がる。
「GAAAAAAAAAAAAA!!!!」
俺の体は咆哮を上げて、その爪を振るう。人型の時とは比べ物にならない規模の斬撃が飛び、人狼は一気にその数を減らした。そのまま、タイガの体は近くの獣人に敵意を向け、鋭く尖った牙を突き立て……。
『……やらせるわけ無いやろっ、ボケェェェ!!!!』
精神体のタイガは、開いた口の下に潜り込んでアッパーカットを繰り出す。狙いはそれて、タイガの体は一時的に動きを止めた。
『なんで逃げへんねん、ドアホ!』
「……信じて、ました」
『あぁん?』
「タイガ君が、止めてくれるって、信じてました」
『おま……アホか!さっき会ったばっかの人間やで!?命預けるくらいに信用出来るかっ!』
「…ずっと、見てました。星域の修行頑張ってましたよね?最近伸び悩んでるのも知ってます。練習して、練習して、やっと星域を出したまま動いて話せるようになったのも。展開速度が遅くて悩んでるのも、全部」
『………』
「それに、言ってくれました。一生守ってやるから、俺の物になれって」
『いや、そうは言うてへんけどな?』
「それだけで、信じる理由には十分です」
『……あぁそうかよ!じゃあそこでジッとしてやがれ!』
もう、なるようになれ、や。ひとまず、レオナに攻撃の目が向かんかったらええねん。つまりは。
『自分の体に手綱を付ける、言うんも変な話やけどな!』
「GAAAaa……!」
精神体より伸びた糸状の星力で、顎の辺りを縛り付ける。必死に振りほどこうと暴れるが、元が自分の星力なので引き剥がす事は叶わなかった。
『俺の相手は、アイツらや。やってまえ!』
「GAAA!」
上手く星域の中を走り回らせて、次々と人狼を屠る。爪、牙、咆哮、体躯を全部使って、タイガの体は暴れ続けた。
『……よーしよしよし、全部終わったな。ほなら戻ろか…』
手綱を手繰り寄せ、タイガはその精神体をあるべき場所に収める。すると熱い血は熱と蒸気を放出し、蒸気が止む頃には人型のタイガが佇んでいた。
「……タイガ君!」
「…お、おぉ……無事、か…レオナ」
……頭がガンガンしよる。気分も悪いし、気ィ抜いたらぶっ倒れそうや…。
「大丈夫です。タイガ君のおかげで、傷一つありません」
「……………おぅ」
やばい、いよいよ頭おかしなったわ。レオナの言うた通り、一生守ってやりたくなった。こんなんに可愛いとか思ったらあかんで……。
「さぁ、一度帰りましょう?ガオウ様も、そんな青い顔を見れば休むなとは言いませ……」
刹那、レオナの体が横に吹っ飛ぶ。倦怠感の取れない体では反応する事も出来ず、後から視界に入った人狼が吹き飛ばした犯人だと合点がいく。
「まだ一匹残ってやがったのか……っ!」
人狼はタイガをチラリと見て、すぐにレオナの方へ駆け出した。反撃を警戒したのだろうが、立っているのがやっとの奴に向ける殺意など、微塵もない。
「レオナッ!逃げろっ!……くそ、衝撃で気絶してやがる!」
俺がなんとかせなあかん。あの人狼を星域に放り込めば、手綱の糸で助けられるかもしらん!
「間に、合え…っ!」
感覚は覚えとる。大丈夫、すぐに展開は出来る。ほら、星域がもうすぐ人狼に届き……。
「………チックショウがあああああ!!!!」
寸前で、星域の射程距離の外まで逃げられた。走って追いつく体力もないタイガには、どうする事も……。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
いらん集中は全部いらんねん!前へ、前へ、ただ一歩前へ…っ!後ろの警戒も、横の情報も、空からの敵襲も、どうでもええんじゃ、ボケェェェ!!
タイガの星域が変化し、上下左右後方の支配は解除される。その解除された分の星域は、全て前方へと注がれた。結果として、射程距離は前方五十メートルとなる。
「……捕まえたで、ボケカス」
レオナに人狼が触れる直前、その全身は糸で絡め取られていた。ゆっくり近づく死神に、人狼は恐怖する。
「俺のレオナに手ェ出すとは、ええ度胸しとるわ。せやけどな……」
絡めた糸を極限まで細くし、人狼の体に張り詰める。
「テメェは許されねぇ事をした……女に手をあげるって、最大の禁忌や!」
断末魔をあげる間も無く、人狼の体はバラバラに引き裂かれる。その血が一滴もレオナに触れないように処理するのは大変なのだろうが。
「おい、レオナ。立てるか?」
「……う、うぅ…タイガ、君……一体何が…」
「気にせんでええ。それより、立てるか?」
「…ちょっと無理そうです……」
「ほぉか」
何でもない様に、タイガはレオナを抱き上げる。膝下と肩を持つ様に。
「ふぇええええ!?」
「騒ぐなアホ、落ちるやろ。この辺は血を撒きすぎたんや、すぐに他の魔物が寄ってきよる」
「でででででもぉ!こ、この抱き方はまずいですよ!」
「何がやねん。具体的に言えや」
「……そのぉ…ですね、この抱き方は…ですね………そのぉ…」
「せやから、なんで赤面すんねん。この抱き方が楽なんやし、他になんかええ抱き方あるんか?」
「…………………………このままでお願いします」
「そぉいや、なんでレオナは精神体の俺を見れたんや?」
「あれは、タイガ君の星域の支配を受けていたからですよ。支配を受けた生物は、タイガ君の姿を見る事が出来るんです」
「ほぉか」
そのまま、タイガはレオナを抱いたまま山小屋に帰り、レオナがガオウの何世代も後の血縁者だと知ったり、二人の会話が気に食わず理不尽な稽古が始まったりするのだが……それらはまた、別の話だ。
ご愛読ありがとうございます。




