#33 覚醒
「かか様!」
「オリヒメぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
玉座から巨体を飛ばし、獣王は一人娘の愛娘を抱き寄せた。
「とと様、心配したんだぞぉぉぉぉ!!」
「…おひげ、痛いです」
「うりうりうりうり!」
かか様を呼んだのに、とと様が飛んで来たです。旦那様的に言うなら意味わかんねぇです。
「…よく、無事で……」
かか様がとと様ごとリメを抱き寄せたです。おひげも無いので抱きつきやすいです。
「本当に、心配したのですよ?」
「…ごめんなさいです」
「まぁ、こうして無事に帰って来たんだ。攫った人間には死をもって償わせたいが……占師が言うには、助けたのもまた人間だそうじゃないか」
「なのです!それで、とと様にお願いが「助けた人間に免じて攫った件は無しだ。さぁ、部屋に戻りなさい」…」
……やっぱり、とと様は何も分かってないです。どうして、リメが外に出たのかも、分かろうとしてないのです。
「……部屋には、戻らねー、です」
「…オリヒメ?」
「リメは、リメなのです…」
……言ってやる、です。思ってること全部、です!
「リメはっ!とと様のオモチャじゃねーです!リメはっ!自由になりてーです!リメは、リメはっ!」
王室の魔素が、ざわざわと震え出す。暴力的な星域でも、慈愛に満ちた星域でもない。とても、勇気に満ちた星域。
「リメはっ!『あの人』みたいになりてーですっ!」
もう、逃げねーです!立ち向かうです!リメの事は、リメが決めるです!
「………今、のは…」
「…星の、星域……」
獣王と女王は顔を見合わせ、我が娘の覚醒を自覚する。
「リメはもう、窓から空を見るのは嫌なのです!何もない部屋には帰らねーです!」
そう言い切った所で、オリヒメは糸の切れた人形のように、その場に倒れた。全身からおびただしい量の汗をかき、高熱を出して。それを見た獣王は、大慌てで叫ぶ。
「オリヒメ、オリヒメっ!お、おいっ!誰か医者を呼べ!」
「落ち着いてください!私が見ます!」
女王が【愛の煌めき】でオリヒメを治療する。しかし、外的損傷や毒などの内的汚染も確認されなかった。ただ一つ、星の恵みが著しく低下している以外は。
「大丈夫、どこも悪くないわ。突然覚醒して、加減も知らずに星域支配をした結果の、星力欠乏症よ。しばらく寝てれば治るわ…」
「そ、そうか……しかしあの密度の支配、我が娘にして恐ろしい才能だ」
「私たちの娘ですもの、当然です」
女王はオリヒメの汗を拭い、着物を一枚かぶせる。それを獣王は優しく抱き上げ、オリヒメの部屋に寝かせたのだった。
「………起きたら、話をしような、オリヒメ」
それからオリヒメが目覚めるまで、三日かかったそうだ。
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「………」
…………。
「………」
…………。
「………あっ」
…ふぅ、と彦星は知らない天井を見上げる。
ここはビースティアの宿屋の一つで、今部屋にいるのは僕だけだ。かっちり窓を閉めているから雑音も殆ど聞こえてこないし、とても静かで心地いい。
「…くそっ」
がしがし頭を掻いて、彦星は床のデュエス盤を見る。相手はいないが、その盤面は彦星の積みで負けを意味していた。
……時代劇で将軍が囲碁をしながら敵将の動きを予想したりするけど、今ならその気持ちがよく分かるな。程よい緊張と程よい集中。何より、終わった後に頭を空っぽにしやすくていい。
「……世界の改変、ね…」
占いババアに見せられた、前世界の僕。そこから得た経験と知識は、実は殆ど役に立たない。そもそもの地盤が、ここに至るまでの道程が、軌跡が。およそ全くと言ってもいいほど違うからだ。
先述しているが、この世界はどの世界とも違う。大きく異なるのは小子との結婚に加えてベロの召喚、塩湖村、悪友の存在に兎と猿の力の生存だ。
中でもベロの召喚は一番大きい。前世界では成し遂げられなかった『別世界への任意的干渉』に成功しているからだ。諸事情により、今はベロを異世界に帰しているが、おそらく呼ぼうと思えばいつでも呼び出せる。
「とはいえ、思い出した知識が役に立たないのは痛いよなぁ……なんでもっと応用性の効く情報を集めなかったんだろう僕は」
しかし、なぜ僕は魔王の従僕たる兎と猿を殺せなかったのか不思議で仕方がない。それほど恨んでなかったとかそんなことは無いし………。
「あーもうやめやめ!やめだ!考えれば考えるほど分からなくなる!今すべき事は小子の帰りを待つ!一日や二日で会えるような師匠でも無いし、リメも早々帰ってはこないしな!」
とりあえずの方針として、この地で暮らす資金を調達しなければ。獣人である以上、国の出入りは自由だし、山の反対側には森もある。適当な動物を狩ってオッサンに売り付ける事から始めよう。
……そう、意気込んだ直後、彦星の腹が空腹のシンフォニーを奏でる。
「………の、前に飯だな!」
お昼の時間というのもあって、どこからかクリーミーな匂いがする。食事付きの値段を支払って大正解だったな。
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後ろには切り立った崖が見える。それはつまり、ビースティアは崖を背面の防御壁と見立てて建国されているという事だ。反面、前方には豊かに育ちすぎた樹海が広がるだけなのだが。
「せいっ!」
「プギィ!」
樹海に住むイノシシの様な動物を、刀で片っ端から狩っていく。こいつらはモンスターと違って結晶を落とさない代わりに、肉や毛皮に牙などの素材を残してくれる。
そこの辺り、明確な違いがあるらしいが、僕にはボア系モンスターと動物のイノシシとの違いが全く分からない。だがこの辺は動物のイノシシが多いらしく、偶然狩ったボア系モンスターは全体の一割もない。
「素材屋のオッサンに狩場を聞いて正解だったな。バンバン狩れる」
オッサンはあの後、僕の納品した毛皮で大儲けしたのか、顔を出した直後は挙動不審だった。まぁ、ぼったくったと思えば気が重いかもしれないが……アレは双方の同意の上の取引だから、気にする事は無いんだよな。おかげで聞いたことを素直に話してくれたのは助かった。
「……いい加減、この全属性付与が邪魔になってきたかな」
動物の血を吸ってナマクラにならないよう、こまめに『浄化』してるんだが。自分の魔力を扱えるようになってから『圧倒的魔力差をもってすれば、ある程度の魔法は無効化出来る』という事実に気づいてしまい、それならもう属性いらなくね?と思ってしまった。
「……あらかた狩り尽くしたからな、しばらくは安全だろう」
ひらけた場所に座り、空間から適当な台を出して、その上に綺麗にした刀の頭身を乗せる。万年筆で『全』の文字を『消去』して、付与効果を一時的に無くした。
「で、新しい付与はどうするかな……」
主体武器が刀である以上は、遠距離に対しての攻撃手段を持ち合わせない事になる。万年筆で補うにしても、やはり威力が心許ない。となると。
「…近距離の火力底上げと、転じて遠距離にも届きうる付与……か。最悪、中距離でも妥協すべきだな」
遠距離なら、例えば……砲撃の『砲』?いや、ゼロ距離射撃で巻き添えを食らうのは嫌だな。刀と『弓』ってのもあるが、それなら万年筆で『銃』を出した方がよほど効率的だ。
近距離なら、そうだな……爆発の『爆』?アホか、『砲』よりハイリスクだっての。『斬』にしたって遠距離まで届くとは思えないし、刀身を『長』くしても扱いきれるかどうか……。あぁ、刀に付与してみたい文字ならあった。
「…超音波振動をイメージして、『振』なんて……」
遊びで付与してみたら、とてもじゃないが『超音波』とはかけ離れた、せいぜいアラームのバイブ程度の振動になった。付与する物をオトナのオモチャに変えれば、さぞ卑猥なバイブレーションを披露してくれる事だろう。……今度小子に試そうかな。
「ま、それは追々やるとして。なんか近いような気がするんだよなぁ……もっとこう、震えさせるのに適した付与が、さぁ?」
要は、近距離、遠距離もしくは中距離まで届く攻撃、だろ?超音波振動はロマンだとして、そもそもイメージが甘いんだよ。高速振動なんてケータイかスマホのバイブしか身近に無いし。もっと身近な、万物に響くような振動を……。
「いやいや、そんな都合のいい物なんて……」
……あったわ。アレも、一応は振動だよな。
「成功…するかな?やってみなきゃ分からないけど……」
そう思い、僕はたった九画の一文字を付与する。書き終えた後で、なんの変化も起きないので失敗したかと…そう思ったが。
「………なんか、聞こえるな」
刀からは、僅かに………空気の抜けるような甲高い音が響いている。もっと良く聞こうと思い、耳を近づけて…。
「…ィつっ……!?」
うっかり、頬の一部を切ってしまった。
……否、切れた。
「……ははっ…マジかよ、出来ちまった」
たった一文字、ただ『音』と書くだけで、刀は『超音波振動』を授かった。ロマンの実現が成されたワケだ。
しかし問題はもう一つある。
「ちょっと振るってみるか」
近くの木に狙いを定め、ゆっくりと亀の速度で刀を振るう。すると豆腐を切るより簡単に切れた。木はメキメキと上の方で音を立てて倒れ、切り口はサンドペーパーで整えたかのように滑らかだった。
「……こりゃあ、想像以上…だな」
倒れた木を担ぎ上げ、ひらけた場所へ横倒しに置く。根元の方から適当な長さに切って……大体、僕のお腹くらいの長さかな?それを二本作って直立させ、その上にもう一度倒木を担ぎ直した。
「次は……飛距離」
再び根元の方に立ち、刀を構える。鞘には入れず、左手は軽く添えるだけ。ただし触れない。良くも悪くも切れるからね、色々。しっかり居合の型を取って、僕は全力で抜刀した。
「………っふ!」
何事もなく、刀は振り抜かれる。それを構えたまま、僕は切った倒木の切り口を確かめに行った。
「…刀の長さはここまで。この先から切れたのは付与なんだが……」
立ち位置から測った最長の、攻撃が届く範囲。およそ刀の半分ほどが倒木の中に入って出た事を考えて、根元から約五十センチは通常の切り口だ。しかし切り口はその長さを軽々と超えていて。
「……延長して、三メートル……短すぎてダメだ」
僕の想像だと、アニメでよくある『真空斬』を考えていたんだが、その名を語るにはあまりにも短すぎる。それに、欲しかった飛距離よりもはるかに短い。
「だが方向性は良い。この文字だけなら、近距離で切れないものはまず無いだろう。飛距離に関しては……もうひと声、手を加える必要があるな…」
しかして付与出来るのは『一つの物体につき一つだけ』だ。生物でもない鉱物には、僕の重力制御のような付与の仕方は出来ないし。
「……まてよ?飛ばすのが空気ではなく、僕の魔力なら…」
元々、完成した刀で練習するつもりだった事。それを今、この場で行う。
「まず、全身の魔力を体表に……っ!」
内側でうごめく魔力を外に出す。出たらそのまま、キープだ。
「っ………し、よーしよしよし…安定した、安定した……」
僕の体を魔力の膜が覆う。これ自体はそれほど難しい事でも無く、熟練の魔法使いなら基礎防御を上げるためにした。原理は僕とは違って、防御魔法系統の一つである魔法鎧なのだが。
「…完結された魔法と違って、魔力のままの方は応用が利くからな。防壁力は魔法鎧より劣るが……出力を上げれば問題ない、それよりも……」
握った刀に目を向けるが、当たり前のように刀には魔力の膜は無い。
「意識を集中させて…膜の、刀を……」
手の魔力を刀の外に伸ばし、刀身を魔力で包む。ゆっくりと刀を振り回し、徐々に振り回す速度を上げる。最大速度で振り回そうとした所で、刀を包んでいた膜は霧散した。
「………ふぅ……要練習だな、これは。まぁ、それはさておき…」
もう一度、倒木に向き直る。刀に再度、魔力の膜を張って、霧散する前に全力で振り抜いた……刹那。
ーーーーーーーシュバゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
雷に打たれたような、空気を裂く音を立てて、彦星の持つ刀から何か……斬撃のような物が飛び出した。
「………は?」
モウモウと土煙を上げる中で、まず目に飛び込んだのは倒木『だったもの』だ。綺麗に切られた倒木の断面は、やはりサンドペーパーで整えた様な滑らかさだが、それが延々と……木の頭まで届き、そして上に乗っていたはずのもう半分は消えてしまった。
「………いや、違う、この土煙は、まさか…」
足元を見下ろし、降り注ぐ土煙を見る。宙を舞う煙は時間を置くとその場に降り積もる故だ。そして、その黄金色の細かな粒子を確認して、彦星は一つの答えを見た。
「…全部、木屑かよ……たまんねぇな、これは…」
乾いた笑みを浮かべながら、二つに割れた倒木を見下ろす。頭の先から根元まで十メートルはあるだろうか?それを抵抗なく切れるなら、もう付与の実験は成功を収めた事になる。
……そして、彦星はまた、驚愕の事実を知らされた。
「…………おい、おいおいおい、ちょっと待ってくれよ、なあ…」
視界不良だった木屑はほとんど落ちきり、それで事が全て終わったかに見えたが。立ち位置の延長線上、向かいの樹海に異変が訪れていた。
「…これ、やばいんじゃねぇの?」
横幅は約五メートル、縦幅は不明……ひらけたのは、視界だけでなく、どうやら土地も拓いてしまったようで。無限に思えるほどに倒れた倒木を確認し、彦星はもう笑うしかなかった。つまりは。
「……飛ばした斬撃が、森の一角を破壊?こんなの、制御しなきゃ、兵器と変わんねぇぜ?」
立ち位置から刀の長さを引いて、約五十メートル。それが、付与を全力で使った斬撃の飛距離。更に言うと、彦星の魔力の膜は不完全なため、振り抜くとほぼ同時に霧散。つまり、この距離は一秒どころかコンマ零零ウン秒の結果。
「……魔力の膜は要練習じゃない…最重要習得課題だ」
前世界での能力として、魔力の膜は使っていたが、どうやって使用したかは思い出せない。これは早急に、師匠に会わねばならないな。
「……帰ろ」
鞘には刀の音を相殺する『音』の付与を施して、僕はビースティアの宿へと帰るのだった。
ご愛読ありがとうございます。
次回、小子にムフフな展開が…っ!あるかも(未定)




