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#32 修行

間に合ったぜ……b

「どうぞ、粗茶ですが」

「あ、どうも……」


 ガオウさんは俺達を樹海の小屋に案内して、ご丁寧にお茶まで出してもろた。


「……って!何を呑気にお茶すすっとんねん!」

「美味いぞ」

「あんな、マキ姉。森の奥で出てきた粗茶が美味いわけ、ほんまやうンっま!」

「喜んでいただいて何よりです。それで、マキ殿?今回はスノウ様の修行にございますか?」

「あぁ、スパルタ教育で煌めきはほとんど使えるが、いかんせん星域が難しくてな。教える奴が問題なのもあるが」

「なるほど、それは大変でございますな」


 な、なんや俺の預かり知らん所で着々と話が進んでいくんやけど。……おかしいな、この話前も聞いたような…ウッアタマガ。嫌な事件だった…。


「なぁ、当の本人抜かして話進めんの、やめへん?」

「これは失礼いたしました」

「……ほんで、マキ姉が説明してくれるんやろ?ここはどこで、ガオウさんはナニモンで、俺はなんでここにいてるんや」


 とりあえず疑問はどんどん出てくるやろうけど、一個ずつ答えてもらわなしゃあない。


「ここは獣人国〈ビースティア〉の端っこ、ガオウは私やリュウガ、お前の父ハクガの師匠。今日タイガを連れて来たのは、四英雄としてその異能と呼ばれる『煌めき』を完全に使いこなせるようになるためだ」

「ちょちょ、獣人国?なんやそれ、ここは鎖国状態の帝国ちゃうんか?ほんで親父の師匠やて?どう見たかてクソ親父より年下やん。あと煌めきとか星域とかなんの話や」


 俺の質問を聞いて、マキ姉は頭を抱えた。ほんでクソ親父の方を見て、ため息を吐く。


「……なぁ、ハクガ…お前は何してたんだ?」

「力こそが全て、星の恵みは自分で見つける物や」

「だからハクガは師匠に向いてないって言われたんだよ!脳筋が!」


 あのヤロウ、マキ姉から目ぇそらしよった。ホント、クズやわ。


「まぁ、少し落ち着いてくださいマキ殿。人には得手不得手がございますし、ハクガ殿は絶望的に指導が下手くそなだけにございますから」

「さらっと毒吐くなやガオウ」

「そんな事だから、家で尻に敷かれるのも仕方ないんですよ」

「なぁ待って?なんでガオウが家の事情知ってるん?」


 ………ガオウさんがクソ親父の師匠ってホンマらしいわ。圧倒的上位感が漂っとる。心ン中で師匠と呼ばせてもらお。


「そんな親父はほっといて、煌めきってなんなん?よぉわからんのやけど」

「私が説明するよりガオウが教えてやってくれ。うろ覚えなんだ」

「そうでございますね……煌めきとは、魔法と似て非なる星の力…でしょうか。主に私たち獣人が持つ力なのですが……」


 どう説明したものかと頭を回すガオウは、ふと思い付いたように顔を上げる。


「時にタイガ様、タイガ様は四英雄……ご自身のご先祖様、異能についてどの様な認識をされておられますか?」

「ん?そりゃ、神様に力もろうて脈々と受け継がれとる一族なんやろ?」

「……やはり、人間側の教育を受けておりましたか。タイガ様、その知識は間違っております」

「……どういう事や」

「それをお伝えするのが、私の使命にございます」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 間食とばかりに、俺は出された菓子折りに手を出した。


「そもそもの始まりは三千年前の魔王戦、その最前線に立つ四人の戦士が四英雄様でした」

「……さっそくツッコミたいんやけどな。ガオウさん、あんたいくつやねん」

「大体五百年前に数えるのをやめております」

「……」


 やっぱこの人バケモンや。普通やあらへん。


「その戦士はどんなに重い武器でも振る得る怪力を持ち、その戦士はどんな攻撃でも防ぎ得る硬さを持ち、その戦士はどんな敵より速く翔ける脚を持ち、その戦士はどんな色も相殺する五色を持っておりました」

「それつまりマキ姉とタト爺と俺とリュウ兄やんな?」

「おい、実の父親を忘れとる」

「うっさい黙れクソ親父」

「あぁん?」

「やぁめいお前ら。親子喧嘩は帰ってからやれ」


 一触即発の空気を、リュウガが仲裁に入る。ハクガとタイガは睨みを利かせたまま、そっぽを向いた。


「彼等はタイガ様の言う通り、現代四英雄の初代様でございます。名をクーシャ様、ゲンブ様、スノウ様、セイ様と申されます」

「……全部、俺らの性やん」

「名は体を表すと言います。そして、どう言う原理かこの名を継ぐ者にしか四英雄様の煌めきは遺伝いたしません」


 そこでふと思うた。師匠はなんでそんな細かい事覚えとるんやろってな。


「なぁガオウさん。あんた、なんでそんな細かい事覚えてられるん?忘れへんの?実際に見て来たみたいに話しとるけど」

「はい、私は魔王戦に参加しておりました。とはいえ、情報伝達部隊ではございましたが……。私の煌めきはその部隊の方が、都合がよかったのです」

「…ガオウさんの煌めきて、なんなん?」

「私の煌めきは【記の煌めき】でございまする。見たものを永遠に記憶する煌めきでございまして、星域と私自身に記憶した戦士を描写する煌めきでございます」


 なんやそれ、めっちゃ強いやん。理由は知らんけど長生きらしいし、強者を知れば知るほど手駒は増えて描写し放題やろ?……あ、っちゅうことは最初のアレは全部描写した戦士か!えぐっ!


「当時の魔王は一人で北の地より現れ、ゆっくりと南下を始めました。事前に討伐隊を編成出来ましたのは、国中の占い師が同じような占いを述べたからでした」


 曰く、北の大地より敵が現る。曰く、邪神が北の大地で目覚めた。曰く、北の大地から悪虐の限りを尽くす。曰く、曰く、曰く。

 いずれも、北から強大な敵が来る。それを伝えていた。


「四英雄様はそれぞれ数十人の兵を率いて最前線に立ち、魔王と対峙いたしました。私も、連絡班を連れて四英雄様の行動を逐一報告しておりました」

「……伝説に付いて行けるガオウさんも大概やと思うで…」

「時が経つに連れ、魔王との戦いは熾烈を極めました。屍は万を超え、山々を削り、動植物は滅び行くのみとなりました」


 ガオウは一度言葉を切って、湯飲みの中を飲み干す。それを見たタイガもまた、同じく飲み干した。


「……戦いは激化し、戦力が千を下回った所で、事態は急変いたしました。魔王が今まで一度も使わなかった能力を使用し、王の首を取りに来たのです。今となってもどうしてそんな行動を取ったのか不明ですが、それにより私は死を奪われました」


 よほど悔しい思いをしたのか、ガオウは拳を握りしめる。


「………敵地に飛び込んだ魔王は、私や、獣王様、四英雄様に仕留められ、長く苦しい戦いに終止符を打ちました」

「…魔王は何がしたかったんやろ」

「……私の私見でよろしければ、魔王は何かの目的の為に、命を使ったと思われます」

「目的?」

「はい。今、こうして私がこの話をするのも、魔王の星域で煌めきが遺伝するのも、魔王が『転生する煌めき』なのも、全て」

「ちょちょ、待てや。今なんて?転生する煌めき?星域で遺伝やて?」

「はい。魔王は、生前の知識と能力を保持したまま、新しく生まれ直す煌めきを持っております。その支配下である魔王の星域に長く留まった四英雄様も、また同じです」

「……ほんなら、俺はなんやねん。ご先祖様と同質や言うんか?」

「……少なくとも、魂の半分はスノウ様でございます。星域の影響を受けた結果、能力のみ受け継がれるようになりました」


 ………なんや、それ。俺という存在の、全否定やん…そんなん、親父と、同じ……。


「もうその辺にしておけ、ガオウ。話の本筋から離れ過ぎている」

「…そう、でございましたな。して、今日の目的はタイガ様の覚醒、でしたな」


 自分を見失いかけたタイガに、ガオウは言葉をかける。取るに足らない、細くとも丈夫な言葉を。


「タイガ様、貴方様は誰でございますか?」

「………俺は、俺…は…」

「貴方は他の誰でもございません。例え貴方様の半分が忌み嫌う物だとしても、もう半分はタイガ様そのものです」

「…そう、だな……」

「明日、早朝より修行を開始いたします。それまでに、貴方の半分と整理をつけて置いてください」


 そう言って、ガオウは席を立った。連れられて、他の人も部屋を出る。一人になったタイガは、翌朝まで部屋を出ることは無かった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 翌朝、日の出の時刻。

 タイガを出迎えたのはガオウではなく、マキ達だった。


「お、トラ。よく眠れたか?」

「トラちゃう、タイガや!心配かけてスマンかったマキ姉、整理とかはついてへんけど……俺アホやしな、考えんのやめたわ!」

「ぷ、ふふ……」

「な、なんやねん」

「いやいや、トラらしいと思ってな。まぁ、頑張れよ」

「……なんや、帰るんか?」

「いや、俺らはビースティアに向かう。トラはガオウさんに鍛えてもらえ。……なぁに、死にやしねえよ」

「ガオウ殿は手加減の出来る人だ。頑張れ」

「な、なんやねん皆んなして……」


 タイガが見送りを済ませてしばらくすると、ガオウは準備を済ませて小屋から出てくる。その手に修行着を持って。


「着替えろ」

「ガオウさん、よろしくお願いします」

「あぁ。それに着替えたら修行を開始する。私のことは今後教官と呼べ。返事はイエッサーのみだ」

「ガオウさん?何言うてんの?」


 昨日と雰囲気が全然ちゃう。演じるというか……別人やで…。


「明日からこの時間、その服で出ろ」

「い、いえっさー?」


 タイガは渡された修行着に袖を通し、幅十センチはある太い紐で固定した。


「道着を着たな?では最初の修行を開始する。まず煌めきを解放しろ」

「……なんやようわからんけど…【擬獣化】!」


 煌めきと呼ばれる異能を解放し、タイガの肉体は人の姿を消していく。手足を地につけ、その姿はまさに虎そのものだった。


「フシュゥゥ……これでええんかニャ?」

「何をしている。その先があるだろう」

「いニャいニャ、俺の制御出来る獣化はここまで何ニャ」

「獣化しろ、タイガ」

「だからニャ、ガオウさん……」

「返事は?」

「………どうニャっても知らんで…【獣化】!」


 獣化っちゅうんは体の中から熱を放出する感覚が一番近いんちゃうかな。血がどんどん高熱になって俺の体は肥大化するんや。ほんでしばらくしたら比喩でも何でもなく、俺の視点は宙に浮いて、足元には俺の巨大化した姿が見えとる。

 ……こうなったらもう、俺の意思とは関係あらへん。目の前をブッ壊す害獣に成り下がって、気絶するまで暴れるだけや。


「ほぅ……随分とスッキリした体躯じゃないか」

「GAAAAA!!!」


 タイガの体はガオウを敵とみなしたらしい。大木をなぎ倒しそうな豪腕で『猫パンチ』を繰り出した。もちろん、その威力に関しては子猫のそれと違って地面をえぐり、敵を屠る殺意の一撃なのだが。


「ふむ、速度も良いな。しかし威力が心許ない」


 常人ならば避けることは困難な猫パンチを軽々と避けるガオウも、大概だった。


「耐久性は如何かな?」

「GYAN!?」


 突然、ガオウが肉薄したかと思うと、タイガの体は真後ろに数メートル吹き飛んだ。何とか踏ん張って耐えたが、その額からは血が垂れている。


「耐久性に難あり……と。速度重視の軽量攻撃種か」


 その様子を上から眺めていた精神体のタイガは、ひたすら口を開けてア然とするしかなくて。


「おい、戻る準備をしろ」


 精神体となったタイガを見るのは不可能なはずなのに、ガオウはその位置を完璧なまでに把握している。

 一言声をかけ終え、ガオウはもう一度タイガの体に肉薄すると、その額にさらなる追撃を……刹那。


「GAatt!」

「っ!」


 姿勢を低くして追撃をかわした体は、持ち前の速度でガオウの後ろへ。宙で受け身の取れないガオウに、その豪腕で猫パンチを食らわせた。


「GAAAAAAAAAAA!!!!」


 吹き飛ぶガオウにさらなる追い討ちを仕掛け、後ろの木々ごとなぎ倒していく。

 …正直、まともに見れたものやあらへん。あの勢いやったら人の体がミンチになってもおかしない。


「ギャーギャーうるせえ!」

「GYAN!?」


 人の心配をよそに、ガオウは勢いよく膝蹴りを食らわせる。顎下に当てられたタイガの体は、縦回転しながら後方に吹き飛ばされ。


「おい、戻れ」


 タイガの精神体はすんなりと肉体に戻る。と同時に、気を失うほどの痛みが襲って来たのだった。

 朦朧とする意識の中で、タイガはガオウの言葉を聞く。


「目が覚めたら本格的に修行を開始する。今はゆっくり寝ろ」


 ……嫌な予感しかせえへん。っちゅうか、地獄の始まりやろこれ…………。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「なぁ、俺たちは別に悪い事しようとしてるんじゃないんだぜ?素直に引き渡してくれりゃあいいんだよ」

「さっきから言ってるだろ!ここにダンナは……ヒコボシはいねえんだって!」


 塩湖村で何度も繰り返されたこのやり取りに、エイビルはほとほと疲れ果てていた。ヒコボシがこの村の創設者である事は有名だが、しかし今統率、管理しているのがエイビルだというのは一部の人間しか知らない事だった。それ故に。


「まぁ落ち着けよ。こんな下っ端じゃあ、知らされてるはずが無いだろ。なぁアンタ、もっと上の、責任者呼んでこい」


 この手の扱いが、増えて来るわけで。


「私がその責任者だ」

「……この野郎…人が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって!」


 短気な冒険者だと怒って手を出したりするのだが、エイビルにはその暴力を止める力を持ち合わせていないので……。


「……っ」


 思わず目を瞑ったが、また、ボコボコに殴られて治療だろうな。クラリッサさんに心配かけるけど、交渉は全部下に任せて…あぁ、書類の山をどうにかしないとだから、利き手が無事だと助かるかな。


「やめろ。いないって言ってるだろ」

「あぁん!?」


 振り下ろされるはずの拳を、男は片手で止めている。その背中には大きな大剣を背負い、少し酒臭が漂っていた。


「なぁ、ここは一つ、俺のハンサムに免じて引いてくれねぇかな?」

「は?どこにハンサムがいるって……」


 止めた片手に力を込めたのだろう。笑わない目と笑った口元の主張を激しくさせて、無言の圧力を放った。


「いででででで!わかった、わかった!」

「よかった。あんた聞き分けが良くて助かるぜ」

「けっ!よく言う野郎だ!」


 殴りかかろうとした男たちは、そのまま塩湖村を後にする。もう戻って来る事も無いだろう。


「……助かったぜ、アンタ」

「いや、俺もちょっとヒコボシに用があったんだが…」


 そう聞いて、エイビルはまたもや身構える。この助けてくれた男も、ダンナをよく知らない野郎なのだと。


「おいおい、そう身構えねぇでくれ。俺はヒコボシを捕まえてギルドに引き渡そうなんて思っちゃいねえんだって。その、助けになればと思ってだな……」


 男は口ごもって「アンタにこんな話しても仕方ねぇよな…」と一方的に話を切った。


「……アンタ、名前は?ダンナとはどういう関係だ?」

「俺か?俺の名前はヴォリス。【酔剣】のヴォリス・ヴァレンタインだ。ヒコボシとは世界一の心友よ!」


 心友と、そう名乗ったヴォリスに、エイビルは小声で耳打ちをする。


「………アンタに、言伝を預かってる」

「俺に?誰から?」

「誰でもいい。ダンナの友人を名乗る変人が現れたら伝えてくれと言われただけだ」

「へ、変人……」

「探し人はここから北に行く。絶対に来るんじゃ無いぞ、悪友……と」


 ヴォリスを『悪友』と呼ぶ時点で、ヴォリスにはその人物が誰か分かった。同時に、アイツらしい、とも。


「そうか、北か。邪魔したな」

「待て、追うのか?」

「あぁ。友がそこにいるのなら、俺は駆けつけて助けになりたい」

「…………これを、持っていけ」


 エイビルは懐から何かを出すと、離れかけたヴォリスに投げ渡す。しっかりと受け取った何かを見てみるが、幾何学な模様の入った拳ほどの石だった。


「これは?」

「もし、悪友が忠告を無視するなら、渡せと。探し人に会うまでにその石が鳴ったら、引き返せ…だそうだ」

「……分かった。しっかりと受け取ったよ」


 今度こそ、ヴォリスは塩湖村を後にしようとする。そんなヴォリスを、エイビルはもう一度呼び止めた。


「他にも、何か?」

「いや………その石、言伝を預けた本人の物なんだ。だから……」


 エイビルは一度言葉を切り。


「…だから、必ず届けてくれ」

「………見知らぬ誰かじゃなかったのかよ」

「……頼む」

「任しとけ。ついでに一発殴って引きずって帰ってきてやる」


 預かった石を懐に仕舞い、ヴォリスは北を目指して……まだ見ぬビースティアを目指して、歩みを進めるのだった。

ご愛読ありがとうございます。

今後の更新状況については、活動報告「今後の更新予定」をご覧ください。

20170829→タイガの父親の名前を修正いたしました。第4話でもう出てましたね……。

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