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#2 女神の書

 目覚めると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。眠った頭で考えて、これはどういう状況かを確認する。

 見知らぬ天井、見知らぬ部屋、窓の外にはファンタジックな生物達。

 あぁそうか、これはまだ夢なのか。

 そんな答えにたどり着き、そして思う。ネタの宝庫が目の前に広がっている!

 こうしてはいられないと、ベッドから飛び出し、部屋を出ようとする。

 …が、ふと自分が先程まで眠っていた枕元が気になり、目を向ける。

 そこには、一本の万年筆が転がっていた。


「…なんでこんなものが気になったんだ?」


 一先(ひとまず)それを、胸ポケットに仕舞い部屋の引戸を開けた。するとそこには僕の担当者が立っていたのだ。


「「………」」

「…おはようございます、先生」


 先に口を開いたのは、桂さん。僕は、何も見なかったと言わんばかりに引戸を閉める。


「ちょ、先生!?なんで見なかったフリをするんですか!?」

「夢の中にまで原稿を取りに来る貴方の担当者精神に恐怖を覚えたからだっ!」


 再びベッドに入り、頭から掛け布団を被る。タダをこねた子どもの様にプルプルと震え、引戸の外に立っている桂さんに視線を向けた。


「…あの、先生。そのままで構いませんから、聞いて下さい。まず、この世界は現実です。夢ではありません。恐らく先生は、私に巻き込まれてこの世界に飛ばされたのだと思います…ごめんなさい。私は、今からある人を探さなくてはなりません。神様から与えられた万年筆を持つ、もう一人の使者を」


 …ん?万年筆、だと?

 自分の、胸ポケットに刺さっている物を見下ろす。

 それは、自称神様が俺に押し付けた物で、確かもう一人によろしくとか言っていたような?


「…私は今から出掛けますけど、ちゃんと元の世界に戻ってしっかり原稿書き上げて下さいね?出ないと、後が怖いです、から…っ」


 声が、震えている。


「…泣いてんの?」

「ぐす、泣いてなんか、無いです。これは汗、です。ぐす、嬉しくて、汗が、止まらない、です」

「…まぁ、今まで散々子ども扱いして来たからな。周りから崇められるのはいい物だろ?」

「…先生は、悲しく、無いんですか?」

「…いや?別に」

「ぐす、酷いですよ…私は、こんなに悲しいのに…」


 あー…そろそろいいかな?

 いたいけな女性(しょうじょ)を泣かすのは、ちょっと“ 来る ”ものがあるからな。

 引戸に手をかけ、開ける。


「おいおい、大号泣じゃねぇか。目、真っ赤だぞ」

「泣いてなんか、ないで、す!これは、汗ですっ!」

「まぁ、泣き止め。それからな、探そうとしてるもう一人の使者ってのは、多分僕だ。ほれ、深呼吸…吸ってー…吐いてー…」

「すー…はー…すー…はー…」

「落ち着いたか?」

「…はい」

「じゃ、ちょっと中で話そうか」


 桂さんの肩を抱き、部屋の中へと招き入れる。そのまま、引戸を閉めた。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 密室で二人きり、と言えばかなりオイシイ展開だろう。そのままベッドに押し倒したりすれば、たちまち薄い本が出来上がる。

 しかし、残念ながら僕はこの担当者を微塵(みじん)も異性として見ていないため、そんな事は起こるはずも無い。


「桂さん、いくつか聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「ここはどこだ?僕より先に目覚めているなら、何か分からないか?」

「そうですね…ここは、ギルド宿舎です。ファンタジー世界の冒険者なら、無料で使用できるみたいです。そしてこの世界は、私達のいた世界とは交わる事の無いパラレルワールドの様です」


 パラレルワールド、か…なるほど。

 でもなんで桂さんはそんな事を知っているんだ?宿舎については…まぁ、こっちの方々に聞けば分かると思うのだが。

 その事を桂さんに聞くと。


「えっとですね、宿舎についてはここの人達が教えてくれまして、世界そのものは来る前に教えてもらいました。他にもいろいろあるみたいですけど、女神様に貰った本に全部書いてあると思います」

「あ、そうか。桂さんも自称神様に何か渡されたんだっけ?その本がそうなのか?」

「そうです」


 桂さんが持っている本を指摘する。

 いや、そもそも神様は僕たちに何をさせたいのだろうか。迫り来る魔王軍から世界を守るとか?いずれ来る大災害からの救済?どれも違う気がする。


「そういえば、桂さんはその本の使い方分かるの?」

「ええ、本を開いたら漠然とですが…こうすれば使える、と分かるんです。例えば…」


 パラパラと本をめくり、何やら呪文を唱え始める。

 それは人の言葉でなく、何を言っているのかわかりはしないが…不思議と嫌な感じはしないので、恐らく回復魔法の一種だろう。

 桂さんの演唱が終わり、優しい光が部屋全体を包み込む。すると、半分寝たままだった頭がスッキリとし、溜まっていた疲れが吹き飛んだ。


「…今の魔法は、私は始めて使いました。魔法文字も読めないのに、です」

「なるほどな、なんとなくわかった。と言うことは、僕の場合はこの万年筆を持てばいいのか?」


 胸ポケットから万年筆を取り出し、利き手に持つ。しかし、使い方はおろか漠然とした何かが来る気配も無い。

 …いや待て、桂さんの本の時は確か…開いたんだっけ。なら万年筆だと、キャップを外すのか?

 万年筆のキャップを外し、筆頭に被せる。途端に、“ 神の万年筆 ” についての知識や使い方、対になる “ 女神の書 ” に関する情報や異世界についてなどが頭を駆け巡る。


「…桂さん」

「はい?」

「難しい事は考えず、気楽に行きましょうか」

「…そう、ですね。ありがとうございます」


 万年筆を、再び胸ポケットに仕舞い、桂さんの頭を撫でる。

 嬉しそうな笑みを浮かべ、喜ぶ桂さんを眺めていると、部屋の引戸がノックされる音が聞こえた。

 私が出ます。と言って、桂さんは引戸を開ける。


「あれ、ショウコちゃんじゃねーか。ツレの具合はどうよ?」

「あ、マキさん。はい、おかげさまで、あの通りです…先生」


 桂さんに呼ばれ、歩み寄る。

 話の流れ的に、この人は〈マキ〉という名前だろう。


「先生、こちらマキさんです。私が目覚めてから、色々お世話になった方で、先程お話した“宿舎内”の知り合いです」

「どうも」

「おいおい、随分と無愛想なツレじゃねぇか。ショウコちゃんはこんなカタブツが良いのか?」


 宿舎内、と言ったようだが…僕たちが異世界から来た事は秘密なのだろうか。とりあえずは話を合わせておこう。

 しかし無愛想とは失礼な。コミュ症と言って欲しいね。長らく引きこもって執筆していると、誰かと話す機会が減るんだよ。


「まぁ、いいか。あたしは〈マキ・クーシャ〉ってんだ。あんたは?」

「あ、ええと…優川彦星(ヒコボシ・ユーカワ)です」


 本名かペンネームで迷った挙句、ペンネームで通す事にした。

 だって万年筆ってのは “ 書くためにある ” んだから。


「へぇ、ヒコボシか…悪く無いね、気に入った。早速だがヒコボシ、ちょっとこっちに来い」

「あっハイ」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 マキさんに連れられ、宿舎の外に出た。

 渡り廊下のような所を歩き、別の建物内に入る。


「なぁ、ヒコボシ」

「なんですか?」

「お前さ、あんましショウコちゃんに無理させんなよ?」

「…どういう意味です?」

「本来なら、お前らみたいな不審者を宿舎に泊めるなんてことはしないんだよ。ましてや、街の外からやって来た奴などな」

「え、じゃあどうして僕たちはここにいるんです?」

「意識を失っている君を、ショウコちゃんが運んでいるのを見たからだ。街の門兵に尋問されている所をあたしが助けて、それでこの宿舎に泊めたのさ」


 …そうだったのか。桂さんが、ここまで…


「もちろん、タダとは言ってないが」

「ひでぇ」

「当たり前だろ。あの宿舎は国民の血税で回ってるんだ。街を守るギルド会員だけが泊まれる特別宿舎なんだぜ?」

「血税って…つ、つまり、泊まった分は返せ。と言いたいんですね?」

「バーカ、無一文にそんな無茶言うかよ。身元不明の不審者なんて泊まっていない、そうだろ?」


 歩き様、怪しい笑をこちらに向けてくる。この人は、僕たちに何を()いたげたいんだ?


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「着いた。ここだ」

「…なるほどねぇ」


 身元不明の不審者なんていない、泊まっていたのは “ 新人ギルド会員 ” だと、そういうことか。


「さぁ、人目に付く前に登録してくれ」

「うぃ」


 銀行や郵便局のような窓口が並ぶ中、一番空いてる窓口へ向かう。


「あの、すみません」

「はい…あ、依頼者の方ですか?始めての場合は緑の番号札を取ってお待ちください。既存の場合は依頼者名と依頼IDをこちらの用紙にご記入の上、黄色の窓口へどうぞ」


 僕の身なりを見て、依頼者と思ったのだろうか。生憎(あいにく)、こっちは依頼なんて持ってないんでね。


「まだ何か?」

「あ、いえ、依頼では無くてですね、ギルド会員登録をしようと思ってまして」


 ざわめき立つ受付会場。中には笑い出す者もいた。そりゃあそうだろう、少し運動不足で筋力が無いのは服の上からでも分かるレベル。どう見ても、命を捨てに来たとしか思えないだろうから。


「…冗談、ですよね?」

「冗談じゃない。本気だ」

「……はぁ…でしたら、こちらの用紙にご記入ください。氏名、生年月日、希望する職種は…決まっていないのでしたら、未記入でも構いません」


 小さなマークシートと羽ペンを渡される。氏名は〈優川彦星(ヒコボシ・ユーカワ)〉と書き、生年月日は、自分達の世界と西暦年号が同じだと知っているので、正しく記入する。職種は、魔法職と剣士職があったので〈剣士〉に丸を付けた。


「書きました」

「…はい、問題ありません。それでは適性審査を行いますので、奥の部屋でお待ちください」


 そう言われ、受付の奥へと案内される。

 そこで待っていたのは、恐らく僕と同じ時をして申し込んだ新人だろう人達だった。

 部屋に入るなり、威圧の視線を向けられる。目線が怖いので、部屋の隅に小さくなって時間を潰す。

 僕の後に入って来たのは全部で三人。いずれも強そうな体を持ち、一番軟弱なのは僕であると悟った。正面から力勝負を仕掛けられたら…多分勝てないな、うん。


 また小さくなって時間を潰していると。


「お待たせしました。只今より適性審査を開始します。なお、適性が低すぎたり、攻撃手段が悪質だと判断された場合はギルド会に入会することは出来ませんので、ご注意ください」


 と言って、迎えに来た人と部屋にいた全員が僕の方を見る。

 なんだよ、見てくれに騙されていると酷い目を見るんだぜ?

 フラグ全開の作者が、そこにいた。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「はい、今回の適性審査はトーナメントです。一対一(サシ)での勝負ですので、まずはこちらのクジを引いて下さい。なお、一回戦目の敗者(ルーザー)は適性審査無しと判断されますので、悪しからず」


 各々、説明を聞きながらクジを引いていき、僕は七番を引いた。全員で十人いるので、最大で三回戦わなくてはならないのだ。トーナメント表を確認し、当たる番号が八番である事を確認する。


「武器に関しては自由とさせて頂きます。こちらでも貸し出しは行なっておりますので、お気軽にどうぞ」


 またしても、僕の方を見る。そりゃあ、防具も剣も備えていない丸腰野郎が、適性審査で死のう物なら大惨事である。

 国民からは非難の声を浴びせられ、最悪ギルドが無くなる可能性だってあるのだ。

 しかしこの作者(どんかん)は、そんな事は微塵(みじん)も考えず、桂さんは既にギルドに入会しているのだろうか。などと考えており、用意する気はさらさら無いようだった。


 準備時間が終了し、小さな付属体育館(コロシアム)のような場所で、第一回戦が始まる。

 文字通りの、力と力のぶつかり合いとなり、片方の剣が折れた所で降参と唱えた。

 二回戦は、剛腕による力押しに対して柔腕(じゅうわん)による技術を使っており、中々面白い戦いだったが、剛腕の方が先に力尽きたので審判の判断により柔腕の勝利となった。

 続く三回戦。剣技による技で勝負する片方に対して、もう片方は剣で魔法を行使する魔法剣士だった。しばらく攻防戦が続き、優勢と思われていた魔法剣士の剣が根元から折れたので、剣技の勝ちとなるが、自主棄権(じしゅきけん)し、両者敗北となった。

 そして四回戦、僕の番だった。


「棄権するなら、今の内だぜ?」

御託(ごたく)はいい、始めようか」

「ッチ、丸腰野郎が…舐めてんのかテメェ!」


 真っ直ぐこちらに向かって来る相手を、ギリギリで避ける。

 胸ポケットから万年筆を取り出し、戦闘準備。


「なんだァ?そのペンは」

「僕の武器だ。丸腰じゃないだろ?」

「ハハッ、お絵描きでもするのかよ。俺ァな、テメェみてーな命掛けられねェ野郎が一番嫌いなんだよ!」

奇遇(きぐう)だな、僕もキミみたいな熱血バカは苦手なんだ」

「ほざけ!」


 今度は上に飛び、叩っ斬るつもりらしい。

 万年筆を構えて“ 宙に文字を書く”。

 それは文字通りの“ 壁 ”となり、攻撃を防ぐ盾となる。


「なっ…テメェも魔法剣士かよ。だがな、守ってばかりじゃ勝てねぇぜ?」

「だろうな」


 次は“ 剣 ”と書く。文字がグニャリと変形したかと思えば、それはとある形を再現し、敵を貫く(ツルギ)となるのだ。


「これなら問題あるまい?」

「あぁ…これで、テメェを手加減無しに殺れる」


 ぶつかり合うは金属音、飛び散るは火花、交差するは剣撃。

 運動不足の作者とは思えない動きだった。学生時代に発症した黒歴史と、それを叶えるべくして鍛えた独学剣術は、今もまだ体に刻み込まれている。

 そして作者は、気分転換に筋トレをして良かったと、心底思うのだった。


 打ち込み、流され、打ち込まれては、避ける。時間にして見ると、十分も戦っていなかっただろうが、本人達に関しては何時間にでも感じる事が出来た。

 そして、剣撃に勝ったのは、彦星。一瞬の隙を突き、相手の剣を弾き飛ばす。それで、決着は着いたのだ。


「……やるじゃねえか」

「…当たり前だ。僕の負ける理由が無い」

「そうか、ならばこれは貸しだ。いずれもう一度、テメェの前に現れる。その時まで死ぬなよ?」

「いつでも来い、相手にはなるぞ?」


 名前も知らないその男は、弾かれた自身の剣を回収し、誰よりも早くこの場を去った。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 さて、残りの試合を観戦しようと戻った僕に向けられたのは、先程とは違った視線だった。自分とは違う何かを見るような、見下していた相手が遥か上に存在していたような物を見るような、そんな目線。

 でもですよ?こっちだってヤバかったんですからね?僕は銃や剣が禁止されている平和大国日本の人間ですからね、顔に出ないだけで僕のSAN値は2D6くらいで減ってるんですよ?


「大勝利だな、ヒコボシ」

「あ、マキさん。桂さんは?」

「じきに来る。ショウコちゃんにヒコボシが戦ってるって言ったら、大慌てで準備を始めたからな」

「え、準備…?」


 なんの事だか分からない。桂さんはまさか、回復魔法の類いを他の方に(ほどこ)すつもりだろうか?


「大丈夫ですか先生!?」

「ほら来た」

「あぁ、桂さん。うん、僕は大丈…」


 声を掛けられると同時に感じる、二つの膨らみと衝撃。予想打にしない攻撃を食らい、受身を取る暇も無く無様に転倒する。


「あぁ、先生!大丈夫ですか!こんなに怪我をして、誰にやられたんですか!」

「…う、うぅ…」

「先生、先生!?気絶するほどダメージを受けたんですか!だからいつも無理をしないでって言っているのに!起きて下さい先生!」


 背中の痛みに耐えている所へ、両頬(りょうほほ)に振り下ろされる平手打ち。踏んだり蹴ったりも良い所だ。


「さあ、誰にやられたんですか!」

「…お」

「お?」


 一呼吸置き、ゆっくりと上体を起こしながら、右手をその脂肪に近づける。


「お前のその無駄脂肪にやられたんだよ!」

「え、ひゃう!?」

「いつもいつも、一人で勝手に突っ走って空回りしてッ‼︎お前の手綱を使うのにどれだけ神経すり減らしてるか分かるか、ええ!?」

「あっ、ちょ、それ以上はっんっ!?」


 立ち位置が逆転し、僕が優勢になる。

 背中からその無駄脂肪を揉みしだくのだった。


「こちとら常に8D10でお前と一緒に()ってんだよ!少しは自重しやがれっ!」

「ふぁ、も、もうらめれふぅ、ひゃめれくらひゃいぃ、わかりまひたかゃらぁ」


 息もきれぎれ、桂さんの背中から離れる。ただでさえ疲労困憊(ひろうこんぱい)なんだから、疲れさせんなよちくしょうめ。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

「はぁ、はぁ……ふぅ、疲れた…ったく、僕は怪我一つなかったってのに」

「はぁ……そうは言ってもですね、軟弱な方が多い作家さんは、心配なのです」

「そうやって甘く見ていると、さっきみたいにヤられるぞ?相手が僕で助かっていると思え」

「…肝に命じます…とは言え、えい」


 本の角による打撃を受けた。


「っ()ぇ!なにすんだよ!」

「体に傷は無くても、疲労は残ります。あの程度で根を上げていては、やはり運動不足としか思えません」


 あの程度、と言うのはつまり、先程の戦闘とは違う運動の事である。そこに関しては全くの同意見だった。


「ほら、回復させますから、横になって下さい」

「へいへい、わかりましたよ…」


 その場に仰向けに寝転がる。


「うんしょっと」

「おい、何やってんだ」

「回復魔法ですよ?」

「馬乗りになる必要無くね?」

「密着しているほど魔法の効果は大きいですし、魔力消費も少量で済みますから。この方が効率良いんですよ」

「なるほどな。じゃあ、さっさと始めてくれ」


 聞きなれない言葉が唱えられ、白い光が僕を包む。桂さんが体の上から離れたので、軽くストレッチをし、体の調子を確認する。うん、疲労感無しだな。女神の書超万能。


「……なぁ、ショウコちゃん」

「なんでしょう?」

「恥ずかしく無いのか?」

「何がですか?」

「いや、その…いろいろと」


 まぁ、一部始終を見ていた人なら、疑問を持っても不思議では無い。男女が密着してキャッキャウウフフなど、それなりに進展していなければ即逮捕もあり得るのだから。


「いろいろって…あぁ、アレですか?恥ずかしいって何がです?ただのスキンシップでしょう?」

「……え…あ、なるほど。君達二人はつまり、夫婦なのだな?」


 何を言っているのでしょうか、マキさん?僕と桂さんが夫婦な訳無いじゃないですかヤダァ。さぁ、否定しなさい桂さん。


「えぇ、そうですよ?」


 うんうん、その通り。僕と桂さんは夫婦などでは、ってええ!?


「ちょ、ちょっと桂さん?それは一体どういう」

「先生!ちょっとこちらへ」


 腕を引かれ、マキさんから離れる。そして、なるべく小声で話して下さいと言うジェスチャーをされた。


「桂さん、一体どういうことですか?」

「先生、お願いします。話を合わせて下さい。元の世界でするのは、ただのスキンシップでしょうけど、外ですれば即逮捕は分かっているのでしょう?」

「ん、まぁ」

「この世界にも、警察のような組織は存在します。今この場で夫婦だと言い切ってしまえば、そういう組織の人にもとやかく言われない筈です」

「そりゃ、ね」

「私が適当に誤魔化しますから、先生は話を合わせて下さい。良いですね?」

「おk」


 形だけ、腕を組みながらマキさんの元に戻る。


「内緒話は済んだか?」

「えぇ、それで、話の続きですが、私達は夫婦です。ね、先生」

「お、おう」


 足を踏まれた。キョドるな、と言うことらしい。


「なら、二人に聞くが、なぜ名前で呼び合わん?」

「それは、ええと…」


 返事に困っている。嘘話は僕の仕事だ。何せ、それでお金を貰っていたのだから。


「僕達、まだ新婚でして。付き合い出しの頃の呼び名が定着しちゃって…それに…」


 チラリと、桂さんの顔を覗きつつ、答える。


「…ファーストネームで呼び合うのは、まだ小っ恥ずかしいと言いますか」

「ほう」


 食いついた。畳み掛けよう…こんな話は二度と御免だと願いたい。表情筋が釣りそうだ。


「僕は、元々家庭教師をしていまして。もう辞めましたけど、その時の教え子が桂さんだったんです」


 嘘では無い。実際に僕と桂さんは教師と生徒の関係だったが、アルバイト先に今の職場を紹介したところ、何の陰謀(いんぼう)か、僕の担当者に選ばれたのだ。


「うんうん、なるほど。若いっていいね!素晴らしい!あたしもそんな恋がしてみたいよ!」


 なんとかなった様だ。桂さんは安堵の息を吐き、アイコンタクトでお礼を言っていた。


ヤっちまった感があります。

すごくイヤラシイです。

本の角は大ダメージ確定です。

SAN値はクトゥルフ神話TRPGで検索して下さい。


ちなみに、⚪︎D×と言うのは〈×面 D(ダイス)を⚪︎回投げる〉と言う意味です。


冒頭で、薄い本は無いと言ったな?あれはウソだ。


ご愛読ありがとうございます。

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