#18 決着
闘技場の上で金属のせめぎ合う音と、それに合わせて観客の歓声が響く。
「…っ……あの時より腕を上げたな、ヴォリス」
「フン、そっちこそ……随分と重みの増した太刀筋じゃねぇか、ヒコボシ」
初撃で鍔迫り合いとなったヴォリスと彦星。
お互いが以前の時と同じ力量だと思っていたがために、先手必勝を取ろうとしたのだろう。
「…ふっ!」
「ちぃっ!」
先に動いたのは、彦星だ。
刀をぐるりと回し、大剣を根元から弾き上げる。
ヴォリスは、弾かれた反動を使って後ろに飛んだ。
「あぶねぇ、斬られるとこだった」
「…惜しい」
ヴォリスの胸防具に、下から切り上げるかのような跡が残っている。弾きざまに、彦星が振り抜いたのだ。
ヴォリスは、その傷を指でなぞる。
「にしても、いい業物だな…その剣」
「刀っていう、僕の故郷の剣だ…って言っても、二百年くらい前だけどな」
「へっ、どこの国でも昔の武具は優秀だな」
「時を超えて遺るモノは、それだけ頑丈って事なんだろうぜ」
次は彦星が最初に踏み出た。
刀を構え、横に一文字。狙いは胴…と見せかけて、ヴォリスに大剣をガードに回させる。
「…っ!」
「足元がお留守なんだよっ!」
振り抜いた勢いのまま、体を回転。姿勢を低くし、足元をすくう。
バランスを崩したヴォリスは無様に横転し、背面を地面に打ち付けた。
「そらそらそらそらァ!」
「…やべっ」
振り下ろされる猛攻を、転がりながら避ける。
やり過ぎて、場外まで追い詰められても。
「詰みだぜ、ヴォリス!」
「甘ぇんだよ!」
あと半回転で場外。そこまで下がったヴォリスは反転、彦星の股を抜いた。
「んなっ!?」
「足元がお留守なんじゃねぇの?」
先ほど言い放ったセリフを、そっくりそのままリボンを付けて返された。
カサカサと地面を這ったヴォリスは、自分の大剣を拾い上げる。
「今度はこっちだ!」
軽々と大剣を振り上げ、紡ぐ。
「ーー【轟け大地、斬り裂け大気、ヴォリスの名の下に、その力を示せ。地割】!」
「呪文ンンンッ!」
横っ飛びで緊急回避する彦星へ、離れた位置からの、飛ぶ斬撃。
地を抉って到達するそれは、紛れもなく【魔法】だった。
「斬撃飛ばすとか卑怯だぞ!?」
「お前がそれ言うか!やっと覚えた遠隔技なんだぞ!」
「うるっせ!僕はいいんだよ!」
「横暴すぎんだろ!」
再び大剣を振り上げ、ヴォリスは呪文を紡ぐ。
「ーー【轟け大地、斬り裂け大気、ヴォリスの名の下に…】っ!」
「そう何度も言わせるかよ!」
呪文を紡ぎ出したヴォリスに、彦星は万年筆を抜いた。
「“縛”!」
文字から出た光の帯が、ヴォリスの体と口をふさぐ。
「ンンッハッ!」
「引き千切りやがった!?」
「硬いが、千切れんわけでもないな!」
「引き千切った奴はヴォリスで二人目だな」
「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っとくぜ」
ヴォリスは大剣を握り直し、呼吸を整える。
彦星は刀を構え、次なる手を模索する。
再び生まれる剣と刀の火花に、観客は湧いた。
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……。
…………。
…………。…………。
………………………。
ぁー……。
ここ…は……?
「おや、解けてしまいましたかな。マダム」
「…あなた……は…っ!」
まどろみから覚醒した小子は、まず自身の隣にいる男に沸々とした怒りがこみ上げてくる。
すぐさま反抗しようとして、自分が女神の書を持っていないことに気がついた。
「お探しの物はこれかな?」
「っ…返して下さい」
「凄いですね、マダムは。魔法書を使いながらも、それに縛られるわけでもない。数ある知識の中から独創性を見出し、それを酷使する。魔法使い冥利に尽きますね」
「褒め言葉として、受け取っておきましょう。ついでに、その魔法書を返してもらえれば、洗脳の件について水に流してもいいですよ?」
あくまでも社交的に、小子は申し出る。
「返してもいいですが、逃げ出さない事をお勧めしますよ。ほら、あれが見えますか?」
「何を言って……」
その時初めて、小子は自分がどこにいるのかを察した。つまり。
『さァ!フェイントを仕掛けたヒコボシ選手ゥ!猛攻を仕掛けてヴォリス選手を場外まで押しやったァ!このまま勝負が決まってしまうのかァァァァッとォ!?ここでまさかの展開ィ!一気に形勢逆転だァァァァ!』
実況が、舞台上の試合を解説する。
「…彦星……さん?」
「おや、知り合いかい?まぁどちらにせよ、あの試合で勝った方がマダムの明日の対戦相手ですよ。見ておいた方がいい」
「彦星さんが闘技場で試合…?という事は本戦三日目……私は丸一日も意識を……?」
ふと、この男とベッドの上で目覚めた事を思い出す。
「あぁそうそう、残念だけどめくるめく熱い夜はまだ迎えていないよ」
「あ、当たり前です!残念って…何を言っているんですか!」
「いやぁ、他のマダムとは既に迎えましたからねぇ。ですが安心してください、マダムの想い人の目の前で迎えさせてあげますから」
小子の背中に、ぞわりとした悪寒が走る。
「あぁ……想い人の目の前で迎える姦通式…最高ですよぉ……」
「……悪趣味」
「なぁに、そのうち何も考えられないくらい犯して差し上げますから。ですから今はゆっくりと……『明日に備えろ』」
「ぅあっ……」
いつか感じた、体の芯が火照っていく感覚に、小子は意識を手放した。
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飛び散る火花、湧き上がる歓声、白熱する実況。それらは確かに二人を沸き立たせる。はずなのだが、事実としてそれらは聞こえていない。
まるでそこだけ、別の次元のようだった。
「ハァッ!ハァッ!ッおいヴォリス、てめぇ、ちぃとばかしタフガイ過ぎねぇか!?」
「ハァッ……ヒコボシ、てめぇ前より体力落ちたんじゃねぇの!?」
「ハァッ……ほざけ!」
互いに悪態を吐くが、その顔は笑っている。
「ーー【轟け大地、斬り裂け大気、ヴォリスの名の下に、その力を示せ!地割!】」
「ッしぃ!」
横っ飛びで、彦星は地を這う斬撃を避ける。
通常より体力を消耗しやすい彦星にとっては、不利になる一方だった。
「ハアッ!ハアッ!ハッ……これ、は…基礎体力が、なさ過ぎたなッ……ハッ!」
付け焼き刃のその力は、今の彦星には合わないらしい。
「……ッ…俺も、ヒコボシみてぇには行かねぇか…ッ……もっと魔力がありゃあなーー【轟け大地、斬り裂け大気、ヴォリスの名の下に、その力を示せ!地割!】」
迫る地を這う斬撃を、やはり自分の脚力で回避する。
「ハッ!ハッ!ハッ!ハアッ!……そろそろ、気付いて、んだろ?ヴォリス」
「ハアッ!ハアッ!ッ……ったりめーよ、ヒコボシ。てめぇは、体力、俺は、魔力を使い過ぎた」
「ッ……そろ、そろ…心臓が、爆発しそうだッ…」
おそらく、次が最後の攻防になる。
次の攻撃で、立っている方が……勝者だ。
「いくぜェ……ありったけの魔力だ、受け取りやがれーー【轟け大地、斬り裂け大気、ヴォリスの名の下に、その力を示せ!地割】!」
「ただで、避けると思うなよ?」
ヴォリスは、振り上げた大剣を渾身の力で振り下ろす。
「決勝まで、取っとけばいい目玉になったろうぜ、ヴォリス!“跳”!」
「んなっ!」
迫る地を這う斬撃を、彦星は横ではなく……突っ込んだ。
「ッラァァァッッッッ!ヴォリスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」
「ヒコボシィィィィィィィィィッッッッッ!」
斬撃を去なして、彦星は跳ねた。
残った体力を、全て攻撃に変えるために。
去なした事で、彦星は労せずして回転する。失敗に終わった斬撃を捨て、ヴォリスは大剣をガードに回した。
その大剣に、威力を増した彦星の刀が衝突する。
「ァァァァァァァァッッッ!」
「ォォォォォォォォッッッ!」
斬る事に特化した武器と、叩き切る武器との間で、ひときわ大きな火花が飛び。
そして。
「…………」
「…………」
彦星とヴォリスは、背を向けあった。
歓声も、実況も、舞台上に立つ二人の行く末を見つめる。
「…俺の、勝ちだ、ヒコボ……」
そう、言い終わらぬ内に、ヴォリスは。
『……勝者!』
舞台上から姿を消した。
『勝者!ヒコボシ・ユーカワ選手ゥゥゥゥ!』
実況が雄叫びを上げ、歓声は最高潮に達する。
三日月の空の下。舞台上に残ったのは刀を振り抜いたまま気絶して立つ彦星と、大剣の刃先だった。
武闘試合の引き分けに置ける優先順位
敗←殺害>転移>気絶>場外→勝
ただし、これらの時間の誤差は審判による。
ご愛読ありがとうございます。