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#17 開幕

 翌日、昼。

 僕は武闘試合に出場するため、牢から出て付属闘技場へと向かう。

 もちろん、僕は囚人な訳で憲兵に連れられて…だけど。


「…なぁ、憲兵さんよ。僕の出場は夕半刻だよな?」

「何か文句でもあるのか?」


 余談だが、夕半刻とは太陽が地平線に半分沈む頃のことを指す。


「いやいや、文句というか…出来れば、静かな牢の中で惰眠を貪りたかったからな」


 というのは建前で、本音は準備運動をしつつ起きたばかりの体を温めておきたかったのだが。


「…ふん、生意気な」


 憲兵はまるで、僕には自由など無いと言わんばかりに連れ歩く。

 とはいえ、別に手錠で繋がれている訳でもなく、任意で付いて来いと言われているのだ。地下牢から付属闘技場までは一度外に出なくてはならないから、繋ぐのが面倒だと言われれば…分からなくも無いが。


「…ん?何やら騒がしいな」

「どうした憲兵さん」

「馴れ馴れしくするな!」

「あーはいはい。で?何が騒がしいって?」


 付属闘技場前、つまり観客席に繋がる入り口の辺りで何やらモメ事のようだ。


「……」

「憲兵さんは行かないのか?」

「…いや、こちらには任務がある」

「僕は逃げも隠れもしないぜ?仲裁くらいは行ったらどうだ?」

「……」

「…あっそ。じゃあ僕が行く」

「勝手な行動は慎め!」


 憲兵さんの言うことは右耳から左耳に抜けました。

 騒ぎの中心に行くと、どうも貴族と市民の言い争いのようだ。羨ましきかな、貴族の周りを多数の女性が取り囲んでいる……しかも、そろいもそろって美人と来た。


「…なんか見覚えのある胸板がいるんですがそれは」


 どういう訳か、貴族の女性の中に見慣れた胸板もとい、小子の姿が。僕の様な野次馬精神で見に来た…という訳では無さそうだな。

 憲兵さんを撒きつつ、言い争いの中心を避ける様にして、小子の後ろに回る。


「…おい、小子」

「……」

「小子?」


 おかしい。いや、おかしいのは何時もの事だが、それ以上におかしい。

 名前を呼んでも、肩を揺すっても、頬を引っ張っても反応がないのだ。


「おいお前等!何をしている!」


 僕に付き添いで来た憲兵が、仕方ないとばかりに仲裁に入った。

 そうすると、貴族はこれ幸いとばかりに作り笑いを浮かべる。


「これは憲兵殿、お騒がせして申し訳ない。こちらの市民が何やら言いがかりを付けるもので……」

「何が言いがかりだ!人の嫁を取りやがって!」

「ですから、彼女は私のモノです。貴方の奥様なんて、知りませんよ」


 ……お気の毒に。つまりNTR(ネトラ)されたと。

 それより小子だ。反応がないのなら仕方ない、引きずってでも連れ出すか。


「…ちょっと来てもらうぞ、小子」


 腕を引き、人気の無い所に連れて行こうと……貴族から数メートル離れた所で、小子は初めて反応した。


「おい、小子…「……反縛(アンチバインド)」…ッ!」


 僕の手は小子の腕から強制的に弾かれ、電気に触れた様な痺れを感じる。

 文句を言う頃には、小子は元いた場所に立ち、そしてまた無反応になった。


「…あぁそうかよ、じゃあそのまま鞍替えでもしてろっ!」


 貴族の方も、僕には気付いている様だが、何も言わなかった。

 言い争いの仲裁も終わり、結局悪いのは市民で貴族はお咎めなし…だそうだ。

 憲兵さんは貴族と少し話をしており、試合会場に連れて行かれるのはもう少し後になりそうだ。


「おい(アン)ちゃん、兄ちゃんもあの野郎に嫁を取られたクチか?」

「あぁ?」


 言い争っていた市民は、仲間を見つけたという風に、僕に話しかけてくる。


「…見たところ囚人の剣闘士だろ?鎖で繋がれていないのを見るに極悪人ってわけでも無さそうだし」

「…だったらなんだ。僕は今虫の居所が悪いんだよ」


 市民は、憲兵と貴族をちらりと見、耳を貸す様に手招きする。うっとうしいと感じながらも、僕は耳を貸した。


「…俺はな、今はこんな(てい)だが元は貴族なんだよ」

「…続けろ」


 市民の話をまとめると、こうだ。

 この市民は数年前まで貴族の地位を持ち、そこそこ大きな屋敷を構えていた。

 ある時、使用人が定年だったか家庭の事情だったかで、一人暇を頂きたいと言ってきたそうだ。

 当時の市民はそれを受け入れ、代わりに一人使用人を雇うことにした。その時採用したのが、目の前の貴族だそうで。

 貴族は市民の屋敷で甲斐甲斐しく働いた。

 これと言った失敗も無く、掃除に料理に洗濯…果ては市民の仕事まで卒なくこなし、ある程度の信頼を得ていったのだ。

 そのうち二年三年と時が経ち、貴族は市民に話があると言った。

 その日の夜に市民は時間を作り、貴族を自室に招いて、そして。

 …そこでぷっつりと記憶が途切れたのだ。


 次の記憶は、街の教会で懺悔をする記憶だった。


 それから自分なりに情報を集め、資金を調達し、元いた家に帰る市民。

 がしかし、そこには市民の知る屋敷は無く、代わりに雇った貴族が本当の貴族となり、名まで市民から奪い、市民の妻子と見知らぬ女性をはべらせている姿だった。


「……」

「…だから俺は、かつての……奪われたモノを取り返したい」

「…で?それを僕に話して何になる?」

「兄ちゃんも妻を取られたんだろ?一緒に取り返えさねぇか?」

「そうだな……」


 僕は、僕に対する利益と不利益、それからこの市民の話の信憑性を考察……する所で。


「おいそこの囚人!何をしている、こっちに来い!」

「…チッ」


 憲兵さんは貴族と話が終わった様です。

 仕方なく、僕は憲兵さんの後を追う事になった。


「………」

「…どうだかな」


 去り際に、市民は口パクで「頼む」と言ったのは、見逃さなかった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 選手控え室で、僕は予選と同じくヘルムを渡された。

 理由も予選と同じだろう。

 他の選手がいる中で渡す時点で意味を成さないのだが。


「…えぇとですね、それでは今から専用の装備品をお渡しします……ので、各自で防具の下に着用してください」


 新人だろうか。ぎこちない説明の後、僕の世界で言う…インナーを渡された。

 黒のスパッツみたいな伸び縮みする素材で、ある程度無理に着ても支障は無い。

 袖は無く、首まわりはゆったりと余裕がある。丈の長さは太ももの上辺りまで隠れるほど長い。


「その装備品にはある特殊な魔法がかけられています。一定の条件で強制退場になるので、ご注意下さい」


 周りの選手は、新人の話を聞きながら装備品を着用する。

 説明を聞き終わった後、僕はそれを一度自室…付属闘技場の牢屋に持ち帰る事にした。今着ても意味無いしな。


「…さて、持ち帰ったはいいが」


 インナーに万年筆で “調” と書く。

 その結果、インナーは特殊な素材と魔法が込められているのが分かった。

 まず、このインナーの生地は生きている。

 着用者の魔力を吸い、それを媒体に自動修復能力を得る。そして、僅かだが耐久力を持ち合わせているのだ。

 吸う魔力は微々たるものだし、修復能力があるから少々の事では傷が付かない。

 次に魔法だが、これはインナーの耐久力が無くなると、何処かに転移させる魔法だった。

 防具としてはゴミ装備だが、付属闘技場ではある意味救命防具と言ったところだろうな。

 ……と言うかこれ、街まで強制送還させるのに丁度いいんじゃ無いか?死にかけたら登録した街に即転移とか…な?


「…まぁいいか。罠とかは無さそうだし」


 とりあえずは、支給された皮防具とインナーを着用する。

 他の選手が鉄や魔法金属なのは、自分で揃えたからだろう。


「…さて、と」


 部屋の中央に重力魔法を掛け、自分が動くのに最適な環境を作る。

 その落ち着いた中で、もう一度外で聞いた市民の話を思い出した。


「あいつの話、どっかで聞いたような気がするんだよな…」


 とあるキッカケで取り入り、優秀な成果を出す。しばらくしてから、裏切る…と。


「…そうだ、思い出した。紙様の言ってた昔話と手口が似てるんだ」


 規模の違いはあれど、飢餓と人手不足というキッカケ。政策と職という成果。そして、国家崩壊と一家乗取りという裏切り。

 こじつけ感はあるが、ある程度似通っている風にも見える。


「…仮にこの仮説が正しいとして……そうすると、あの貴族は誰かに操られている…?」


 いや、むしろあの貴族そのものが紙様の話に出た魔王である可能性もある。

 だが魔王は三十年程前に復活し、リンやマキさんによって打ち倒されたはずだ。


「……まだ証拠が足りないってのか?」


 あくまで、仮説が正しいならという話の手前、どれほど考え抜こうと憶測の域を出無い。仮説を立証させるには、あまりにも情報が少なすぎた。


「なら、もう少し探りを入れて……」


 そこまで考えた時、不意に牢屋の外から呼び出しがかかる。


「出ろ、ヒコボシ・ユーカワ」

「…なぜに?」

「面会だ」

「…面会、ねぇ……」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 面会場に案内された彦星は、まず首チョンパのチョーカーを巻かれ、その後にガラス越しに会いに来た人物と対面する。


「……えーと」

「よぉヒコボシ。久々、なのか?」


 馴れ馴れしく、ヒコボシを呼び捨てにした男は、革と鉄を足して二で割った様なフルプレートメイルに身を包み、背中に大きな大剣を挿していた。


「どちら様でしょうか」

「いやいや、そりゃねェぜヒコボシ!俺だ!ヴォリスだ!レオンでヒコボシに負けただろ……って嫌な事思い出しちまった!」

「知らねぇよ。ついでにヴォリスなんて野郎も僕の記憶には無いな」

「…まぁ、あん時は名乗ってなかったし?ヒコボシの事だから対戦相手の名前なんざ見てねェとは思うが」


 レオン……対戦相手……かませ犬…ウッアタマガ。


「あ、もしかして適性検査の時の熱血バカか?」

「そう!そうだ!思い出したか!」

「あぁ、思い出した。『いずれもう一度、テメェの前に現れる。その時まで死ぬなよ?キリッ』ってキメ顔した自意識過剰の変態だろ?」

「間違って無いが盛大に間違ってんよ!」


 僅かながら記憶修正をした彦星を尻目にともかく、とヴォリスは会話を一度締める。


「驚いたぜ。対戦表にヒコボシの名前が載っててよぉ…しかも罪人ときた」

「なりたくてなったんじゃ無いがな」

「一体何をやったんだ?殺しか?盗みか?」

「いや、どっちかっつーと間者疑惑で捕まった」

「間者?どこの?帝国か?」

「帝国がどこの国かは知らねぇが、イマニティア王国の間者らしいぜ、僕は」

「それ、間者っていうか極秘視察になるんじゃあ……どこの都市で捕まったんだ?」

「タウロス」

「……納得した」


 どうやら、タウロスは秘密の多い都市という共通認識があるらしい。


「まぁ、そういうこった。それよりヴォリス…レオンで見事に負けたのに、どうして武闘試合に出られるんだ?無差別級の枠は僕で埋まってるはずだろ?」

「ふふん、聞いて驚け。テメェにボロ負けした後に俺は都市を出たんだ。んで、都市〈ヒュドロコオス〉で遅れてギルド入りしたってワケだ」

「ヒュドロコオス?どこだそこ」

「酒が美味い都市だぜ。名産品だ」

「ヤケ酒したかっただけだろ!」

「はっはっは」

「笑えてねぇよ!?」


 つまりヴォリスは、僕にボロ負けしてヤケ酒し、酔った勢いでヒュドロコオスのギルド適性検査を受けた。

 その結果、ランクCで見事に通ったそうな。


「ちなみに通り名まで貰ったぜ?【酔剣】だってよ」

「馬鹿にされてんのに気付けよぉ…っ」

「ま、面会はこんなもんかな。とりあえず、初戦はよろしく頼むぜ?」

「…まさか自慢しに来ただけとか言うんじゃねぇだろうな…しかも何?初戦?」

「おう、最初の相手はヒコボシ。テメェだぜ?」


 そんなこんなで、自慢話と宣戦布告を果たしたヴォリスは、面会場を後にする。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 そうして牢屋に連れ戻された彦星は。


「面会だ。出ろ」

「続けてあるならわざわざ戻す必要無くね!?」


 納得がいかず、文句を垂れ流しつつも、本日二度目の面会場へ。

 もちろん、外されたチョーカーをもう一度巻いて。


「えっと…?さっきぶりだな、市民」

「間違っちゃいないけどよ……まぁいいや」


 二人目の面会者は、先程外で会った市民だった。


「もう少しで僕の試合が始まる。上はもう騒がしいだろ?」

「あぁ、今は第二回戦の真っ最中だ」

「…時間がない。手短に頼むぞ」


 市民は少し、おし黙る。


「…ならば要点だけ。奴を、偽者貴族を、殺してくれ」

「……」


 そばで聞いていた憲兵が、ガタリと物音を立てる。

 ……牽制のための意思表示だろう。


「…あんたも酷な野郎だな。ただでさえ間者の濡れ衣だってのに、別の容疑で逮捕はやだぜ」

「…いや、少し言葉足らずだな。俺の言う貴族ってのは、人の皮を被った魔物だ」

「……」

「だからな、俺は兄ちゃんに『依頼』する。人の皮を被った魔物を討伐してくれ」

「断る」

「なっ…!」

「…まず1つ、僕にメリットが無い。今は市民のあんたに、払える報酬があるとも思えない」

「全てが終われば、対価を払う。それに、兄ちゃんの嫁も帰ってくるんだぜ?」

「その2。あれが魔法による暗示なら、僕は自分で解除できるから、術者を殺す理由が無い。金に困ってはいるが、急ぐ理由も無いな」

「…む、ぐぅ……」


 そう言って僕は、もう話は無いとばかりに面会場を後にした。


「……あんただけが、頼りなんだ…っ」


 そう、市民が言うのを、聞き流して。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 湧き上がる歓声を聞きながら、僕はヘルムを被る。


「あの時の雪辱、晴らさせてもらうぞ」

「ほざけ、絶対に負けないからな」


 つい先ほど、第二試合が終わった所だ。

 選手は既に中に入り、次は僕とヴォリスの番だった。


『長らくお待たせいたしました!続いては本日最後の試合となります!』


 司会の声が会場に鳴り響き、歓声は最高潮へ。それを合図に、僕とヴォリスは揃って入場。

 予選と同じような、予選の時の物とはふた周り大きな土台の中央に立つ審判は、入ってきた僕らに小声でルールを説明する。


「いいですかな?まずテンカウントで立てなければ気絶とみなして敗北、場外に出て地に足がつけば負けです」

「…万が一、殺した場合は?」

「その場合は失格ですが、転移服を着ているのであれば、致命傷になる攻撃を受けた時点で場外に転送ですね」

「了解した」


 ルールを聞き、ヴォリスと少し距離を取る。まだ、刀も万年筆も持たない。

 ヴォリスは、その背中の大剣に手をかけ、突撃体制を取る。


『試合、開始です!』


 武闘試合第三回戦、開幕。

ご愛読ありがとうございます。

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