#16 誘拐
遅くなりました。
本戦出場が決定した翌日、小子は都市〈カルキノス〉の大通り……武具店の並ぶ通りを歩いていた。
「……中々ありませんねぇ」
探しているのは、魔法に頼らない近接用の武器だ。
予選では辛うじて勝てたのだが、その後マキさんに指摘を受けて探しているのだ。
余談ではあるが、その時に観戦券を渡しておいた。
「やはり短剣かナイフでしょうか……?そうすると気休めの革防具くらいはローブの下に着るべきでしょうかね……」
小子の判断はほぼ正しかった。この世界の魔法使いも万一の場合を考慮し、かつ実用的な多目的刃物を身につけるからだ。
通りに並ぶ店の展示品を見定めながら、一件づつ見て回る。
時々、店の人に声をかけられるが、適当な理由をつけて追い払った。
「やはり、というか……どれも高いですね」
かれこれ数十件は見て回ったが、どれも値段の張る業物ばかり。
最初に決めた予算を一回りはオーバーしていた。
「まぁ、展示するのは目玉商品ですし、高くて当たり前なんですけどね」
表通りはお財布に厳しいので、小子は一本裏の通りも見て回る事にした。
その考えは間違っていないようで、桁が二桁も少なかったのだ。
「ここなら良いものをが買えそうですね」
とはいえ、やはり裏通り。詐欺まがいの品物もある。
女神の書で知識を持っていなければ、鉄製の『オリハルコンナイフ』を買っていただろうから。
「いるものは急所保護用の防具に小型ナイフ……セット売りされてると良いのですが」
セット売り、となると店の中まで調べなくてはならない。しかし、入れば色々とボられる……彼女の長年の経験則……ので、避けたい所ではある。
「…背に腹はかえられません」
意を決して、裏通りの中では一番大きな店の扉を開ける。
「へいらっしゃい。お客さん、うちを選ぶとは中々良い目を持ってらっしゃる。どうです?こちらのローブなんかは対物対魔ともに優秀な生地を使ってましてねぇ……」
「ぁ、ぃぇ……ぁ……」
なだれ込むセールストークに気圧されつつある小子は、うまく声を出す事が出来なかった。
なおも続く店員の話に流されながら、マキさんと一緒に買い物すれば良かったと後悔する。
「邪魔するよ、マスター」
「へいらっしゃい」
小子の後ろから、渋い男性の声が聞こえた。
服装から、かなりの貴族だとは見て取れるのだが……無精髭を生やし、髪はボサボサのアンバランスな中年男性は、店主と話をする。
「これとこれと……それからこれも」
品物をあまり見ずに、中年男性は適当な装備一式を買っていく。
「……あぁ、これもいいな。包んでくれ」
「へい、まいど」
上質なローブと鋼のナイフ、それから魔獣の防具の入った袋を店主から受け取ると、男性は店を出る。
欲しいものが無かった小子は一度店の外に出たが、そこには先程の男性が立っており袋を差し出した。
「……えっ?」
「私からの贈り物だよ、マダム」
突然の事に小子は困惑し、拒否する。
と言うより、初対面の人に贈り物とか意味がわからない。
「受け取れません、そんな……そんな良い物」
「…おや、失敗したかな?…受け取りなさい、マダム」
「ですから、受け取れません」
「妙だな……失礼、少し待ってくれ」
話の噛み合わないまま、中年貴族は一人で深呼吸をする。
「受け取るのです、マダム」
「いりません」
中年貴族はまたも首をかしげる。それから、何か思いついたように目を見開いた。
「『受け取れ』」
「……っ!?」
先程の柔らかな言い方はどこへやら、貴族は強い口調になった。
それと同時に、小子は全身を溶かされたような感覚を覚える。しかし不思議と嫌悪感は無く、むしろ心地良いくらいだった。
「……この、感覚はっ…」
「さぁ、マダムの思うままに行動しなさい」
小子は知っている。この感覚は魔法をかけられた感覚だ。それも、魅了の魔法。
体が熱く火照りだし、中年貴族の言葉を聞くたびに胸の鼓動が早くなる。もういっそ、その言葉と行動に全てを委ねてしまいそうになるほどに。
「……いりま…せん」
「…そうか、意思が固いんだね、キミは」
中年貴族は品物の入った袋を床に落とすと、開いた手で小子の額に触れる。
「……キミが欲しい」
その言葉を最後に聞き、小子は意識を手放した。
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牢の中で、彦星は考え事をしていた。
もちろん、試合で勝つための作戦……ではなく。牢から出た後の事だ。
シンバ国王からの極秘依頼がそろそろ来る頃だから、あまり下手な動きは見せられない。
「……まぁ、マトモに動くのも辛いけどな」
優勝するかどうかわからないのに、この余裕っぷりである。
と言うより、負ける気がしないのだろう。
「ヒコボシのダンナ、本戦の対戦表が出てるぜ!」
「やっとか。遅すぎやしないかな?」
「さぁ?色々とゴタついてたんじゃ無いんですかね?」
運良く、というか。彦星と同じ牢に監修されたのは最初に助けた囚人だった。
そのせいか彦星と少し仲良くなっている。
名前は確か……エイビル。
「ささ、鍵を開けて見に行こうぜ」
「…そんな事しなくても見れるんじゃ無いか?出場者だぞ、僕は」
「わかってねぇなぁ…スリルを楽しむのさ!何も無い檻の仲じゃあ退屈で仕方ねぇ」
「…だと思ったよ。仕方ない…“開”」
かちゃりという乾いた音が響き、牢の鍵は金属音を立てて床に落ちる。
寝床のボロい麻布をローブのように羽織り、こっそりと抜け出した。
時は夕刻、まだ人がまばらに残っているお陰で、それほど怪しまれる事もなくギルドの掲示板までたどり着いた。
「さぁて、ダンナの出番は…と」
「お、あったぞ。第三試合だ……」
どこの世界に行っても、慣れ親しんだ自分の名前はすぐに見つかる。したがって、対戦表に記載された彦星の名前はすぐに見つかった。
次に見つかりやすい名前は、自分と一番深く関わった人の名前だ。つまり……
「…なんで小子の名前が……」
「ん、どうしたんですダンナ?その出場者は知り合い………あぁ、なるほど」
エイビルは、小子の名前を見て合点をつけたようだ。
正確には、彦星の優川と小子の優川を見て、だが。
「隅に置けないよな、ダンナも」
「うるさい」
「照れてるのか?……まぁいいけどよ。流石のダンナも嫁には弱いってか?」
「……まぁ、実際そうだな。僕の知る限り小子より強い魔法使いを知らないし」
「うん?それだと、ダンナが優勝して自由の身になるのが難しくならねぇか?」
「そうだな」
だから小子には心配するな、大丈夫だと言ったのだけど…逆効果だったらしい。
「でもまぁ、小子と当たるのは本戦2日目だし、当たった時はその時考えればいい。それより、早く戻ろうぜ」
気付けば外は夜闇が迫り、太陽はもう半分以上沈んでいる。
そろそろ巡回の時間が来るから、それまでに戻らないと出場権そのものを剥奪されるかもしれない。
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……ここ…は…?
小子が目を覚ました時、外は闇に包まれていた。
「…っ!」
そうだ、私は確か変な貴族に魅了の魔法をかけられて……それで…?
その時になって、小子は自分が大きなベッドに横たわっていた事に気付く。ご丁寧に、薄いレースのような……肌が透けて見える程の……寝間着を着せられて。
すぐにシーツで全身を包み、その二つの果実を隠した。
「やぁ、お目覚めかな?気分はどうです、マダム?」
「…えぇ、最悪よ」
扉がノックされ、入ってきたのは小子を気絶させた中年貴族だった。
「ふふ……まぁ、そのうち慣れますよ」
「私の本と服は?どこにありますか?」
「安心しなさい、捨ててなどいませんよ。全て大事に保管させています」
「…それで?私を誘拐して何が望みなんです?お金ですか?」
「嫌ですねぇ、最初に言ったでしょう?」
不敵な笑みを浮かべ、中年貴族は小子をベッドに押し倒す。
「……欲しいのは、マダム。貴女そのものですよ」
つ、つぅ……と中年貴族の手が小子の頬を、首筋をいやらしく撫でていく。
そのままの流れで胸元に手を伸ばし……ぺしりと、その手は叩かれる。
「…ふふ……まぁ良いでしょう」
するりとベッドから降り、中年貴族は乱れた服を直す。
「……『今年の武闘試合に優勝しろ』……良いですね?」
「……ッ」
まただ、また魅了の魔法を使われた。
呪文も無しに、それに魔力を練っている訳でもない。何かカラクリが…?
「…ッ…は、い……」
しかし、その事を小子が考えるより早く、魔法は小子を支配する。
頭がぼうっとし、まるで夢の中にいるような感覚だった。
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