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#15 予選

 都市カルキノスは、かつてない程に賑わっていた。理由は今日から武闘試合が始まるからだ。

 東西南北に設置された門からは、昼夜問わずに馬車と人が行き来し、夜中でも松明と魔法の光(マジックライト)で昼間のように明るい。いつもはうたた寝をする夜番の兵士も、妙な輩が出入りしないかと目を光らせていた。


「レオンより二名だ」

「名は?」

「シエン・ユーカリとマキ・クーシャ」

「来都目的は?」

「ユーカリはギルド役員。クーシャは武闘試合参加目的」

「滞在日数は?」

「武闘試合の十四日間を予定している」

「……把握した。通ってよし」


 レオンを出る時は変装していたマキだが、来都する時に虚偽の報告をすると厳しく罰せられる。なので、マキはカルキノスに着く前に、メイクを綺麗に落としていた。


「意外と、すんなり入れたね」

「ん?どうして?」

「マキちゃんの名前を聞いても微動だにし無いから」

「……あぁ」


 机仕事専門のユカちゃんは知らないのだ。

 数百人規模で門をくぐる人の顔と名前に一喜一憂など、数十分もすれば反応が鈍ると言う事を。


「もう、ヒコボシは来ているだろうか……」

「どうかなぁ…」


 街中でゴトゴト揺られて数分。乗ってきた馬車は目的地の前で止まった。


「お客さん、着きましたぜ」

「うん?あ、ありがとね」

「へい、千五百Yでさぁ」


 送迎代を払い、マキとユーカリはギルドの中へ。


「じゃあ、マキちゃん。私はこっちだから」

「あぁ、頑張れよ」

「マキちゃんも、気をつけてね。偽名、ばれちゃダメだからね」

「……頑張る」


 ギルドの関係者出入り口にユーカリは消える。対してマキは、ギルド会員証明書を持って窓口へ。


「試合に出場するマギ・クーシャリアだ」

「…はい、マギ・クーシャリア様ですね。それでは付属闘技場で登録をお願いします」


 カルキノスの付属闘技場は、レオンのものと比べるとふた周りほど小さい。と言っても、レオンの付属闘技場は各十二都市内でも最大規模を誇るため、小さいと言ってもそれなりの大きさではあるが。


「……ここで予選か」


 時刻は早朝。日はまだ上っておらず、一般市民はまだ夢の中だ。

 マキは、自分の出るブロックに向かう。


「……以前の時と、大分違うのだな」


 マキが武闘試合に出るのは初めてではない。前回出場したのは一昨年……二年前にはBランクで出場していたのだ。

 その時は有名人ではあったが、あくまでも『植物学者』や『英雄の末裔』としての名声であり『ギルド会員』としての強さが認められていないため、ランクを上げる目的で武闘試合に参加した。

 結果、優勝は逃したがそれをキッカケにAランクに到達する事が出来たのだ。


「…ふふ、ヒコボシを助けに来たというのに、疼いているとはね。とんだ戦闘狂だよ」


 試合の本戦は勝ち抜き(トーナメント)式だが、予選は生き残り(バトルロワイヤル)式だ。手早く済ませるため五、六人を壇上で戦わせて数を絞るのだ。


「Aブロックの方々、番号札をお配りします。名前を述べて受け取りに来てください」


 わらわらと、言葉を発した役員の元に集まる。その数は八人。今年は少ない方だな。

 マキは偽名を名乗り、四角い番号札を受け取る。紙に数字が書かれただけの物だが、傷つかないように保護魔法がかけられている。裏面には粘着質の液体が塗られており、胸部にペタリと貼り付けるのだ。


「……あたしは三番…か」


 好きな数字があるわけでは無いが、試合になるなら一番が良かったと思うマキだった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 空が白み始めた頃、カルキノスの門前には馬車と人の列で混み合っていた。その中に、ひときわ目立つ胸板の持ち主がいる。その者の名は桂小子…もとい優川小子と言い、もう間も無く回ってくる順番を待っていた。


「はい、次の方…でか」

「はい?」

「…あ、いえ、なんでもありません。どこから来ましたか?」

「はい、都市レオンから来ました。優川小子(ショウコ・ユーカワ)と言います」

「……来都目的は?」

「武闘試合に参加するためです」

「……はい、大丈夫です。頑張ってください」

「はい、ありがとうございます」


 一歩動く毎に揺れる胸板に視線を感じながら、小子はギルドホールに向けて歩く。

 途中、色々な人に誘われたりギルドホールまで乗せてくれると言う優しい人に出会ったりしたが、全て断って自分の足で目的地まで歩き続けた。


「……ここ…で、いいのかな?」


 レオンギルドを発つ前、小子はチュールさんに羊皮紙を渡されていた。

 そこにはカルキノスギルドへの道程と予選の開始時刻が記載されている。

 小子の出場する予選はB之ニブロックで、予選開始は朝食後辺りと書かれていた。


「…すみません」

「はい………でか」

「……どうかしました?」

「……えっ?あ、いえなんでもありません。本日はどのようなご用件でしょうか」

「えぇと……私、武闘試合に申し込みました優川小子(ショウコ・ユーカワ)と言います」

「…はい、ショウコ・ユーカワ様ですね。それでは付属闘技場で登録をお願いします」


 言われた通りに、小子は付属闘技場に向かう。

 中では既に他のブロックの予選が始まっており、金属のぶつかる音が聞こえていた。


「彦星さんは……いるわけないですよね」


 溢れる人達の中から彦星を探そうとするが、そもそも彦星がBブロックに出場しているかすら怪しい。

 今はとにかく救出を諦め、試合に優勝する事を目標とした。


「間も無くB之ニブロック予選を開始いたします。番号札をお配りしますので受け取りに来てください」


 発言した役員の元に人が集まり、番号札が配られ始めた。流石に、配る人は複数人いるけど、それでも足りてない。

 全員に配られると、今度はルール説明を聞かされた。


「予選は生き残り(バトルロワイヤル)で行われます。壇上で最後まで生き残った者ののみが予選通過です。壇上から落ちたり、気絶もしくは倒れたままテンカウントで負けとなります。なお、予選では敗北宣言は認められていません。相手の生死に関わる攻撃を仕掛けた場合は失格となります」

「……意外と簡単なのね」


 ぽつりと、小子の口からとんでもない言葉が出てきた。

 もちろん、簡単なのはルールの事であって決して予選の難易度を指してはいないのだが……勘違いする者は、どこの世界にもいるものだ。


「それでは予選を開始いたします。参加者の皆様は壇上に上がってください」


 Aブロックと違い、人数の規模が大きいBブロック予選では、大きめの壇上に九十人ほどが上がる。それでもまだ人数は消化しきれていない。このペースで行くのなら、あと五回は試合をしなければならない。

 その第一波に小子は参加しなかったが。


「……あまり時間をかけて引き伸ばしても、こちらの手の内を読まれますし、仕掛けるなら一瞬で終わらせないとですね」


 小子としては第三波に参加するのが一番かと思っている。程よく後方で、かつ最終予選試合までの体力回復時間を稼げるからだ。

 厳しい顔で、第一波の試合を見る。出場するのは魔法使いと剣士の混合だ。今後のため、参考になるかもしれない。


「……試合開始です!」


 役員の号令と共に、剣士は魔法使いに襲いかかった。それも、全員がである。

 おそらく、一撃必殺の術を持つ魔法使いを先に叩きだす考えなのだろう。強大な魔法は詠唱時間がかかるのがこの世界での常識であり、発動時間が短ければ大した魔法では無いのだ。

 剣士に対して、魔法使いは詠唱を開始する。本来ならば壁役が敵の注意を受けて、安全圏で詠唱を開始するのだが、こと対人戦……特に味方がいない場合はそれが難しく、それ故に詠唱時間を素早く唱えられる熟練者が残るのだ。

 その狭き門を潜り抜ける事が出来る魔法使いは、最初に攻撃魔法を放たない。火炎球にしろ水刃にしろ、どんなに見積もっても数秒はかかる。それだけあれば、剣士が魔法使いを蹴落とすなど容易い。

 攻撃魔法を放たない魔法使いは、自分に防御魔法を唱える。魔法鎧(マギテクター)魔法壁(マギウォリア)など、方法はそれぞれだがより早く詠唱を終えた者から生き残る。

 開始数秒で、魔法使いは半分くらいに減った。続いて、魔法使いは攻撃魔法を唱える。多種多様な属性と威力の魔法が剣士を襲い、やはりこちらも数を半分くらいにまで減らされる。

 そこからは、同士討ちが始まった。剣士同士で剣を交え、魔法使い同士で魔法の打ち合い。壇上は魔法と火花が飛び交い、さながら地獄絵図でも見ているようだ。


「……なんだか無駄な事してるんですね、皆さん…」


 聞こえた者からは驚きの視線が刺さるが、本人は特に気にしない。

 というより、対人戦で詠唱する行為そのものが、小子には理解できないのだ。魔法を唱えるというのは(女神の書曰く)魔力の宿った〈言葉〉をある特定の波長で繋ぐ事で魔法を発動させる事。強力な魔法に長い詠唱時間が必要なのは、それだけ複雑な波長が必要だからだ。

 しかし、別に魔法は詠唱しなくとも発動出来る。一般的なのは魔法具を使った物で、いわゆる魔剣や彦星さんの万年筆なんかもその類だ。

 その他にも、体内の魔力を魔法に変換させたりと、方法は幾らでもある。もちろん、いずれも難易度は高いが。

 そうして眺めること小一時間。予選第一波が終了し、続く第二波も終了する。

 第三波が始まると、小子は壇上に上がる。人数はやはり百人に到達するかどうかだが、特に問題は無い。

 なんとなく、魔法使いの多そうな陣地に行き、試合開始の合図を待つ。


「……試合開始です!」


 放たれた言葉に、他の魔法使いは防御魔法を。剣士は突撃を開始する。

 定石通り動くなら、小子も魔法鎧(マギテクター)魔法壁(マギウォリア)を発動させるところだが。


「……無重力(ロストグラビティ)


 ある一定範囲……すなわち、壇上の重力を消し、突撃を開始する剣士を全て浮かべる。

 その異様な光景に、他の魔法使いは防御魔法の発動を見送って、好機とばかりに攻撃魔法を唱え始める。


「……微風(ブロウ)


 他の詠唱より圧倒的に早く、()()の風魔法を発動させた。

 宙に浮いた剣士は風で壇上の外へ飛ばされ、同じく魔法使いも外に飛ばされた。


「………あ、試合終了、です…」


 一連の流れを見ていた役員が、呆気に取られながらも予選第三波の終了を知らせる。

 無重力(ロストグラビティ)の外にいた他の参加者は、何が起こったのか理解出来ず、ふわりと頬を撫でたそよ風にも、なんの疑問も持たなかった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 日も沈み、空には繊月(せんげつ)が浮かぶ、人々の寝静まった真夜中。

 牢馬車が都市〈カルキノス〉を訪れた。


「……止まれ。こんな夜更けになんの用だ」


 門兵が、馬車を引く御者(ぎょしゃ)に尋ねる。


「武闘試合、無差別区の参加者を護送してきた」


 そう、ボロボロのローブを深く纏う御者は答えた。


「そんなの聞いてないぞ、怪しい奴め!」


 門兵は、腰の剣を引き抜く。


「おいおい、物騒だな。お前新人だろ?ギルドからの許可証もある、必要なら俺が馬車から降りて降伏の姿勢を取ってもいい、上司を呼んでこい」

「……許可証を寄越せ。絶対に動くなよ」


 御者(ぎょしゃ)が降伏の姿勢として膝をつき、両手を頭の後ろに組むと、門兵は許可証をひったくり、休憩所のような小屋に入っていった。

 ほんの数分後、中から二人の門兵が出てきた。一人は先程の新人門兵で、もう一人は貫禄からしてその上司だろう。新人門兵は、やけにげんなりしているが。


「いやいや、お待たせして申し訳ない」

「構わんよ。予選時間までに間に合えば、な」

「許可証、拝見いたしましたので開門させます、おい、行ってこい」

「……はい」

「中の人々はもう眠っていますから、静かにお願いしますよ?」

「あぁ、了解した」


 御者(ぎょしゃ)は立ち上がって服についた砂埃を払い、馬に乗って開けられた門をくぐった。

 木車輪がカラカラと軽い音を立てながら、牢馬車はゆっくりとカルキノスギルドに向かう。静かな闇の世界に響く音は、少し不気味だ。


「……この辺りでいいだろう」


 ギルド付属闘技場の裏手に牢馬車を止めると、御者は馬を降りた。

 深く来ていたローブを脱ぎ、ギルドの裏口へ。関係者用通用口を静かにノックする。少しして、きしむ音を立てながら扉が数センチ開けられる。


「………来たか」

「約束は守るんだろうな」

「あぁ」

「じゃあまず、この首輪を解いてもらおうか。生きた心地がしない」


 そう言って御者……いや、彦星は自分の首元を指差す。

 そこには黒いチョーカーが巻かれており、その裏地には呪いの魔法が書かれている。彦星にとってはどんな呪いかはどうでもいいのだが、一応言っておくと『変な事したら首チョンパね』という事らしい。


「いいだろうーー汝、約束は果たされた。縛りの楔を解きたまえ」


 そう唱えると、チョーカーはポロリと地に落ちた。


「…さて、こちらに来てもらおう」

「おいおい、もう一つやる事があるだろ?なんの為に連れて来たと思ってんだ」

「あぁ……そうだったな」


 ギルドの役員は牢馬車に近付き、その鍵を開けた。

 中からは、手足に鎖をつけられた都市〈タウロス〉の囚人が出てくる。


「ふんっ……ぐぐ…久々のシャバだぁ!空気がうめぇ!なぁ、ダンナ!」

「静かにしろよ、夜中だぞ」

「はは、すまねぇ」


 外の空気に触れて、少し上機嫌な囚人六名は彦星と少しだけ話し、急かされるようにギルドの中へと連れられた。


「俺たち、ダンナを応援してるからな」

「おう、任せとけ」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 付属闘技場に入ると、まずヘルムを被せられた。

 出場者には重犯罪者……つまりは人殺しなどの罪を負った危険人物がいるため、顔バレするのを防ぐ為である。


「これより無差別区の予選を開始する。全員、好きな壇上に上がれ」


 闘技場の中には、予選を同時進行させる為に幾つかの戦闘許可域が存在した。

 番号札は貰えなかったが、それはおそらく、僕たちの顔と名前を全て暗記しているということなのだろう。


「…全員乗ったな…ルールを説明する。場外、気絶は即失格、テンカウントで立ち上がれない場合も失格だ。本戦と違って降参は無し、また殺しても失格。違反した場合は刑が重くなる事を頭に入れろ。試合開始だ」


 淡々とした説明が終わり、面倒そうな声で試合開始を告げられる。

 最初は全員ほうけていたのだが、いち早く我に帰った者から他者を蹴落とし始めた。それに合わせて、その場の空気は動き始める。

 そんな中、僕は何をしていたかというと。


「オラァ!」

「……」


 四方八方から飛んでくる攻撃を、ただ黙って避けているだけだった。


「ほれほれどうしたァ!テメェの武器は飾りかァ?」

「……うざい」


 別に、彦星は攻撃しようと思えば出来るのだ。それも、たった一振りで試合に決着がつく。ではなぜ、それをしないかと言うと、ひどく疲れるからだ。

 タウロスの地下牢で、彦星は最終的に五十倍重力に耐える事が出来た。もちろん、その中で普通の生活が過ごせる程度には。ところが、重力を一倍に戻した時、欠陥が一つ生まれたのだ。

 それは、通常の人間よりもずっとずっと早く、体力に限界が訪れるという事。五十倍重力で過ごすという事は、一倍重力の五十倍のエネルギーを使っているという事。人間の身体は食べる事でエネルギーを摂取するため、そのエネルギーを使い切ると、まともに動けないのだ。

 故に、彦星は最後の最後まで攻撃はせず、残りわずかになったところで攻撃を開始するつもりなのだ。


「………早く終わんねぇかな…」


 目の前のこいつが出す攻撃も単調だし、しかも遅い。マジで止まって見える。

 これはアレか?動体視力まで重力で強化されたのか?そんなわけないよな……?


「…クソがっ、ちょこまかとぉ!」

「……うるせ」


 というか、そろそろ腹が減ったな……この試合終わったらご飯食べよ。


「…いい加減に……」

「……んぁ?」

「いい加減にしやがれってんだよ!避けるばっかで全然面白くねぇ!」

「…じゃあ何か、本気を出して勝負すればいいのか?それで気がすむのか?」

「そうだ!わかったら早くその仕込剣使いやがれ!隠してるつもりかよ!」

「………恨むなよ?」


 全く、予定変更だ。どうせやるなら壇上の全員場外に飛ばしてやる。

 刀に手を伸ばし、鞘ごと腰から外す。誤って鞘が抜けないように、万年筆で〈(ロック)〉を掛けた。


「【速攻術打式】」


 そう呟いた刹那、彦星が消えたかと思うと今までそこにいた出場者は泡を吹いて吹き飛んだ。

 その光景を見て、周囲は一瞬だけ凍りつく。しかし、この時点で彦星を驚異と判断した者は少なく、何が起こったか理解できない者がまだ半数いたのだ。


「……そのうち、疲れない対処法を考えないとな」


 吹き飛ばした後、彦星は一度だけ姿を見せると、またもう一度姿を消した。

 するとまた一人、吹き飛んだではないか。同じ光景が二度続けば、誰だって異常だと思うだろう。流石に、手を休めて状況を観察し始める者が増えてきた。


 さて、当の本人は何をしたかと言うと、だ。

 鞘の切り上げをアゴに直撃させ、脳震盪(のうしんとう)で気絶。念のために、宙に浮いた相手のみぞおちに突きを放って場外へ。

 たったそれだけ。

 ただし、彦星は常人の五十倍でやってのけるのだから、視認はもちろん気絶したという感覚もないが。


 ものの数分で、数は両手で足りるまでに減った。その中に、動きを止めた彦星の姿も見えている。

 単純にエネルギーが切れたというのと、疲れて止まってしまったために再び動くと誰がこの化物じみた事をしたのかが分かってしまうからだ。


「……どうしたもんかな」


 人数が多い時は良かった。一人が消えても、誰が消えたか分からないからな。

 ところが人数が減るにつれ、周りは疑心暗鬼になってしまう。この状況を作り出した出場者に総攻撃を仕掛け、倒してしまえば自分の勝ちの可能性が生まれる。倒せなければ、勝てないと悟っているのだ。

 ……一体どうすれば、怪しまれずにこの状況を打破出来るだろうか。


「……あ、そうか。簡単な話じゃ無いか」


 彦星は、おもむろに万年筆を取り出すと壇上全体に重力を掛けた。倍率は十倍だ。

 急に重くなった体に押しつぶされる者、バランスを崩して立てない者、持ちこたえて立ち続ける者。効果は様々だが、動きを封じる事は出来た。

 彦星にも十倍重力は掛かっているが、こんな物は重くもなんとも無いので、自由に動き回る事が出来る。

 それは術者が彦星だと公言するようなものだが、見えざる敵に蹴落とされるよりかは幾分かマシだろう。

 そう思いつつ、彦星は一人ずつ場外へと落としたのだった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 小子と彦星はその後、予選二回戦を容易く突破した。二人とも本戦出場決定だ。

 武闘試合役員会でその知らせを聞いて、シエン・ユーカリはホッと胸を撫で下ろした。


「ショウコちゃんとヒコボシ君、予選通ったってさ」


 その知らせを、ユーカリはマキ・クーシャに伝える。

 一通り予選が終わり、シエン・ユーカリとマキ・クーシャはギルド宿舎で同室となり、寝床を共にする予定なのだ。


「それは良かった。ショウコちゃんが出ると聞いた時は心配したが…杞憂だったな」

「そうだね、それでマキちゃん」

「うん?」

「どうして負けたの?」


 小子と彦星は予選を通過した。そう、小子と彦星、は。


「……仕方ないだろ。まさかアイツがでるなんて思ってなかったんだから」

「…まぁ、運が悪かったとは思うけどさぁ……」


 Aランクの予選は一度だけ行われている。壇上に八人が上がり、マキは剣を抜いたのだが。同じく参加していたAランク……すなわち、断頭剣のザンキを見て、自ら場外に下りたのだ。

 マキは、以前ザンキと戦った事がある。それはマキが初めて武闘試合に出た時だった。その年の優勝者はザンキであり、戦ったマキは開始数秒で負かされたのだ。


「でもねマキちゃん、だからって逃げるなんてユカちゃんは許さないよ?」

「戦略的撤退だよ。それに、ヒコボシを助ける手立ては、試合に出て引き戻す以外にもあるよ」

「ふぅん……例えば?」

「……なんだろうね」

「無計画なのね……」

「…助けて下さい、ユーカリさん」

「そうなると思ってたわよ。とりあえず、私は私で裏から色々やってみるから、マキちゃんは私の言う通りの事をして」

「助かる!」

「じゃあ、まずは手始めに」

「うん?」

「ユカちゃんって呼んで?」


 そうして予選終了から数日後、本戦は開始される事になる。

ご愛読ありがとうございます。

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