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#113 物語の結末

「……え?」


 変ですね。私の目にはモードレッドさんの腕が心臓を貫いている風に見えます。数秒なのか数時間なのか、永遠にも近い一瞬が流れたかと思いますと、彦星さんは血を吐いて倒れてしまいました。


「彦星…さん?」


 呼びかけてもピクリとも動きません。あのニヤついた悪巧みの顔を向けて「なんぞや?」と答える事もありません。床には赤い液体がどくどくと広がって、なんだか私も体温が足元から流れ出ているような気になります。


「嘘……ですよね?冗談キツイですよ…?ほ、ほら、私は生きているんです。私を助けるために、世界を何度もループしたんでしょう?それ、なのに……」


 ……嫌…嫌です。嫌です…っ!現実を受け入れてしまっては、私は、耐えられません……っ!一体なぜ、彦星さんを…!


「…モー……」

「『そこを動くなモードレッド』ォォォォォ!!!!!」


 小子が言及するより早く、ノーナの鉄拳がモードレッドに炸裂する。無抵抗なまま、モードレッドは殴り飛ばされた。


「ノーナ…さん」

「よくも、よくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉぉ!!!!私のヒコボシ君を殺したなぁっ!彼を殺していいのはぁ!私だけだぁ!」

「……」


 そういえばそうだったと、小子は今更ながらに思い出す。そうして、息をしていない彦星に膝枕をしてやり、顔の血を拭った。


「……死んでまで、いろんな人に迷惑をかけるんですね、彦星さんは」


 いずれこうなる事は分かっていたんです。私が神様になった時点で、もう神格は取り外せない事に、気づいてしまいましたから。もう、私という人格すら上書きされ始めて、産んでくれた親の顔が思い出せません。神に近づき、概念と一体化してしまえば、きっと彦星さんの事も忘れてしまうのでしょう。

 今だって、もうさっきまで抱いていた疑問がどうでも良くなってますし、眼球からどうして水が出るのか分からなくなっています。


「……でも、どうしてでしょうか。目の前の『あなた』を愛していることだけは、覚えていられるんです」


 例えこの『生物』が活動を停止しても、私が愛していた事を忘れる事はありませんから。


「おい」

「……なんでしょう」


 こちらを見下ろす生物は……牛ですか。兎に首を絞められながら平然としているのは、その特性ゆえにですね。


「あぁ、すまん。ショウコさんじゃ無くて、その下の野郎だ」


 牛はそう言って蝙蝠の腹を蹴飛ばし、まるで虫を見るような目を向けました。


「おうコラ、ヒコボシ。てめぇ、いつまで嫁の膝の上で狸寝入りするつもりだ。いい加減にこのヤンデレホモを何とかしろ」

「……バレてたのか」

「バレないとでも思っていたのか?だとしたらお笑いぐさだぞ」

「もう少し膝枕を堪能したいんだけど…痛っ!無言で蹴るな!あーもうわかった、わかったから!起きればいいんだろう?……で、だ」


 私は目を見開いて、起き上がった『彦星さん』を見上げます。呆けた顔をはっとさせてタマとコンを見やると、どうやら知らされていなかったのは人間側の私達だけで、獣人である二人は目を逸らしました。


「……どういう、事ですか」

「うーん、どこから説明すりゃ良いかな?」

「私が神様に牛の力を授かった所からで良いのではないか?」

「…その辺が妥当か。うん、それじゃあ話をしよう」


 あれは今から一ヶ月以上前の事…いや、半年…君達にとっては三十話前の事だ。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……ここは」


 ふと気がつくと、モードレッドは数々の風景が描かれた場所にいた。それ以外は全部真っ暗な暗闇で、気を抜くと発狂してしまいそうになるほどだ。


「やぁ、目覚めたんだね」

「……っ!お前は!」


 呼びかけられた方を向くと、そこには魔王が……クソ紙ではない方の魔王が、申し訳なさそうな顔をして佇んでいた。


「おっと、魔力を練らないでくれ。君の自我を保つのが困難になる」

「……っ」


 この時のモードレッドは、目の前の魔王に生死与奪を握られていると感じ、加えて殺気を向けられていないのを確信した上で攻撃を行わなかった。


「…何の用だ。ここはどこだ。お前の目的は何だ」

「あまり時間もないから、手短に刷り込むよ。どうせその時が来るまで忘れるんだろうし」


 そう言って瞬き一つで近づいた魔王は、魔王『らしく』モードレッドにアイアンクローをして情報を刷り込む。


「ぐ……ああああああっ!?!?」


 モードレッドの記憶に大量の情報が雪崩れ込んで来た。この世界の事、神との関係、その役割……全てが、モードレッドの記憶に刷り込まれる。


「……こんなやり方で申し訳ないと、心から思う。けれど、こう振舞わなければ、いずれ世界の摂理に…闇に、飲まれてしまうんだ」

「はぁ…っ……はぁ…っ……」


 ここが裏世界と夢の狭間である事を理解したモードレッドは、ぐわんぐわんと尚も揺れる頭を支えつつ『神』に質問を続けた。


「……お前…本気でこんな事、可能だと思っているのか?」

「もちろん。というか、もうコレ以外道は残されていないさ」


 この世界はもう保たない。あまりにも長く、偽りの神が君臨し続けた。その結果、今からどう足掻いたとしても、世界は神を……神として認めない。魔王を魔王として認めない。


「世界が神を認証するには、信仰がいる。手っ取り早いのは死からの復活だ、これは神格を取り込めた生物なら誰でもなれる。その瞬間を沢山の生物に見せる事が出来れば……ね」

「……まぁ、あの野郎なら出来るだろうな」

「魔王になるにはもっと簡単さ。神と対になる存在だと思わせる。他の世界じゃどうか知らないけど、この世界ではそうなるように作ってある」

「……あんた、趣味悪いな。誰かさんそっくりだ」

「似ているからこそ、代わりが務まるのさ」


 要するに神は、最終決戦で神の代変わりをするつもりらしい。そうする事で世界を一度リセットし、世界の中身をそのままに摂理を書き換える気なのだ。


「その方法だと、私が魔王になるのだが?」

「その通りだ。正直、魔王は普通の生物には務まらない。彼のように、死んでも復活するような特殊能力が無い限りは。けれどモードレッド、君になら、それが出来るだろう?」

「……」


 牛の能力……その詳細はもう頭に入っている。確かに私ならば、悠久の時を生きる事が出来るだろう。同時に、魔王になる事が出来るかという事も。


「無理に、とは言わない。これでも神様だからね?モードレッド君が嫌だと願うなら、こちらはその願いを叶えるしか無いのさ。だから、これは神様からのお願いだよ。君が断るなら、他の方法を探すさ」

「……私がしなければ、他の誰がやるというのだ。七人揃えるのに何年かかった?お前が神の権利を放棄するのに、何千年かかった?もう一度揃えるのに、あと何度世界を『殺させる』つもりだ」

「何度でも、だよ。事実、彦星君はそれをやってのけた。ようやく、当たりくじを引いたのさ」


 やはり、神と人間では価値観が違う。決定的に、命の捉え方を履き違えている。

 はぁ、と大きいため息を吐いて。ようやく自分はとんでもない貧乏くじを引いたのだと思った。


「……私の夢は、真理を解き明かす事だ」

「うん」

「詠唱魔法を極め、真理を解き明かしたつもりだった」

「そうだね」

「だが魔法にはまだ先があった」

「あるとも」

「…魔王になっても、夢は叶えられるだろうか」

「今までの魔王は魔物の王、魔族の王、悪魔の王たった。けれど、良いんじゃ無いかな?『魔法使いの王』なんて『魔王』がいても」

「…それは、私への救済か?」

「取引だよ、これは」


 隠す気も無し…か。まぁ、下手に騙されるよりはマシだろう。ああいいとも、乗ってやる。その話に。


「魔素濃度の高い場所、豊富な素材が取れる土地、設備の整った研究施設を差し出せ。そうすれば、魔王を引き受けてやる」

「彦星君にツケておくよ。さぁ、時間だ」


 そこから急速に、モードレッドの意識は沈んでいった。きっと今の話も、その時が来るまで忘れるのだろう。だがモードレッドは不思議と、悪い気がしなかったのだ。

ご愛読ありがとうございます。


次週、最終回です。


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